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P-184 マーリルを探そう


 乾季もそろそろ終わりのようだ。

 雨の降る間隔が狭まったようにも思える。

 大きな季節の変わり目にマーリルは姿を現すことが多いと聞いて、バゼルさんと長老達の許しを得てオラクルから離れた漁場を探すことにした。

 名目は新たな漁場の発見だけど、マーリルを探そうとしていることは長老達には分かっているようだ。

 バゼルさんも「気を付けて向かえ!」と言っただけだが、本人は行きたかったに違いない。


 だけど、リードル漁が直ぐ先に見えているからなぁ。

 確実にいると分かれば同行して貰いたいけど、今回は存在を確認するだけだ。

 焚火を囲む時にも、カタマランで酒を飲む時も俺が出掛けるのは、さらに住民が増えることを勘案しての漁場探しだと周囲の連中は納得しているようだ。


「案外シドラ氏族だけとは限らない、ということになるのかもしれんな。他の氏族もそれなりに人が増えているようだ。

 アオイ様の時代に大きな津波の被害を受けたことでネコ族の1割近くが亡くなったそうだ。

 ナンタ氏族はそれこそ半減したらしいぞ。

 氏族の危機ということで、他の氏族から移民を受け入れたということだ。今ではシドラ氏族よりも人口が多いと聞いたことがある」


 バゼルさんの話は、この島をこのままシドラ氏族の離れ島として扱うのは問題があるということらしい。

 船を住家としているから、陸で暮らす人の数は氏族の1割程度だろう。

 多くは漁を廃業した老人達ばかりだ。


 そんな島の人口が増えると、住家であるカタマランの停泊場所が足りなくなるということになるらしい。

 半分以上は常に漁に出ているけど、たまに一堂に会する時もある。リードル漁が良い例だな。

 入り江に100隻を超えるカタマランが集まるんだからなぁ。壮観な眺めに最初は驚いたっけ……。


「近年でも、カイト様の時代には、オウミ氏族の住民が増えたことで、トウハ氏族が島を譲った例もある。その時に移り住んだ島が、現在のトウハ氏族の島だ。

 次はどの氏族だと長老達が心配していた時に、大津波がやって来たらしい。

 おかげで、島を譲り合うことはなくなったが、親父の子供時代に新たな氏族としてシドラ氏族を立ち上げたそうだ」


「シドラ氏族が出来たのは、住民調整の産物だと?」

「簡単に言えばそうなるだろうな。だが長老はすでに2代目に変っているし、かつての氏族を羨む連中もいない。シドラ氏族としての自覚を持ったということになるのだろう」


 1代目が作り、2代目がそれを発展させる。3代目はそれを完成させるか、もしくは元に戻すと爺様が言ってたなぁ。

 何事も3代目が一番大事らしい。現在の生活に甘んじて、創業の厳しさを知らぬからだとも言っていたぞ。


「大きな決断をすることになるんでしょうね。俺はどちらも一長一短があるように思えます。とはいえ、その決断を先延ばしにするのも問題ですね。

 他氏族を交えた長老会議で、オラクルの存在を明らかにするのも1つの方法でしょう。

「現状はここまで開発を行った。このままシドラ氏族の島として漁業の拠点としての使い方もできるが、他氏族の移住も可能である」と言えば、他氏族の長老達も自分の氏族の現状を考えながら意見を述べてくれるでしょう。

 どちらに転んでも、それはニライカナイの意思になります」


「丸投げに聞こえるが、確かに俺達だけでここまで開拓したことは確かだ。だが、長期的に見れば他氏族から羨まれかねないともいえるということか。

 カイト様達がせっかくネコ族の5つの氏族を束ねてニライカナイという国を興してくれたのだ。

 我らはシドラ氏族であると同時にニライカナイの民でもあるということだな?」


「俺としてニライカナイの国民であるシドラ氏族のナギサだと思っています。でも、決してシドラ氏族を軽んじた思いではありませんよ」


 トーレさんやタツミちゃん達はちょっと驚いた顔をしているけど、バゼルさんは笑みを浮かべている。

 俺の言った意味が理解できるんだろうか?

 少なくとも長老達に氏族重視の考えがなければ良いだろう。急に意識改革が進むとも思えない。


「それで、何時出掛けるんだ?」


「リードル漁が始まる1週間前を考えています。タツミちゃん達なら、リードル漁の島の位置を把握していますから、少し遠くに行ってもリードル漁に遅れることはないでしょう。

 今回は、シドラ氏族の島に1度戻ろうと思っています。

 生活必需品はこの島でも手に入るようになりましたが、商船の漁の道具を少し見てみようと……」


「ずっと帰っていないからなぁ……。俺はカルダスが船団を引き連れてくるまではオラクルに残ることになる。長老には詳しい状況報告をするんだぞ」


 バゼルさんが頷きながら、俺の計画に賛同してくれた。


「俺も一緒に行きたいが、あのカタマランだからなぁ……。ガリムには曳き釣りの道糸は太い方が良いと伝えてくれないか?」


 ザネリさんも、曳き釣りの大物に苦労したんだろうな。

 オラクル周辺は良い漁場が点在している。魚も濃いし、何と言っても型が良い。それは必然的に俺達の漁具を少し大型にする必要があるんだが、中々そこまでしようと考える連中は少ないようだ。

 手元まで引き寄せてバラしてしまったと、焚火の席で何度も聞くんだけどねぇ……。


「なんだ? まだ太くしていなかったのか。困った奴だ」


 バゼルさんが呆れた視線を送っているけど、それでもシドラ氏族周辺よりは漁果が多いことで気にしてないんだろうな。

 掛かった魚は必ず引き上げるぐらいの気持ちでいたいところだ。

                ・

                ・

                ・

 リードル漁が始まる7日前に、俺達はオラクルを出発した。

 水と食料はたっぷりあるし、何と言ってもココナッツが20個近く背負いカゴの中に入っている。

 雨季が近づいているから、たまに豪雨が襲ってくるのも飲み水の確保という点では申し分がない。


「真直ぐ東に向かえば良いのかにゃ?」

「そうだね。あまりあちこち動くと現在地が分からなくなってしまいそうだ。海図を作っておいた方が良いと思うよ」


「ちゃんと準備してあるにゃ。ナギサはのんびりしててもだいじょうぶにゃ」


 露天操船櫓から2人の元気な声が聞こえてくる。

 日差しは強いけど、2人とも麦藁帽子にサングラスだからだいじょうぶだろう。

 水筒を持って行ったから、こまめに水分補給もできるはずだ。


 海で鳥が舞っている場所に、海面を割るように背びれが見えるはずだ。

 そう教えたんだけど、2人の頭の上に大きな疑問文がプカプカと浮いていたように見えたんだよなぁ。

 まぁ、先ずは鳥山を見つけることだ。

 鳥山が見えたら、俺も屋形に登って確認してみよう。

 それまでは、のんびりと銛を研いでいよう。リードル漁は、あのグニャリとした体に深く刺しこむ必要がある。

 銛先が鋭ければ、それだけ最初の一撃で深く刺すことができるからね。


 予定では4日間東に向かい、3日間でリードル漁の島に向かうことを想定していたんだが、島を出て3日目でもまだ鳥山を見ることができない。

 日中ほとんどの時間を水中翼船モードで進んでいることを考えると、通常のカタマランでは6日程度進んだことになりそうだ。

 まだまだ周辺を見る限り、あちこちに島が浮かんでいる。

 かつてアオイさんは、ニライカナイの東の果てを見てきたことがあるそうだ。

 その距離は、水中翼船の速度を上げた状態でおよそ10日間だったと聞いている。

 3人で出掛けたらしいから、俺達よりは船を進める時間も長かったに違いない。

 まだまだ、東の端には程遠いんだろうな……。


「ナギサ! あれがナギサの言ってたことかにゃ!」


 露天操船櫓からタツミちゃんが身を乗り出しながら大声を上げてくる。

 急いで屋形の屋根に上って、タツミちゃんが腕を伸ばす先を眺めた。


 確かに鳥山だ! ……海鳥が乱舞しているな。

 あの下にいるんだろうか?


「タツミちゃん、ヒレが見えるかい?」

「ちょっと待ってほしいにゃ。エメルもっと右に舵を取るにゃ……」


 どうだろう?

 いるなら、俺にも覚悟がいるんだけどなぁ……。


「長い背びれが見えたにゃ! 短いのもいるにゃ……。あんな魚は見たことないにゃ!」


 見たなら驚きそうだ。

 ガルナックも大きいけれど、3mを超えるものは中々いないらしい。

 アオイさん達も2.4mほどのガルナックだったらしいからな。

 だが、トウハ氏族の漁師達はマーリルという魚を釣ったらしい。

 マーリルを突いたのはニライカナイの歴史上、アオイさんただ1人だけのようだ。

 突きんぼ漁ができるんだから、凄いとしか言いようがないけどねぇ。

 だけど、それが出来たのは、トウハ氏族一番だったナツミさんの操船の腕もあったらしいとバゼルさんが言っていたことがある。

 2人の息がぴったりと合わなければ難しい漁だからなあ。

 そんなアオイさんでも、その後は曳き釣りでマーリルを釣り上げたそうだ。

 なら俺にも何とかなるんじゃないかな?

 

「見えた! あれだな…。確かに大きいなぁ」


「本当に、釣れるのかにゃ?」


「アオイさんも釣り上げたと聞いたから、釣れないことはないと思うよ。だけど……、少し道具を考えないといけないだろうなぁ」


 タツミちゃんに、この海域の海図を確認してもらう。

 場所が分かれば、いつでも来れる。

 後は、俺達の準備となるんだろうな。


「さて、リードル漁の漁場に向かおうか!」


「今回はここで終わりにゃ? なら途中で薪を集めるにゃ」


 リードル漁には大量の薪が必要だ。

 ザネリさん達も集めてくるに違いないが、多い分には問題ない。

 ゆっくりと、カタマランが回頭を始めた。

 今度は西南西に向かって進むことになるんだろう。今の内に鉈を研いでおこう。

 あまり使わないから、結構錆が出てるかもしれないからなぁ。

               ・

               ・

               ・

 途中の島で薪の束を3つ作ったけど、さすがはアオイさんが作ったカタマランだけのことはある。

 低速からでも水中翼船モードに移行するから、このまま進めばバゼルさん達が漁場に到着する前日に余裕で着くことができるだろう。

 とはいっても、いつリードルがやってくるかわからないから、素潜りはやめておいた方が無難だろう。

 漁場から少し離れた島で根魚を釣ってお土産にしよう。


 リードル漁の漁場に到着する前日は、朝からの豪雨だった。

 タープを使って雨水を運搬容器に集めると、たちまち3つの容器が満たされる。

 1つで3日以上持つから、十分に10日はこれで賄える。

 リードル漁の期間には降って欲しくはないんだが、これまでのリードル漁で、雨に遭遇したのは1度だけだったな。

 雨が降るとリードルが海底から浮上してくるから、その間は恨めし気に海を眺めるしかないんだよなぁ……。


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