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P-196 アオイさん達の偉業


 カヌイのお婆さん達3人が訪ねてきて、屋形の中に入っていく。

 直ぐに出てきたけど、笑みを浮かべて女の子の誕生の祝いを述べてくれた。

 

「長じてはシドラ氏族を導いてくれるはずにゃ。トーレの話では龍神様が現れたらしいにゃ。それだけ娘の誕生を龍神様が待っていたとも考えられるにゃ」


「名前はいつもの通りってことか?」

「ほっほっほ……。カルダスは相変わらず気が短いにゃ。明日にはオラクル中に話が広がるにゃ。明後日の夜まで待つぐらいはできるはずにゃ」


 カルダスさんも、カヌイのお婆さん達には頭が上がらないみたいだな。

 トーレさんが苦笑いを浮かべながら、俺達から少し離れたベンチに座った3人のお婆さんにココナッツ酒の入ったカップを渡している。


「島中で祝ってくれるなんて、嬉しいですね。俺達が準備する者はあるんでしょうか?」


 俺の話を聞いたカヌイのお婆さん達が、急に厳しい目をカルダスさん達に向けた。

 やはり昔何かあったのかもしれないな。カルダスさんとバゼルさんが慌ててカップを置いたぐらいだ。


「だいじょうぶだ。明日、ザネリ達が友人を率いてバルタックを突きに行く。何匹か突けるだろう」

「なら問題ないにゃ。……ナギサはシドラ氏族の習慣をあまり知らぬからのう。タツミはトウハ氏族の出でもあるし、エメルは末娘じゃから、そんなことを教えずに可愛がっていたに違いないにゃ」


「それは言い過ぎだ。エメルにはちゃんと教えたぞ。現に、ザネリ達が突けなくとも、保冷庫に大きなバルタックを残してあるぐらいだからな」

「なら、何の心配もないにゃ。エメルも良い娘に育ったにゃ。父親に似なくて良かったにゃ……」


 2人の悪ガキだった時代をこの3人のお婆さんは知っているということなんだろうな。なるほど頭が上がらないはずだ。

 俺の場合は、黒歴史の数々を向こうの世界に置いてきた感じだからね。

 バゼルさん達の年代になっても、カヌイのお婆さん達に古い話を持ち出される心配はなさそうだ。

 待てよ……。トーレさんがカヌイのお婆さんになったなら、俺が漁をするとおかずが増えると言われるかもしれないぞ。

 今の内から、トーレさんとは仲良くしといた方が良さそうだ。


 3人のお婆さんは、ココナッツ酒を美味しそうに飲み終えると、カタマランを降りて行った。

 カヌイのお婆さん達が住んでいるログハウスまでは結構距離があるんだが、だいじょうぶなんだろうか?

 桟橋に見送りに出ると、ランタンを持った世話役の御婦人が2人お婆さんに合流した。

 やはり心配だよなぁ……。


「ザネルに言いつけおいて良かったぞ。まだ誰も決めていねぇ、なんて言ったら何を言われたか……」

「まあ、いつもよりは機嫌が良かったようだ。さすがにここで説教が始まると思うと……」


 ザネリさん達が、ほっとした表情でココナッツ酒を飲み始めた。


「早めに飲み終えるにゃ。料理を並べないといけないにゃ」

 

 今度はトーレさんからお小言が出た。

 笑みを浮かべて手カゴを持ったサディさんが甲板に上がってくる。

 

「しょうがない人達にゃ。ナギサはそんなことが無いようにするにゃ」


 サディさんが俺に小さく頷きながら言葉を掛けてくれたので、俺も頷くことで答えておく。

 カゴから取り出したのは、空揚げだった。

 ここで直ぐ手を出すとトーレさんに怒られそうだから、全ての料理が出てくるのを待つことにしよう。


 食事を終えると、再び酒盛りが始まる。

 女性達は館の中に入ったから、タツミちゃんが食事をする間、皆で抱っこするんだろうな。

 だけどまだ首が据わらないから抱きたくても、ちょっと怖くなる。「男達に抱かせるのはまだずっと先にゃ!」とトーレさんが言っていたけど、それって父親である俺も入るんだろうか?


 酒盛りが終わって皆が帰って行く。

 トーレさんも桟橋の反対側に停めた自分達のカタマランに戻っていった。

 俺達3人だけだけど、タツミちゃんは赤ちゃんに手いっぱいだから、甲板でのんびりとコーヒーを飲むのはエメルちゃんと俺の2人だ。


「オラクルで生まれた最初の子にゃ」

「そうなんだ。結構いたんじゃないかと思っていたんだけど」


「長い航海もあるし島の開拓もあるから、こっちに来なかったにゃ。でもこれからは大勢生まれるはずにゃ」


 シドラ氏族が引っ越すからなぁ。

 それほど先ではないのだろうが、その前にやるべきことがある。

 上手く長老達が他の氏族の了解を得られれば良いんだけど……」


 コーヒーを飲み終えたところで、屋形に入る。

 タツミちゃんと赤ちゃんは寝ているようだ。起こさないように静かにハンモックで横になる。

              ・

              ・

              ・

 翌日の朝早くに、ザネリさんは2隻のカタマランを伴って入り江を出て行った。

 祝いの魚を突きに行くと言っていたけど、雨季だからねぇ。

 空はどこまでも蒼いけど、何時降り出すか分かったものじゃないからなぁ。

 上手く突いて帰ってくれることを祈りながら、彼方に消えていくカタマランに頭を下げる。


「今日は珍しく早起きだな? 雨でも降らなければ良いんだが……」


 桟橋から帰ろうと振り返ったら、バゼルさんがパイプを咥えて立っていた。


「ザネリさん達が出掛けたんで見送っていたんです。俺達のために働かせてしまって申し訳ないところです」

「なに、気にすることはない。仲間内では当たり前のことだからな。ザネリが生まれた時にはカルダスが出掛けたし、ガリムの時には俺が行った。

 未だに、『あの時のバルタックは小さかったんじゃないか?』と言っているが、2YM近い獲物だったからなぁ」


 笑い声を上げながら、話してくれた。

 今でも冗談の種になるってことだ。ある意味、名誉ということに繋がるのかもしれない。

 誰が生まれた時には、誰がバルタックを突きに出掛けて、その時の獲物は……、と続くわけだ。

 俺にもそんな機会があるかもしれない。

 バルタックが付ける場所をある程度海図に落としておかないと、将来恥をかきそうだぞ。


 バゼルさんのカタマランでお茶を御馳走になる。

 トーレさんがカップを渡してくれたんだけど、なんだかソワソワしてるんだよなぁ。

 バゼルさんがそっと耳打ちしてくれた話によると、俺のカタマランにサディさんが手伝いに出掛けたらしい。

 いつもはトーレさんだから、……たまにはということになるんだろう。

 

「ザネリは出掛けたみたいにゃ。ちゃんと突けないと一生の恥にゃ」

「そうは言っても、バルタックを持ち帰れるのは半数もないぞ。まあ、フルンネ辺りなら恥じることはないだろう。さすがにブラドでは俺も恥じることになるだろうがな」


 バルタックを持ち帰る確率は5割以下ってことか……。責任重大じゃないか!


「素潜りでたまにバルタックを突くことがある。その漁場をいくつか巡ることになるだろう。適当に漁場を選ぶわけではないんだ。

 ある意味、役目を担った夫婦の今までの経験が生かされる時でもある。

 俺やトーレ達に聞いて来なかったところを見ると、ザネリなりにバルタックを突ける漁場をいくつか知っているということになるだろう」


 やはり、海図に落とした漁場毎に得られた獲物の種類を書き込んでいるんだろう。

 長く漁をするほど海図に掻きこむ情報が増えるということなら、カイトさんやアオイさん達が使っていた海図はさぞかし貴重なものになっているんじゃないか?


「気が付いたか? ニライカナイの広範囲にわたる漁場について、一番貴重な海図はアオイ様の使っていた海図だ。

 アオイ様の嫁であるナツミ様が精密なコンパスを使ってトウハ氏族の島を中心にカタマランで10日の範囲を記載している。

 シドラ氏族がトウハ氏族の南東に住む島を設けた時に、この島の周辺の漁場をその海図から写し取ったそうだ。

 島に来て直ぐに漁をすることができたから、シドラ氏族の立ち上げはかなり楽だったという話だぞ」


「その時に使っていたのが、今の俺のカタマランですか……。なんともすごい人物だったようですね」

「ああ、まさしく聖痕の持ち主とは、アオイ様を言うのかもしれんな。カイト様の教えを受けたことがあると言っていたそうだが、カイト様を知る人物はすでに夜を去っていたからなぁ……」


 カイトさんにアオイさん、そしてナツミさん……。3人の行ったことはネコ族の人達に好意的に受け止められているようだ。

 それに比べて俺は何もできないからなぁ……。

 銛の腕は、いまだにネコ族の若者と比べても良いとは言えないし、ニライカナイの未来を考えるのも、漠然とした思いだけだ。

 自給自足を考えても、やはりネコ族全てを完全な自給自足に持っていくことができないのは重々承知しているんだが……。そこから先が思い浮かばないんだよなぁ。


 オラクルは4つの島が合体してできた大きな島だけど、水田にできる土地はせいぜい3ヘクタールというところだろう。

 直播だと収量が減ると聞いているから、収穫量はオラクルの住民全体にいきわたらせることもできない。

 やはり大陸の商会との付き合いは、この先も続きそうだ。

 

 その商会を束ねるギルドの役員に、ニライカナイからカヌイのお婆さんを1人理事として送り込んだというんだから、アオイさんとなつみさんの手腕はすごかったに違いない。

 トウハ氏族だけでなく、全ての氏族に慕われているのはそんな2人だからだろうな。


「あの2人を超える人物は、早々現れるものではない。とはいえ、ナギサも聖姿を背負う男だ。俺達の期待は大きいんだぞ」


 カルダスさんが俺の肩を大きな手で叩いた。

 それほど期待されてもなぁ……。前の世界では普通の高校生だったんだよね。


「どこにでもいる普通の男ですよ。それよりも、長老は例の話を族長会議に掛けたのでしょうか?」


「オウミ氏族の暮らす島で、族長会議は行われる。まぁ、ニライカナイの調度真ん中にある島だからなぁ。多分賛同してくれるだろう。サイカ氏族の漁は、アオイ様達がいろいろと頑張ってくれたんだが、6つの氏族の中では一番下だ。

 シドラ氏族の島であれば、リードル漁だってできるんだからな。ナギサはサイカ氏族を2つに分けるように話していたが、多分サイカ氏族はシドラ氏族の島に全員が移住してくるだろう」


 そうなると、母船を中心とした遠洋漁業モドキをしている船団はサイカ氏族の島を母港とすることになる。

 サイカ氏族の島に、俺達が漁果を運ぶことに問題はあるんだろうか?

 その辺りの調整に時間が掛かっているのかもしれないな。

 同じ燻製品を売るのなら、船団の母港をシドラ氏族の暮らしていた島としたかったのだが……。


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