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P-231 新たな料理が国交を盛んにする


「さすがにナギサ殿を手に掛けようとする王国があるとも思えませんが、上位魔石が得られないとなれば、拳を上げることに躊躇することにもなりますね」


 ビルガイネさんの顔はネダーランド王国のオルベナル氏に向けられている。そんなことを考えるのはネダーランド王国ぐらいだと思っての言葉だろう。

 

「明確な証拠が無くとも、状況次第ではジハール国王は玉座から立つかもしれぬ。ナギサ殿が天寿を得られるよう水の神殿に祈ることにしよう……」

「上位魔石は至宝ですからねぇ。他の属性を持つ上位魔石は中々手に入りませんが、水の上位魔石だけは年間10個近く競売に掛けられます。とはいえナギサ殿だけが獲ることができるということですか……」


 感心しているけど、実際には大きなリードルを突いて運べるだけの体格と体力があればなんとかなるのが真相だ。ネコ族の中には2人で共同して大来なリードルを焚火まで運んでくる猛者もたまにはいるとバゼルさんが教えてくれたからなぁ。

 だが、かなり苦労しているようだから互いに1個の上位魔石を手にして終わりにするらしい。


 ネコ族の寮生活の話をしながら、よく冷えたワインを味わう。

 とりあえず新たな約定ができた。

 ジハール王国の船はしばらくは1隻だけで島を巡るらしいが、主はかつてのシドラ氏族の島に向かうとの事だ。他の氏族ではあまり燻製を作らないからだろう。

 

「1つの島に商船が偏らぬよう、商会ギルドが旧サイカ氏族の島で調整を行います。商船にしても、先に他の商船が訪れているなら魚をたくさん買い込めませんからね。それぐらいの調整は我等に任せて頂きたいものです」


 旗を貸与する時に、行先を調整するということだろう。商売を終えて再び旗を返す時に状況説明を行えば、島の漁果がどれほどであったかギルドが確認もできるということになる。ニライカナイから供給される漁果の総枠と推移は、ギルドでこれから先も見守り続けてくれるに違いない。


「とりあえず大陸の争いの火種が無くなったということで、俺達も安心して漁ができます。戦が起きると俺達の主食の供給が止まってしまいそうですからね。それは避けたいところです」

「商船はいろいろと運んでいるようだけど、一番の売り物は漁船ではないのかい?」


 俺の言葉が以外だったようだ。

 だけど、カタマランが無くとも、魔道機関が無くとも漁はできる。

 問題は、獲れた魚が俺達の主食ではないことだ。


「俺達が暮らしていくだけなら、特に漁船は必要ありませんよ。食うに困らぬほどの漁をするなら筏でもできます。ですが、魚を主食にするのは……」

「なるほどね。そのために魚を多く獲って、余剰分を我等に売ってくれるわけだ。それで米や生活を彩る品を買い込むということなんだろうね。確かに一番高価な漁船は必ずしも必要ではないということか……」


「では、なぜに必要以上の漁をするのでしょう?」

「我等のため……、ということだね。ニライカナイの安寧を保つ為には大陸に争いごとが起こっては困るということなんだろう。ナギサ殿は我等の王宮よりも王国の民衆を思ってくれているよ。これは私もよくよく考えないといけないな。さすがに他の王国の民をも心配することなど無かったからね」


 そんな話から、ニライカナイでも育つような新たな野菜や果物の話が出てくる。

 味が良く好まれるなら、新たな商品になると考えたのだろう。

 俺達の作る畑の大きさは、商船を通して知っているようだからね。


「豆を使えば魚醤に似たものも作れるんですが、島の畑の収穫では無理でしょうね。とはいえ、スープの具にも使えますし、保存は野菜より容易ですから種を頂いて試しに育ててみましょう」

「ブドウも試してはいかがでしょうか? 潮風に吹かれて育つブドウならさぞかし美味しいワインができそうです」


 育つかな? あまり暑いところで栽培してなかったんじゃないか?

 各王国が、今回新たな約定ができたことを記念して野菜や果物の苗木を寄贈してくれるとのことだ。

 買うしかないと思っていたから、これはちょっと嬉しくなってしまう。


「さて、これで従来の約定を破棄して、新たな約定を作ることができました。このまま長くこの約定を使っていきたいところですが、各王国の内情に変化があれば、再び約定を見直すことになるでしょう。それはあらかじめご承知おきください」


 ギルドの代表が会合の終わりを告げた。

 これで帰れるな。無事に済んで良かったと、胸をなでおろす。


 帰ろうと席を立ったら、ギルドの代表が慌てて俺を停めた。

 どうやら、少し遅い昼食を御馳走してくれるらしい。

 カタマランに戻ったら、タツミちゃん達が俺一人のために昼食を作ってくれるだろうが、さすがに遠慮してバナナでも食べようかと考えていたから、ありがたい申し出だ。


 質素ではあるが、ハムと野菜のスープとピザのようなものが出されてきた。

 身分のある人達ばかりだから、あまり食器を使わない食事は俺に恥をかかせないようにとの配慮だろう。

 とはいえ……。このピザ、チーズが乗っていないんだよね。薄いパン生地にただ具材を乗せて焼いただけに思える。

 具材を挟むようにしてパンを畳んで食べるようだ。


「初めて頂きましたが、こんな料理もあるんですね。ところで、大陸にはいろいろなチーズがあると思うんですが?」

「ええ、ありますよ。チーズで有名なのはビルガイネ殿の王国ですな。冬の保存食として3王国にたくさん供給しておられます。ですがこの頃はジハール王国さんのチーズも出回るようになりました。癖があるのですが風味が良いと、食にこだわる者達から評判が高くなっています」


「ヤギのチーズですか……。それともう1つ。トマトをたまに商船で見かけますが、あれを煮込んで香辛料と混ぜたようなペーストはあるのでしょうか?」

「角切りにしてスープに入れることはありますが、さすがにペーストにまでは……」


 なるほど、ピザの文化はまだできていないようだ。

 それならと簡単なピザの作り方を教えたら、さっそく試作してみると言い出した。


「美味しい料理は、それなりの需要があります。特に王都の食道楽の連中ときたら……」


 話を聞くと、ゲテモノ食いにまで手を伸ばし始めているそうだ。

 きちんと煮込めば、毒でも持っていない限り食べられるんだろうけどねぇ。


 出来上がるのを待って、コーヒーを頂きながらパイプを楽しむ。

 その間に、チーズを使った料理の話をビルガイネさんとすることになったけど、ギルドの代表とオルベナル氏が興味深々な様相で俺達の話を聞いているんだよなぁ。

 2つの王国の神官は笑みを浮かべているのも気にはなるんだけど、同席した神官が一生懸命にメモを取っているところを見ると、帰国してから試作してみようと考えているのだろう。


「なるほど……。私はチーズの切り身をワインで頂くだけなのだが、それほどチーズを使った料理は豊富ということなんだね。それならニライカナイでも商いができそうに思えるのだが?」

「売れないと思いますよ。あたたかな海の上ではチーズは直ぐにダメになってしまうでしょう。それに、先ほどの料理を美味しく頂くなら少し寒い方が良いぐらいです。そうそう、万が一チーズにカビが生えたなら捨てずに少量を食べてみるのも良いかもしれません。かなり美味しいいと話には聞いているのですが、カビの生えたチーズですからね。どれぐらい生えたか、カビの種類は……、と食べられる限度というものはあるはずです。ですが上手くそれを見つけたなら、国王陛下にそのまま切り身とワインをお出ししても十分に満足していただけるでしょう」


 カビの生えたチーズがそれほどなのか……。ビルガイネさんが首を傾げながら考え込んでいる。


「それほど悩むことではないでしょう。毒見をさせる者達なら、それなりに牢にいるのでは?」

「そうするしかなさそうですね。彼らの食事の改善と考えれば良いでしょう。それにせいぜいお腹を壊す程度。鉱山労働と選択させれば、直ぐに10名以上は集まるはずです」


 犯罪人たちを使って試すつもりのようだ。

 だが、カビの中には毒素の強いものもあるようだから、毒見をさせるのはかなりの重罪人に限って欲しいところだな。


 3時間ほど経った頃に、会議室の扉が開かれ、焼き立てのピザが大皿に載せられて運ばれてきた。

 改めてワインがグラスに注がれ、さっそく試食が始まったのだが……。


「これは……。ビルガイネ殿、チーズの取引量が変わるかもしれませんぞ!」

「確かにそうなるだろうな。片手間の産業が変わるかもしれん」


「最初頂いた料理に、潰したトマトとチーズを加得るだけでこれだけ風味が増すのは驚きです。冬の勤行時には是非とも神官や信徒にお出ししたいですね」

「炎の神殿と水の神殿は相反する位置ですが、それだけ互いの信仰を評価しているとも言えます。水の神殿からの贈り物としてお届けしましょう」

「そうなりますと返礼に悩みますね。互いの神殿を尊重するとなればそれなりの品ということになりますから」


 西に広がる遊牧民の冬の暮らし、南の王国ではあるが標高が高い場所に神殿はあるようだからやはり冬は寒いのだろう。

 同じ料理を食べることで互いの神殿が仲良くはなりそうだけど、水と火だからなぁ。


「やはり、ナギサ殿とのパイプが欲しいところですね。今の1件だけで私の王宮内での発言力が高まるでしょう。ひいては王宮に対する国民の評価も高まります」

「出る杭は打たれるという諺もあるぐらいです。一気に進めると足をすくわれかねませんよ」


 一応、警告はしておこう。

 先王の弟ということだからね。王位継承権は低いのだろうが、一応狙える位置にあるということは陰謀に巻き込まれる可能性だってあるのだ。

 功績が必ずしも良いことにはならないのが貴族社会らしいからなぁ。


 俺の話に、笑みを浮かべて頷いているところを見ると、その辺りのことは重々承知しているということなんだろう。


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