P-233 水の神殿から来た2人
オウミ氏族の長老へ軽く挨拶、と考えていたのだが少し長い話になってしまった。
俺の人間性を確認したかったのだろう。最後には笑みを浮かべていたから、どうにか合格の基準を達していたに違いない。
石の桟橋に泊めたカタマランに戻ってくると、夕食の準備が整っていた。
航海中よりも停泊中の方が少し贅沢な食事になる。
今夜は、カマルの一夜干しを焼いた物が一皿増えている。
4人で食事をしている時に、エメルちゃんが来客があったことを教えてくれた。
「変わった服装の男女が訪ねてきたにゃ。ナギサがいないと知って直ぐに戻ったけど、夕食後を見計らってまた来ると言ってたにゃ」
「誰だろう? オウミ氏族の人ではないんだよね?」
「あっちの桟橋に泊っている船に帰って行ったにゃ。あれは商船みたいだから明日出掛けてくるにゃ」
エメルちゃんが教えてくれた船を見ると、普段目にする商船よりも2周りも大きい船だ。
商船の店員なら、エメルちゃんが変わった服装だということはないだろう。
となると、商船でやって来た来客ということになる。
会議を前にして、俺と事前調整を行いたかったのかな?
食事が終わると、甲板でのんびりワインを楽しむ。
カップに半分ほどだけど、俺にはこれぐらいが適量だ。カルダスさん達はこの数倍でないと満足できないだろうけどねぇ……。
水面に移る船を明りを見ながら3人で飲んでいると、桟橋を歩いてくる足音に気が付いた。
俺達を訪ねてきたのだろうか?
タツミちゃんが、マナミを連れて屋形へと入っていく。エメルちゃんはカマドにポットを乗せてお茶の準備を始めたようだ。
船尾でパイプを楽しんでいた俺を見つけたのだろう。
桟橋を歩いてきた2人の足音が停まった。顔を向けると、確かに変わった装いだな。ザネリさんより年上に見える男性が修道服の頭巾を深く被った人物の前に立っていた。
「我はジハール王国の僧兵部隊を率いるオルバ。失礼だが、ナギサ殿で間違いないだろうか?」
「俺がナギサですけど……。何か、御用でしょうか?」
男が小さく頷くと、後ろの人物と小声で話しをしている。頷きながらだから、何か指示を受けているのかもしれないな。
「水の神殿の副祭祀長殿が、ナギサ殿と会談したいということで訪ねてきた。良ければ話を聞かせて貰えないだろうか?」
やはり事前調整ということだな。
了承して、2人に甲板に上がって貰った。とりあえず俺の前に2つのベンチを置く。真ん中のベンチをテーブル代わりにすればお茶を出すこともできるだろう。
2人がベンチに座ったのを見たエメルちゃんが俺達にお茶を出して屋形の中に入っていく。
これで3人だけになったけど、どんな難題を言い出すんだろう?
修道服の人物が頭巾を外すと、短く切り揃えた金髪の女性の顔が現れた。トーレさんよりは若いのだろうが副祭祀長だからなぁ……。
「ナギサ殿のお噂は聞いております。私は、水の神殿の外を担当するマルーアン。隣は、護衛はいらぬと言っていたのですが強引に同行してきたバイテル、僧兵100人を率いる人物です」
「改めて、俺がナギサです。シドラ氏族で暮らす漁師の1人ですが、何やらお急ぎの御様子。俺がオウミ氏族の島にやって来た理由と関係しているようにも思えますので、そろそろ話を始めたいと思います」
マルーアンさんが隣のバイテルさんに笑みを向ける。小さく頷くと、気まずそうな顔をしてバイテルさんが苦笑いを浮かべている。
バイテルさんは心配性なんだろうな。それにしても百人隊長か……。太い腕を見てもわかるんだが、かなりの戦士に違いない。
「ナギサ殿は、炎の神殿と懇意だと聞いております。ニライカナイの民が信じるのは龍神のはず。本来ならば我ら水の神殿と深くかかわるべきではないのでしょうか?」
やって来た目的は宗教勧誘ってことか? ちょっと興ざめだな。
まぁ、言われてみれば確かにその通りではあるんだが……。
「失礼ですが、水の神殿の所在地はどこなのでしょう? 生憎とニライカナイは大陸から遠く離れた辺境です。長老やカヌイのお婆さん達から大陸にはいくつかの神殿があると聞いてはいるのですが……」
俺の言葉を聞いてちょっと呆れた表情をしている。やはり大陸の住民にとっては、それぐらい知っていて当たり前ということになるんだろうな。
「海から西に馬車で10日。アルハイムと呼ばれる大きな湖があります。その東岸の小島に立つ神殿が我等の神殿になるのです」
「初めて聞く地名です。やはり学のない辺境の民であることをお詫びするしかありません。炎の神殿と我等の関係は、現在の約定を定めたころにソリュード王国の代理として参加していただいたことから、いまだに関係が続いていると聞いております。
今回の約定改定では王国間の調整が多々あると考え、炎の神殿のミラデニアさんに依頼しました」
「我等の神殿が沿岸に無かったからだということか? 同じ水の神を敬う民であるのに……」
呆れた口調のバイテルさんだが、マルーアンさんは穏やかな笑みを俺に向けているだけだ。
呆れてはいるんだろうけどね。軽く流しているところを見ると、それを咎めるということではなさそうだな。
「水の神殿と風の神殿は内陸部にあるのです。群島で暮らすネコ族であれば、確かに知りえぬことでしょう。ですが、ナギサ殿はどう見ても人間族。王宮内の政争に敗れて海に逃れたということでしょうか?」
「暮らしていた国はこの辺りの王国ではなさそうです。風習によって海に出たことは確かなんですが、気付いたらニライカナイの海を彷徨っていました。
俺を助けてくれた者達が氏族に加えてくれたのです。ですから、見た目は人間族ですがニライカナイの民として扱っていただけると幸いです」
「ネコ族はかつて周辺に脅威をもたらした戦闘民族。よくも迎え入れてくれたと感心してしまいます。とはいえ、今回の約定改定はそれなりに先を見越したものです。それを行うために、神により遣わされたのかもしれませんね」
社交辞令ばかりだけど、特に課題はないということなんだろうか?
竜神と水の神ということなら、両者ともに水を大切にしていることは確かだ。
俺達の信仰を覆すようなことしないだろう。
「アルハイム湖は周囲を馬で巡っても2日以上掛かるほどの湖ですが、生憎と漁業は振るいません。湖から流れる2つの川に数組の川漁師が細々と漁をしている状況です。
沿岸諸王国との和平条約が結ばれたことから、商会ギルドの伝手を使ってニライカナイに商船を派遣したのですが……」
商会ギルドを通すよりは、自分達で魚を買い付けた方が王国内に安く売れるということになるんだろうな。
「その船をたまたま俺が見つけました。その行為を悪いことだとは思いません。王国内の領民を思っての事でしょう。ですが、それが大規模になった場合、せっかく合意できた和平条約が破棄されることもあり得ると思います。
新たな商船を確認し、店員と話すことで内陸王国の商船であることを知りました。
アオイさん達が努力して合意できた沿岸の3王国との約定はいまでも有効です。この約定に縛られない新たな王国がニライカナイと取引を始めたことから起こりえる課題を考えて、その大きな影響に驚いた次第。
かつて、アオイさん達に協力して頂けた炎の神殿の神官に、内々の調整をお願いした次第です」
「それが、分からんのだ。商いが増えるなら、ニライカナイとしても歓迎すべきことではないのか?」
「魚が無限に獲れるなら、その考えが成り立ちます。魔石についても同じですね。ご存じかもしれませんが、ニライカナイの民の数は少し大きな町ほどの人口です。
確かに大陸の漁師の数と比較すれば多いでしょうが、漁果を急激に増やすことは出来ません。放牧した羊を買いたい商人がいくら金を積んだとしても、売れる羊の数は決まっているのと同じことです」
「だが、魚は羊とは違う。いくらでも獲れるのではないか? 漁師の数が少ないなら、我等の王国からでも人を出すことは出来るぞ」
「一応、ニライカナイを代表することができます。俺と貴方が今の話で手を握ったなら、大戦が始まりかねません。それを理解できていますか?」
俺の強い言葉に、気後れすることなく俺を睨んでるんだよなぁ。
考え方としては良いかもしれないが、それは俺達の治自を犯しかねないし、騎馬民族と戦闘民族が手を握ったなら再び覇権を争いかねない。
「あり得るお話ですね。やはりニライカナイを代表するだけの人物ということでしょう。若さで判断することは出来ませんね」
「副祭祀長殿は、今のナギサ殿の話を理解できたのですか?」
「はい。確かに問題ですね。そコマで考えるナギサ殿なら、確かに炎の神殿と懇意にするのも頷けます。相反する神であるなら他者なら深く考えもしないでしょう。
それを防ぐのが今回の約定改定ということになるのでしょうね。3王国には大きな借りが出来てしまいそうです」
借りと受け取ってくれるなら、ありがたいところだ。
問題は受け取れる漁果が減る3王国になるんだが、どれぐらいの量まで許容してくれるだろうか。
アオイさん達は2割増しの要求に何とか応えたらしいが、現状を考えると1割増しも難しく思える。
「和平条約は少し早すぎたかもしれませんな……」
「今手放せば、2度と手に入れることが出来なくなる可能性もありますよ。3王国ともに和平条約を結んでも軍を国境より後退をしていないのではないですか?」
俺の問いに、きつい目を向けてくる。
やはり、3王国ともに疑心暗鬼状態ということなんだろう。それだけ騎馬民族を恐れているということになる。
新たな約定交渉が物別れになったとしたら、一瞬触発状況にまで進みそうだ。
「やはり、上手く調整するしかないようですね。誰もが満足する結果にはなりそうもありません」
各国の思惑もあるだろうからなぁ。
一番漁獲が減るのが貧しい領民達が買う魚であることも問題だ。




