P-233 小魚漁へ派遣する者達は
翌日、甲板に出てみると桟橋越しにバゼルさんのカタマランが停泊しているのに気が付いた。
海水で顔を洗っていると、後ろからバゼルさんの声が聞こえる。
振り返ると桟橋でバゼルさんが俺を手招きしている。
「バゼルさん達が帰っているから、ちょっと出かけて来るよ」
屋形の中で、まだ眠そうに着替えをしている2人に声を掛けてバゼルさんのカタマランに向かう。
「まあ、座れ。トーレ、お茶だ!」
「もうすぐ出来るにゃ。まだタツミ達は、まだ起きないのかにゃ?」
「今起きたところです。まだ朝日も昇ってないですよ。休みぐらいはのんびりさせてあげませんと……」
そんな俺の返事に2人が笑ってるんだよなぁ。
確かに他の人達はいつも早起きみたいだけど……。
熱いお茶をトーレさんから受け取って、バゼルさんに新たな約定について話を始めた。
トーレさんがカタマランを降りて行ったのは、タツミちゃん達の朝食作りを手伝いに出掛けたのかもしれない。
いつまで経ってもトーレさんにとっては、俺達は手のかかる子供なんだろうな。
「……なるほどなぁ。となると、いくら燻製を作っても引き取ってくれるに違いない。後は若手の誰を旧サイカ氏族の島に送るかということになるが、それは長老会議で各氏族への割り当てと年代を決めてくれてからでも十分だろう。先ずは、上手くいったということになりそうだな」
「俺達は魚を食べますが、大陸で俺達並みに魚を食べられる人達はあまりいないようですね。それだから需要があるのは分りますが、今まで以上に魚を獲ることもできません。代用品を教えてはきたんですが、さてどうなることか……」
「待て! そんなことをしたなら、魚が売れなくなるんじゃないか?」
「所詮代用品です。栄養はそれなりにあるんですが、果たして受け入れられるかどうか……」
豆腐だからなぁ。納豆ということもあるんだろうが、あれを最初に食べた人間は勇気があったに違いない。
歯ごたえや風味は外付けになるから、肉や魚の料理とは異なった味になるだろう。やはり本物の方が良いに決まっている。
でも、健康的であることは間違いないんだけどね。
「それに代用できるといった品を、家畜の餌だと思っていたようです。俺にはそっちの方が驚きでした」
「その代用品とは?」
「大豆です。豆を貰って来たんで後でギョキョーに届けようかと思ってます。保存が利きますし、煮ても美味しいですからね。料理に使える野菜が増えたぐらいに考えれば十分かと」
先ずは食べてみてからという顔をしている。
バゼルさんも豆は初めて聞く代物なんだろう。
「田圃の方は順調に生育しているようだ。あれで米が取れるとはなぁ」
「乾期に刈入れをしましょう。あの調子なら、撒いた籾が10倍以上になって収穫できそうです」
「直ぐに食べられるのか?」
「少し面倒な仕事が待ってます。先ずは乾燥させないといけませんし、籾を茎から取り出さないといけません。その作業に使う道具は俺の方で作ろうと思ってます。その後に籾から米を取り出さないといけないんですが、これは臼を商船に頼んでみます」
「単純に泥に種籾を撒けば良いわけではないんだな」
「俺の住んでいた場所では、結構それなりにやることが多かったようですよ。米を俺達はこのような字で表します。数字の88という文字を組み合わせているのですが、それだけの仕事があると親父から教えて貰いました」
うんうんと頷いているのは、そんなに仕事が多いのに感心しているのか、それとも俺の親父がきちんと子供にその教えを説いているのに感心しているのかのどちらかだろう。
一服しながら話し込んでいると、トーレさんがマナミを抱いて朝食ができたと教えてくれた。
バゼルさん達はとっくに済ませていたらしい。
「マナミは私が面倒を見ていてあげるにゃ。早く食べに行くにゃ」
追い出されるようにして俺をタツミちゃん達のところに向かわせたけど、後ろを振り返るとマナミを甲板に下ろしてバゼルさんとあやし始めた。サディさんも屋形から出てきて2人に加わったようだな。
ネコ族の人達は子供好きだからなぁ。だけどあまり甘やかすのも良くないと、ザネリさんは子供をあまり連れてこないんだよね。おかげでいつも家のマナミをトーレさん達は可愛がっているんだよなぁ。
カタマランに戻ると、簡単だけど出来立ての朝食が俺を待っていた。
バナナの炊き込みご飯に香辛料の効いたスープと燻製を焼いたオカズが今日の朝食だ。
3人で食事をしていると、バゼルさんの船からマナミの笑い声が聞こえてくる。
思わず3人で顔を見合わせて笑みを浮かべてしまった。
「今日は何をするのかにゃ?」
「特に予定はないよ。長老のところには行ってきたし、バゼルさんにも概要は話してきたからね。もっともカルダスさんがやって来たら再度約定の話をしないといけないだろうな。……そうそう、これをギョキョーに届けてくれないか。畑の面倒はギョキョーの小母さん達がやっていると聞いたことがある。これを畑の片隅にでも植えて欲しいんだ。
撒き方は、1FMほどの間隔で柔らかい土に指で穴を開けて、豆を1個落として土を被せれば十分だ。こっちは花の種なんだが、どんな花が咲くのか聞き忘れてしまったんだよなぁ。とりあえず適当に撒いておけば花が咲くと思うんだけど……」
「種は小母さんに渡して、花の種はトーレさんと一緒に撒いてみるにゃ」
どこに撒くのだろう?
トーレさんの感性もあるからなぁ。とはいえ、畑の片隅にでも撒くのならあまり問題にはならないはずだ。
「久しぶりに漁に出られるにゃ。今度は誰と一緒に行くのかにゃ?」
「ザネリさんやガリムさん達がまだ戻っていないんだ。明日までに戻らないときには、バゼルさんに付いていこうかと考えてるんだけど……」
バゼルさんという言葉に2人の目が輝いているのは、バゼルさん達が若手達より遠出をするからに違いない。たまには大物を獲りたいということなんだろうが、マナミがいるからなぁ。バゼルさんから貰ったカゴの中で掴まり立ちをするようになっているから、気を付けて見ていないとカゴを倒してあちこち這いまわりそうだ。
漁具の手入れをしていると、バゼルさんが俺達の船にやって来た。
タツミちゃん達は、トーレさん達と一緒にギョキョーへマナミを連れて出掛けて行ったのは、次の漁に備えて食料を調達するためだろう。
俺達にココナッツ酒の入ったポットを置いて行ってくれたから、バゼルさんと一緒に飲みながらパイプを楽しむことにした。
「しばらく漁をしていませんでしたから、腕が鈍っているかもしれません。まだガリムさん達も帰ってい来ませんので、バゼルさんの船団に加えて頂けませんか?」
「ガリム達が帰ってくるのは明後日辺りだろうな。直ぐに漁には出掛けんだろうから、一緒に行くのは歓迎だ。乾季だから素潜りが中心だが、夜釣りも結構数が出るぞ」
素潜りに夜釣りなら、マナミのお守に1人を船に残しても大丈夫だ。
ザバンからカタマランに魚を持ち上げるのは、帆桁に付けた滑車を使って無理なく行える。引き上げに使うカゴは、何度も油を塗って乾かしているからまだまだ使えそうだ。
「どれぐらいの魚がいるんですか?」
「そうだな……。1FM半を少し超えたぐらいだろう。ブラドが多いんだが、たまにフルンネが回遊してくる。3FM前後だ」
50cmのブダイに、1mクラスのフエフキダイということか。夜釣りもブダイが大いに違いない。
やはり水中銃を使った方が無難だな。1mクラスのフエフキダイなら、向こうの世界から持ち込んだ水中銃が使えそうだ。
「しばらく漁に出ていなかったが、問題はないのか? トーレがオカズが増えるかもしれないから一緒に連れて行きたいと言っていたが?」
心配そうに俺を見るバゼルさんに、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
それにしてもトーレさんの評価は厳しいなぁ。確かに銛を使えばそうなる可能性は高いだろう。期待に沿って2日目は銛を使ってみるか。銛の方が手返しが早いからなぁ。獲物をそれだけ多く得られるんだよね。
「オカズを多く突くということになれば、背中に聖姿を持つ身としては長老に顔向けができませんからね。とはいえ、しばらく漁を休んでいたことも確かです。あまりオカズを船団の人達に配らずに済むよう頑張ってみます」
うんうんとバゼルさんが頷いている。
無理をせずに漁をするなら問題が無いと思っているのだろう。さすがに銛を使って突いた魚が全てオカズになるわけではないだろうし、夜釣りもできるからそれなりの数を燻製小屋に運べると思っているに違いない。
「なんだなんだ? 昼間から2人で酒を飲んだりして」
突然の大声の主はカルダスさんだった。
甲板に招きココナッツ酒の入ったカップを差し出すと、美味しそうに飲み始めた。
「長老から話は聞いてきた。さすがはナギサだな。上手く纏めたものだ。そうなると、次は若手を派遣しないといけないってことだな?」
「長老会議で船団の規模を決めてから各氏族にカタマランの数を割り振ることになると思います。氏族の数が6つあるんですから、2隻辺りになると考えているんですが」
「まぁ、そのくらいだろうな。3隻となれば大船団だ。だが小魚相手の漁だからなぁ。場合によっては1つの船団とせずに2つの船団を作って漁をするかもしれんぞ」
それでも3隻までだろう。バゼルさん達が互いに顔を見合わせて考え込んでいるのは、誰を向かわせることになるかということだろう。
「母船を使う船団への派遣もある。その上での2隻もしくは3隻の派遣だ。母船は今まで通りに若手の中から腕の良い奴を向かわせるとして、小魚漁となれば釣りが主だから大物を突ける腕が無くとも良いということになるだろう」
「ナギサの考えでは、相手が決まっても船を持てぬ連中が良いだろうとのことだ。早く一緒になりたいが船を持つには少し早いという連中に、小型のカタマランを購入する資金援助をするぐらいは氏族としても結構なことだと思うのだが?」
「そんな連中は……、いるなぁ。確かにいるぞ。リードル漁を2回ほど行わないと無理だろうな。早めに船を持たせて向かわせるのは面白い考えだ。俺は賛成するが、後は長老次第だな」
直ぐに思いつくぐらいだから、ある程度の人数はいるということになる。
その中の2人ともなれば競争が激しそうだ。アイデアは出したんだから、選ぶのは長老に任せよう。恨まれたくはないからね。




