P-183 石の桟橋ができた
バゼルさん達がやってきて2か月後には、石の桟橋の岸よりの部分はかなり水面から上に石積が上がってきた。
岸から15mほど海に出たところから、桟橋の石積の間に四角い木の枠を埋め込んでいく。
1辺が20cm、長さが50cmほどの枠には船を繋ぐ杭が埋め込まれる予定だ。
石の桟橋はすでに石積作業が全て海上になっているから作業は捗るんだが、石を積んだ中に入れる砂利の運搬が面倒になってしまった。
海中なら台船で運んできて、そのまま木製のスコップで落としていけば良かったんだが、いまでは台船から一輪車に積み替えて運ばねばならない。
結構、重労働なんじゃないかな?
砂利を投げ込んで台船に戻ろうとした俺を、ザネリさんが呼び止めた。
ザネルさんは数人組で接着剤を水で溶かして俺達が運んだ砂利の間に撒いていた。ただ撒くだけでなく、太い棒で砂利を突いて隙間ができないようにしているようだ。
「ちょっと休憩しよう。ナギサの方も粗々終わったんじゃないか? 次の台船が来るのはもうしばらくしてからだぞ」
「そうですね。ここで休みますか?」
日陰はないけど、全員がバナナの葉で作った帽子を被っているから日差しは問題ないし、暑ければ海に飛び込めば良い。
俺達が石の桟橋の突先で輪になっているのを見たのだろう。嫁さん達数人がカゴを背負ってやって来た。
どうやらココナッツを運んできたらしい。
ザネリさんが受け取って、鉈でココナッツを割り俺達に配ってくれた。
甘みのある果汁が疲れをどこかに運び去ってくれるようだ。
「このままいけば、今季で石の桟橋は完成だな。次は何だろうな?」
「トロッコですよ。この場所からモノレールの駅までの木道作りになりそうです。保冷船が荷を運んでくれますし、燻製を積み込むのが格段に楽になりますからね」
「木道か……。燻製小屋までつなげれば良いんだろうが、高台がなぁ……」
オラクルの唯一の問題点になってしまった。
浜から10mほどの上に広がる森の中が、生活拠点でもある。俺達は浜の桟橋で暮らしているけど、島で仕事をしている老人達は高台暮らしだからなぁ。
かつて起きた大津波の被害は数mまでの高さだったらしいから、高台で暮らすならある程度危険は少なくなる。だけど物資の移動を考えると結構問題があるんだよなぁ。
高台の下にあるギョキョーの小屋の隣から、選別小屋までのモノレールが出来ているから、石の桟橋からギョキョーまでの木道なら500mにも満たない距離だ。
案外早くできると思うんだけどねぇ。
「島の開発はナギサに任せるとして、確かに大物も突いてみたいな。ハリオは素早いが、ガルナックならバヌトスと同じように動きが鈍いと聞いたことがあるんだよなぁ」
「俺達の身長を超える大きさだぞ。銛を1本ということにはならんだろう。そういえば、ナギサは突いたことがあると聞いたが?」
「リードル漁で使う銛を使いました。その他に1本銛を打ちこんでます。止めはエラの中に打ち込んだ銛でした。鰓から頭に打ち込んだんです」
「だよなぁ……。その後も大変だったと聞いたぞ。大きいから重さも半端じゃない。ナギサのように船尾に滑車を付けた腕木でも付けとかなければ、男数人がかりでも甲板に引き上げるのは大変らしい」
「そんなに大きいのか! う~ん……、数隻で探すことになるってことか」
「必ずいるとは限らない。漁場を巡って上手く出会えればやってみる価値はあるんだろうが……。リードル以外にリードルの銛を打ちこむ腕が無ければそもそも無理なんじゃないか?」
ザネリさんが締めくくってくれたけど、必ずしもリードル漁で使う銛が必要だとも思えない。
2本でダメなら、さらに銛の数を増やせば良いだろう。
とは言ってもねぇ……。シドラ氏族の漁師の多くは銛を2本ぐらいしか持たないんだよなぁ。
普段使う銛と大物用の2種類が標準らしい。
その点、俺は水中銃を含めるとタツミちゃん達の分を合わせれば10本以上の銛を持っていることになる。
さすがに多すぎるとは思ってるんだけど、漁場に応じて結構使い分けができるようになってきた気がする。
「バゼルさんが言っていた、マーリルを狙ってみたいですね。あまりのんびりしているとリードル漁に間に合いませんが、次のリードル漁の前に一度漁場を探ってみたいですね」
「アオイ様は銛と曳き釣りの両方でマーリルをトウハ氏族の島に運んだらしい。ナギサは曳き釣りの方法が分かるのか?」
「おおよそのところは聞いたことがあります。一度シドラ氏族の島に戻って、商船に道具を頼んでみましょう。
もっとも、必ず付釣れるということはありませんし、掛かったとしても引き上げるのが大変です。先ずはこの近くにマーリルがいるのか、曳き釣りの道具ができるかがカギですね」
皆の視線が俺に突き刺さるようだ。
15YMを超える魚というのが、想像できないんだろうな。
そういう意味ではガルナックの方がまだ現実的ってことになる。
だけど……、そんな無謀ともいえる漁に挑戦するのも俺達若者の特権にも思えるんだよなぁ。
2隻目の台船から砂を運び終えると、今日の仕事は終わりになる。
浜に焚火を作り、排水路工事をしていたバゼルさん達壮年組とココナッツ酒を酌み交わしながら、互いの作業の進捗に問題がないことを確認する。
「確かに木道を作った方が良さそうだな。石の桟橋の砂を突き固めたところで枕木を並べれば良いだろう。雨季には終わるに違いない」
「浜のココナッツもだいぶ植樹が進んでるな。3つ目か?」
「数日後には土を入れ終わるだろう。明日は小さい方の台船を借りるぞ。土運びをしないといけないからなぁ」
道具や台船の融通もこの場で行われる。
全体の状況報告はバゼルさんが明日にも長老にしてくれるはずだ。
漁から船団が帰った翌日の夜には、各作業班を仕切っている筆頭が長老のログハウスに集まって詳細な状況報告を行っているようだ。
大きな問題があると俺にも召集が来るけど、この頃はそんな出番もない。それだけ順調に開拓が行われているということになるのだろう。
「ほう! マーリルがいるかどうか漁場を巡ってくるということか?」
「5日あればかなりの広さを巡ることができます。そのままリードル漁の漁場に向かえば、リードル漁を逃すことにはならないかと」
「リードル漁近くになると、遠くの漁場には行かんからなぁ。見つけたなら、ナギサのことだ、漁をするってことになるんだろうが……。その時は、長老と相談するんだぞ。最低でも3家族は必要らしいからな。誰が一緒に行くかで島中が大騒ぎになるに違いない」
「行くとしても、来年以降ですよ。タツミちゃんの出産だってありますからね。大きなお腹でカタマランを操船するようでは漁に集中できませんから」
「ハハハ……、違いない。だが、トーレは大きなお腹をしながら操船していたんだよなぁ」
その時の情景が目に浮かぶようだ。
トーレさんだからなぁ。それぐらいはやりそうだ。
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石の桟橋が完成したのは、乾季の終わる1か月ほど前の事だった。
長老やカヌイのお婆さん達も完成を祝う浜の宴会に参加したから、オラクルで一番の宴会になってしまった。
俺達が近くの漁場で突いた魚を使ってトーレさん達が料理の腕を競い合い、祝い事のために保管してある酒が後から後から出てくる。
おかげで、翌日は示し合わせたように誰も仕事に出なかったけどね。
「いやぁ、飲まされたなぁ……」
「いろんな料理が出てきたにゃ。作り方も教わったから今度作ってあげられるにゃ」
頭を押さえて、船尾のベンチに座り込んだ俺に、エメルちゃんが濃いお茶を出してくれた。
お茶にしては少し緑がきついんだが、これって……。
一口飲んで思い出した。前にもタツミちゃんから飲まされたことがあったっけ。少し色が違ってたけど、この苦味は舌がしっかりと覚えていたようだ。
「ありがとう。少し楽になったよ。それにしても、浜に人影がまるでないね」
「皆、ナギサと同じにゃ。頭を抱えて屋形で寝てるに違いないにゃ」
まぁ、たまには許されても良いんじゃないかな。
楽しいひと時を過ごしたんだから、その見返りは我慢しないといけないんだろう。
「これで、次にやってくる保冷船は石の桟橋に横付けできるにゃ。この後は木道を本当に作るのかにゃ?」
「そうなるはずだ。長老達も必要性を認めてくれたからね。もっとも木道はかなり簡単なものになるんじゃないかな。シドラ氏族の島のように台車をいくつも繋げることはないと思うよ」
石の桟橋は横幅3mぐらいだが、海に30mほど伸びている。先端部は10m四方の四角形だから、大きな船でも2隻は接岸できる。
桟橋の真ん中に木道を作るとなれば、木道の幅は60cm程だろう。
シドラ氏族の木道を走るトロッコは数両の台車を曳いていたけど、2両は曳かせたいところだ。
「少しずつ便利になっていくにゃ。オラクルで暮らす人もだいぶ増えたにゃ」
「そうだね。シドラ氏族の島が廃れないかと心配になっているんだ」
シドラ氏族で暮らすよりはオラクルで暮らす方が、収入が増えることは確かなようだ。
最低でも2割増しぐらいにはなるらしい。それはリードル漁で得られる魔石がかなり上物であることはもちろんだが、周辺のに豊かな漁場が広がっているからだと、バゼルさんが話してくれた。
シドラ氏族半数を、最終的にはこの島に移住させる計画らしいが、残された島の暮らしはどうなるんだろうな……。
本来なら全員を移住させたいところだが、商船との取引を考えるとそうもいかないところがある。
過去に何度も大陸の干渉があったらしいからなぁ。そのためにも、大陸にはこの島の存在を知られることが無いように配慮すべきだろう。
そのためにも、シドラ氏族の島の人口を一定数維持する必要がある。
その辺りの調整を、長老と考えねばなるまい。




