P-232 長老への報告
商会ギルドから豆の種と花の種を何種類か受け取り、各国の代表者たちの帰る船を見送ったところで、俺達も帰路につくことにした。
都合4日間オウミ氏族の島に滞在したことになるのだが、この島に停泊している商会ギルドの大型船は、この後は旧サイカ氏族の入り江に停泊することになるはずだ。
ニライカナイの監視船もサイカ氏族の島を拠点としているから、商会との関係は今後ますます深くなりそうだな。
「これで終わったのかにゃ?」
「少なくとも俺達の時代は問題は起こらないと思うよ。だけど、海を相手にする生活だからなぁ。ちょっとした変化で俺達の暮らしが変わることもあるだろうけど、龍神様が見守ってくれているなら大きな痛手を受けることはないだろうね」
カイトさんの時代に起こったという大津波の話は、ネコ族の暮らしを変えるほどだったらしい。
それまでは海岸近くで暮らしていた島の住民が、高台に居を構えることになったんだからね。
カタマランの構造も、より堅固になったということだが、高さ数mを超える津波を乗り越えられるかというと、いささか心配になってしまう。何と言っても木造だからなぁ。魔法陣を船体に描くことで強度を増していると聞いたことはあるけど、それにしたって限度というものがあるはずだ。
長老達の話を聞く限り、東西南北に分散してそれぞれの島に氏族が住んでいることで、万が一の備えにもなっているということだ。
ナンタ氏族は、津波によって氏族の住民が半減したらしいが、他の氏族からの移住者で現在は津波前の人口よりも増えているということらしい。
氏族間の交流はカイトさんが作ったカタマランで活発化したらしいから、将来的には氏族は血のつながりというよりも地方という形に変化するかもしれない。
氏族の考え方というよりネコ族の考え方という形に変ればニライカナイの国作りが完成したと言っても良いかもしれない。
だが、それは遥か先の話だろう。少なくとも俺達の世代では氏族が一番だからね。
8日掛けて、オラクルに戻って来た。
東に延びる長い入り江に入り、ロウソク岩を見ると帰って来たという実感がわく。
俺もこの世界に来てだいぶ経つ……。ここが故郷という認識を持ち始めているのかもしれない。
いつもの桟橋に停泊したのは、昼を過ぎた時刻だった。
バゼルさんやガリムさん達の船が桟橋に無いところを見ると、漁に出て行っているのだろう。
タツミちゃん達に長老に報告してくると告げて、新たな約定書を届けに行くことにした。
階段傍に建つギョキョウ壁のない屋根だけのお店兼小母さん達の集会所とその後ろの事務所からなっている。屋根の下のベンチで話し込んでいる小母さん達に挨拶して階段を上っていく。
噂好きな小母さん達だからなぁ。各氏族内の情報交換は小母さん達の噂話で行われている感じがする。
長老が教えてくれる狙い目の漁場と嫁さん達が仕入れてくる小母さん達の噂話を基にガリムさん達は次に出掛ける漁場を考える始末だからなぁ。
「失礼します!」
声を出して、長老の住むログハウスに入った。常に扉は開かれているんだが、やはり挨拶は必要だろう。
「帰ったか! 約定は無事に改定されたということじゃな? ここに座って顛末を聞かせて欲しい……」
いつもの席に胡坐をかいて座ると、すぐにココナッツ酒が出された。
ココナッツ酒がいつも出て来るけど、これは儀礼なのかもしれないな。俺みたいな下戸はあまり飲めないんだけど、それを知ってかこの頃はかなりアルコール濃度の低いものを出してくれるようになっている。まぁ、一言でいえば他の連中が飲んでる酒にココナッツジュースを追加してくれてるんだけどね。
ありがたくカップを受け取り一口飲んで、パイプに火を点ける。長い話になりそうだから、それなりの準備が必要だ。バッグから真鍮製の円筒を取り出して、先ずは長老に手渡すことにした。
「新たな約定書です。こちらの要求は全て書き込んでありますし、追加事項は魔石の分配に関わることですから俺達に直接かかわることはないでしょう。サイカ氏族の島に、燻製を欲しがる王国の船がやってくるはずです。とはいえ現状の数は1隻ですからそれほど頻繁に来るとも思えません。サイカ氏族の島に新たな保冷庫が場合によっては必要になってくるでしょう」
「我等の中から、誰かを派遣することになるじゃろうな。それだけ売る品が増えるということならサイカ氏族の長老達も喜んでくれるはずじゃ。それで、どのような流れで約定を改定したのじゃ?」
簡単に経緯を説明したんだが、ネダーランドの代表が長剣を抜いたと聞いて驚いていた。
直ぐに2つの神官と北の王国の先代王弟であるビルガイネさんが割って入ってくれたことを話すと、長老達が胸を撫で下ろしている。
「しかし、西の大地に水の神殿があったとはのう……。確かに我等の力になってくれようが、ナギサはそれを望まなかったんじゃな?」
「他の神殿はどのような運営がなされているか分かりませんが、水の神殿には僧兵がいるようです。直ぐにも3千の兵で攻め込むようなことを言っていましたから、総動員数は5千人を超えるかと……。さらに、西の王国が騎馬民族であることも念頭に置かねばなりません。王国全体から考えれば総動員数は四分の一を超えるでしょう。沿岸の3王国は常備軍を持ってはいますが、その維持に莫大な資金が必要です。およそ1万の兵を維持するのがやっとでしょうし、万が一には王国民を徴集することで対応しようとしているはずです」
「蹂躙されるということか……」
「沿岸3王国が力を合わせれば何とか……、というところでしょう。『俺を殺めることは水の神の使者を殺めることと同じこと』と神官が宣言していたぐらいです。今頃はネダーランドの代表は宮廷で冷や汗を流しているかと」
「十分な成果じゃが、そうなると西のジハール王国とはある程度結びつきを強くして置いた方が良いのではないか?」
「あまり賛成できませんね。将来的にはニライカナイに水の神殿ができかねません。俺達にはカヌイのお婆さん達で十分だと思います。
それに、人の数がニライカナイの10倍以上でしょうから、飲み込まれかねないですよ。とはいっても、ネコ族はかつて周辺諸国に恐れられた戦闘民族。そして機動戦の得意な騎馬民族が1つになったら大陸を制覇することもできそうです」
「あえて世界を望まんか……」
「巨大な国家は直ぐに分裂しますよ。長く続くことはありません。数代を経ることは難しいかと……」
征服するのは簡単だろう。だけどそれを維持するのは難しい。元の世界の歴史がそれを教えてくれるからね。
それなら小さな国をしっかりと守って、周辺諸国と仲良くしていた方がよほどましに思える。
主食であるコメの自給ができないんだからねぇ。せめて5割を超えているなら交渉事でも強く出られるんだけど。
「新たな約定については、次の長老会議で披露すればよかろう。ナギサが事前に話してくれた通りになっておる。少し補足があるようじゃが、これはナギサ次第じゃな。となると……、小魚漁に誰を出すかということじゃ」
「若手で良かろう。嫁を迎えるために背伸びをしているような若者がいるはずじゃ。カタマランの購入資金を援助してやることで2年間小魚漁を元サイカ氏族の漁場で行えば良いじゃろう。大きな魚がいないとも限らない。小ぶりな魚を銛で突けるようになれば戻ってきても苦労はせずに済むはずじゃ」
さすがに曳釣りはできないだろうな。だけど底釣りや延縄は仕掛け次第でそれなりの漁果を得ることができるだろう。さらに50cmに満たない魚を銛で突く腕があるなら、オラクル周辺での素潜り漁も問題はない。丁度いい練習になるんじゃないかな。
「1つ課題があるとすれば、出掛けた若者の収入じゃな。季節の終わりに行うリードル漁はこちらに戻らせた方が良さそうじゃ。それで不足する収入もやりくりできるじゃろう。再び西に向かう際に、少しは補填しても良さそうじゃな」
その辺りは長老のさじ加減ということになるんだろうが、できれば長老会議から一律に支給したほうが良さそうだ。彼らは長老会議の直轄船団という立場を取ることになるだろう。
「ところで、泥池に撒いた種籾がだいぶ大きくなってきたぞ。収穫は何時頃になるのじゃ?」
「たぶん次の乾季あたりだと思っています。上手く収穫できれば良いのですが……」
「収穫ができなければ、それはニライカナイでは育たぬということじゃ。それもやってみなければわからん事じゃからな」
話を終えた途端に笑い声をあげる。そんなに心配性ではないんだが、長老達にはそう思えるんだろうなぁ。
「他の氏族では無理かもしれんが、せっかくこれだけ大きな島を竜神様が下賜してくださったのじゃ。同時期にナギサを我等に引き合わせてくれたとなれば、案外上手くいくと思うんじゃがのう」
かなり期待してるんじゃないか? その言葉を聞いて思わずため息が漏れてしまった。
まぁ、トーレさんを見てれば分かることだけど、全てに前向きだからなぁ。タツミちゃん達も、その内にトーレさんのような性格に変わっていくのかもしれないな。
長老達との話を終えたところで、田圃を見に出かけた。
森の中を進んで、燻製小屋を過ぎると直ぐに森を抜ける。南に向かって段々畑が切り開かれているが、その一番下に作られたのが田圃になる。2つの田圃の稲が風になびいているのが良く分かる。育ちは良いようだな。
次は条植えをしてみるか……。
雨季だから水に困ることがない。二毛作も可能だろうけど、乾季の水は貯水池頼りだからなぁ。泉が沸いたと聞いたけど、小川になるまでにはだいぶ時間も掛かりそうだ。
そういえば、花と豆の種を貰ってきたんだった。
明日にでもギョキョーに届ければ、小母さん達が適当に植えてくれるだろう。
豆は大豆にとソラマメだけど、花は何の花なのか分からないんだよね。
どんな花が咲くのか、それも楽しみということになるんだろうな。




