P-190 エメルちゃんと一緒に頑張ろう
ダイブ日が傾いた時分に漁場に到着すると、ガリムさんが笛を2度ほど吹いた。
それを合図に俺達は漁をするサンゴの穴を探す。
あまり速度を上げていないかと思っていたんだが、結構早く着いたな。
エメルちゃんがカタマランをゆっくりと進めながら、露天操船櫓より漁の場所を探している。
「あの辺りがだいぶ大きいにゃ!」
「どれどれ……、なるほど大きいな。あそこで漁をするか!」
露天操船櫓から身を乗り出すようにして、屋形の屋根で周囲を見ていた俺に場所を教えてくれた。
腕を伸ばした先は数十mを超えるほどの範囲で海の色が黒く変わっている。
それだけ深いということだろうし、はっきりと色が変わって見えるのは急峻な崖が出来ているということになる。
大物が潜んでいそうだな。明日晴れたら、一度潜って探ってみよう。
いつもはタツミちゃんと協力しての操船だけど、今回はエメルちゃんだけでの作業になる。
サンゴの穴になるべく近い場所に停めるのは、バウスラスターがあったとしても俺には出来そうもない。
潮流の方向を確認しながら、カタマランの船首がサンゴの穴の縁になるように微妙な操船をエメルちゃんが行っている。
「もうすぐにゃ、アンカーの準備をするにゃ!」
「了解だ!」
漬物石ほどの大きさがある石なんだけど、十分にカタマランを固定できる。
さすがに潮流が速い場所では、曳きずられてサンゴに引っ掛かってしまうこともあるらしい。
とはいえ、俺達がそんな場所で漁をすることはないからなぁ。
エメルちゃんが片手を大きく上げたところで、アンカーを投げ入れた。
するすると伸びるロープの目印を確認する。
5本目が海面から少し上に出ているな。水深は、およそ4.5mというところだろう。
となると穴の方は8mを超えていそうだ。
回遊魚は望めなくとも、底物は結構集まっているんじゃないかな。
屋形の中を歩いて船尾の甲板に戻り、夜釣りの準備を始める。
竿は2本で良いだろう。タツミちゃんも漁をしたいようだけど、今季は諦めてほしいところだ。先ずは自分の体を大事にしてほしい。
「掛かったらエメルちゃんに渡すから、私の竿も出して欲しいにゃ」
じっと見てるだけでは退屈なんだろうな。竿を上下するぐらいならお腹の子にも影響はないに違いない。
少し考え込んでしまったけど、エメルちゃんが頷いてくれたのでタツミちゃんの竿も出しておく。
さすがにシメノン用の竿は今回は2本だけだ。あれは結構運動量がたかいからなぁ。
何かあったらトーレさんに大目玉を食いそうだ。
簡単な夕食を食べて、夜釣りを始める。
遠くに4つほど明りが見える。
だいぶ広く散った感じだな。これなら日中に延縄を流しても問題はないだろう。
パイプでも使おうかと思っていると、竿先に当たりが出た。
先ずは軽く餌を突いているようだな。これで竿を上げるようでは、初心者ってことになる。
じっと待っていると、突然竿先がグイっと引き込まれる。
すかさず手首を返すようにして合わせを取ると、ギーギーとリールのドラグが鳴りだした。
ドラグを締めつけて引きに耐えながら道糸を巻いていく。
「ブラドかにゃ?」
「いや、この引きはバルタックだな。かなり大きいよ。エメルちゃん、タモ網を用意してくれ!」
釣り竿を置いて、タモ網を手に横に立ってくれた。
これでバラしたら笑いものだな。
だいぶ弱ってきたから、どんどん道糸を巻くと、海の中でキラっと魚体が動くのが見えた。
やはりバルタックだな。エメルちゃんが海面に差し込んだタモ網にゆっくりと誘導していく。
「エイ!」と大声を上げてエメルちゃんがたも網を引き上げた。
かなり重いのか腕がブルブルしてるけど、どうにか甲板に獲物を取り込んで、こん棒で殴っている。
良い音を立てていたから、あれでおとなしくなったに違いない。
海魚は鋭い棘を持つものが多いからな。誰が最初に行ったのかわからないけど、案外とっさに近くにあった棍棒で殴ったのが始まりかもしれないな。
ネコ族は現実主義だからね。良いものを取り入れるということはできるんだが、そこから工夫するということはないようだ。
アオイさん達が漁法をいろいろと教えたらしいけど、延縄などはだいぶ簡略化した仕掛けになっているようだ。
だけど、オラクル周辺では魚も大きいからなぁ。簡易な仕掛けでは仕掛けごと逃してしまいそうだ。
4時間ほどの夜釣りを終えると、今度は魚を捌く仕事が待っている。
屋形の壁板が大きな俎板になった時には驚いたけど、案外便利に使えるようだ。
立ったままの作業だから、タツミちゃんも嬉しそうに包丁を振るっている。
雨季だから、一夜干しを屋根に乗せることはできない。甲板の上に張ったタープを伸ばし、ベンチを並べてエメルちゃんがその上にザルに並べた魚を並べていた。
そんな作業は女性の仕事になっているようだ。船尾のベンチに腰を下ろしパイプを咥えながら2人な作業を眺めるのが俺の仕事らしい。
来年の今頃は、子供を抱えて2人の仕事を眺められるんだろうな……。
翌日は、朝早くに潮流に乗せて延縄を伸ばしていく。
3時間ほど経過したところで引き上げてみよう。もっとも、青物の大きい奴が掛かれば目印の浮きを揺らしてくれるだろう。
「潜ってみるのかにゃ?」
「良い天気だからね。でも、西の方が少し怪しいんだよなぁ」
「昼までは持つにゃ。ザバンは使わないで良いのかにゃ?」
「ああ、雨が来たらザバンは水浸しだからなぁ。その都度戻ってくるよ。釣りでもしながら待っててくれ」
エメルちゃんが釣りをして、タツミちゃんは俺の動きを甲板から見ていてくれるはずだ。
マスクを付けてシュノーケルを咥えると、水中銃を手に海に飛び込んだ。
大物がいれば渡してくれと銛を屋根裏から引き出して屋形に立て掛けてあるし、獲物を引き上げるためのフックの付いたロープも準備してある。
タツミちゃんが無理をしなくても、エメルちゃんが頑張って引き上げてくれるに違いない。
とりあえずサンゴの穴の縁を巡って、獲物を探すことにした。
さすがに延縄を流している西側にはいけないから東端を中心に獲物を探す。
ん! 下の方で何かが銀色に光ったぞ……。
息を整えながら、水中銃のゴムを引く。トリガーの前に付いている、ドラムからラインを3mほど引き出してストッパーを掛けておく。
準備ができたところで、大きく息を吸い半分ほど吐き出して一気に水底めがけてダイブした。
ともすれば浮き上がってしまう体なんだが、水中で停止するのもダイブ慣れてきた感じだ。
右腕1本の微妙な動きで行えるんだから、人間は不思議な生物だよなぁ……。
あれか! サンゴの裏から出たり入ったりと忙しく動いている。
サンゴに付いた甲殻類でも食べているのかもしれないな。
それにしても良い型のバルタックだ。
水中銃を持つ左手を前にして、ゆっくりとバルタックに近づく。
水中銃の先端の照星とトリガー上部に付いた照門のV字を合わせる。
まだまだ近付けそうだ……。
こちらに気付いているけど、サンゴの奥に潜ろうともしない。
スピアの先端とバルタックの距離が1mほどになった時、トリガーを引いた。
軽いスピアを放つ狩りショックが左手に伝わったかと思ったら、腕をグイグイと引かれてしまう。
狙い通りにエラの上部頭寄りにスピアを貫通さあsレうことができた。
力づくでラインを引いてサンゴから引き出すと、海面へと浮上する。
シュノーケルか海水を噴出して新鮮な空気を吸いながら周囲に目を向けた。
左手に俺達のカタマランが見えたから、獲物を引きながら泳ぎ始めた。
「獲れたかにゃ?」
「バルタックだ。ロープを投げてくれ!」
クルクルとフックの付いたロープを回して、俺の方に投げてくれた。
フックの近くに浮きが付いているから沈むことはない。
フックまで泳ぐと、バルタックの下顎にフックを通して貫通したスピアを力づくで引き抜いた。
「引いてくれ! 次を獲ってくる」
エメルちゃんに手を振って、次の獲物を探すために穴の底に向かってダイブした。
3匹のバルタックに2匹のブラドは、何れも50cmを超える大物だ。
昼前に素潜りを終えて甲板に上がった。西を眺めると、真黒な雲が空を覆っている。
2時間も経てば豪雨がやってきそうだな。
「大漁にゃ! 私も〇〇を4匹釣ったにゃ」
「そりゃ、凄いな! さてそろそろ延縄を引き上げてみよう。雨が降る前に再び流しておきたいからね」
延縄の浮きを見ると、波の動きではない動きが見える。
少なくとも3匹は掛かってるんじゃないかな?
日中の延縄は青物が中心だ。カマルが多いんだがシーブルだって掛かるからね。
カタマランに設けられたウインチを使って、延縄仕掛けをともとに引き寄せる。
近くにタモ網を持ったエメルちゃんが待機しているんだよなぁ。何となくプレッシャーを感じてしまう。
ん! これは……。
グイグイと道糸が引かれる。動きはゆっくりだが力はありそうだ。
ウインチを停めて、手でゆっくりと引き上げる。
道糸を手繰り、ピン! と張ったハリスを持つとグイグイと腕を引かれる。
3m近いハリスだから、ハリスを指に絡めないように遊部でつまむようにして取り込んでいくと、銀色の魚体が見えてきた。
エメルちゃんがタモ網を沈めたので、タモ網へと誘導していくと「エイ!」と大声を上げてタモ網を引き揚げた。
いや、引き上げようとして必死にこらえている。
延縄から手を放してエメルちゃんに駆け寄ると、タモ網の柄を一緒に持って引き上げた。
ドサリと甲板にタモ網が置かれると、網野上からエメルちゃんが棍棒でポカリと頭を叩いている。
途端におとなしくなった。
さて次も大物だと良いんだけどなぁ……。
80cmを超えるシーブルが4匹に、50cmほどのカマルが3匹。まぁまぁの成績だ。
餌を付けなおして、再び潮流に流しておく。
空を見ようとしたら、西から滝のような雨が近づいてくるのが見える。
どうにか、間に合った感じだな。
タツミちゃん達も魚を捌き終えたようだ。
濡れないようにタープをぴんと張り、水汲み用の容器を準備しておく。
そんなことをしていると、ザァー……とたーぷに雨が落ちてきた。飛沫で周囲が見えなくなるほどだ。
こんな時には……、とタオルを持って選手の甲板に向かう。
館の出口で衣服を脱ぐと、天然のシャワーを浴びる。
火照った体に雨が冷たく感じる。あまり長く浴びて体を冷やし過ぎても問題だろう。
数分のシャワーに満足して体を拭き取り、衣服を整える。
船尾の甲板からはタツミちゃん達の話声が聞こえてきた。雨に打たれているのかな? あまり長く浴びるのは、お腹の子に良くないと思うんだけどなぁ……。




