P-213 小さい田圃を沢山作ろう
バゼルさんとザネリさんの仲間が10人ほど集まったところで、皆で田圃作りの場所へと向かう。
結構荷物が多い。俺とエメルちゃんが測量道具をカゴに入れて背負い、バゼルさんは杭をカゴに入れられるだけ背負っている。かなり重いと思うんだが、軽々と背負っているんだよなぁ。
竹の束をザネリさん達が2、3人ずつで運んでいる。結構太い竹だから4つ割りにして編むことになりそうだ。
途中で出会う住民たちに挨拶しながら向かったんだが、「また何か始めるのか?」といった感じで俺達を見てる。
段々畑の下に田圃を作ろうと話したことはあったが、だいぶ前の事だからなぁ。忘れている人達が多いのだろう。
段々畑で良く育っている野菜を見ながら道を下ると、池の近くで荷を下ろす。
だんだん畠は現在のところ2段だが、もう1段下に作れそうだ。
その下ということになれば……、この辺りかな?
「ここを基準にして田圃を作ります。池をそのまま利用しても良いんですが、その上に1つ作りましょう。少しでも大きく作りたいですからね」
「先ずは、小さく作ってみるということだったな。道の左右に作れるが、東からということか……」
道を作るための目印杭を基準にして、20mほど南に田圃を作る目印杭を打った。
測量器から吊るしたお守の先端が杭の真ん中になったところで、東に歩いて行ったザネリさんの持つ測量棒を見て、左右の移動を手の動きで指示を出した。
大きく手を上に上げると、望遠鏡越しにザネリさんが頷いてその場に杭を打つ。
これで、直線が引ける。
同じ手順で南方向にも杭を打ったから、東に向かって長方形の田圃を作れるだろう。
東方向に8FM(24m)、棚田になるから南方向は4FM(12m)とした。
計画では20m四方にしたかったんだが、斜面に作るからなぁ。バゼルさんの言う通り、田圃を沢山作ることで耕作面積を広げれば良いだろう。
基準となる杭の間に紐を張り、幅1YM(30cm)深さ2YM(60cm)ほどの溝を掘る。
再度紐を張って、溝の中に直線になるように杭を打ち込んだ。杭の間隔はおよそ2YM(60cm)ほどだが、土留めだからなぁ。向こうの世界の田圃にはこんな土留めは無かったはずだ。
「4FM南に下がっただけで、高さが1YMほど異なるぞ。これを同じ高さにすると言うことか?」
「北側の土を南に移動することになります。田圃の周囲の杭に目印を付けたのはその為です。水を張ることになりますから、とりあえず南に水が流れて北側の土が乾くことが無いようにすれば問題はありません」
ある程度形になったら、実際に水を引いてみるか。
その方が皆にもよくわかるに違いない。
先ずは南側の土留めを作る。竹を4つ割りにして、杭を互い違いに交差させることでしっかりした壁になる。北側から見ているとゴザを編んでいるようにも見えるな。
数mほどで来たところで、1輪車を使って北の土を南へと移動する。
「土留めの南側にも土を積まんといけないな。どの程度の幅に積むんだ?」
「そうですね。3YM(90cm)ほどで十分です。道として使いますから、土でなくとも大丈夫ですよ」
軽い気持ちで言ったんだが、10日ほど経った後で吃驚することになるとは、この時は思いもよらなかった。
南側と西側の土留め用の竹を組んだところで、本日の作業が終わりになる。
バゼルさんが、長老のところに寄って状況説明をしてくれるそうだから、俺達は夕暮れが迫る前にカタマランに戻ることが出来た。
海に飛び込んで汗を流す。甲板に上がったところで『クリル』を使えば、風呂に入ったと同じ効果があるからね。
マナミの寝姿を見ているようにタツミちゃんにお願いされたから、今日の夕食作りはタツミちゃんも参加するということだな。
甲板から、トーレさんの声が聞こえてきた。サディさんも一緒のようだから、今夜もバゼルさん達と一緒の夕食になるのだろう。
それにしても、よく寝てるなぁ。
思わずいたずらしたくなってくるけど、ここで泣かせたりしたら甲板に女性達全員に睨まれそうだ。
大人しく見ていよう……。
1時間ほどマナミを見守っていると、サディさんが屋形に入ってきた。
寝ていたマナミをひょいと抱っこすると、そのまま屋形の外に出ていく。
ようやく解放されたのかな?
とりあえず一服しよう。気疲れはかなりのものだ。
日が暮れたから外に出したのかな?
夕食が出来上がるのを待つばかりの様子だから、女性達がマナミを取り囲んでいる。
桟橋の先端に向かい、そこに置いてある木箱を椅子代わりにして一服を楽しむことにした。
さらに東に、田圃をもう1枚作った方が良いかな?
地形から3枚は作れそうだが、そうなると田圃の水の出口は東になりそうだ。今季に作らずとも、杭を打って予定地は決めておいた方が良いだろう。そうすることで排水路の位置も特定できるし、雨季前に簡単に掘っておいた方が良さそうだ。
南下の池に流れるようにしておけば、とりあえずは問題ないだろう。
「ここにいたのか!」
後ろからの声の主はバゼルさんだった。手招きしているからバゼルさんの甲板に向かうと、同年代の男性2人がココナッツ酒を飲んでいた。
ここで飲まされると明日の漁には出られないような気がするんだがなぁ。
渡されたカップを眺めていると、バゼルさんの話が始まった。
どうやら、漁の休みを利用して少しずつ田圃を作るよう長老からの指示があったらしい。
「今日の作業をこいつらが引き継ぐ予定だ。できれば東にもう1つとナギサは言っていたが、あの大きさなら2つはできるだろう。杭を打ってあるからそのまま東に伸ばせる。
俺は、明日の漁には出ないつもりだ。ザネリに伝えてあるから、ザネリと共に出掛けるんだぞ」
「池を作ると言っていたが、バゼルの話を聞く限り、溝堀と土留めのようだな。それが終われば次の作業になるんだろうが、それぐらいはたやすいことだ」
シドラ氏族全体が動いてくれるということになるのか……。それなら東に3枚の田圃は何とかなりそうだ。
ココナッツ酒を1杯だけ飲んだところで男達がカタマランを下りて行った。
作業そのものはさほど面倒ではないんだが、結構疲れる肉体労働だからなぁ。
頭を下げて見送ることにした。
バゼルさんと一緒に俺達のカタマランに戻ると、直ぐにご馳走が並び始める。
島では生鮮野菜が取れるからなぁ。いつもより豪華に見えるのは野菜の色取りがあるからだろう。
「カルダスが帰るまで島にいるってことにゃ!」
バゼルさんが食事をしながらしばらく島にいることを告げると、途端にトーレさんが騒ぎ始めた。
長老に指示だと告げると、急に大人しくなったけど恨めし気にバゼルさんを睨んでいる。
サディさんは仕方がないという感じで諦め顔だ。
「それなら、ナギサに付いていくにゃ。サディがいるならバゼルの世話をして呉れるにゃ。マナミのお守は任せるにゃ!」
トーレさんの言葉にタツミちゃんが嬉しそうな表情で頷いている。やはり子守は大変なんだろうな。
「仕方ない奴だ。ナギサ、申し訳ないが連れて行ってくれ」
「こちらこそ助かります。トーレさんありがとうございます」
翌日。朝早くに朝食を終えて、俺達は沖に停泊しているザネリさんにカタマランへと急ぐ。
操船はトーレさんのようだ。隣にエメルちゃんがいるんだが、多分直ぐに下りてくるんじゃないかな。
トーレさんがいるから、タツミちゃんも久しぶりに長時間の操船ができると考えているのだろう。お茶のカップを渡してくれた時に笑みを浮かべていたぐらいだ。
操船は女性達に任せて、俺は漁の準備をする。
夜釣り仕掛けとシメノン仕掛けの釣り針を研いだり、水中銃のスピアも研いでおいた方が良さそうだ。
大物が出る時にために銛も準備しておく。
あまりギャフを研がないから、かなり錆が出ているのに気が付いた。
時間があるから、ヤスリで錆を落とし手から研いでも良さそうだ。
「タツミちゃん。東に向かってるけど、どの辺りに行くのか知ってるかい?」
「東に1日向かった先のサンゴの穴にゃ。シメノンの群れがたまに来るとトーレさんが教えてくれたにゃ」
俺達の船の乗る前にザ、ネリさんのカタマランへ行ってきたということか?
相変わらず、動きが良いんだよなぁ。感心してしまう。
昼近くになって、トーレさんが下りてきた。
簡単な昼食を作ってくれるらしい。
小鉢で米粉を練っているから、団子スープになるのかな? タツミちゃんもマナミを抱きながらバナナを蒸してたんだよなぁ。残れば夜食にできそうだ。
マナミの泣き声が聞こえたら、トーレさんがタツミちゃんより早く屋形に駆け込んでいく。
両手に抱きかかえて甲板に出てきたけど、タープを張ってあるから日陰なら大丈夫ということなんだろう。
「だいぶ首が据わったにゃ。そろそろ這い出すかもしれないにゃ。ナギサ、両手を出すにゃ」
言われるままに両手を出したら、マナミをひょいっと渡されてしまった。
おどおどとパニックに陥っていると、俺の手を掴んで正しい抱き方に直してくれた。
「胸に抱えるようにすれば問題ないにゃ。自身が無ければその場から動かずにいれば落とすことは無いにゃ」
がっちりと抱いたんでは壊してしまいそうだ。
なるべく力を入れずに、保持するようにすれば良いようだな。
「泣きだしたら少し体を揺すってあげれば良いにゃ。マナミもいつもと違う人に抱かれていることぐらい分かってるにゃ」
「たまに首を持ち上げようとするんですね」
「少しずつ大きくなってるにゃ。バゼルの子守籠がもう直ぐ役立つにゃ」
いよいよ自分で動き出すってことだな。
屋形の扉に留め金を付けておいた方が良いかもしれない。
船尾甲板ならいつも誰かいるだろうけど、船首にはいないからね。船首側の扉には絶対必要だろう。




