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P-203 雨季の漁はすぐれない


 漁場に到着した翌日は、朝から素潜りを行い魚を突く。

 バルタックやブラドが群れているんだよなぁ。選り取り見取りとは、こんな状況を言うのかもしれない。

 午前中だけで10匹を確保したが、カタマランに戻るのが面倒でしょうがない。

 素潜りはザバンの銅版画あってのことなんだと感じてしまう。

 マナミが生まれる前なら、タツミちゃんがそれなりに動いてくれたんだが、育児に専念しているから、エメルちゃん頼みだ。

 浮きを付けたロープを投げて貰ってカタマランまで泳がずとも獲物を渡すことができるようにしたんだが、やはりいろいろと無理があるな。

 昼時になってカタマランの甲板に上がった時には、ぐったりとしてベンチに腰を下ろしてしまった。

 心配そうな表情でお茶のカップを渡してくれたエメルちゃんには、済まない気持ちでいっぱいだ。


「やはり無理したのかなぁ……。まだ歳ではないんだけど」

「泳ぐのは疲れるにゃ。明日は卿の半分ぐらいにしておくにゃ」


 雨期の晴れ間は貴重だからなぁ。西を見ると怪しげな雲が目に付いた。今夜も降るんじゃないか?


 昼食は蒸したバナナとお茶で済ませる。

 付き損じたバルタックが1匹いるから、今夜は炊き込みご飯かな?

 素潜りの道具を軽く水で洗って、カゴに入れてベンチの中にしまい込んだ。

 今度は釣りだ。

 昨日のようにグルリンが群れで来てくれれば良いんだけどね。


 そういつも漁が上手く行くとは限らない。

 午後からエメルちゃんと竿を出したんだが、ポツリポツリとバヌトスが釣れる状況だ。

 型も少し小さい気がするなぁ。

 やはり素潜りを近場で行ったことで、魚が散ってしまったのかもしれない。


「今日は釣れないにゃ……」

「夜に期待した方が良いにゃ。今の内夕食を作った方が良いかもにゃ」


 ぼやいているエメルちゃんをタツミちゃんが慰めている。

 屋形の扉からマナミを抱いて様子を見ていたようだけど、やはり釣れてないのが気になっていたようだ。


 エメルちゃんが竿を畳んで、マナミをタツミちゃんと一緒にあやし始めた。

 さすがに夕食を作るには少し早いかもしれないな。

 

 釣りは俺一人になったけど、釣れないわけではないからこのまま続けよう。

 夕食までには数匹は上げられるだろう。


 空模様が怪しくなったのを見て、慌ててエメルちゃんが夕食を作り始める。俺も竿を置いてタープをしっかりと張る。

 

「やってきたにゃ。今夜は雨の中の夜釣りになりそうにゃ」

「もう少し時間がありそうだな。今の内に帆柱にランタンを下げておくよ」


 暗くなってから行ったらずぶぬれ確定だ。

 屋形の屋根の上でランタンを吊り下げていると、直ぐ近くまで雨が近づいていた。

 急いでタープの下に入ると、たちまち雨がタープを叩き出す。

 タープの少し緩んだ下に水の運搬容器を置いたところで、周囲を眺めながらパイプを楽しむことにした。

 いつもより雨が薄い感じがするな。

 この世界に降雨計は無いようだ。どれぐらい降るかのデータがいまだに無いんだよなぁ。

 アオイさん達なら作って季節のデータを残してくれていそうだが、生憎とそのほかの事で手一杯だったようだ。

 温度計と降雨計があれば、ニライカナイの気象観測も出来そうに思える。風光風速計もあれば良いんだけど、先ずはできることから始めるしかなさそうだな。

 魔法の世界で科学をするのも面白いかもしれない。

 案外面白いデータが取れるんじゃないかな。


 風向計はくるくる回る矢型を作れば良いだろうし、風速計は少し面倒なことになりそうだな。原理は一定時間にどれだけ風車が回るかを記録すれば良いんだろうが、歯車仕掛けが少し面倒に思えてならない。

 温度計はガラス加工の技術があればできそうだ。目盛りは氷が作れるから氷を入れた水と沸騰したお湯の間を等分すれば良いんだが、細かなメモリを付けられるだろうか?

 100等分が無理なら50等分でもなんとか使えそうだ。

 降雨計は、一定時間にたまる水量だから、一番簡単そうだ。真鍮で作って貰えば長く使えるだろう。

 時計が欲しいが、俺の時計を供出するのも問題だろう。

 砂時計があるかもしれないから、商船がやってきたら確認してみるか……。


「難しい顔をしてるにゃ?」

「ああ、済まない。ちょっと考え事をしてたんだ。ニライカナイに雨季と乾季があるのは分かってるんだけど、それっていつも同じ長さなのかとね」


「季節の終わりにリードル漁ができるにゃ。それ以外の時期には全く姿を見せないにゃ」


 呆れた表情をしているエメルちゃんだが、彼女にとっては当たり前のことなんだろう。

 確かに季節の代わり目の満月に、リードル漁は行われるんだよな。

 月の公転周期が一定だから、浮きや乾季が少しぐらい前後しても問題ないということか……。

 となると、気象観測なんて意味が無いのかもしれない。

 暮らしに直結した現象ではないからね。だけど……、漁場の魚の移動には関係しているかもしれないぞ。

 豊漁だった漁場の温度と、不良時の温度は是非とも調べたいところだ。


「アオイ様も変わった人だったと聞いたことがあるにゃ。やはりナギサも変わってるにゃ」


 変わり者と言われていたんだな……。まあ、それも分からなくはない。

 根も族の人達は、現状維持を基本としているからなぁ。ある意味保守的でもあるんだが、漁果につながるような自分の目で分かるようなことは、取り入れることに躊躇しない。

 現実主義ってことなんだろうが、竜神信仰はその上を行くようだ。

 

 あまり漁果が出ない漁場であっても、神亀を見たということになれば、長老がその漁場に向かう船団を編成するぐらいだからなぁ。


「俺の気晴らしぐらいに考えてくれれば良いよ。すぐに役に立つとは思えないし、ひょっとしたら役に立たないかもしれないからね」

「役に立つかどうかは直ぐに分かるのかにゃ?」

「たぶん、マナミの子供が漁をする頃には分かると思うよ。誰もやったことが無いということは、今は必要ないということだと思うんだ。だけど、やっておけばその結果を利用することができると思うんだ」


「ふ~ん!」という感じで聞いているけど、絶対に理解してはいないと思うな。


「夕食が出来たにゃ! 雨だけど、食べたら2人で漁をするにゃ」

「そうだね。タツミちゃんは一緒に食べられるかな?」


 エメルちゃんが屋形に入っていく。

 すぐにタツミちゃんと出てきたから、この豪雨の中でも、マナミは寝られるんだと感心してしまう。

 だけど、屋形の扉を開けて、タツミちゃんが中を見ながら食べているところを見ると、深く寝入っているわけではないんだろうな。


「よく眠ってるにゃ。今日は特別にゃ」

「良き字は大変だと良くわかるよ。俺もそんな感じで育ったんだろうな」

「誰も、最初は赤ちゃんにゃ。大きくなるとそれを忘れてしまうにゃ」


 耳痛い話だ。それを考えると母さんに逆らうようなことは出来ないんだけど、だいぶ逆らっていたような気もする。

 この世界に来たから親孝行はできないけど、妹に俺の分まで頑張って欲しい。


 雨の中、釣竿を出して夜釣りをする。

 どうにか十数匹の獲物を釣り上げて、竿を畳む。

 やはり雨の中は、魚も釣れないんだろうな……。


 2つのザルに魚を並べ終えると、今日の1日が終わった。

 お乳を飲ませ終えたタツミちゃんも交えて3人でワインを戴く。


「雨季は、魚が獲れないにゃ……」

「雨季も最後だよ。来月にはリードル漁だからね」


 いろいろあった雨季だけど、俺達にとってはマナミを授かった雨季だからね。来年の今頃は、動き回るマナミに苦労するのかもしれないな。


 翌日は午前中の素潜りを終えたところで、帰り支度を始める。

 先ずは近場の様子見だからね。乾季にこの漁場でもう1度漁をしてみよう。

 1度の漁で漁場を判断するのも問題だろう。

 見た感じでは良い漁場なんだけどなぁ……。


 漁場を後にオラクルへとカタマランを進める。

 半日の距離だから、直ぐに到着する。

 エメルちゃんが獲物をカゴで運んだけど、2回目は午前中に突いた獲物だけだった。


「2カゴにならなかったなぁ……」

「近場で中1日。それも雨季の漁だから……」


 慰めとも取れるタツミちゃんの言葉が耳に痛い。

 いつも豊漁とは限らない、ということなんだろう。これが何回も続くなら問題だが、蓄えは十分にあるらしいからな。

 悪い時もあれば、良い時もあると納得しておこう。


「どうだった?」

「1カゴ半といったところです。ちょっと少ない感じですね」


 俺の言葉を聞いて、ザネりさんが驚いている。


「確か近場で2日の漁だったな。それで1カゴ半なら十分すぎるぐらいだ。俺達は3日でそれぐらいだ。雨期は釣りをしてもあまり釣れないんだぞ」


 夕暮れが近づいているけど、夕食に取り掛かるのはまだだろう。

 ザネリさんを甲板に招いて、ココナッツ酒をふるまう。


「俺達は明日出掛ける予定だ。北に行くんだが、延縄をやってみようかと思ってる」

「延縄は取り込みに2人必要ですからね。結構大物が掛かる時がありますよ」


 俺の言葉にうんうんと頷いているのは、何度もそんな事態を経験しているんだろう。


「このカタマランにはロクロが付いてるんだよなぁ。俺のカタマランには付いてないから、次のカタマランには付けるつもりだ。それほど大きくなければ1人で引き上げられるんだろう?」

「道糸を張れば巻き取ることができますし緩めれば巻き取ることがありません。道糸の張加減を早く学んでください。そうすれば1人で取り込みができます」


 ろくろの使い方を知らない人が多いってことなんだろう。

 数人で動かすロクロを使ってカタマランを浜に引き上げ船底の塗装を行う時があるんだけど、その時のロクロのロープを数人で引いているのを見たことが無いのかな?

 あの動きを見れば、ロクロの原理が少しは分かると思うんだけどね。

 

「ということは、カタマランを乗り換えるんですか!」

「そういうことだ。子供も大きくなったからなぁ。今のカタマランでは手狭なんだ」


 バゼルさんが使っている大きなカタマランということだろう。

 あれなら、ロクロを取り付ける場所もあるし、なんといっても船尾甲板が広いからね。

 ザネリさんが乗り換えるということは……、ガリムさんもそろそろということかな?


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