P-217 当然知っているべきこと
夜釣りは、3本の竿が仕掛けを下ろす。
タツミちゃんはサディさんとマナミの子守を交代しながらの参戦だ。
他の船団はオラクルから離れた漁場で漁をしているようで、この漁場も魚が濃いな。
ブラドが主だけど、バルタックも混じる。たまにバヌトスが釣れるんだけど、大きくないからおかずになってしまいそうだ。
20匹を超えたところで夜釣りを止めると、延縄を回収しに向かう。
黄色い明かりはよく目立つ。
すぐにアンカーを引き上げると、ロープを浮きに結び付けカタマランに戻った。
タツミちゃんがザバンを船首に繋いでいる間にロープを手繰り寄せようとしたが、結構重いんだよなぁ。
ろくろを使ってロープを引き寄せ、先ずは浮きを回収する。
ロープをエメルちゃんに預けて仕掛けをろくろで上げ始めると、サディさんがマナミを抱えて後ろから様子を眺めている。
何が釣れたのかと、興味深々にマナミと一緒に眺めている。
「エメルちゃん、タモを頼む! 結構でかいぞ!」
すぐに引き上げている組紐の傍にタモ網が差し込まれた。
枝針のハリスを持って、ゆっくりと引き上げる。
掛かってからダイブ経つのだろう。強い引きが無いんだが、重さはかなりのものだ。
見えてきた魚体をタモ網に誘導すると、勢いよくエメルちゃんが甲板に引き上げた。
「グルリンにゃ! 3YM近いにゃ」
いつものポカリ! という音が聞こえてきた。幸先が良いな。次もグルリン編んだろうか……。
30分近く掛けて延縄を引き上げたんだが、12本の枝針に6匹のグルリンが掛かっていた。シーブルが2匹混じっていたけど、グルリンの群れが上手く通り掛かったに違いない。
明日は、上物も狙える夜釣り仕掛けに変えた方が良いのかもしれない。
産後の穴を狙うということから、中層まで狙える仕掛けにしておいたんだよなぁ。
明日に備えて延縄仕掛けを桶にまとめ、作業が終わったところで夜釣りで使った竿のリールを軽く塩抜きしておく。竿は水で濡らした布で拭くだけだ。寮生活では水は貴重だからなぁ。塩抜き用に水の運搬容器を1つ用意してあるんだが、10リットルほどの水だからね。雨期ならいくらでも真水が手に入るんだが、乾季はそうもいかない。
仕事が片付いたところで、夕食の残りを雑炊にして頂く。
マナミの子守をしながらサディさんが作っていてくれた。夜食が終わると皆でカップに半分ほどのワインを頂く。
今日の漁は上手く行ったんじゃないかな? 一夜干し用のザルが3個並んでいるぐらいだからね。
翌日は、素潜り漁を行う。
魔道機関付のザバンがあるから、大きな穴をゆっくりと巡って魚を突くことにした。
さすがにフルンネはいないけど、バルタックが群れている。
バルタックばかりを10匹近く突いたところで、最後に穴の縁にいたカマルを突いた。
2YM近くある大物だから、釣りの餌だけでなく夕食にも使えそうだ。
いつもの蒸したバナナでお腹を満たす。
少し西に雲が出てきたのが気になるけど、この季節の雨ならすぐに止むはずだ。
カタマランから延縄を流して、俺一人で釣り竿を出す。
たまに良い型のカマルが釣れる。安値だけど一夜干しも少しは作れるだろう。
「結構釣れるにゃ。小さいのは貰っておくにゃ!」
釣れた魚を入れておいた桶から、サディさんが3匹ほど取り上げて三枚に下ろしている。短冊切りにしたところを見ると、釣り餌ということだろう。
残った骨と頭は鍋で煮込んでいるから、スープの出汁になるんだろうな。
釣り竿を納めると、パイプを取り出して火を点ける。
ガリムさん達は、どうなんだろう?
一緒に漁をしているから、暇になると他のカタマランの漁果が気になってしまう。
別に競っているわけでは無いんだが、やはり気になるんだよなぁ。
だいぶ日が傾いてきた。そろそろ延縄を引き上げるか……。
パイプを仕舞って、ロクロを動かす。
船尾から延びたロープをろくろを使って取り込んでいくと、結構強い引きが伝わってきた。
笑みが浮かんでしまうのは仕方がない。エメルちゃんを呼んでタモを用意してもらう。
タモを差し出してきたのはタツミちゃんだった。
エメルちゃんとサディさんがマナミと一緒に遊んでいるらしい。2か月にもなっていないから、マナミが笑みを浮かべるのを2人で面白がっているんだろうな。
「かなり大きいぞ。シーブルの群れでも来たんだろうか?」
「沈めたにゃ。いつでも引き上げられるにゃ!」
グイグイと引いている魚を上手くいなしながら水面近くまで引き上げる。そのままタモに誘導すると「えい!」と大きな声を上げてタツミちゃんが甲板に取り込んだ。
すぐにポカリ! と良い音が聞こえたら、バタバタと甲板を叩いていた音が無くなった。
まだ手ごたえがあるな……。次も大きいのかな?
前部で4匹のシーブルだったが、全て3YM近い良型だ。
サンゴの穴にはいなかったから、サンゴ礁の小さな谷間を伝って移動していたのだろう。深い場所に出た途端に餌が漂っていたなら、確かに食いつくだろうな。
となると、今夜の夜釣り仕掛けを早めに替えておいた方が良いかもしれない。少し早いけど、延縄の仕掛けに餌を付けなおして、延縄を流す準備を始めた。
「延縄を流しに行くから、ザバンを用意してくれないかな?」
「昨夜は、あのあたりだったにゃ。もう少し離した方が良いかもしれないにゃ」
カタマランより遠くということだな。
幸いこの近くには他のカタマランが停泊していないから、200mほど離して仕掛けてみるか。
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島を発って4日目の早朝にカタマランのアンカーを引き上げる。
高々と旗を上げたガリムさんのカタマランに向かって、仲間のカタマランが集まっている。
何時でも出発できることを黄色い旗を上げて示しているから、ガリムさんは波多野色とカタマランの数を数えるだけで済むはずだ。
船尾のベンチに座り、パイプを咥えながら他のカタマランの男達を眺める。
近づくと互いに手を振り、漁の成果を大声で伝え合う。
「夜釣りで30近く上げるんですから、良い漁師ですね」
「オベルの父さんも釣りが上手かったにゃ。きっと厳しく仕込まれたに違いないにゃ」
俺達の話を屋形の傍にあるベンチに座ったサディさんが聞いていたようだ。抱いているマナミに、「マナミの父さんは凄い漁師にゃ」なんて言ってるけど、漁果の半分はエメルちゃんやサディさん達のおかげだと思うな。
タツミちゃんもサディさんがいてくれたから、交代しながらも夜釣りに参加してくれたからね。
大きく笛の音が2回、海上に響くとカタマランがゆっくりと向きを変えて動き出す。
東の島に隠れていた太陽が姿を現した時刻だから、かなり早い出発になる。十分に日のある内にオラクルに帰投できるだろう。
だんだんと船足が速まってきた。カタマランの航跡が長く伸びていく。
船団の位置は後ろから2番目だ。この位置が俺の定位置になっているけど、船団の位置にもなんとなく取り決めがあるように思える。
分かっているのは、先頭を進むのが筆頭の乗るカタマランで殿が次席ということぐらいなんだが……。
「サディさん、俺達のカタマランは何時も後ろから2番目なんですけど、この位置って何か意味があるんでしょうか?」
俺の質問に、唖然とした表情をしていたが、直ぐにマナミをしっかりと抱いていたから驚かせてしまったようだ。
操船櫓から降りてきたタツミちゃんにマナミを預けると、かまどに乗ったポットのお茶をカップに注いで渡してくれた。
カップを持って器用に操船櫓に上ってエメルちゃんに届けたところで、サディさんが俺に顔を向けた。
「あまり驚かせないで欲しいにゃ。マナミを落とすところだったにゃ。ガリム達は年上の少年達に教えられたはずにゃ。私も姉さん達に小さい頃に教えて貰ったにゃ」
船団のどの位置になるかというのは、ある意味その船団を構成する漁師の腕を基にするらしい。
腕が良く、世話好きな正確な人物を長老が筆頭とするようだから、バゼルさんやザネリさん達の腕と人柄は長老達も認めているということになるのだろう。
「次席は筆頭が決めるにゃ。船団の最後尾を務めるにゃ。その次は2番手になるにゃ。船団の皆に連絡するのは2番手の役目にゃ」
なるほどねぇ……。
残りは3番手移行順番になるのかと思ったら、そうではないらしい。
俺達のカタマランがいる後ろから2番目の役目もあるそうだ。
脱落者が出た時には、直ぐに後ろの次席に伝え場合によっては、動けないカタマランを曳くこともあるとのことだ。
俺達のカタマランは他の大型カタマランよりも大きいからなぁ。確かに1隻なら十分に曳いていけるだろう。
「知らなかったのかにゃ? バゼルをきつく叱っとくにゃ。トーレが教えても良かったにゃ……」
話を終えたところで、バゼルさんの指導の仕方に問題があると認識したようだ。
まぁ、それぐらいなら教えて貰わなくても、その場になったら動くと思うけどなぁ。ネコ族は仲間意識が極めて高い種族だ。
動けないカタマランをそのままにすることは、絶対にないと思うな。
むずかりだしたマナミをタツミちゃんに預けながら、先ほどの話をタツミちゃんにしているようだ。
タツミちゃんもちょっと驚いているぐらいだから、やはり小さい頃に誰もが知る知識なんだろう。
俺がこの世界に来たのは高校生になってからだったし、すんなりとシドラ氏族の中に入ることができたからかもしれないな。
本来なら小さい頃に知っておくべき知識が、まるでないと分かっただけでも十分だ。
他にもいろいろありそうだから、おいおい確認するしかないだろう。
ほかにもあるのか? と問われても直ぐには思いつかないからなぁ。
やはり速度を上げていたようで、オラクルの桟橋にアンカーを下ろした時には、まだ夕暮れには程遠い時間だった。
すぐに保冷庫から一夜干しを取り出して、エメルちゃんとサディさんが運んでいく。
直ぐにエメルちゃんが戻ってきて、保冷庫に残った一夜干しを入れて運んでいく。
「3カゴにゃ。私が行ったら4日後になってたにゃ」
トーレさんがカタマランに乗り込むと、屋形に入っていきながら小さな声で呟いた。
負けず嫌いな性格だからなぁ。でも直ぐにマナミを抱いて笑みを浮かべて甲板に出てきた。
「今回は、サディさんにいろいろと助けてもらいました。次がある時にはよろしくお願いします」
「大丈夫にゃ。次もバゼルは田圃作りをするみたいにゃ」
ん? それほど大工事になっているんだろうか。明日は早めに見て来よう。
タツミちゃんがお茶を沸かして2人の帰りを待っていると、夕暮れが始まるころに、2人が帰ってきた。
燻製小屋まで漁果を運んだのかな?
「終わったにゃ。船団で一番にゃ。グルリンだけで10匹にゃ。皆が驚いていたにゃ」
「それにシメノンも20枚は上げたにゃ。1回の出漁で銀貨2枚を超えたにゃ」
エメルちゃんにサディさんに分配したかを聞いてみたら、きちんと三分の一を渡したそうだ。
親しき中にも礼儀ありだ。本人は暇つぶしと思っているようだけど、しっかりと漁を手伝ってくれたんだからね。
「次は私の番にゃ。ナギサの尻を叩いて、銀貨3枚を目指すにゃ!」
「ほどほどにお願いしますよ。森の腕はザネリさんやガリムさんに達しないんですから」
「それを工夫で補ってるにゃ。十分にバゼルやカルダスの腕を持ってるにゃ」
褒められてるんだろうな……。でも、それって過大評価してるんじゃないか?
確かに場合によってはバゼルさんを超える時もあるけど、それが可能なのはある程度大きな魚を水中銃で突く時だけだ。
手返しを考えると、銛を使うバゼルさん達の方に分があるんだよなぁ。




