P-186 新しい商船
オラクルの状況を報告したところで、カタマランに戻る。
タツミちゃん達はまだ戻ってこないところを見ると、商船に買い物に出かけたのだろう。
俺も出掛けてみるか。今回シドラ氏族の島に戻ってきた理由はマーリルを釣る仕掛けを作るためでもあるからね。
低位魔石を1個貰っているから支払いはこれで足りるだろうし、小さな皮袋の中に銀貨が数枚残っていたはずだ。
商船は4隻停泊していた。いつもは3隻なんだが、商会ギルドに新たな商会が加入したのかもしれないな。
商船の旗は、商会がどこの王国に属しているかを示しているようだけど、その違いが良くわからないな。
とはいえ、真新しい商船の旗は今ママで見たこともない色だった。
先ずは入ってみよう。変わった売り物があるかもしれないからね。
新たにやって来ただけあって、店内は案外閑散としている。
ネコ族の人達は、あまり目新しいものに飛びつくことがないからだろう。何度もやってきて、その度ごとに少しずつ客が増えていくのかもしれないな。
「ネコ族ではなく、人間族がこの島にいるのですか?」
俺の姿を見て、若い店員が驚いたようだ。
思わず俺に問いかけてしまったのだろう? 言葉に出してしまったのを恥じるように「失礼しました」と俺に頭を下げてきた。
「見た目は人間族かもしれないね。だけどれっきとしたシドラ氏族の一員なんだ。この商船は新しそうだけど、新たにニライカナイとの取引を始めたのかい?」
「実はそうなんです。商会ギルドがニライカナイとの取引を許可した商船は各王国とも2隻ずつ。その決まりを変えることはできませんが、新たな王国からの参加ということであれば商船を増やすことも可能です。
我等は大陸の西からやって来ました。さすがに新たな取り組みということでもあり、3つの商会が共同出資してこの船を作った次第です」
そういうことか……。確かに約定を違えてはいない。
だがそうなると、どんどん商船が増えていくことになりかねないな。ニライカナイの内部に入り込める商船の総数を制限しておいた方が良さそうだ。
商会ギルドは排他的なところがあるから、案外商船の総数制限に賛同してくれるんじゃないかな。
「実は、少し太めの道糸と大きな釣り針を探してるんだ。見せてくれるとありがたいんだが……」
「それなら、こちらになります。……燻製ではないフルンネを始めてみましたよ。それだけでも家族に自慢が出来ます」
かなり内陸部にある王国のようだな。
「魔石の競売だけでなく、普段に島を巡ればいろんな魚を見られるんじゃないかな。特に、トウハ氏族やこのシドラ氏族の島は素潜り漁が盛んだから大きな魚を見られるはずだ。もっとも内陸の王国なら燻製を買い込むことになるんだろうけどね」
俺の言葉に、商人が驚いたような表情を見せて振り返った。
「私は自分の王国の位置を西としか話をしておりませんが?」
「燻製のフルンネという言葉で分かったよ。それだけ、自分の王国が遠くであるということだからね。沿岸の王国なら一夜干しだろう?」
俺の言葉に小さく頷いている。
ひょっとして、この若者は商人ではないのかもしれないな? 案外、商人の1人に身を隠してニライカナイの中を探りに来たのかもしれない。
だが、商船の航路はいつも同じ場所だ。
かつてはニライカナイの海図を大陸の海軍が作った時期もあったらしいが、大津波によって海図が役立たなくなったらしい。
ネコ族が提供した安全な航路だけを商船が守っている状況だ。
航路の大幅な逸脱は、ニライカナイへの侵略行為とみなすとの条文もあるぐらいだからなぁ。
「これになります。大人1人を持ち上げるだけの強さがあるとドワーフ族が保証してくれました」
「足りないな……。少なくとも大人5人を吊り上げられる道糸を作れないか? 長さは100YMほど欲しいんだが。それと釣り針はこれになるのか……。済まないけど、短剣も商っているんだろう見せてほしいんだが」
「これになります」と言って、カウンターの奥から取り出した短剣は1YMほど刀身だった。
うっすらとダマスカス文様が浮かんでいるところを見ると、かなり鍛えてありそうだな。
「これはいくらになるのかな?」
「1つ、銀貨5枚でいかがでしょうか?」
まだ値を付けてなかったのか……。なら丁度良い。
「これを使って釣り針を作ってくれ。そうだな……メモ用紙を科してくれないか?」
メモ用紙に釣り針の大きさを描くと、若者が驚いている。
2種類描いたんだが、この商船で商っている釣り針の大きさからすれば化け物だからなぁ。
「先ほどの道糸と合わせて銀貨12枚でいかがでしょうか? この商船のドワーフ族の職人は王国内でも指折りの人物です。必ず作れると思います」
「支払いは、これを使いたくぃんだが……」
俺が取り出した魔石を見て、若者が今度こそ目を丸くして驚いている。
すでに魔石はたっぷりと買い込んだんだろうか?
低位魔石だからなぁ……。案外安く取引されているのかもしれないな。
「低位魔石ではありますが、これなら中位に近いです! 昨日から競売に参加していますが、これほどの低位魔石は見るのも初めてです。先ほどの取引はこれで支払っていただけるのですね?」
「不足なら、銀貨3枚までは出せるぞ。それより高いのなら競売が終わるまで待ってほしい。上級魔石を手に入れたからな。金貨が何枚か手に入るはずだ」
「この1個で十分です。お釣りが出せそうですけど、それはドワーフ族の仕事が終わってから清算いたします。不足金は必要ありませんが、1つ教えていただけませんか?
商会ギルドで、シドラ氏族に行くなら上級魔石を見ることができると聞きました。
先ほど上級魔石を手に入れたと言いましたが、それは何時見ることができるのでしょう?」
「妻達がギョキョーに今日運んだはずだ。すでに競売は何度か行われているだろうから、明日の競売には確実に出るんじゃないかな」
「本当ですか! ……もしかして、あなた様はナギサ殿と申されるのでは?」
今度は本当に驚いたようだ。
今回が初めてのニライカナイでの商い、ということは間違いなさそうだな。
「俺がナギサだよ。少し大きなカタマランを手に入れたからこの島から遠く離れて漁をしてるんだ。島から離れれば漁果も多いからね」
「白いカタマランの逸話は子供のころに楽しく聞いた覚えがあります。今でも乗る人物がいたのかと思っていましたが……。そうですか、ナギサ殿の船だったのですね」
なんか勝手に納得しているんだよなぁ。
明日の昼までには作ると約束してくれたところで、店内の品揃えを一通り眺めてカタマランに戻ることにした。
新たな参入ということで特色を出そうと考えてはいるみたいだけど、ネコ族の暮らしを自分達の暮らしと同じように考えてるんだよなぁ。
ここではある程度の自給自足が可能だ。
不足するものがあるとなれば金属製品と米や調味料に違いない。
無理を聞いてくれたんだから、少しは教えてあげようかな。
カタマランに戻ってみると、タツミちゃん達が帰っていた。
魔石の競売手続きは終わったみたいだから、後は結果を待つだけになる。
昼食は蒸したバナナで済ませた。
夕暮れまでにはバゼルさん達の船団も帰ってくるに違いない。夕食は久しぶりに皆で楽しめそうだ。
今度は雨期だからなぁ……。今日は降る気配はなさそうだが、雨期の雨は長く続くんだよなぁ。
延縄を仕掛けることが多くなりそうだから、延縄の手入れをして時間をつぶす。
他の連中が使っている延縄は親綱を使わずに道糸に直接長めのハリスを無新だ仕掛けのようだ。道糸が細いから引き上げるのに苦労しているようだけど、太くしようとは考えないんだよなぁ。
俺の場合は太い組紐を親綱にしているから、引き上げるのもそれほど苦労しないし、ロクロを使うことで1人でも十分対応できる。
タツミちゃんのお腹が結構目立ってきたから、雨期は俺とエメルちゃんで頑張ることになりそうだ。
中位魔石だけで8個も手に入ったんだから、無理をしないで漁をしていこう。
甲板に出てきたタツミちゃんに、出産の準備に必要な物を買い込むように言ったんだけど、その辺りはすでにトーレさんと相談ができているらしい。
「綿布が1巻きあれば十分だと教えてくれたにゃ。でも、トーレさん達が帰ってきたら、一緒に商船に行ってみるにゃ」
「俺には分からないからなぁ。トーレさんなら自分の経験だってあるから、任せてしまった方が良いんじゃないかな」
ついでに食料や調味料も買い込んでくるに違いない。エメルちゃんも一緒に付いていくんだろうな。
夕暮れにはまだ早い時間に、30隻近い船団が島の入り江に入ってきた。
バゼルさん達の船団だな。
これで明日も競売が続くに違いない。
俺達と反対側の桟橋にバゼルさんがカタマランを停泊させる。
俺の舷側にはザネリさんがカタマランを停めた。
嫁さん達が俺達のカタマランにやってきたので、ザネリさんと俺はバゼルさんのカタマランへと緊急避難を開始する。
俺達の姿を見て、用意されていたココナッツ酒のカップを手渡してくれた。
準備はトーレさん達がしてくれたに違いない。
「トーレ達は少し遅れて競売の手続きに向かうようだな。夕食はそれほど遅れることはないだろう」
「しばらくは賑わいますね。気が付きましたか? 1隻新しい商船が来ていることに」
「新造船か! 商会の連中も儲かってるんだろうな」
「いや、そうではなくて……。どうやら、大陸内陸部の王国からの新規参入のようです。俺達が得た漁果が大陸の内陸部にまでもたらされているみたいですけど、狙いは魔石の直接購入なのかもしれません」
「今夜長老に会うつもりだが、伝えた方が良さそうだな。ナギサとしてはどう考えているんだ?」
「特に問題はないかと……。あくまで商会ギルドとの約定を遵守してくれるなら、俺達にとっては良い商売相手とも言えますからね。
ネコ族、いやニライカナイは大陸に興味はないとの立場を取り続け、大陸との交渉は商会ギルドを窓口にする今までの仕組みで十分かと……」
構想はカイトさんだったに違いない。それをきちんと形にしたのがアオイさんとナツミさんの努力ということなんだろうな。
今のところ大きな問題はないようだ。それに商会ギルドの理事にニライカナイのカヌイのお婆さんも参加してるぐらいだからね。
不穏な動きがあるなら、その気配を迅速に察知して俺達に伝えてくれるだろう。




