P-210 次は米作りだ
「そうか動いてくれたか。大陸には魔石の種類と同じ数の神殿があると聞く。炎の神殿は我等ネコ族が信じる竜神様と対局の位置にあるのじゃが、水の神殿は我等との交流は無いからのう。
アオイ様の時代にも、かなりいろいろと動いてくれたらしい。ある意味ナツミ様の教えを受けるためだったかもしれぬが、我等の為に動いてくれたことを今でも感謝しているぐらいじゃ」
最長老の言葉に、他の長老達も頷いている。
ここでもアオイさん達の話が出るんだから、アオイさんの偉業は長く伝えられるに違いない。
元の世界だったら、銅像が立つぐらいの事はあるんじゃないかな。
「後は、待つだけになります。場合によっては、各氏族から数隻ずつ集めて、小魚漁の船団を作ることになってしまいますが……」
「ニライカナイの西を遊弋している監視船団を充実させればよい。今のままでは、ニライカナイの海にいくつかの監視船団を遊弋させることになることから比べればはるかにましじゃ。半人前の連中に漁の仕組みを覚えさせることも出来るじゃろう。
トウハ氏族に倣って、半人前の指導を各氏族とも行っておる。その一環とすれば各氏族の反発を招くこともないじゃろう」
最初のカタマランはかなり小さいらしい。魔道機関も1つだけで、そのために小さな船体を船尾甲板の下に設けてあるということだから、厳密にはトリマランということになるのだろう。
30歳前の漁師に率いられて、半日程度の距離にある漁場で漁をするらしい。
俺は、バゼルさんに個人指導してもらった感じだからなぁ。同年代の連中と一緒に漁をすることは無かったんだよね。
「次の乾季までには何らかの知らせが来るはずです。それを待つということで、この件はとりあえず向こうに任せたいと思っています。
それで、乾季の間に段々畑の下にできた池を少し整備したいと考えています。池の底を平らに耕して浅い泥沼を作り、稲を育ててみようかと。
種籾を撒くのは雨季前が理想ですが、ちゃんと育つかどうかはやってみないとわかりません」
俺の話を聞くと、5人の長老が互いに顔を見合わせて頷き合っている。
笑みを浮かべているのは、長老達にも考えがあるということなのかな?
「我等はどのように稲を育てるか、皆目見当もつかぬ。だが……、種籾は手に入れたぞ。米を長期保存したいと商人に相談したら、籾であるなら可能であるとの返事を貰った。
このまま3年ほど持つそうじゃ。足りぬ時には再度言うが良い」
世話役が大きな袋を1つ渡してくれた。
中を見ると、確かに籾だ。このまま撒いても良いんだろうけど、確か塩水に入れて種を選別するような話を聞いたことがある。
ありがたく頂いて、一旦カタマランに戻ると屋根裏に籾の袋を仕舞いこんだ。
次はカヌイの御婆さんのところだ。
会談のおぜん立てをして貰ったからな。礼をきちんとしないといけないだろう。
商船か等手に入れた上等のワインを2本布に包むと、再び高台に向かって歩き出した。
「ヨォ! 長老のところに行くのか?」
「すでに行ってきました。今度はカヌイの御婆さんのところです」
「今からココナッツを取りに行くんだ。お前の分もたっぷりと運んでくるからな」
ガリムさんに、「ありがとうございます」と頭を下げる。
ガリムさんは頭をかいていたが、「任せろ!」と言って桟橋に歩いて行った。
友人達と一緒に出掛けるんだろう。
明日、漁に出掛けるからなぁ。今夜皆が集まって、どの漁場を目指すのかを話し合うに違いない。
カヌイの御婆さん達に、手土産を渡しながら炎の神殿の神官との会談の成果を話す。神亀が現れたと聞いて驚いていたが、直ぐに納得した顔になった。
「ナギサを通して会談を見ていたに違いないにゃ。炎の神殿を動かすためならと、神亀が姿を現したにゃ。
ナギサの危惧は竜神様も憂いていたということにゃ」
「とはいえ、炎の神殿となれば竜神とは対極の位置でもあります。その神官に姿を見せたというのは問題になりませんか?」
「現在の約定ができる時にも3王国の使者の前に姿を現しているにゃ。ニライカナイの海の為なら竜神様は動いてくれるにゃ」
なんとも都合の良い解釈だけど、カヌイの御婆さんが言うんだから問題ないってことかな。
お茶を1杯頂いて、会談をおぜん立てしてくれた礼を伝えて帰路についた。
待てよ。ついでに池を見てくるか!
段々畑の下に出来てると言ってたからなぁ。
田圃を作るためにも、おおよその縄張りをしておかないと手伝っても貰えないだろう。
高台の広場を南に向かい、燻製小屋のお爺さん達に挨拶しながら段々畑へ続く道を歩いていく。
森が急に途切れると、左右に3段の畑が広がっている。
いろんな野菜が植えてあるから、ギョキョウの商品棚も採れたての野菜がたくさんあるに違いない。
まだ乾季が始まったばかりだから、畑の土もからからに乾いているようなこともないな。やはり雨避けの屋根が強い日差しを遮ってくれているのだろう。
問題の池は、畑の一番高い場所に立っただけでもすぐに分かる。
見ただけでも200m四方はありそうだ。向こうの世界ならば4haというところだろう。
開墾し甲斐があるな。
米の収穫量は、1ha辺り数千kgになるらしい。直播で肥料もいい加減な栽培だから、それほど取れるとも思えないな。
目標は1ha辺り500kgぐらいでも大成功と言えるんじゃないか?
4haなら2tにもなる。1か月の俺たち家族が消費するコメの量はおよそ20kgらしいから、100か月分になるってことかな?
シドラ氏族の住民の数で考えると、1か月分にもならないかもしれないが、やるだけの価値はありそうだ。
現在の池を広げたり、堆肥を与えることでさらに収穫も増えるに違いない。
さすがに向こうの世界のような収穫量は期待できないだろうけどね。
段々畑を下りて、池に足を踏み入れる。
それほど深くはない。向こう岸まで歩いてみたが、一番深くても膝に達しない浅い池だ。
東は岡のように盛り上がっているから、排水路はさて東西のどちらにすべきだろう。
最初に東に歩くと、直ぐに藪が広がっていく手を遮られてしまった。
振り返ると池よりかなり高さがある。
池に流れ込んだ雨水が東に流れることは無かったに違いない。
西に向かうと、直ぐに水が流れた形跡を見付けることができた。そこだけ、土が削れて溝が出来ている。
溝を辿っていくと入り江の岩場に出た。
かなりごつごつした場所だから、将来桟橋を作ることもなさそうだ。
海面との落差が1mほどあるから、豪雨の時には滝のように流れていたんじゃないかな。
そうなると、この辺りは汽水域になってしまうんだろうか?
奥行きのある入り江なんだが東から西にゆっくりとした流れがある。造山運動が起こった時に、島の下にいくつかの水道が出来たのだろう。未だに場所が特定できないのは、洞穴のような水道ではなく大きな亀裂が重なったような水道だからなのかもしれない。
入り江の浄化に寄与してくれているんだからありがたい話なのだが、ここに栄養価の高い真水が流れ込んだりしたなら、子供たち向けの良い漁場になりそうだな。
おかず釣り専用の漁場として、浮桟橋でも作ってあげれば喜ばれそうだ。
状況を確認したところで、今度こそカタマランへと帰ることにした。
「ただいま!」
「お帰りにゃ。だいぶ遅かったにゃ」
船尾のベンチに腰を下ろすと、パイプを取り出して火を点けた。
2人でタープの下で涼んでいたみたいだな。マナミはタツミちゃんに抱かれて良く寝入っているようだ。
エメルちゃんが出してくれたお茶のカップを受け取り、長老とカヌイの御婆さんとの話を説明する。
「さすがはナギサにゃ。長老様とカヌイの御婆さんにも理解されてるにゃ」
「それで、帰りに段々畑の下にできたという池を見に行ったんだ。結構大きな池だけどかなり浅いんだよね。西に流れた跡を見付けたから、雨季でもそれほど大きな池にはならないかもしれない。乾季に大まかな田圃を作り、種を撒いてみようと思うんだ。種籾は長老が手に入れてくれていた。カタマランの屋根裏にしまってあるよ」
いよいよ米ができると思ったんだろう。2人とも目が輝いているんだよなぁ。
あまり期待しないで欲しいところだ。
試行錯誤で作るんだからね。
どんな形に作ろうか……。さすがに1つを1haにするのも問題だろう。全てて作業なんだから、20m四方ぐらいの大きさで南に下がる棚田のように作れば良いのかもしれない。
棚田といっても良いところ3段ぐらいになるのかな?
それほど深さがない池だったからね。
畔道を作り、給水は畑の排水路を延長すれば良いだろう。田圃の排水は池に自然にできた西に向かう流れの跡を利用すれば良いはずだ。
雨季の初めに種を撒き、乾季が始まれば刈入れができるなら都合が良いんだけどなぁ。
脱穀と籾摺りも考えないといけないが、とりあえずがセンバコキを作れば脱穀はできる。籾摺りは石臼を木で作ればなんとかなるんじゃないかな? だめなら臼と杵でやろう。最後の精米は臼で何とかしたいところだ。
稲作の始まりは弥生時代と歴史で教えられたけど、当時の人はどうやって精米まで行ったんだろう?
そんな時代の生活と道具の使い方こそ、歴史の授業で教えて欲しかったな。
「ネコ族で米を作っている氏族はいないにゃ。初めてにゃ」
「あまり期待はしないで欲しいな。少しでも採れたらうれしいぐらいに思ってくれないと……」
長老達も期待してるに違いない。
何とか今季の内に種籾を撒きたいところだ。
夕食はいつものようにバゼルさんのカタマランに皆が集まる。
俺のカタマランはいつものように賑やかだ。明日は漁に出掛けるからだろうな。いつにもましてはしゃいだ声が聞こえてくる。
「まったくトーレも自分の年を考えるべきなんだが……」
「それだけ若いということですよ。それで明日はどこに?」
俺の問いに、ガリムさん達が身を乗り出してくる。
今夜一番聞きたいことに違いない。場所によっては漁具さえ異なるからなぁ。
「南に1日。サンゴの崖だ。崖といっても、海底に深い溝がいくつも東西に連なっているぞ。潮通しも良いから、場合によってはハリオも回遊してくるんじゃないか」
「素潜りは期待できるな。潮通しが良ければシメノンの群れだって来るかもしれないぞ」
「夜釣りの仕掛けは、ナギサの仕掛けを使うか……。あれは底物だけを狙うわけではないからなぁ」
「似た仕掛けでは、腕が問われますね」
俺の言葉に2人が笑みを浮かべて頷いてくれた。
他と競い合うのはネコ族の特徴なのかもしれない。とはいえ、俺もだいぶなじんできたなぁ。




