P-205 たとえ時間調整であっても
バゼルさん一家の焚火に、タツミちゃんが加われないのは仕方のないことだ。
ザネリさんの嫁さんの1人と一緒に俺達のカタマランにいるから寂しくはないだろうし、なんといっても子供達をまとめて面倒見ているからなぁ。
結構にぎやかなんじゃないか?
いつもと同じように淡々とリードルを突いて、焚火を守るトーレさんに渡す。
4人の嫁さん達が焚火でリードルを焼いているんだが、結構良い匂いがする。
食べられないと言っているけど、毒槍を持っているということで誰も食べた人はいないらしい。案外美味しいんじゃないかな?
「食べたい……、だと? まったく、怖いもの知らずもいいところだ。絶対にやるなよ!」
困ったやつだという目で、バゼルさんが俺を睨んでいるんだよなぁ。
夕暮れの空を眺めながら食事を取っている時に、ちょっと味見をしたいと言っただけなんだけど。
「リードルを食べなくても、似た貝ならいくらでもいるにゃ。だけど、ネコ族が食べる貝は限られているにゃ」
「確かに貝はあまり食べないな。サイカ氏族はかなり食べると聞いたことがあるぞ。貝も商船に売ると聞いたことがある」
こっちの世界に来てから食べた貝は、真珠貝だけだったからなぁ。
サザエやアワビに似た貝を見かけることもあるんだが、周りの人達が食べるところを見たことが無いし、素潜りでは魚を突くことに集中しないといけない。
「魚がたくさんいるからでしょう。俺が暮らしていたところでは貝は大事な食材でした」
「確かに真珠貝の串焼きは旨い。だが、酒の肴というところだな。貝を開く以上、その始末というところだが、率先して貝を取るようなものはシドラ氏族にはいないだろうな」
所変われば……、ということなんだろう。
この話は、ここまでにしておいた方が良いのかもしれない。
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3日間のリードル漁が終わると、カルダスさんが2つの船団にカタマランを分ける。
カルダスさんが1つの船団を率いてかつてのシドラ氏族の島に向かい、残りの船団はバゼルさんの指揮の下、少し遅れてリードル漁の漁場を離れた。
「どの辺りで漁をするのかにゃ?」
「かなり速度を上げてもシドラの島まで5日は掛かるはずだ。2日はこのまま進むんじゃないかな。3日目辺りで漁をするとなると……、この辺りかもしれないよ。大きな漁場だし、サンゴの穴が無数にあるからね」
海図を取り出して、エメルちゃんと確認する。
50隻を超える船団だからなぁ。そんな船団が漁をする場所となると、それほど多くは無い。
「案外船団を2つに分けるかもしれないにゃ。この辺りも、良い漁場だと父さんが言ってたにゃ」
「カルダスさんがそういうなら間違いはないな。シドラ氏族の島から3日となれば、それほどやってくる漁師は少ないはずだ」
さて、バゼルさんはどんな判断をするんだろうな。
タツミちゃんがマナミの面倒を見ているから、エメルちゃんが操船をずっと続けることになる。たまに俺が変わってあげるんだけど、ゆっくり休んでくれればいいのに30分も経たずに舵を取り返されてしまう。
操船は女性の仕事だということなんだろうけど、子育て期間中なら俺にできることなら協力させて欲しいところだ。
船団を組んでいても、夕食は家族や友人達が集まって取ることが多い。
俺達のカタマランはかなり大きいから、バゼルさんとザネリさんのカタマランが舷側に寄せて停泊している。
嫁さんや子供達がこれ達のカタマランにやってきて夕食の準備をしているから、俺達はバゼルさんのカタマランの甲板に集まってココナッツ酒を酌み交わす。
「明日の昼に、大きな漁場に到着する。そこで2日間漁をしてシドラの島に向かうぞ」
「リードル漁から雨が降らないから、素潜りが出来そうだな。漁場は産後の穴だろう?」
「そうだ。あちこちに穴があるぞ。一夜干しで島に持ち込むなら、燻製にもできるだろうし、商船がそのまま買い取ってくれるかもしれん。商船の保冷庫はかなり冷えるときいている」
基本的な構造は同じだろうから、中に入れている氷の量が多いということかもしれない。さすがに魔法を使って冷凍させることは出来ないんだろうな。
「釣りもできるぞ。さすがに青物は難しいだろう。それに延縄は船が多いから無理だ」
「素潜りと夜釣りってことか。まあ、それなら1カゴが目標になりそうだな」
明日の漁の話で酒を飲むのは、結構盛り上がる。
夜釣りとなると、明日は皆で夕食を取ることは出来そうにないな。
明日の昼から漁を始めて、中2日の漁をする。2日目の夜釣りが止めて、翌朝早々に漁場を後にすると言うことで、ザネリさんが他のカタマランに知らせに向かうらしい。
それなりに船団を率いる人物なんだけど、俺よりザネリさんにその知らせ役を任せるのも、ザネリさんの将来の立場を考えてのことなんだろう。
エメルちゃんが夕食が出来たことを俺達に教えてくれた。
すぐに腰を上げて、隣のカタマランに向かう。
タツミちゃんが甲板にいるのは、トーレさんがマナミを抱っこしているからだろう。子供達に妹だと言い聞かせているから、歩けるようになったら兄さん姉さんが面倒を見てくれるに違いない。
爺さんに聞いた村の暮らしそのものが、この世界にはまだあるようだ。
さすがに、大陸の王国ではそんなことはないんだろうが、ネコ族は家族の繋がりを大事にするからなぁ……。
「明日の昼から漁をするぞ」
「分かったにゃ。天気が良いから素潜りにゃ。それなら、ナギサのカタマランの隣に停めるにゃ。サディがいるならタツミも安心できるにゃ」
「エメルもザバンが使えるか。確かにその方が良さそうだな」
「済みません。ご迷惑をおかけします」
「何、気にするな。ザネリの時も似たようなものだ。サディも1人でカタマランに残るより楽しみが増えるだろう」
「ようやく、私も抱かせてもらえるにゃ。いつもトーレが取り返すから困ってたにゃ」
まだまだ首が据わってないから、抱かせて貰えないんだよなぁ。あの座布団ごとなら問題ないように思えるんだけど、手を出すとエメルちゃんに取られてしまうから、俺が抱っこできるのはまだまだ先になりそうだ。
夕食が終わると、再び隣のカタマランに何時って酒盛りを続ける。
深夜になってお開きになったけど、明日はちゃんと起きられるのか心配になってしまう。午後からの漁がちゃんとできるか心配になってきた。
翌日の昼前に漁場に到着すると、エメルちゃんが俺のカヌーを使いたいと言い出した。
船首甲板に片付けておいたんだけど、久ぶりに使うことになるな。
海に浮かべて、クーラーボックスをゴムのベルトで固定する。
魔道機関の付いたザバンの方が良いと思うんだけど、エメルちゃんの望みだからなぁ。
俺の漁に合わせて、広範囲に獲物を回収するのはエメルちゃんだからね。本人も久しぶりにパドルを持ち出しでご機嫌なんだよなぁ。
「それを使うのか?」
「こっちの方が小回りが利くにゃ。それに大きな保冷庫があるからカタマランに戻る頻度が少ないにゃ」
バゼルさんの後ろで、トーレさんがエメルちゃんの言葉に悩んでいるようだ。
言われてみればその通り、ってことなんだろうな。
「確実に突くんなら……、これかな?」
屋根裏から取り出したのは、ドワーフの職人に作って貰った水中銃だ。
狙いを付けやすいことは各実なんだが、大物だとちょっと手に余るのが難点だ。
手銛も出しておくか。カヌーのアウトリガーの腕木に縛っておけばエメルちゃんも邪魔にはならないだろう。
「それじゃあ、始めるよ!」
「直ぐに、近くに行くにゃ!」
タツミちゃんが抱っこしているマナミのほっぺを人差し指で突くと、びっくりした顔を俺に向けてくれる。
さて、始めるか!
シュノーケルを咥えると、甲板からダイブした。
先ずはサンゴの穴に沿ってゆっくりと潜っていく。
水中銃のゴムはすでに引いてあるし、スピアの先端近くを結んだラインは2mほどに伸ばしてあるから獲物がいれば直ぐに発射できる。
最初に見つけたのは、50cmに届かないブラドだった。
俺に気が付いてサンゴの裏に隠れたけど、横に移動するとそれほど奥に潜っていないようだ。
水中銃を左手に持って、ゆっくりと腕を伸ばす。
ブラドとの距離が1m程度になった時、トリガーを引く。
暴れるブラドをスピアのラインを引くことでサンゴから引きずり出し、そのまま海面を目指す。
シュノーケル内の海水を噴き出しながら右手を振ると、直ぐにカヌーが近づいてきた。
スピアからブラドを外してエメルちゃんに手渡したところで、再び海底に向かう。
3匹突いたけど、いずれもブラドだった。
カヌーのアウトリガーに子足を下ろして、お茶を1杯。
これぐらいのペースで突けば、それほど疲れることはない。
「ブラドが群れてる感じだね。もう少し突いたところで、終わりにしよう」
「夜釣りが期待できるにゃ。でも大きな漁場だからシメノンの群れが来るかもしれないにゃ」
希望的観察ってことかな?
サンゴ礁までの深さもそれなりにあるから、潮通しも良い。
一応準備だけはしておこう。
10匹を突いたところで、漁を終える。
甲板に戻ると、バゼルさんがすでにココナッツ酒を飲んでいた。
俺を手招きして座らせると、サディさんが直ぐにカップを渡してくれた。
「10匹だとエメルが言ってたが?」
「ブラドばかりですね。夜釣りもブラドではないかと思ってますが、これだけ広いと青物も期待できそうです」
「無理はしないで良いぞ。時間調整でシドラの島に戻るのを遅らせるだけだからな」
とは言ってもなぁ。漁は漁だからね。
手を抜くような漁では、漁師失格じゃないのかな?
そんなことを考えているのが、分かったのかもしれない。
バゼルさんが笑みを浮かべて頷いてくれた。




