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P-202 釣り人は2人だけ


 昼過ぎにカタマランが減速した。

 3つの島に挟まれた海域を円を描くように進んでいるのは、サンゴの崖の様子を操船櫓から確認しているのだろう。

 エメルちゃんの指示で舳先の甲板に向かい、アンカーを投入する準備をする。

 なるほど、緑いろの海が、線を引いたようにくっきりと深い藍色に染まっている。崖は急峻のようだから、潮通しも良さそうだな。


「この辺りにするにゃ。アンカーを下ろして欲しいにゃ!」

「了解だ!」


 返事をしながら漬物石のようなアンカーを投げ入れ、ロープの目印を数える。4つ目が海面より少し下に見えるから、水深は4mというところだろう。となると、崖の下は少なくとも8mはありそうだ。

 大物が潜んでいそうだな。思わず笑みが浮かんでしまう。

 屋形の屋根を通って船尾に向かう。船尾の甲板に下りると、直ぐに帆布のタープを引き出して屋根を作った。何となく西が怪しいんだよなぁ。夕暮れ前には降りだしそうな雲が見える。

 胴付き仕掛けの付いた釣り竿を2本取り出して、船尾のベンチに置いておく。次はシメノン用の釣り竿だ。同じく2本取り出して操船櫓の下にある倉庫の扉に立てておく。

 タモ網とギャフを用意しておけば、後は釣りを始めるだけになる。


「今、お茶を淹れるにゃ。ちょっと待ってるにゃ」


 屋形から出てきたのはタツミちゃんだった。操船櫓から直ぐにエメルちゃんが消えたのは、マナミを抱っこするためだったみたいだな。

 思わず笑みが浮かんでしまう。自分で産んだ子のように可愛がってくれてるんだな。

 

 パイプを使いながら周囲の風景を眺めていると、タツミちゃんがお茶の入ったカップを渡してくれた。俺の隣に腰を下ろして、幸せそうな笑みを俺に向けてくれた。


「今日は、何度も笑ったにゃ。いつも周りを見てるにゃ」

「たまに扉の近くで外を見させたら良いかもしれないね。だけど日に当てないようにね」


「それぐらい分かってるにゃ。バゼルさんが作っている子守用のカゴができるとトーレさんが教えてくれたにゃ。そしたら少しは手伝えるにゃ」


 手伝ってくれるのはありがたいけど、それよりは子守を頑張って欲しいところだ。

 少しぐらい漁果が減っても、リードル漁で十分取り返せるんだからね。

 

 お茶を飲み終えたタツミちゃんが屋形に入ると、残念そうな顔をしたエメルちゃんが現れた。

 お茶を飲みながらカマルの切り身を作ってくれたので、切り身を餌に仕掛けを下ろす。


「何が釣れるかな? 胴付き仕掛けは、いろんな魚が釣れるから面白いんだよね」

「上針と下針の間隔が広いにゃ。シーブルが掛かるかもしれないにゃ!」


 2本針の胴付き仕掛けは、上下の間隔がザネリさん達の2倍近くある。

 下針で底物を狙い、上針では中層域を回遊するシーブルや大型のカマルを狙えるようにしたんだが、皆に教えても同じような仕掛けで釣る連中は少ないようだ。


 遅れて参戦したエメルちゃんの竿が、突然暴れだした。

 懸命に抑えながら、少しずつ巻き取り始めた。何が釣れたんだろう?

 俺も頑張らないと……。竿先を躍らせて当たりを待つ。


 エメルちゃんの竿を見ると、どうやら上物が掛かったようだ。下に引くんではなく、横に道糸を引き出している。

 邪魔にならないように仕掛けを引き上げて、たも網を掴んでエメルちゃんの横に立った。


「シーブルかもしれないにゃ!」

「グルリンかもしれないよ。でも大きそうだね」

「だんだん近くなってきたにゃ。最初は道糸が出ていくばかりだったにゃ」


 確かに道糸が出る量より、巻取る量の方が多そうだ。だんだん引きが弱くなるのは上物の特徴でもある。

 ポンピング動作をしながら巻き取っていると、仕掛けを結んだより戻しが見えてきた。

 目を凝らすと、海中でたまに白く光る獲物が見える。もうすぐだな。


 タモ網を海中に差し入れると、エメルちゃんが立ち上がって獲物をタモ網の中に誘導する。獲物の半分近くがタモ網に入ったところで、力を込めてタモ網を引き揚げると甲板に下ろした。

 バタバタと暴れている魚体に、エメルちゃんが棍棒を振るう。

 1発で大人しくなった。タツミちゃんも棍棒使いが上手いけど、エメルちゃんも上手いんだなぁ。

 あれで殴られないように、日ごろの言動には気を付けよう。


「グルリンにゃ!」

「幸先が良いね。俺にも掛かると良いんだけど……」


 狙って釣れるような魚じゃないからなぁ。シーブルに交じってたまに掛かるのがグルリンだからね。

 再び始めた釣りは、夕暮れ前に一旦終了する。

 獲物を保冷庫に収めて、夜釣りの獲物と一緒に夜中に捌くのが一般的らしい。


 暗くなってくる前にランタンに光球を入れて、帆柱の上と帆桁に吊り下げる。

 結構明るいから2つで十分だ。

 エメルちゃんが海水を汲んで手を洗うと、夕食の準備を始めた。

 今日は何になるんだろう? 

 タツミちゃんが屋形から出てきて、ココナッツ酒を造ってくれた。マナミは寝てるのかな?

 

「グルリンばかりにゃ!」

「一番大きいのはエメルちゃんが釣ったんだ。グルリンだけの群れもあるんだね」


 グルリンが12匹は誇れる数だろう。

 俺にココナッツ酒のカップを渡すと、2人でココナッツジュースを飲みながら料理を始めた。

 たまに笑い声が上がるのは、先ほどの釣りの話をしてるのかな?

 夜釣りで頑張らないと、背中の聖姿に申し訳ない。


 タツミちゃんは屋形の扉近くで夕食を食べている。たまに屋形の中に目をやるのは、マナミが座布団から転げ落ちていないか確認してるんだろう。

 やはり子育ては大変だな。男に産んでくれた母さんに感謝しよう。


 夕食が終わると、後片付けをエメルちゃんに任せて先に釣りを始める。

 夜は底物が多いみたいだな。

 バヌトスがバッシェ交じりで釣れる。

 たまにバルタックが掛かるんだけど、結構引きが良いから釣り上げるまでが楽しみだ。


 22時をすぎたころに、雨が降ってきた。

 雨季だからなぁ。豪雨に打たれないように、タープの中から釣り竿を出す。

 魚の型が良いから、取り込み時にはタープを出て行うことになってしまう。豪雨に打たれながら2匹目を取り込んだところで今夜は竿を畳むことにした。


 釣り竿を乾いた布で拭き取り、屋形の屋根裏にしまい込む。

 その間にエメルちゃんが獲物を捌き始めた。20匹を超える釣果だから少し時間が掛かりそうだ。

 タツミちゃんが屋形から出てきて、カマドに火を熾してポットを乗せる。寝る前にお茶を飲めそうだな。


「マナミは寝てるのかい?」

「さっきオッパイを飲ませたらぐっすりにゃ。でも油断はできないにゃ」


 結構夜泣きをするからなぁ。

 その都度タツミちゃんが起きてあやしているんだから、母さんの苦労は大変なんだな。


 捌いた魚の開きをザルに並べる。

 タープの中央付近にベンチを置いて、その上にザルを乗せた。

 どうにか終わったところで、3人でお茶を戴いた。


「朝には病んで欲しいね」

「雨期の雨は長く続くにゃ」


 エメルちゃんが恨めし気にタープを見上げる。

 バタバタとタープに当たる雨の音が煩いぐらいだ。マナミが目を覚まさなければ良いんだけどね。

 さて、寝るとするか……。

 俺とエメルちゃんはハンモックに入り、タツミちゃんは床に寝る。竹で編んだ敷物は弾力があるから、背中が痛くなるということはないようだ。

 その上にシーツを敷いて、マナミの寝ている座布団をタツミちゃんが手元に引き寄せ横になった。

 船尾甲板の扉の上に付いた明り取りの窓から、穂桁に下げたランタンの明かりが入るから、屋形の中は結構明るい。

 さすがに寝るには明るすぎるから、エメルちゃんがタツミちゃんが横になったところで、薄い布のカーテンを引いた。

 屋形の中がぼんやりとした明るさになる。

 これで寝られそうだな。相変わらず屋根に当たる雨音が煩いけど、自然の音は騒音にはならないらしい。

 人工的な雑音とどこが異なるかが分からないけど、うるさくとも眠れるんだよなぁ……。


 マナミの泣き声で目が覚めた。

 一生懸命、タツミちゃんがあやしているんだけど中々泣き止まないな。


「起こしちゃったにゃ……」

「元気な声だね。俺の方は問題ないさ。マナミがこれからも起こしてくれそうだ」


 ハンモックから降りると、タツミちゃんに抱かれたマナミのほっぺをチョンと突く。

 途端に泣き止んで、俺の目を向ける。


『こいつ、誰だ?』という感じの目をしてるけど、お前の父さんだからな。

笑みを浮かべると、困ったような表情をしている。

 赤ん坊の脳の発達は急激に起こると聞いたことがある。

 屋形の窓から外を見たり、船尾の甲板で働く俺達をじっと見ているとタツミちゃんが言ってたからなぁ。

 賢い子に育つんじゃないか?


 もう1度、ほっぺを突いて家形を出る。

 いつものように海水で顔を洗い終えると、エメルちゃんがお茶を出してくれた。

 

「1人で起きれたにゃ! 雨が降り出すにゃ」

「マナミに起こしてもらったよ。昨夜の雨が嘘のようだね」


 朝から冗談を言ってくるエメルちゃんに、空を見上げながら呟いた。

 一緒になって空を見上げたエメルちゃんが、小さく頷いている。


「朝食は、もうすぐできるにゃ。雨期の素潜りは午前中が勝負だと、父さんが言ってたにゃ」

「その通りだと思うよ。さすがはカルダスさんだ。それを言葉にして皆に伝えられるんだから」


 俺にも教えて欲しかったな。

 案外、漁を始めたばかりの連中に伝えているのかもしれない。

 俺に漁を教えてくれたのはバゼルさんだし、自分でも状況判断で漁の方法をいろいろ変えているからなぁ。

 いまだに曳釣りはあまりやらないけど、トウハ氏族では雨期の漁として盛んにおこなわれているらしい。

 このカタマランにも甲板に小さなロクロがついているから、容易ではあるのだろう。

 だけど取り込みを1人でやる自信がない。どうしても手助けしてくれる人がもう1人欲しいところだ。

 タツミちゃんが育児から少し解放されたなら、せっかくアオイさん達が考えた船なんだから曳釣りを積極的に行ってみようかな。


「できたにゃ! 運ぶからザルをわきに退かして欲しいにゃ」


 早起きしたエメルちゃんが一夜干しを片付けてくれていた。まだ甲板に重ねてあったザルを、屋形の壁に立てかけておく。

 軽くロープで結んでおけば、倒れることはないだろう。


 ベンチを2つ並べるとちゃぶ台のような感じになる。甲板に腰を下ろして食べていると向こうの実家のようにも思えるな。

 テーブルはちゃんとあるんだけど、爺ちゃん達の部屋には畳の上にこんな感じのちゃぶ台が置いてある。

 屋形の中にエメルちゃんが声をかけると、タツミちゃんが屋形から出てきた。

 どうやらマナミは寝ついてくれたみたいだな。

 今朝の朝食は魚肉団子入りのスープだ。

 辛味が食欲を増してくれる。バヌトスは安い魚なんだけど、料理次第で美味しく頂ける。

 この味なら、大陸で店を開けるんじゃないか。


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