P-187 この島を託す相手
「なんだ? 追い出されたってことか」
カルダスさんとガリムさんがやってきた。ワインのボトルを2本俺達に見せてくれたんだが、何となく明日は1日寝ていなければならなくなりそうだな。
「お前だってそうだろうに! まあ、座れ」
座ったカルダスさんに、バゼルさんがカップを渡してココナッツ酒を注いであげている。互いに口は悪いんだけど、幼馴染らしいからなぁ。
昔から漁の腕を競ってきたに違いない。
「……あの新しい商船は俺も気になってたんだが、そういうことか。ナギサが人間族と変わらぬ姿だから安心してそんな話をしてくれたんだろうな。
俺も店内を覗いてみたんだが、遠巻きにして俺を見ていただけだったからなぁ」
「ナギサは気にすることはないと言っている。海沿いの王国ではなく、内陸の王国ということらしい」
「とはいえ、商会ギルドとの約定に各王国から2隻と書かれていると聞いたことがあります。商会ギルドの拡大に伴い、その約定が使われるとニライカナイにやってくる商船の数がどんどん増えることになりかねません。その辺りをあらかじめ調整しておくべきでしょうね」
「確かにありそうだな。倍にでもなったらその監視も必要になりかねねぇ……。ニライカナイを訪れる商船の数と、その航路はきちんと決めておくのは俺も賛成だ」
バゼルさんも頷いているところを見ると、今夜の集まりでその辺りを長老に具申してくれそうだ。
「リードル漁はそれなりのようだな。こっちもいつも通りで一安心だ。若い連中の輿入れもあるようだから、俺としても安心できる」
「トウハ氏族に漁を習いに行った連中ってことか? トウハ氏族はアオイ様達が若者の指導をきちんと行っているからなぁ。他の氏族の若者も受け入れてくれるんだから頭が下がる。本来なら俺達が氏族内で教えないといけないんだが」
「アオイさん達がいたからでしょうね……。その腕も高かったようですから、習う方も真剣だったんでしょう」
俺の言葉に、ザネリさんが頷いている。
ザネリさんは大型船を母船とした漁業に参加していたんだよな。各氏族から数人ずつが集まって一緒に漁をするんだから、いろんな漁法を学んだはずなんだが……。
「俺もトウハ氏族の教習を受けたかったよ。とはいえ、母船には参加できたんだからなぁ。あれも腕を磨くには良いところだぞ」
「俺はどちらも参加できなかったんだよなぁ……。だが、ナギサがいるからなぁ。頼らせてもらうぞ」
ガリムさんが俺の肩をポンと叩く。
すでに酔ってるんだろうか? 俺を目標にするようでは困ってしまうんだけどなぁ。
「確かに不漁は経験してねぇな。最も、嫁達の協力もあるんだろう。シメノンを2人で10尾も釣れるんだから大したものだ」
「俺にはできた嫁さんだと思います。中々子供には恵まれませんでしたが、これでようやく皆さんの仲間入りです」
「確かになぁ……。中には最初のカタマランを手に入れる前から、お腹を大きくする連中もいるからなぁ。確かにナギサの場合は遅れていたことは確かだろう。これで長老達も安心したんじゃないか?」
「今頃は名前を考えているに違いねぇな。選ぶのはカヌイの婆様達だが、なるべく自分達でと考えているに違いねぇ。まぁ、そんなことで長老達が頭を捻っているなら、シドラ氏族は平穏ってことだろうな」
シドラ氏族の最高指導者達だからなぁ。いろいろと忙しいんだろうけどね。
「1つ長老に課題を出してきました。オラクルの今後の扱いについてです……」
オラクルをこのままシドラ氏族が使うことには問題はないはずだ。だが、2つの島の距離を考えると、長期的にはもう1つの氏族が出来ないとも限らない。
ネコ族は氏族によって統率されている。その上にニライカナイという国の概念があるんだが、まだまだ国家として機能するまでには至っていないようだ。
かつてオウミ氏族の人口が増えたことで、オウミ氏族はトウハ氏族の暮らす島を譲りうけたということがあったらしい。
カイトさんがトウハ氏族の一員として暮らしていた時代だ、とバゼルさんが教えてくれたんだよなあ。
いずれは他の氏族もオウミ氏族のように、氏族の暮らす島を新たに作ることになるのだろうが、カイトさんの時代に起こった大津波でネコ族の住民は大きな痛手を受けたようだ。
ナンタ氏族に至っては、氏族が半数になったというぐらいの大災害だったらしい。
ナンタ氏族再建のために他の氏族からナンタ氏族への移住が盛んに行われたとのことだから、本来ならオウミ氏族のように2つの島に分かれて暮らす氏族はオウミ氏族の後にはなかったらしい。
「確かに現在のオウミ氏族は実質2つの氏族と言っても良いだろう。長老会議には2つの島から代表を出しているぐらいだ。もっとも議決権は今のところは1つだが、将来は分らんな……」
「シドラ氏族の本島であるこの島と、オラクルでは全く漁果が異なるからなぁ。リードル漁にしても、中位魔石の数が多いとなればオラクルに向かいたいという連中を抑えるのも問題がありそうだ」
バゼルさん達が悩んでいるのを見て、ザネリさんとガリムさんが顔を見合わせている。
だが急ににやりと互いに微笑むと俺に問いかけてきた。
「ナギサのことだ。解決策を考えてはいるんだろう?」
ザネリさんの言葉に、今度はバゼルさん達が俺に視線を向ける。
「解決策と言えるかどうか……。シドラ氏族を全員オラクルに移住させてはどうかと。
残ったこの島の扱いは、母船で漁をする人達の補給場所として機能させるということを提言してきました」
「全員で移住するとなれば文句も出ないだろうな。シドラ氏族がこの島からいなくなったとしても島で暮らす住民は残るということだな……。
結構根回しが必要だろう。すぐに実行できるとは思えねぇが、場合によってはサイカ氏族がやってくるかもしれんぞ」
「サイカ氏族の漁場は大陸の毒に晒されているからなぁ。かつての半分もないらしい。カイト様がサイカ氏族に船団を作る手助けをしたらしいから、今では大型母船を使った漁をするまでになっている……。だが、彼らで行うリードル漁は低位魔石が精々だろう」
ニライカナイにはたくさんの島があるけど、人が住める島はかなり少ないようだ。
サイカ氏族の人達は母船を使った漁をしながら、新たな氏族の島を見つけようとしているのかもしれないな。
この先は、長老に任せるしかないだろう。
このままこの島をシドラ氏族の島として、2つの島を往復しながらの生活をするのか、それともオラクルで全員が暮らすのか……。
とはいえ、1つ気になることもある。
氏族の領海ともいえる島から5日の距離からすれば、オラクルはぎりぎりの距離にある。母船を使った漁をする連中は、その領海の外側で漁をしているはずだから、当然オラクルの存在を知っている気がするんだよなぁ。
バゼルさんに遠回しに聞いてみると、母船は他氏族との争いごとが起きぬように、さらにその外側を巡っているらしい。
「ニライカナイはナギサが思っている以上に広いのだ。氏族の暮らす島に近づかなくとも十分に漁ができる」
「それなら、オラクルに移住するのが一番かもしれませんが、ネコ族は氏族の下で暮らしています。その氏族と島の関係が俺にはまだ理解できていませんから、長老に課題として提示した次第です」
俺の話を感心して聞いているザネリさん達を、呆れた目で見ているカルダスさんだったが急に俺に顔を向けた。
「他の氏族ならともかく、シドラ氏族は新興氏族だ。それほどこの島に思い入れはねぇぞ。それにオウミ氏族の例もあることだからな。俺は賛成だ」
「だが、これでネコ族の中にオラクルの存在が知れ渡ることになる。トウハ氏族の島から東南東に10日というところだから、よほど酔狂な連中でもない限り島を訪れることはないだろうな。
商船は今まで通りこの島にやってくるなら、暮らしの必要な品を買うにも困ることはない。少し不自由になるが、それぐらいは我慢できることだし、リードル漁を終えたらこの島を目指せば良いのだからな」
「母船の事務所をこの島に移動するということになるんだろうな……。母船の修理やカタマランの修理もこの浜なら十分にできるだろう。
保冷庫も3つある。必要なら母船の事務局の方が建て増しをすれば十分だろう」
バゼルさん達は、賛成してくれるようだ。
もっとも、長老の裁可次第なんだけどね。カヌイのお婆さん達もオラクルで神亀を見ることができるのなら反対はしないはずだ。
翌日。バゼルさんは朝食を終えると長老のところへと向かった。
昨夜も行ったのだが、どうやら1晩で会議は終わらなかったようだ。
この島で生まれた世代はザネリさん達の世代からのようだが、バゼルさん達にはこの島を開拓した父親達の苦労を知っているに違いない。
それだけ愛着もあるんだろう……。
「今日の競売で魔石が売れるにゃ。いつオラクルに戻るのかにゃ?」
甲板でお茶を飲みながら二日酔いを覚ましている俺に、エメルちゃんが問いかけてきた。
ついでに残り少なくなったカップにお茶を注いでくれる。
隣にマイカップを手にして座り込んだエメルちゃんは、すでに立派な大人の姿なんだけど、俺にとってはやはり小さなお嫁さんの印象が強いんだよなぁ。
「シドラ氏族の将来を考える話を、長老達とバゼルさん達がしてるんだ。その結果を知ってからになるから、もう数日はここにいるんじゃないかな。
オラクルに戻って困らないように食料は買い込んどいて欲しいな」
「それはちゃんと考えてるにゃ。それにタツミちゃんの出産の準備もトーレさんと母さんに相談してくるにゃ」
笑みを浮かべて「よろしく頼む」と伝えることにした。
トーレさんのことだ。自分が生むかのようにいろいろと準備を整えてくれるに違いない。
近所の世話好き小母さんのイメージが強いんだけど、あの性格だからなぁ。
どちらかというと、歳の離れた自分の姉さんのように思える時もある。
カイトさんやアオイさん達も、俺と同じようにカタマランの近所付き合いを楽しんだのかもしれないな。




