P-207 3人の神官
3日後にやってきた商船は、通常目にする商船よりも一回り大きな船だった。
エメルちゃんがさっそく店舗の偵察に出掛けたようだけど、やはり大きな船は品揃えも良いのだろうと嫁さん達が大勢押しかけているようだ。
「神殿の神官さんが来たのかにゃ?」
「たぶんそうなんだろうね。大きな船で来たところをみると、それなりの人物なんだろうと思うよ」
事前調整に向こうから来てくれたんだからなぁ。
案外、神殿側からも俺達の方に相談があったのかもしれないな。商会に送り込んだ理事では判断できなかったのかもしれない。
俺にそんな大きなことを判断するのは無理だから、内容を確認して長老やカヌイのお婆さん達に判断してもらえば良さそうだ。
神殿側としても、その場で回答が得られるとは思っていないだろう。
昼を過ぎると、商船の停泊した桟橋の人影がだいぶまばらになってきた。
そろそろ出かけてみるか。
「出掛けてみるよ。遅くとも夕暮れには戻るからね」
「魔石は持ったのかにゃ?」
「ちゃんと上位魔石と真珠を持ったよ。向こうからわざわざ来てくれたんだからね。真珠ぐらいは個人的に渡すつもりだ」
短パンとTシャツだけど、これは余所行きとして残しておいたものだ。
さすがに水着で出掛けるのは問題だろう。
甲板を下りようとした俺に、エメルちゃんが帽子を渡してくれた。
この世界にやってきたときにかぶっていた帽子は、少し色あせたけど今でも使える。
普段は麦わら帽子だけど、これはくるくる丸めてバッグに仕舞えるからね。
エメルちゃんに手を振ると、桟橋を歩いて浜を北に向かう。
少し遠いが、かつて知ったる島だからなぁ。
俺達が泊めていた桟橋に、カタマランを泊めているのはどんな人達だろう?
石の桟橋を歩くと、サイカ氏族の女性達とすれ違う。
軽く頭を下げると、俺の姿にちょっと驚いているようだ。
立ち止まって後ろから見られているような気もするけど、俺の容姿がネコ族とは違っているのを訝しんでいるのかもしれないな。
商船のタラップから1階の店内に入ると、さすがに大きいだけあって棚も多いな。
漁具もいろいろと取り揃えているようだから、要件が終わったら一度店内を見ておこう。
「済みません。神殿の神官さんが乗っているはずなんですが?」
「ええ、乗っていますよ。魔法を授かるのでしたら直ぐにご案内いたしますが」
「実は、この封書が届いたのでこの島で待っていたんです」
ネコ族の人達に生活魔法を授けるために大陸の神殿から神官が派遣されているらしい。カウンターの店員も神官と聞けば魔法が欲しい人物だと思ったようだ。
俺が取り出した封書を見ると、驚いたような表情で俺に顔を向けた。
「貴方がナギサ様ですか。確かに炎の神殿の祭司が乗船しております。お見えになられたら案内するように言われてはいたのですが……。少しお待ちください。会見の場をしつらえてきます」
カウンターを若い店員に任せて、階段を上がっていった。
通常目にする商船は2階建てなんだけど、この商船は3階建てのようだ。
上階に客室を設けているのかもしれないな。
店員に店の品を見てくると言い残して、漁具が並んだ棚に向かう。
タモ網やギャフ、それに銛先がずらりと並んでいるのは壮観だな。
釣り竿もあるけど、これは繋いで使う品らしい。
小さい船なら便利だろうが、俺達のカタマランは大きいからなぁ。延べ竿で十分だ。
細い糸と接着剤、それにガイドをいくつか棚に合った皿に取り出し手カウンターへと持って行った。
だいぶ使い込んでいるからなぁ。竿の修理も必要だろう。
銀貨を1枚出して支払うと、残金でカウンターに置いてあった飴玉を買い込む。
操船しながらエメルちゃん達が楽しめるんじゃないかな。
しばらく待っていると、店員が俺を探しに来た。
どうやら準備が整ったらしい。
店員の案内で階段を上り、2階へと向かう。
いつもの商船なら床は板張りなんだが、絨毯が敷いてある。
少し身分のある人たちを招くことができるようにとの配慮かもしれないな。
「この部屋です。船内ですから、それほど大きな部屋ではないのですが、その辺りは御容赦願います」
「こっちこそ驚いてるよ。今まで商船の2階に上がったことは何度かあるけど床は板張りだったからねぇ。あまり偉い人でないことを願ってるんだけど……」
「神官様ですから、無礼な行動を取るような人物でなければ、誰にでも優しい人ですよ。ご自分の身分をとやかく言うような神官様はほとんどおりませんから」
少しはいるってことか……。さて中の人物はどうなのかな?
店員が扉をたたき、来客を告げると扉を開けてくれた。
軽く一礼をして部屋に足を踏み出したんだが……。女性ばかり?
「会談を持ちたいとの話を受けて、来訪してきました。本来なら私達がナギサ様の島へと訪ねるべきなのでしょうが、生憎と航路図はこの島まででしたので……。どうぞ、お掛けください」
30歳ほどの女性神官が左右の若い神官を一緒に立たせて、俺に頭を下げてくれた。
言われるままに腰を下ろすと、テーブルの上にはタバコ盆が用意されている。窓を開けているから、自由にパイプを楽しめそうだな。
「ご足労頂きありがとうございます。生憎と島暮らしの武骨物、敬語を上手く使えませんので、ご容赦願います」
「普段の言葉で十分ですよ。カヌイの御婆様にナギサ様の話を何度か聞いたことがあります。アオイ様の再来ということであれば、私達が訪ねるのが筋ということでしょう。
御婆様からは約定の改定をしたいとのこと。王国間との会談の前に、私共に相談してくださることをありがたく思っています。
私が炎の神殿の副祭祀長のミラデニアです。隣は神官補のアルデールにイザネア。
各王宮と神殿の仲を調整する仕事をしています」
ある程度俺を知っているということかな? さらにアオイさん達と過去に何度か階段をしたことがあるのだろう。
その記録が残っていたから、俺との会談に応じてくれたに違いない。
とはいえ、副祭祀長とはねぇ……。一般人と会うことは無いんじゃないかな。
「失礼します」と言って、若い店員が俺達の前にジュースを置いてくれた。
さて、そろそろ話を始めてみるか……。
「本来なら、季節のご挨拶から始めるのでしょうが、お忙しいでしょうから本題に入らせていただきます。
約定の改定は、それなりの手続きが必要でしょう。カイトさん、アオイさん達がまとめてくれた約定を改定するのは面倒なことになりそうだと感じています。
ですが早めに対処しなければ、互いに色々と面倒なことになると思っております。
きっかけは、この前のリードル漁を終えた時の事でした。
約定を交わした海に面した3つの王国以外に内陸の王国からの商船がやってきました。
約定では、各王国ともにニライカナイに入る商船は2隻と定めています。商船の荷下ろしや船員の休暇、それに商船の点検を考えると、各王国の商船は3、4隻はあるでしょう。
このまま続くと思っていたのですが、4つ目の王国が来るとなると少し問題です」
話をいったん切って、相手の出方を確認する。
俺の話をジッと聞いていたミラデニアさんが、俺に視線を向けた。
「ニライカナイの了解に入る商船の数を制限しようと?」
「端的に言えばそうなります。約定を取り持って頂けた神殿の方ならご存じでしょうが、魔石の数と漁果には限りがあります。
約定を交わした後に、ネコ族の人口が増えたことから新たな氏族が出来ました。
一気に魔石の数と漁果が増えたのは大陸の王国にとっても良いことだと思っています。
とはいえ、俺達の総人口は王国の1つの町を少し超えたぐらいでしょう。
今回、新たな島に氏族を移動したことから、最西端のサイカ氏族がこの島で暮らすことになりました。
今期の魔石の数は以前より多くなったはずです。
ですが、これからも増えるかどうかは極めて曖昧ですし、リードル漁がニライカナイの漁場のどこでも行えるわけでもないんです」
「魔石の数が1500ほど増えたようですね。魔石は魔道機関に必要ですが、水の魔石は浄水を得るためにも必要な品です。
ナギサ様は、約定の下での独占をお考えなのですか?」
確かにある意味、独占に近い気がするなぁ。だけど、それはニライカナイにデイルする商船の数をこれ以上増やしたくないというからなんだけどね。
「独占とは言いませんが、領海を守りたい。かつてネコ族は、大陸の王国の庇護という従属化を強いられたと聞いています。
王国からの侵略をカイトさんが退け、その後、再び王国からの干渉を退けたのはアオイさんだと聞きました。
その時、炎の神殿の神官殿が現在の約定を纏めてくれたとも聞いております。
当時は、海に面した王国だけを相手にすれば良かったのですが、現在は内陸の王国の商船もやってきます。
俺達の領海を航行するうえで、再び侵略を企てる者がいないかを監視することは是非とも必要になります」
パイプを取りだしてミラデニアさんに軽く頭を下げると、頷いてくれた。
タバコ盆を引き寄せると、パイプにタバコを詰めて火を点ける。
そんな俺の姿に笑みを浮かべながら、氷を浮かべたココナッツジュースを飲んでいる。
「なるほど、領海は王国の領地と同じということですね。それなら多くの商船がニライカナイを航海するのを抑制したいという考えにも頷けます」
「漁果を制限しようとは考えておりませんし、魔石は今回の数ぐらいには競売に出すことができるでしょう。
沿岸の3王国のみであれば、以前にもまして取引量が増えると考えています。ですが、内陸の王国がこれに加われば……」
「元々取引をしていた3王国の取り分が少なくなると……。これは、3王国ともに悩むところでしょうね。沿岸の3つの王国に領地を接している内陸の王国は2つあります。
その2王国が新たに加わるとなれば、半減にはならないでしょうが、将来は3割ほどニライカナイからの海の幸が低下するでしょうね」
「ミラデニア様。そのような事態になったら、奪い合いになりませんか?」
左手のアルデールと紹介された神官が、驚いた表情で問いかけた。
もう1人は、メモを取り続けている。書記としての参加かもしれないな。
「新たな戦が始まりかねません。現在は各王国ともに相互に婚姻をしていますから、3王国が同盟を結び、内陸に攻め入ることもあり得るでしょう」
「内陸国は騎馬民族、そう簡単に攻め落とせるとは思いませんが?」
その問いに苦笑いを浮かべて頷いている。
泥沼化が起こりそうなんだろうか? かなり面倒な調整が必要になってきそうだな。
しばらく考えを巡らしていたようだが、ようやく俺に顔を向けると口を開いた。
「単なる約定の改定で済ませるような話でもなさそうです。ナギサ様の思いは理解したつもりですので、後は私達にお任せ願えますか?」
「元よりそのつもりです。できれば穏やかな約定の改定と考えておりましたが、ニライカナイを巻き込む戦になるようなら、いつでもリーデン・マイネを使うつもりです」
「リーデン・マイネの秘密は今でも開示できないのですか?」
アルデールさんが俺に問いかけてくる。
神官としては、ちょっと問題行動なのだろう。ミラデニアさんがアルデールさんに顔を向けて小さく顔を横に振っている。
「王国では作ることも出来ないでしょう。説明しても理解できないと思います。カイトさんが、よくもあれを作ったと感心してしまいました。
申し訳ありませんが、人口の少ない我等ニライカナイの独立を担保する手段として納得して頂けたらありがたいです」
「それと、もう1つ。貴方はネコ族の代理ができる方なのかしら?」
仮にも炎の神殿の上級神官がやってきたんだからな。その疑問は当然あるんだろう。長老ならともかく、まだ若輩も良いところだ。
「アルデールさんでしたね。ネコ族の中に聖痕を持つ者がいることは御存じですか?」
「腕に聖痕を持つ漁師は、常に竜神の加護が得られる……。かつて、アオイ様とお会いした祭祀長様は、アオイ様の腕に虹色の宝石が埋められていたのを見たことがあるそうです」
「聖痕の保持者であれば、長老もその言葉に耳を傾けます。私は聖痕を持ってはいないのですが……」
パイプをテーブルに置くと、勢いよくTシャツを脱いで最中を見せた。
息を飲み込む音が聞こえてくる。
「まさか! 聖姿」
ガタンと椅子が転がる音が聞こえてきた。
Tシャツを着こみ、再びテーブルに体を向けると3人の神官が立ち上がっていた。
気まずそうな表情で、椅子に座ると2人の若い神官に言い聞かせるような口調で話を始めた。
「ネコ族で初めて聖姿を背に受けたのは、アキロン様でした。神殿の関係者が何度か会う機会を得たということでしたが、不思議なことに妻となったナディ様は歳をとることが無かったそうです。
長老として長くネコ族を指導したアキロン様が無くなると、その遺体を抱いて海に帰ったと先々代の祭祀長様が教えてくれました」
「……遺体を抱いて海を歩いて行き、入江を出ると2柱の竜神様になったということですが、本当なんでしょうか?」
「何人もの人達がそれを目撃したそうです。……となれば、聖姿を背に持つナギサ様の言葉はニライカナイをある意味代表しているとも言えますね」
傷跡だとは言わないでおこう。
それにしても、本当にあったんだろうか? バゼルさん達は信じているようだけど、それを見た連中は、すでにサンゴの下だからなぁ。




