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P-224 調整の始まり


 水の神殿の神官はジハール王国の交渉代理人として国王から全権を委ねられてやって来たらしい。

 騎馬民族だけあって、荒事は何とでもなるが交渉事は王侯貴族も得意ではないらしい。何となく分かる気もするな。それだけ裏表がない性格なんだろう。

 となると、水の神殿は昔から他国との調整毎をこなしてきたはずだから、マルーアンさんもかなりの人物に違いない。

 さらに王宮内で政争に明け暮れている貴族がやってくるんだから、前途多難ってことになりそうだ。


 突然の来訪を詫びて帰った2人は、俺の人物を見定めようとしてやって来たのだろう。

 どんな印象を2人に与えたか……。会議の席上で適役に回らないで欲しいところだ。

 夜も更けたことだし、もう寝るとしよう。

 明日だって、誰かやってこないとも限らないからね。


 案の定、翌日の昼下がりに商船の使いが現れた。

 何人かが商船に集まっているとのことだから、とりあえず行ってみよう。

 エメルちゃん達は大型商船の店内を見て来るそうだ。良いお土産が見つかると良いんだけどね。


「それで、誰が来てるんだい?」


「炎と水の神殿からいらした神官様に、商会ギルド長でございます。3者で午前中より会談していたのですが、やはりナギサ様にいらして頂いた方が良いとの事でした」


 個別調整から、全体調整に移行しつつあるってことかな?

 そこで課題も出てきたわけだ。なら、課題を早く知る必要があるだろうし、対策についても考えておかねばなるまい。


「ここは暑い土地だからね。この格好になるんだが構わないかな?」


「服装で相手を判断することはありませんよ」


 俺より年上の店員なんだけど、言葉使いが丁寧だ。一応断ったからね。その場で顰蹙を買うことはないだろう。


 タツミちゃんが抱いたマナミに手を振って、店員について大型商船に向かう。

 それにしてもおおきいなぁ。横幅だけで俺達のカタマランの全長を越えていそうだ。


 幅の広い渡し板は魔石の競売にやってくる商船の2倍はありそうだ。横に3人が並んでも海に落ちることなく渡れるに違いない。

 商船に入ると、すぐに階段を上る。

 3階に上ると、長く伸びる通路を船尾に向かって歩き、突き当りの扉を店員が軽く叩いた。


「ナギサ様をお連れしました」


 店員の問いかけに、中から「ご苦労様」との返事が返ってくると、扉が内側から開かれた。

 恰幅の良い、いかにも商人という容姿をした初老の男性が俺に頭を下げる。


「お疲れのところ、および出ししてしまい申し訳ありません。出来れば少し我等と話をしていただけると幸いなのですが」

「調整が始まったということでしょう。ニライカナイが関わるというならいつでもやってきますよ」


 俺の返事を聞いて笑みを浮かべる。

 招き入れてくれた船室は、これが船の中とは思えなかった。

 どう考えても10m四方はありそうな部屋に丸いテーブルが1つと数脚の椅子が置かれている。

 立派な絨毯が敷かれ、両壁に低く作られた棚の上には高価そうな陶器が飾られていた。正面の窓もかなり大きい。

 さすがに1枚ガラスにはなっていないが床から3mほどの高さまで格子状のガラスが入った窓になっていた。

 南国の光は強いからだろう、繊細な刺繍の入ったレースのカーテンが引かれている。


「どうぞこちらに」


 案内されるままにテーブルの開いた席に着いた。

 座ると同時に席に着いた人物を確認する。

 丸いテーブルに着いているのは俺を含めて7人の男女だ。

 恰幅の良い初老の男性は商会ギルドの人間だろう。隣に若い男性を控えさせている。

 昨夜カタマランを訪ねてきた水の神殿の2人に、炎の神殿のミラデニアさんだ。隣の女性神官も見覚えがある。

 ニライカナイ側が俺1人なんだけど、やはり誰か連れて来るべきだったかもしれない。長老よりもカヌイのお婆さん辺りが適任かもしれないな。


 飲み物が俺達のテーブルに配られた。お茶ではなくグラスに入っていたのは冷たい氷を浮かべた柑橘系のジュースのようだ。良い香りがする。


「明日は満月。いよいよ約定の改正を行うべく、関係者間の話し合いが行われます。我ら以外に参加するのは2つの王国から派遣された大使ということになりますが、財務に関わる貴族ですからなぁ。事前調整を行うのは難しいでしょう。ですが、ノルーアン王国の大使については本日の話を後で聞かせてほしいと、使いをよこしております」

「ノルーアン王国は、相変わらずだな。だが、今回の改正を一番嫌った王国と聞いているぞ」


 約定を作った際には、炎の神殿と図ってネダーランド王国を諫めたとも聞いている。

 努力した結果を改正しようということだから、それも無理はないんだろう。


「やはり1番の問題は小魚の漁果が減るということですか?」

「その通りです。庶民には中々大きな魚は手に入りません。半身にしてもそれなりの値段ですからね。漁果が減れば値段も上がるでしょう。民衆の不満は王国が最も気にするところでもあります」


 2つの神殿の神官達の話を聞くと、やはり懸念事項が表面化しているようだ。

 だが、それを俺達が黙って聞き入れてしまっては大陸の属領となってしまう。俺達には俺達の生活を豊かにする権利だってあるはずだ。

 それを抑止してまで、自分達の王国内の不満を無くすというのは、治世のやり方に問題があるんじゃないかな。

 

「この話を、最初にしてくれたのは半年ほど前の事でした。ある程度の落としどころを事前調整したのですが、やはりネダーランド王国は強硬に反対しているようです」

「我がジハール王国に脅えて軍を増強していると聞いております。その軍の威容をもってしての改正不要ですかな」


 ミラデニアさんの言葉に、バイテルさんが確認するかのように問いかけた。

 小さく頷いているから、そういうことなんだろう。

 武力外交ってことかな?

 この世界なら、それもあり得る話だ。ニライカナイが未だに砲艦を手放さないのも頷ける。


「今を取るか、それとも先を考えるか……。さらには自国だけを考えるか、それとも周辺諸王国との立ち位置までを考えるかで約定改正の中身が変わってきます。

 皿の上の料理は増えることがないその料理を何人で食べるかで切り分ける分量が変わるでしょう。老若男女で食べる量は変わるでしょうが、料理の分配は公平でなくてはなりません。

 さらに料理皿には今までの料理と少し異なり、少し値のある具材が多くなったというのが我等の置かれた現状です。

 王国間の力加減に寄って分配するのも方法の1つでしょうが、それは新たな戦の種火ともなりかねないと推察します」


 俺の話を聞いて頷いているところを見ると、ここまでの話はこの部屋の人物間での合意が出来ているということらしい。

 

「たぶん公平分配に異を唱える王国はないでしょう。ですが、自国の漁民に寄るニライカナイの領海内での漁を要求してくると思います」


 単なる要求とも思えない。それはリードル漁にまで及びそうだ。それを取り締まるようなことになればニライカナイ全体の漁果が減ることは確実だろう。


「さすがにそれは難しいですね。隣の王国内で農業や牧畜をするようなものですよ。とはいえ、小魚の漁果が減ることは間違いありませんから、大陸に近い漁場を2つ開放することを考えています。俺達にとってはニライカナイの国土削減になりますから、沿岸王国としての名目は立つと考えていたのですが」

「ナギサ殿。1歩譲れば3下がることになるという言葉を御存じかな? 貴族連中は言葉巧みに譲歩場所を拡大しようとしますぞ」


 それもあり得る話だな。

 それは俺が譲らなければいい話だし、俺が判断できることではない。

 事前に長老やカヌイのお婆さん達に合意して貰った場所は大陸に一番近い2つの漁場。小魚しか取れない場所だからな。

 待てよ……。もっと岸に近い場所にも漁場があったんだよなぁ。あれなら長老も文句は言わんだろう。大陸の河川の汚染が広がった漁場らしいからな。


「強いていうなら、もう1つぐらいは提供できそうです。ですが、絶対に漁をしないでください。ネダーランド王国の鉱石精錬で汚染された水が溜まった区域です。そこの魚を食べたなら、直すことができない病魔に襲われますからね」


「ニライカナイの漁場ではあるということですね?」

「ええ、サイカ氏族の良い漁場だったと聞いております。その漁場を放棄したことで小魚漁の漁果がかなり減ったようですね。それを取り返すべく商船を改造した母船を伴い他の氏族の漁場の外側を巡るようになりました。

 とはいえ、俺達は恨んではいませんよ。大陸の王国がそれなりの文化を育てるのであれば、必然的な現象ともいえますからね。

 ですが、かの王国にその自覚があるかどうか疑わしいところでもあります」


「開放することによって、身をもって自覚することになると……」

「たぶん豊漁続きになるでしょう。施政を行う側としては喜ぶべきことなのでしょうが、数年後にそれが王国内に広がるはずです」


 奇病の流行とその病状を聞いて、4人の顔色が変わってくる。

 いろんな神様がいるようだけど、病魔を回復させるほどの影響力は無いらしい。

 病を軽くする、痛みを軽減する、軽傷を直すぐらいの事はできるらしいが、根本的な回復はできないらしい。

 腕を失えば再び腕を囃すことは出来ないが、骨折や切り傷は直せるってことのようだ。


「ネダーランドは沿岸漁業を行っていませんが、その漁場に位置を地図で確認する限り魅力的な提案に思えますね」

「ニライカナイ側としては開放するだけであって、そこで何をしようと気にしないはずです。その外側にかつての津波で作られた南北に延びる巨大な砂州がいまだに残っています。その砂州にすら近づいて漁をしないぐらいですからね」


 各王国の代表者がじっと地図を睨んでいる。

 今回開放する予定の漁場は大陸からそれほど離れていないが、そこで漁をするとなれば陸地は全く見えないだろう。

 小さな船では無理かもしれないな。若者達が最初に使うカタマランほどの船がほしいところだ。

 だけど漁果はかなり増えるんじゃないかな。


「開放して頂ける漁場と比べても、この漁場は大きいようですし、かなりニライカナイに近いのではありませんか?」

「小舟でも、サイカ氏族の島に2日あれば到着できます。確かに近い、それにこの漁場の存在はサイカ氏族が氏族を維持するために必要な漁場であったのです。

 その漁場で漁が出来なくなった……。その対応を含めた約定が現在の約定です」


 今回の約定改定は、どの王国についても利が出ない。

 強いて言えば、戦の要因をいくらか低減できる程度だ。だが、現状のままでは民衆の上げる声をいずれ無視することが出来なくなるだろう。


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