P-216 今度はサディさんが一緒だ
ガリムさん達と漁に向かう当日の朝。俺達のカタマランにカゴを背負って乗り込んできたのはサディさんだった。
「トーレには良く言い聞かせてきたにゃ。今度は私が手伝うにゃ」
「よろしくお願いします」
ちょっと呆れ顔で挨拶したけど、サディさんは笑みを浮かべて屋形の中にカゴを置くと操船櫓に上って行った。
桟橋に結んだロープを解いていると、トーレさんが手伝ってくれる。
残念そうな顔をしているのは仕方がないと諦め切ったところなんだろう。
「次は私の番にゃ。たまにはサディに譲ってあげるにゃ」
「いつでも歓迎します。本来なら2人を乗せていきたいんですが、さすがにバゼルさんが可哀そうですから」
「それが問題にゃ。男はいつまでも手間が掛かるにゃ」
男尊女卑とは違うというのが、この頃良く分かってきた。
多分大昔に大陸で戦に明け暮れていた時代の風習が残っているのだろう。
男は外に出て戦を行い、女は村を守る。外は男性で内は女性という基本原則があると考えれば、バゼルさんやトーレさん達の話が良くわかる。
バゼルさんは料理を1度もしたことは無いのだろう。1人で残すことは出来ないから嫁さん達2人が交互に俺達のところで羽を伸ばしに来るってことだな。
いつもお世話になっているんだから、俺達には全く問題はない。それどころか、操船、調理、漁までも手伝って貰えるのだ。
まだまだ手間が掛かるマナミのお守もしてくれるからなぁ。
タツミちゃん達にとってはかなり嬉しいことだろう。
沖に集合するために桟橋を離れる時には、バゼルさんとトーレさんが見送ってくれた。
いつの間にか甲板に下りてきたサディさんが、マナミを抱いて2人にマナミの手を一緒に振っている。
笑みを浮かべたサディさんと、恨めしそうにこっちを見ているトーレさんが印象的だ。
船団に向かって回頭を始めるとサディさんとマナミは屋形に入っていった。
「サディさん、嬉しそうにゃ」
「きっと、1日中マナミを抱いてるんじゃないかな? いつもトーレさんが抱いていたからね」
だけどマナミは俺達の子供なんだから、あまり可愛がるのも困ってしまう。とはいえ、お祖母ちゃん子になってしまうのは間違いないだろうな。
6隻のカタマランが縦列を作り入り江を西へと進み始めた。
俺達の後にも10隻ほどのカタマランが集まっているようだから、彼らも漁へと向かうのだろう。
長い列を作って遠ざかる船団を、長老達は見てるんだろうな。
前日に船団の参加者と漁場、出漁期間を長老達に申請するのが筆頭の務めらしい。俺達の場合はガリムさんが行ったということになる。
俺達を眺めながら、豊漁と無事に帰島できることを祈ってくれているに違いない。
長老もいろいろと忙しそうだな。
ログハウスにいつもいるわけでは無いようだ。結構島のあちこちに足を運んでいるのを見かけるんだよね。
さて、漁は今夜からだからなぁ。ガリムさんの話では夕暮れ前に漁場に着くらしい。
南西の漁場はいくつかの大きなサンゴの穴があるということだから、皆から少し離れ
て延縄を流してみるつもりだ。
ベンチの中から、カゴから桶に仕掛けを入れなおした延縄仕掛けを取り出して、針先を研いでいく。
ネムリ針は捻ってあるから研ぐのが面倒だけど、魚が暴れても外れずらい。
パイプを咥えながら、12本の釣り針を研いでいるといつの間にかサディさんが扉のすぐ脇に置いてあるベンチに腰を下ろしてマナミをあやしていた。
「漁具の手入れをいつもしているとバゼルが言ってたにゃ。ザネリがそうやって手入れをしている姿は想像できないにゃ」
「ザネリさんは若者の船団を率いていますからね。その上で、ちゃんと手入れをしてますよ。俺にも錆びた銛を作らないようにと言ってくれました」
「ナギサぐらいの歳だったころには、よく銛に錆を浮かせてバゼルに怒られてたにゃ。大型船の船団に2年出掛けて、少しは心根が変わったかもしれないにゃ。ひょっとしたら、嫁達が尻を叩いているのかもしれないにゃ?」
最後の「にゃ?」はマナミに向かって言っているんだよなぁ。
そうやって駄目な男達をまともな漁師にするのが女性の仕事だと、小さい頃から教えているのかもしれない。
なるほど、勝気な女性が多いわけだな。
ある程度歳が行ったら、カヌイの御婆さん達のように少しは穏やかになるんだろうけどねぇ……。
延縄の仕掛けの手入れを終えると、今度は夜釣りの仕掛けの手入れをする。
さらに銛やスピアに手入れもあるから、結構暇を潰せそうだ。
操船はタツミちゃんとエメルちゃんが交代で行っているから、オッパイを飲ませる時だけ、サディさんがタツミちゃんにマナミを預けている。
「小さい子は皆可愛いにゃ。歩くようになったら早く次を作るにゃ」
「まだまだ先ですよ。でも家族が増えるのは嬉しいですね」
働き甲斐もあるからね。頑張って漁をしないとなぁ。
眠ったマナミをカゴの中に入れたサディさんが、お茶を淹れてくれた。
スピアを研ぐ手を休めて、お茶を頂く。
すでに昼を過ぎている。昼食は蒸したバナナだった。昼食を取らない人達も多いようだが、そんな人達は朝食と夕食をしっかり取るとバゼルさんが教えてくれた。
やはり、少しでも昼食を取った方が良いと思うんだけどなぁ。
バゼルさんも昼食派だから、結構助かっているんだよね。
「延縄を仕掛けて、夜釣りをするにゃ?」
「はい。少し離れた場所に仕掛けて、夜釣りを終えるころに引き上げようかと」
「先の漁では、シーブルが8匹も獲れたにゃ。あれは南に1日半だったから、今回はどうかにゃ」
サディさんの話を聞いて、思わず笑みが浮かぶ。
やはり延縄はそれなりの漁果が得られるということなんだろう。今回だって、数回は流せるはずだ。シーブルは無理でも、バルぐらいは掛かってくれるに違いない。
かなり速度が出ているようだ。
漁場に到着した時には、まだ夕暮れが始まる前だった。
船団を解く笛の音が聞こえると、船底から魔道機関の付いたザバンを引き出した。
エメルちゃんとサディさんがカタマランをゆっくりと進めて、広い漁場を探っていく。
俺は船首に移動して、アンカーを下ろす合図を待つばかりだ。
「ここが良いにゃ! アンカーを下ろして欲しいにゃ」
エメルちゃんの大声に、アンカーを投げ込んで水深の目印を数える。
5つ目が海面から出ているな。およそ4.5mというところだろう。
大きなサンゴの穴がいくつかあると聞いているから、船尾は穴の中ということになるはずだ。
さて、次は延縄だな。
ザバンに延縄仕掛けを入れた桶を乗せる。目印の浮きは前後に付けて、アンカーを結ぶ目印の浮きには、光球を入れられるランタンを付けてある。黄色味を帯びたガラスのランタンだから目立つに違いない。少し離れて流すから目立たないと困ったことになりそうだ。
「餌はこれにゃ! すぐに出かけるのかにゃ?」
「そうだね。暗くなる前に仕掛けて来よう。引き上げるのは深夜になるよ」
船首にロープを結んでいるから、先にエメルちゃんが飛び乗った。
道具の準備が出来ていることを再度確認して、俺もザバンに乗り込む。
延縄仕掛けの長さは30mほどあるからなぁ。最低でもカタマランから50mほど離れた方が良いだろう。
その上で、潮通しが良い場所を探すことになる。
「この辺りに仕掛けよう。仕掛けを流すよ」
エメルちゃんがザバンの魔道機関を止めて、パドルを使って現在位置をキープする。
浮きを投げ込むと、ゆっくりと西に向かって仕掛けが流れていく。
絡まぬように気を付けながら仕掛けが全て桶から出て行ったところで、仕掛けの末端に付けた組紐にランタンを付けた浮きを取り付けて海に投げ込んだ。
少し間をおいて、アンカーを投げ込む。
上手く掛かると良いんだけどね……。
「終わったよ。船に戻ろう!」
「何が釣れるかにゃ……」
笑みを浮かべたエメルちゃんの頭の中では、シーブルが飛び跳ねているんじゃないかな?
カタマランに戻ると、ザバンを船首近くに移動して固定する。
ザバンがカタマランの舷側に接触するけど、ザバンの舷側に小さな浮きを3個ほど結んであるから、接触して破損することはないだろう。
サディさんにマナミのお守を任せたエメルちゃんが、夕食作りを頑張っているようだ。エメルちゃんが直ぐに手伝いに向かったから、俺は夜釣りの準備を始める。
ぐずりだしたマナミを連れてタツミちゃんが屋形に入ると、パイプにタバコを詰めて火を点けた。
ゆっくりと煙が西に流れていくから、マナミが出てきても大丈夫だな。
サディさんが渡してくれたカップにはワインが入っている。カップに半分ほどだから酔うことはないだろう。
皆でワインが飲めるのは、延縄仕掛けを引き上げた田後になりそうだ。
夕暮れが始まり、海が赤く染まりだす。
船の右舷には延縄の浮きに付けたランタンが見える。あれなら探しまわることにならないだろう。
大物が掛かって揺れることを期待しながら、残ったワインを飲みほした。
「夕食にゃ!」
どうやら料理が出来たみたいだな。
ブラドの炊き込みご飯に、酸味の強いスープを掛けて頂く。
いつもより少し香辛料が強いのはサディさんの味付けなのかな? トーレさんの味付けと違うようだ。
「たっぷり食べて、夜釣りを始めるにゃ。たくさん食べないと力が出ないにゃ!」
「これで2杯目ですよ。さすがに3杯は……」
「それなら夜食にするにゃ」
漁が終わったところで軽い食事ということになりそうだ。
スープに炊き込むご飯を入れた雑炊もなかなか美味しんだよね。




