P-198 サイカ氏族にシドラ氏族の島を譲る
10日程オラクルにカタマランを停泊させて、桟橋作りの手伝いをする。
一緒に漁をするガリムさんを2度桟橋から見送ったが、3度めには一緒に出掛けることができるだろう。
俺とエメルちゃん主体の漁になるが、何時までもトーレさんの世話になるのも考えてしまう。
バゼルさんは好きなだけ乗せてやってくれと言っていたけど、さすがにそこまで甘えるのもなぁ……。
「だいぶ桟橋が増えたにゃ。南の浮き桟橋も若い連中のカタマランを停泊させるには十分にゃ」
「桟橋と浮き桟橋をもう1つずつ作って終わりにするそうです。桟橋を3つ増やすところを4つですからねぇ」
シドラ氏族の島の桟橋の数よりも多いけど、桟橋の長さはこっちの方が短く思える。向こうは浅瀬があるんだが、こっちは岸から直ぐに深くなっているんだよなぁ。
子供達の遊び場ぐらいは作ってやろうと、浜の北側には何も作っていない。
なだらかな岩場になるように、ごつごつした岩を適当に砕いている最中だ。
できれば砂を運んであげたいところだが、それはもう少し先になりそうだ。
漁に出た船が桶に1杯分の砂を運べば10年も経たずに砂浜になりそうに思えるんだけど……。
トーレさんと一緒に、コーヒーを飲みながら入り江を眺めて過ごすのはいつものことだ。
タツミちゃんは館の中だし、先ほどマナミが泣き出したから、エメルちゃんが飛んで行った。
2人もお母さんがいるんだから、いつも抱っこされてるんじゃないかな?
「次にガリムさんが出掛ける時には、同行しようと思っているんですが?」
「付いて行ってあげるにゃ。エメルだけじゃ心配にゃ」
やはり、そうなったか……。バゼルさんの言う通りだな。
仕方がないなぁと思いながら入り江に目を向けた時だった。
遠くに船が見える。保冷船は2日前にオラクルを出発したばかりだし、こっちにやってくる船の奥にも船が続いているようだ。
「引っ越しの2陣がやってきましたよ! かなりの数です」
俺の声を聞いて、トーレさんが座っていたベンチの上に立って西を眺める。
「本当にゃ! 直ぐに知らせてくるにゃ」
ぴょんと甲板に飛び降りると、自分達のカタマランに走って行った。
甲板で仕事をしていたバゼルさんが桟橋の端まで行って、西を眺めている。
直ぐに体を反転させると桟橋を駆け出して行った。
「バゼルが知らせに行ったからだいじょうぶにゃ。ここで様子を見てれば良いにゃ」
「だいぶ来たにゃ。シドラの島にはそれほど残っていないかもしれないにゃ」
トーレさんがサディさんを連れてやって来た。
サディさんが屋形の扉を開けて、3人の様子を見てからトーレさんの隣に座る。
まるで自分の船のように、ポットからコーヒーを注いでサディさんに渡しているんだよなぁ。エメルちゃんがいないから、俺が淹れるのも問題があるように思えるけど……。
「これでオラクルがシドラ氏族の拠点になるにゃ。族長会議の話は後でバゼルに聞けば良いにゃ。サイカ氏族と母船漁の連中のどちらかが今までの島を使ってくれるなら、何も問題はないにゃ」
龍神の統べる千の島をどのように利用するか、それは氏族の問題ではないらしい。
島は借り物という感じなんだろうな。
オラクルの場合はトウハ氏族の島と同じように、龍神からシドラ氏族に使用を認められた島ということになるらしい。
族長会議で使用を認められたシドラ氏族の島よりも、遥かに重要ということになるようだ。
雨季の族長会議で、シドラ氏族の暮らしていた島を龍神に返却することを伝えて、新たに龍神に教えて貰った島に移住することを告げれば、先例に倣ってシドラ氏族がオラクルに住まうことは各氏族とも否はないはずだ。
問題は今までシドラ氏族が暮らしていた島の利用ということになるのだが、2案提示したはずだ。そのどちらが選ばれたのかは今夜にでもバゼルさんが教えてくれるに違いない。
それによって、シドラ氏族の暮らしをどのようにするかも考えないといけないだろう。
「私は、サイカ氏族が来ると思うにゃ。サイカは貧しい暮らしを続けているにゃ。あの島なら、他の氏族と同じように大きなカタマランを持つことができるにゃ」
「サイカ氏族は西の守りの要にゃ。大陸が手を伸ばしてくるのを監視する役目を負ってるにゃ」
サイカ氏族にそんな役目を依頼したのはアオイさんらしい。各氏族が低位魔石を5個ずつリードル漁のたびに提供することで、その役目をお願いしたとバゼルさんが教えてくれた。1年に50個程度でも、貴重な氏族の収入になるだろう。
だが、他の氏族からすれば、その数は若者2人の漁果程度になる。100隻近いカタマランが集まるリードル漁だからなぁ。そこで得られる魔石の数からすれば遥かに見劣りしてしまう。
それにネコ族は案外誇り高い種族だ。
氏族内では結構物を融通しあうんだが、氏族の垣根を超えると途端にこの気位が邪魔をするようだ。他の氏族の施しを極端に嫌う。
対等に付き合うには問題ないんだが、この辺りは氏族単位の戦闘をしていた名残かもしれないな。氏族同士で戦果を競っていたに違いない。
千の島と呼ばれていたニライカナイの海域に、最初に訪れたカイトさんはさぞかし苦労したに違いない。
アオイさんの時代にだいぶ氏族より種族という考え方に変わったらしいが、亡くなったわけではない。
「役割を大切にする気持ちは理解できますが、サイカ氏族にその任を全て任せるというのも考えるところがあります」
「何かあれば、他の氏族も駆けつけるにゃ。シドラ氏族に砲船はないけど、戦士を15人出すにゃ」
そういえば、各氏族が砲船を持っていると言ってたな。
例外は、サイカ氏族とシドラ氏族になるらしい。サイカ氏族は砲船を維持できる経済力がないからだろうし、シドラ氏族は新興氏族だからということかな?
将来は持つことになるんだろうな。
俺も乗り込むことになるんだろうか?
「族長会議が長かったのは、サイカ氏族の役目をどうするかで悩んだ結果だと思うにゃ。他の氏族が協力すれば良いだけなのに……、男達は困った連中にゃ」
トーレさんから見るとそうなるんだな。女性達だけの組織であるカヌイという存在の意味が少しわかった気がしてきた。
「泣いてるにゃ! 2人もいるのに……」
トーレさんが腰を上げて、屋形の中に入っていく。
まだ生まれたばかりだからなぁ。赤ちゃんは泣くのが仕事だと聞いたことがある。
元気な鳴き声だから、お腹が空いただけだと思うんだけどね。
トーレさんが館に入ると、直ぐに泣き止んだ。
さすが経験者は違うな。タツミちゃん達は、まだ赤ちゃんの要求が直ぐに分かるまでにはなっていないんだろう。
とはいえ、母親なんだから迷いながらも少しずつ理解するに違いない。
俺はまだ先になるんだろうな。妹の小さい頃もよく覚えていないんだよね。
「トーレさんが抱っこしちゃったにゃ……」
がっかりした表情で、エメルちゃんが館の中から出てきた。
サディさんと思わず顔を見合わせて、笑みを浮かべる。
「直ぐに代わってくれるにゃ。それに今度はエメルが産めば良いにゃ」
そんなことを言うから、自分の顔が赤くなるのが分かる。日に焼けた顔だから少しは誤魔化せたかもしれないけど、サディさんの顔が微笑みから笑顔に変わっているから、分かってしまったかな?
「その時は、サディさんに抱いて貰うにゃ。トーレさんには貸さないにゃ」
恨んでいるようだ。大人げないなぁ。
皆で子育てをするのはネコ族の風習だから、そこは甘んじた方が助かるかと思うんだけどなぁ。
サディさんはエメルちゃんの言葉に、とうとう笑い出してしまった。
そんな話をしていると、新たに作った桟橋にどんどんカタマランが横付けされているようだ。
桟橋に下りて、周囲を眺める人の姿もある。
シドラ氏族の漁氏全員がこの島に1度は来ていると思っていたんだが、初めて来た連中もいるようだ。
「これで全員ではないですよね?」
「まだ、30人以上残ってるはずにゃ。引継ぎもしないといけないにゃ」
長老も何人か残っているに違いない。
どんな形でシドラ氏族の島を明け渡したのかは、バゼルさんが帰るまで待つしかなさそうだな。
だいぶ荷を運んできたようだ。
台船はこちらにあるけど、シドラ氏族の島にあった台船も一緒に運んできている。
荷役に浜に人が集まっているから、俺も出掛けてみよう。
「荷物の積み下ろしがあるようですから、手伝ってきます!」
「今夜は唐揚げにしてあげるにゃ。頑張って手伝ってくるにゃ!」
腰を上げると桟橋に下りて、浜へと歩き出す。
桟橋を歩く俺を見て、男達が首を傾げている。
大好物の唐揚げだからねぇ……。それに、サディさん達の料理は本当に美味しんだから、自然に笑みが浮かんでくるのはしょうがないと思うんだけどなぁ。
・
・
・
30隻ほどのカタマランから下ろした荷物は、浜の倉庫だけでは収容しきれないほどだった。
高台の倉庫にもザネリさん達が運んでいたけど、多くは浜に積み上げて帆布を被せて豪雨に備えることになった。
倉庫が足りないということではないんだろうが、島の生活に必要な資材をまとめて運んでくるといろいろと問題も出てくるなぁ……。
「これでシドラ氏族の島に残った長老は2人だけになる。サイカ氏族の長老に挨拶したところで、オラクルに来るはずだ」
「やはりサイカ氏族に譲ることになったんですね」
長老のログハウスから戻ってきたバゼルさんも一緒になって、甲板で夕食を取る。
トーレさん達がここにいるからなぁ。戻ってもバゼルさんだけでは夕食を作れないんじゃないか?
今夜は唐揚げとブラドの炊き込みご飯だから、いつもより1杯余計にお代わりをしてしまった。
「まだまだ、あるにゃ!」とトーレさんが笑みを浮かべていたけど、あまり食べてメタボになったら素潜りができなくなりそうだ。
とはいえ、シドラ氏族にも大きなお腹を出した小父さんがいるんだよなぁ。嫁さんはきっと料理上手な人に違いない。
だけど、あの体で素潜りができるんだから、世の中は不思議に満ちている。
「ほぼナギサの思惑通りと長老は話していた。その思惑とやらを聞きに、もうすぐカルダスもやってくるだろう。外にも来るかもしれんが、今後の島の暮らしにも関係してくるはずだ。俺達にもよくわかるように説明してくれると助かる」
「思惑というほどのものではないんですが、確かに説明しておいた方が良いですね。でも、それはカイトさんやアオイさん達の計画でもあるんです」
カイトさんが種を撒き、アオイさんが育てる。てっきり俺は刈り取る立場だと思っていたんだが、どうやら少し違うようだ。
収穫の前に、最後の手入れが必要だろう。育てた苗にちゃんと実が付くように,横芽を取ったり雑草を取ったりするのがどうやら俺の役目らしい。
収穫するのはネコ族の人達に違いない。
たくさんの大きな実が結ばれるように、もう1度初心に帰ってニライカナイを考えるのが俺のこれからの仕事になるんだろう。
もちろん本業は漁師なんだろうけど、漁をしない時間はたっぷりとあるからなぁ。




