P-200 会談の地はどこに?
バゼルさん達に俺の思惑を教えた翌日。
カヌイのお婆さん達に相談に行くことにした。
出掛ける前に、エメルちゃんがワインを2本入れた布包みを渡してくれた。風呂敷のような布できちんと結わえてあるけど、こんな包み肩をするのは日本だけかと思っていたから、ちょっと驚いてしまった。
「男の人は籠を持たないから、そうやって持っていくにゃ。多分出掛けるだろうとトーレさんに相談したら、その包みを作ってくれたにゃ」
「ありがとう。何も持たないで頼みに行くのもちょっと失礼だと思ってたんだ。助かるよ。それじゃぁ……」
包みを手に、桟橋を歩いていく。
カヌイのお婆さん達が住むログハウスは結構距離があるんだよなぁ。
少し距離をとり過ぎたかと反省してるんだが、トーレさんの話では、お婆さん達には好評らしい。
あのお立ち台があるからなんだろうな。
四方に柱を立てて簡単な屋根を乗せただけなんだが、今ではいろいろな飾りつけが施されているらしい。
祈りの場でもあるそうだから、宗教的な装飾ということになるのだろう。
トーレさん達には、お立ち台に入ることすら畏れ多い場所になってしまったようだ。
月に何度か、お立ち台から神亀を目にできるとなれば自然にそういうことになってしまうんだろうな。
会談を登って高台に出ると、目の前に広場が広がる。
結構な量の砂を運んでいるから、あまり草も生えてはいないようだ。
広場から南に向かう道を行き来するんだが、今日は広場を横切り東へと足を運ぶ。
広葉樹とココナッツの混生林を抜けると、四角い石作の構築物が見えてきた。
屋上にゆっくりと風車が回っている。
今のところは、故障もせずに動いてくれているようだな。
貯水池からくみ上げた水を、ろ過器を通して浜に送っているんだから故障したら一大事だ。
万が一に備えて、2つ作ってはあるからたまに風車を爺さん達が切り替えて運転してくれている。
オラクルで一番重要な施設だと思うんだが、何十年か経てばいくつか泉ができるんじゃないかな。何といってもかつてのシドラ氏族の島の4倍以上の大きさだからね。
それなりの標高のある山もあるから、小川ができる可能性だってありそうだ。
石組から南北に小道が続いている。
南に向えば段々畑の東に作った果樹園に出るはずだ。
今日は北に向かって歩く。少し坂になっているから段差のあまりない階段が石を積んで作られている。
階段の両側が高いから、豪雨がやってきたら川になってしまいそうだ。
途中に3つの踊り場があるのは、カヌイのお婆さん達にとってはこの階段の上り下りの疲れを休めるための休息場としているのだろう。
林の陰に、丸太を横にしたようなベンチが置かれていたからね。
階段を200mほど登ると、カヌイのお婆さん達が暮らすログハウスが見えてきた。
ログハウスは3つ作られている。
正面に見えるのが長老の住むログハウスを一回り小さくした感じの、集会場にような建物だ。その奥にお婆さん達が寝食をするためのログハウスが2つある。
お立ち台へは、正面のログハウスの南側を回り込むように歩いた先にある。距離は300mほどはあるんじゃないかな?
お婆さん達はだいぶ高齢に見えるんだけど、足腰は丈夫なようだ。ちょっと感心してしまう。
「ナギサです。相談があってやってきました」
ログハウスの扉の前で声を上げると、ゆっくりと扉が開いた。
カヌイのお婆さん達のお世話をしている小母さんが開けてくれたようだ。
「ナギサにゃ。しばらくぶりにゃ。改まらずにちょいちょい来ればいいにゃ」
小母さんの言葉に苦笑いを浮かべて扉をくぐる。
そういわれてもなぁ……。長老のログハウスだって敷居が高いんだから、カヌイのお婆さんの方はもっと高く感じてるんだよねぇ。
「久しいにゃあ……。そこに座るにゃ」
長老のログハウスと同じような作りだが、さすがにお婆さん達の左手ということにはならない。炉を挟んで数人のお婆さん達と向かい合う形で敷物の上に胡坐をかく。
「カヌイの全員がこの島に渡ってこれたにゃ。神亀をじかに見られるなら、どんな場所でも満足できるにゃ」
「良い場所に、小屋を建ててくれたにゃ。ここなら静かに竜神に祈ることができるにゃ」
いろいろと話をしてくれるけど、どうやら満足しているみたいだな。
あまり感謝されても困るけどね。
「実は、1つお願いがあるんですが……」
新たな王国が商船を仕立てて商いに来ている話をしたら、少し驚いているようだった。
カヌイのお婆さん達は俗世間から切り離した生活を送っているように思えるけど、長老以上に氏族間のカヌイ連絡を取り合っているし、商会ギルドに理事を送っているのはカヌイのお婆さん達の1人だからなぁ。
あまり知られていない内容だったのかもしれないな。
「大陸の王国との約定は、各王国とも2隻ということで変わらないはずにゃ。……でも、各王国がどの王国であるかは約定書には書かれていないにゃ」
「裏を掛かれたにゃ! だけど、約定の範囲内であるならこちらから反論ができないにゃ」
困ったことになったと隣同士で話が始まった。
扉を開けてくれた小母さんが、俺の前にココナッツ酒の入ったカップを置いてくれた。
ありがたく頭を下げてはみたものの、お茶の方がありがたいところだ。
「それで、ナギサはどうしたいにゃ?」
「サイカ氏族がシドラ氏族の島に移るのであれば、漁果と魔石の数が増えるのは間違いありません。大陸沿岸部の漁を無くすことになりますから、王国の漁師も少しは漁果を上げられるでしょう。
これを成果として約定の改定迫ろうと思っているのですが、事前にそれが可能かを確認したいと思っています」
「聖姿を背負うということは、そういうことにゃ……。聖痕の持ち主が2人すでにいたからナギサにそれを背負わせたにゃ。アキロン様と形が異なるのはそういうことにゃ」
カヌイのお婆さん達が、何やら自分達だけで納得している。
だけど、俺の背中の傷跡は聖痕と同じということになるのか?
竜神がネコ族に2人の聖痕の持ち主を与えるのは、この海域で暮らし始めてから延々と続いているようだ。
たまに1人しかいないときもあるけど、直ぐに2人目が現れる。だが3人目が現れることはないそうだ。
「ナギサの目的は分かったにゃ。その相手と今でも付き合っているのがカヌイということにゃ」
「手紙を書いてみるにゃ。上手く行けば乾季には合うことも出来るにゃ。でも、大陸の港に出掛けることになるかもしれないにゃ」
だよなぁ……。
神殿を訪ねることになるかもしれないが、それは俺1人なら同にでもなることだ。
バゼルさんに港までは付き合ってもらおうかな。さすがに嫁さんと子供だけをカタマランに残していくのは問題だろう。
「たぶん、ある程度地位のある人物が会ってくれるに違いないにゃ。アオイ様とタツミ様は北の王国の王族と会った時でも普段着だったらしいから、ナギサもその格好で問題ないにゃ。でも相手の信じる神への捧げ物は用意しておくにゃ」
それなりの品を用意しておけ、ということなんだろう。
上位魔石と中位魔石を用意していくか。それなら次のリードル漁の漁果で十分手に入るからね。
「マナミは元気に育ってるかにゃ?」
「元気ですよ。まだ父親としての実感が無いのを恥じ入るばかりです」
「心配ないにゃ。誰も最初から親にはなれないにゃ。少しずつ親になっていくにゃ。母親は産みの苦しみと授乳することで親としての自覚ができるにゃ。
でも父親は、子供と接することだけになるからゆっくりと親になっていくにゃ」
なるほどねぇ。だとしたら早く抱かせて欲しいなぁ。
すでに10日以上過ぎてるけど、まだ抱かせて貰ってない。
トーレさんが「首が座ってからなら大丈夫にゃ!」と言ってるんだけど、それっていつ頃になるんだろう?
その話をしたら、カヌイのお婆さん達が顔を見合わせて笑い声を上げていた。
そんなにおかしな話だったかなぁ?
「トーレに遠回しに伝えてあげるにゃ。トーレも困った娘にゃ。昔からそんなところがあったにゃ」
「首が座るまでなら1か月はf抱かせて貰えないにゃ!」
そんな話をしてくれながらも、笑い声を上げてるんだよなぁ。
ちょっと気まずくなったので、頂いたココナッツ酒を一口飲んでみた。さっぱりした飲み心地だ。あまり酒を入れていないのだろう。
ココナッツ酒は本来これぐらいのアルコール度だったのかもしれないな。それを蒸留酒と半々にして飲むんだから、男達の飲み方は問題だと思うぞ。
「次はエメルの番になるにゃ。女の子の名前をまた考えておくにゃ」
ん! ちょっと気になる言葉を聞いた。
次も女の子だと、どうして分かるんだろう?
いくら竜神と心を通じ合うことができるとしても、エメルちゃんが妊娠しているとは思えないし、ましてや生まれるのが女の子だとどうして分かるんだろう?
疑問を残したまま、カヌイのお婆さん達に別れを告げて、カタマランへと戻ることにした。
トーレさんに聞けば、その理由を教えてくれるかもしれないな。
さすがに、『それは、どういうことなんです?』とはお婆さん達には聞けなかった。
「珍しいのう! カヌイの婆様達に会ってきたのじゃな?」
声の主は、高台の広場の片隅に作られたベンチに座る長老だった。
大きな広葉樹の木陰の下にベンチが3つほど置いてある。小さなテーブルまであるから、長老達が気に入っているらしい。涼しい風を受けながら入り江を眺めていたらしい。
「この間の件で、相談してきました。手紙を出してくれるということですから、返書を待つだけになります」
俺の返事に頷きながら、杖でテーブル越しのベンチを差している。
座って少し話をしたいということかな?
特に今日の予定は無いから、休憩していこう。
ベンチに座ると、入江からの風が心地よい。多分皆がこの場所を気にいるだろうな。
「ちゃんと動いておるようじゃな。聖痕の上を持つ者としては当然のことではあるのじゃろうが……。ネコ族の他の連中ではそうも行かぬじゃろう。交渉が上手く行くと良いがのう」
「我等には、そんな交渉事までの準備すら考えつかぬ。ナギサを運んでくれた竜神様に感謝せねばならんのう」
そんな話をしているから、先ほどの疑問を長老に聞いてみた。
長老が思いつかないとなれば、トーレさんに聞くしかないんだけどね。
俺の話を聞いたとたん、3人の長老が笑い声を上げた。
「ハハハ……。確かに不思議に思えるのう。じゃが、2つほどその理由が考えられるぞ。1つはカイト様とアオイ様の子はアキロン様を除いて、全て娘じゃった。アキロン様の場合はナディ様との婚儀のために竜神様が動いてくれたに違いない。他の聖痕の持ち主達の嫁は男女を産んでおるのじゃがのう。
もう1つは、カヌイの婆様達の能力じゃな。竜神様に祈り捧げる暮らしを続ける中で、たまに夢を見ることがあるらしい。その夢は間違いなく現実になるときいたことがあるぞ」
「ナギサが大勢の娘に囲まれている夢を見たのかもしれんのう。次の長老達は誰の嫁にするかで悩むに違いない。カルダスが悩む姿は見ていても面白いからのう。1つ残念なのは、それを見ることが出来ぬ事じゃな」
「まぁ、だいぶ長く生きたんじゃから、1つぐらいは出来ぬものもあるじゃろうよ。あまり欲をかくと竜神様の前で恥をかきそうじゃ」
カイトさんとアオイさんの子供達はアキロンさんを除いて娘ばかりだったのか……。
予知夢とは、タツミちゃんやエメルちゃんもそれに似た話をしていたな。
その2つの例を考えると、次も女の子だというカヌイのお婆さんの言葉が重みを増してくる。
あまり長くいると、もっとからかわれそうだから早々に失礼することにした。
「たまには顔を見せるのじゃ!」という指示を背中で聞きながら、階段を下りていく。




