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P-195 氏族中で祝ってくれるらしい


 俺達だけでの航海なら、水中翼船モードで帰島できる。

 よくもこんな仕掛けを木造で作ったものだと感心してしまうが、ドワーフ族が魔法陣を船体のあちこちに刻み込んでいるらしい。

 粘り強くそれでいて硬くできるんだから、魔法というのはすごいものだ。

 限界というのはあるらしいがサンゴにぶつかっても船体が壊れなければ十分だろう。

 サンゴにぶつけるような操船をする嫁さんもトーレさんの話ではいるらしい。女性達の中での評判はよろしくないらしいから、海は龍神より借りているという考えがあるんだろうな。

 唯一、サンゴを壊すというか穴をあけることがあるようだが、それは荼毘にふした遺灰を詰めた布袋をサンゴの中に収める時らしい。

 島に墓はないようだ。埋葬をするのは親族のみ。

 どこに誰が眠っているのかわからない状態だからなぁ。

 ご先祖様が眠っているサンゴかもしれないから、壊すようなら皆の顰蹙を浴びるということになるのかもしれない。


「ネコ族は海で生まれるんだから海に帰るにゃ。龍神様の下で銛や操船を競うにゃ」

「俺のお爺さんは、亡くなった時に小さな船に乗せて海流に乗せたそうです。遺灰を入れた壺の上には銛先が1つ……。昔からの習わしだと聞きました」


「きっと私のお爺ちゃん達と一緒に魚を突いてるに違いないにゃ。ナギサの御先祖様もかつては千の島で暮らしていたのかもしれないにゃ」


 お爺ちゃんの向かった先はニライカナイだと父さんが言っていた。

 千の島と呼ばれるネコ族が暮らすこの海域を、ニライカナイと名付けたのはカイトさんらしい。

 これで伝説が繋がるのかな?

 父さん達も、お墓を作る話は全くしていなかったからなぁ。

 この地で俺が亡くなったなら、父さんと一緒に魚を追う日々が送れるのかもしれない。


「それにしても龍神とは不思議な存在ですね。出産時に近づいてくるぐらいですから、何かあったのかとも思いましたが……」

「なんの心配もないにゃ。龍神様の下で暮らす私達を守ってくださる存在にゃ。でも、滅多なことでは姿を現さないにゃ」


 龍神の眷属である神亀が海域を広く泳いで、ネコ族の状況を龍神に知らせているとのことだ。

 さらに詳しく調べようと、ネコ族に宝珠という宝石を送ることがあるらしい。俺の腕にあるバングルに埋め込まれた宝石だ。

 もっとも、そう信じているということだろう。

 神亀でさえ、滅多に見る機会はないということだからね。

 一生涯、神亀を見ずに終えることがほとんどらしい。それを考えると、オラクルのお立ち台からは結構な頻度で神亀を見ることができるらしいから、オラクルに移住することをシドラ氏族の人達が希望するのは当然の事かもしれないな。


「だけど油断はできないにゃ。カイト様の双子に聖印が現れたのは歩けるようになってからだと聞いたにゃ。

 あの歌を教えてあげないといけないにゃ」


 どんな歌ですか? と聞いたらトーレさんが歌ってくれたんだけど……。

 誰が教えたんだ?

 それでやってくるのは、大きな蝶のような怪物だと思うんだけどなぁ。


「……まぁ、こんな歌にゃ。意味は誰も知らないにゃ。きっと龍神様の言葉に違いないにゃ」

「それなら、俺が教えられますよ」

「なんで知ってるにゃ?」


 驚いてるけど、怪獣映画が好きなら誰でも何度か聞いたことがある歌だ。お爺さんだって網の手入れをしながら歌ってたぐらいだからね。

 もっとも、お爺さんの場合はそれを歌う歌手のファンだったからかもしれない。


「戯れに歌うことが無いようにするにゃ」

「了解です。ニライカナイでは本当に来るんですからね」


 カイトさんかな? いやアオイさんかもしれない。まったく変な伝説を持ち込まないで欲しいところだ。


 赤ちゃんが元気な鳴き声を上げている。

 直ぐに泣き止んだからおっぱいが欲しかったのかもしれないな。

 思わずトーレさんと笑みを交わす。

 出産は俺達だけではどうしようもなかったけど、赤ちゃんと一緒の暮らしは何とかなりそうだ。


「だいぶ日が傾いてきたにゃ。……エメル! 停泊する島を探すにゃ」

「この先の大きな島にするにゃ。遠浅の入り江があるにゃ」


 このまま進めば、明日にオラクルに到着できるだろう。

 皆が喜ぶんじゃないかな。

              ・

              ・

              ・

 オラクルに戻ると、多くのカタマランが停泊していた。保冷船も来ているみたいだな。石の桟橋に接岸して、燻製を皆で運んでいるようだ。

 漁の獲物を運ぶのは女性達なんだけど、燻製を運ぶのは男女共同らしい。もっとも圧倒的に女性が多いようだけどね。


「バゼルが来てるにゃ! たぶん長老のところにでも行ってるに違いないにゃ。カヌイのお婆さん達には私が知らせに行くにゃ。帰りの長老の小屋に寄って教えてくるにゃ」


 桟橋に接岸する前にトーレさんが飛び降りて、反対側に停泊したカタマランの屋形を覗き込んでいる。

 一応確認しておくということなんだろう。すぐに桟橋を駆けて行ったからね。

 エメルちゃんの合図でアンカーを下ろし、カタマランをロープで結わえる。

 どうにか終わったところで、パイプを咥えてトーレさんの帰りを待つことにした。

 バゼルさんでもいたなら、今後の話が分かったんだが帰ってきたら相談してみよう。

 お祝いの宴会があるような話を、聞いたことがあるからなぁ。


「どうした? ナギサだけで帰って来たようだが?」


 声の主は、ザネリさんだった。

 バゼルさんと一緒にやって来たのだろう。

 甲板に乗り込んでくるザネリさんにベンチを差し出して、タツミちゃんが女の子を生んだことを伝えることにした。


「なんだと! それで、母さんは……、カヌイの婆さんのところに行ったんだな? それなら……、後で皆がやってくる。ここで待ってるんだぞ!」


 俺に言い聞かせるように告げると、トーレさんと同じように桟橋を駆け出して行った。


「賑やかにゃ。たぶん長老のところに行ったにゃ。ココナッツ酒をポットに作っておくにゃ」

「皆が来ると言ってたからなぁ。済まないけどお願いするよ。タツミちゃんと赤ちゃんは?」


「おねんねしてるにゃ。まだまだ小さいからそっとしておいたほうが良いにゃ」


 まだ抱かせて貰えないんだよなぁ。

 エメルちゃんは何度か抱かせてもらってご機嫌なんだけどね。普段はタツミちゃんだし、タツミちゃんが休んでいる時はトーレさんだからなぁ……。


 すっかり準備が整ったが、誰も帰って来ない。

 エメルちゃんがカマドの前に立って首を傾げて悩んでいるのは、今夜の料理ってことなんだろう。

 そういえば、まだ獲物を運んでいないんじゃないか?


「エメルちゃん。獲物を運んだ方が良いと思うんだけど……」

「忘れてたにゃ! まだお日様が高いからだいじょうぶにゃ」


 背負いカゴにポイポイと獲物を入れ始めた。ちょっと悩んでいるのは、今夜の料理に何を残しておくかということなんだろう。

 やがて決心がついたらしく、残りをカゴに詰めこんで桟橋を歩いて行った。

 何が残ったんだろう?

 今日は、ブラドの炊き込みご飯かな?


 カタマランにも凝ったのは3人だけになってしまった。

 エメルちゃんも中々帰って来ない。ひょっとして燻製小屋まで出かけたのかな?

 最初に帰ってきたのは、ザネリさんだった。すぐ後ろにいるのはバゼルさんとカルダスさんだ。

 どうやら、長老との話を放ってきたに違いない。


「女の子だと? てっきり男だと思ってたんだがなぁ……」

「これでコネルとレイネも安心できるだろう。半年ほど過ぎたならトウハ氏族の島に出掛けてタツミの両親に見せてやるんだぞ」


「そんなことをしたなら、トウハ氏族の連中が騒ぎだすぞ。将来誰の嫁にするかとな。やはりシドラ氏族の若者のところに嫁がせるのが一番だ」


 すでに誰の嫁にするかを考えてるんだよなぁ。

 生まれたばかりなんだし、あの子なりに自分の気に入った相手を見つけてくるように思えるんだけどね。

 エメルちゃんがココナッツ酒を皆に渡してくれたから、さらに話が盛り上がっている。

「次はエメルだな」とカルダスさんに言われてエメルちゃんが顔を赤くしていた。


 かなり遅くなってトーレさんが帰って来た。

 少し場所を広げるように言われたので皆が1歩後ろに下がる。

 どうやらカヌイのお婆さん達が直々にやってくるらしい。

 かなりの高齢なんだけど、足腰はだいじょうぶなんだろうか。


「カヌイのお婆さん達も驚いてたにゃ。やはりあの光は龍神様に間違いないと言ってたにゃ」

「なに? 龍神様もいたということか」


「直ぐ近くで海中に明滅する光があったにゃ。橙色だからナディ様に違いないにゃ」


 トーレさんの言葉にバゼルさん達が顔を見合わせる。ザネリさんは首を傾げているから何のことかわからないのだろう。


「その話は聞いたことがある。近くに寄って難産なら介入してくれるそうだ。姿を現さなかったということは安産だったということか……」

「あの光が見えたら、すぐに生まれたにゃ。龍神様に祝福された子にゃ」


「長老も喜んでいたな。喜び過ぎて、次の子供の名前を明日から考えるというぐらいだ。まあ、不漁を嘆くようなことでもないなら問題はあるまい」

「そうなると、宴席の食材を取りに行かせねばなるまい。ザネリ、何とかできるか? 狙いはバルタックだぞ」


 宴席の料理は決まっているということなんだろう。

 だが必ずしもバルタックが獲れるとも限らない。生まれた子のために仲間が骨を折ってくれるなら、たとえカマルでも俺には嬉しく思える。


「バルタックなら1匹残してあるにゃ。これより大きいのはそうはいないにゃ」


 エメルちゃんが保冷庫から両手で持ち上げた魚を見て、バゼルさんが目を丸くしている。


「なるほど大きいな……。だが、祝いの魚は友人たちが用意する習わしだ。ザネリ、あれを超えるやつを突いてこい!」

「確かに大きいなぁ……。あれを超えるとなると……」


 漁場に心当たりがあるということかな?

 うんうんと自分で納得して頷いている。


「まったく話題に事欠くことはない。明日出掛けて、突いてこい。祝いは明後日の夜になるはずだ」


 カルダスさんに頷くとザネリさんが席を立って、桟橋を駆けていく。

 友人達を集めるのかな?

 急に忙しくさせてしまって、なんだか申し訳ない気分だ。


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