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P-206 向こうから来てくれるらしい


 2日間の漁果は2カゴには届かなかった。ブラドが8でバヌトスが2という感じだから、売値はどうにか銀貨1枚を少し超えたぐらいだな。

 とはいえ、シドラの島に到着する日程を効果的に遅らせる目的は達成できたことになる。

 商船だって、魔石以外に魚の購入ができるのは嬉しいに違いない。

 カタマランの速度を上げて、かつてのシドラの島に到着したのはリードル漁から8日目の昼過ぎの事だった。

 島の入り江に数十を超えるカタマランが入ってきたのを見て、出航しようとしていた商船が慌てて桟橋に船を戻している。

 いつもなら3隻ほどが停泊しているんだが、帰った商船もいるらしく石の桟橋に停泊しているのは2隻だけだ。

 魔石は競売になるから買い手の数が多い方が良いのだが、魔石の等級によって最低の値は決めてある。

 買い叩かれる心配はないのがありがたいところだな。


 入り江の南に作られた真新しい桟橋にカタマランを泊めると、エメルちゃんが保冷庫から一夜干しの魚を取り出して背負いかごに詰め込み始めた。

 カゴが2つあるのはタツミちゃんも出掛けるのかな?

 その間のお守は、俺に任せて貰えそうだぞ。


「行ってくるにゃ!」


 タツミちゃん達がトーレさんと出掛けると、思わず笑みが浮かんできた。

 屋形の扉を開けて、マナミの様子を見るとぐっすりと寝ているようだ。抱っこしたら起きてしまいそうだから、起きるのを待っていよう。


「あの漁場で2カゴはナギサだけのようだな」

「理由はともかく、漁に手心を加えたくはありませんからね。漁果が多いのは水中銃のおかげですよ。ちょっと魚体が小さかったように思えます」

「今お茶を作るにゃ!」


 サディさんが俺達のカタマランに飛び乗ると、直ぐにカマドにポットを乗せる。

 かつて知ったるという感じでお茶を用意してくれたから、3人で甲板に座ってタツミちゃん達の帰りを待つことになった。

 たまにサディさんが屋形を覗いているのは、マナミが起きたら抱いてあげようという魂胆に違いない。

 俺の野望の実現は、かなり先になりそうだ。


「カルダスが俺達がやってくることを告げたはずだが、残った商船は2隻だったな」

「商船にも都合があるのでしょう。でも残ってくれたのはありがたいですね」


 バゼルさんが苦笑いを浮かべながら頷いている。

 セリを行う相手が少ないなら、魔石の買い取り値が下がるのは仕方のないことだと自分に言い聞かせているのかもしれないな。

 

 突然、屋形の中からマナミの泣き声が聞こえてきた。

 すぐにサディさんが屋形に入ってマナミを抱いてあやしてくれた。

 まるで待っていたような行動だ。あっけにとられていると、バゼルさんが苦笑いを浮かべている。


「ザネリのところは大きくなってしまったからなぁ。それにナギサと違って友人達と一緒に船を泊めるからだろう」

「タツミちゃんも出掛けてしまいましたから、俺にとってはありがたいところです」


「ここから見る限りではギョキョウに問題はなさそうだな。トロッコで商船に運び始めたようだから、一夜干しでも問題は無かったということなんだろう」

「シドラから出荷される魚は燻製でしたからね。商船の保冷庫は俺達の保冷庫よりも良く出来ているということになります」


 あの大きさだからなぁ。ニライカナイにも商船を改造した母船を中心とした船団が漁を行っているようだ。1度保冷庫の構造を見せて欲しいところだ。

 オラクルの保冷庫は3つになったが、シドラ氏族の住民が全て移住したから漁果次第では保冷庫が足りなくなるんじゃないかな。

 状況次第では、保冷庫を増やすか、保冷船を増やすかしないといけなくなりそうな気もするぞ。

 

 俺達が甲板でくつろいでいると、トーレさんと一緒にタツミちゃん達が帰ってきた。

 少し遅いようにも思えるのは、ギョキョウが混んでいたのかもしれない。それに、エメルちゃんが一緒じゃないんだよなぁ。


「サイカの連中は、まだ魚の取引に慣れていないみたいにゃ。それで時間が掛かってしまったにゃ。エメルはサイカのカヌイのお婆さんのところに行ったにゃ。ナギサ宛の文を商船から預かったみたいにゃ」


 カヌイのお婆さんのところに行ったのか。それにしても、俺宛の文って何なんだろう?


「魚の種類が変わったのと、大きさが違うからだろう。すぐに慣れるに違いない。それで、一夜干しは燻製にするのか?」

「そのまま、商船が引き取ってくれるみたいにゃ。ずっと燻製ばかりだったけど、一夜干しでも問題ないらしいにゃ」


 やはり商船の保冷庫は性能が高いということなんだろう。

 だけど燻製の方が付加価値が高いんだよなぁ。サイカ氏族はどちらを選ぶんだろう?

 

「明日に競売をすることになったにゃ。魔石の数が多ければ、次は乗船の数が増えそうにゃ」

「サイカとシドラの両氏族の魔石だからなぁ。競売の数はニライカナイで1番になるだろう」

 

 トーレさんが話をしながらココナッツを割り、ココナッツ酒を造ってくれた。

 まだ日が高いんだが、明日は漁をしないからね。安心して飲むことができる。


「帰ってきたな。ナギサ宛の文というのが気になるところだが、何か商船に頼んだのか?」

「覚えは無いんですが、雨季に長老と商会ギルドとの調整について話をしたことがあります。長老に一任できたと思っていたのですが……、カヌイのお婆さんの方が動いてくれたみたいです」


 エメルちゃんから綺麗な封書を受け取る。

 しっかりとろうで封印がされている。押された印章が炎の神殿のシンボルマークなんだろう。

 ナイフを取り出し封書を開くと、4つ折りの紙が入っていた。


『 ナギサ様


  来る風の月の15日に、新たなサイカ氏族の島で待つ


  炎の神殿 祭祀官 ミラデニア・アルネール 』


 短い文面だな。

 ところで、風の月の15日というと、何時になるんだろう?


「短い文面だな。会ってくれるということだが、はるばるこの島に来るということは、大陸の神殿としては破格の対応だろう。向こうも、約定海底の目的を知りたいのだろうが、それよりもナギサを見たいという気持ちが先に出た感じだな」


 バゼルさんに手紙を渡すと、1行の文面に少し驚いていた。


「ところで、風の月の15日とはいつになるんでしょう?」

「風の月は今月だが、今日は何日だったかな……。後で商船かギョキョウに行って確認するんだな。少なくとも15日にはなっていないはずだ」


 あまりカレンダーなんて使わないからなぁ。

 雨季と乾季、それに月の満ち欠けで十分だ。

 とりあえず、雨季が終われば風の月と覚えておこう。

 

 翌日。商船に出掛けると店内を眺める。

 漁の道具がいろいろとあるのだが、釣り針を何種類か小さな皿に取り分けた。それにしても撚り戻しまであるんだよなぁ。多分カイトさん辺りが広めたに違いない。撚り戻しも何種類か取り分けて、カウンターに持っていく。


「これ以外にタバコを5個、それに少し上等のワインを3本欲しいんだが……」

「承りました。……全部で355Dになります」


「これで支払いをしたいんだが……」


 カウンターに魔石を1個乗せた。

 店員が手に取ってじっと見ていたが、急に顔が変わった。


「低位魔石ですが、品質は上物です。セリに出せば銀貨8枚にはなるでしょう。ですが……」

「ああ、分かっている。標準価格で結構だ」

「そういわれましても……。そうだ! もう2本ワインをお付けします。持ち運べないでしょうから手カゴもお付けしましょう。これで、よろしくお願いいたします」


 さすがに差額が大きすぎると思ったんだろうが、俺としては標準価格で十分なんだけどなぁ。

 釣りを貰って、荷物を入れた手籠を渡された。

 互いにウイン・ウインということかな? 店員の顔にも笑みが浮かんでいる。


「ところで、今日は何日になるんだろう? 風の月は分かってるんだが、日付はあまり気にしないからなぁ」

「ネコ族の人達は・月の満ち欠けが基本らしいですね。今日は青の月の12日になります。私達も明日の昼過ぎにはこの島を離れるつもりですから、奥様達にはそのようにお伝えくださると助かります」


 日付を聞いて驚いてしまった。

 後3日でやってくるのか。これではオラクルに戻れないな。

 かえって、バゼルさんと相談しよう。


 商船の止まっている桟橋から、俺達のカタマランまではかなり距離がある。島の様子を眺めながらのんびりと歩いて戻ってくると、エメルちゃんとトーレさんがセリから帰っている。

 数が少ないというよりは、セリの相手が少なかったのが原因だろう。

 売値は金貨4枚を超えたらしいから、まずまずだな。


「上位魔石を1個手元に置いたにゃ。これは交渉で使うのかにゃ?」

「向こうから来てくれるんだから、それぐらいはしておかないとね。だけど、神殿への贈り物ということになりそうだから、個人には真珠を使うよ」


 神官は清貧を旨とするらしいけど、本音と建前ぐらいはあるに違いない。

 喜んでくれると良いんだけどね。


 夕食は、バゼルさん達と一緒だ。

 一夜干しを解した炊き込みご飯を頂きながら、バゼルさんにこの島に4日残ることを告げた。


「約束の日が3日後なら、そうするしかなさそうだな。俺の方から長老には伝えておこう。交渉事は俺達には苦手だが、ナギサなら上手くできるだろう。結果は必ず長老に伝えるんだぞ」

「分かってます。俺達の提案にどんな反応を示すか……。先ずはその辺りからです。向こうにとっても悪い話とは思えませんし、神殿はある意味王宮とは異なった地位を保っています。俺達の提案がどれほど波紋を広げるかを教えてくれるのではないかと」


 少なくとも、約定を結んだ王国が手に入れられる魔石が減ることは間違いない。

 それだけでも約定の改定は王国側から打診してくると思っていたのだが、魔石の需要が減るとも思えないんだよなぁ。


 翌日の朝早く、バゼルさんがシドラ氏族のカタマランを率いてかつてのシドラ氏族の島を後にした。

 桟橋に、ポツンと1隻だけ残ったカタマランは結構目立つに違いない。

 ここでしばらくのんびりすることになりそうだな。

 エメルちゃんがカゴを背負って商船に向かう。俺はサイカ氏族の長老を訪ねてみよう。タツミちゃんとマナミが留守番になってしまうけど、桟橋に停泊しているから危険はなさそうだ。


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