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P-181 立派な漁師とは


 黄色の旗を靡かせて4隻のカタマランが南に向かう。

 乾季はどこに向かっても素潜り漁ができる。

 だが夜釣りをするとなると、ある程度場所を選ぶことになる。どこを選ぶかで、船団を統率する人物の評価が決まると言っても良いぐらいだ。

 シドラ氏族の若者は、カルダスさんンのような島の筆頭漁師を目指すべく頑張っているんだけど、20代後半になると少しずつ自分の力量が分かってくるみたいだ。

 自分が日着ることができる船は何隻か……。

 カルダスさんやバゼルさん達なら100隻以上と答えるだろうし、ザネリさん達なら20隻ほどの数を上げるだろうな。

 長老達は俺にも期待しているみたいだけど、俺には数隻がやっとに思える。

 その辺りを良く考えてみると、俺の友人が限られているというところにあるようだ。

 小さいころから同世代の連中とナギサで漁の真似事をして育った人達と、ある日突然この世界にやってきた俺を同列に扱うのは無理だと思うんだけどなぁ。

 なるべく単独で、誘われたら一緒に……。

 これが俺の漁のスタンスになってきた気がするな。


「オルバンの話は兄さんから聞いたことがあるにゃ。結構、前向きだと言ってたにゃ!」

「そうなるとサンゴの穴ではなくて、海底の溝を目指す感じかな。夜は回遊魚が狙えそうだ」


 エメルちゃんがココナッツを割って、カップに注いでくれたからありがたく受け取った。

 料理をしながら嫁さん連中の間で、男達の人物評価もしてるんだろうな。

 俺の評価はどうなってるんだろう? と考えたけど、聞くのが怖くなった。あまり評判は良くないかもしれないからね。

 俺のガラスの心にヒビでも入ったなら漁果にかなり影響しかねない。


「タツミちゃんのことは島の連中は知ってるのかな?」

「カヌイのお婆さんも喜んでたと、トーレさんが教えてくれたにゃ!」


 そこまで知られてるなら、全員が知ってるってことだろう。次の保冷船がやって来たならシドラ氏族の島にも広がるのは間違いない。


 夕暮れ前に到着した漁場は、海底に東に連なる深い溝がある場所だった。

 溝の北のはずれにカタマランを停めると、いつものようにタツミちゃん達が手早く有初期の準備に取り掛かる。

 その間に、3人の釣竿を取り出して仕掛けを確認しながら釣り針を研いでおく。

 潮通しが良さそうだから、案外シメノンの群れが来るかもしれないな。

 シメノン釣りの仕掛けは特有だから、これも3本用意していつでも使えるようにする。

 

 エメルちゃんがランタンに光球を入れてくれたから、露天操船櫓と船尾に張り出した帆桁に吊り下げる。

 タモ網も用意できたから、パイプに火を点けて綺麗な夕暮れを眺めることにした。

 一緒にやって来た3隻のうち、ここから見えるのは1隻だけだ。

 広く漁場に散った感じだな。明後日の朝に、集合予定の島が遠くに見える。

 あの島が見える範囲ということだから、一番離れたカタマランとの距離は数kmはありそうだ。


 出来上がった料理は、オラクルで皆と一緒に食べる食事よりも美味しく感じる。

 最初はいろいろとあったけど、近ごろは味付けも一定になった感じだ。

 これが我が家の味ということになるんだろう。


「シメノンがやってくるかにゃ?」

「潮通しが良さそうだからね。いつ来ても良いように竿は倉庫に立て掛けてあるよ。胴付き仕掛けは上針と下針の間隔が長いからね。この辺りならシーブルの群れも来るんじゃないかな」


 2人が目を輝かせながら、うんうんと頷いている。

 根っからの漁民に思えてくる。もっとも、シーブルの群れに遭遇した時にたまに掛かるグルリンと言う緑がかった魚が釣れるかもしれないと思っているのかな?

 あれは美味しいからなぁ……。刺身で食べたい気がするけど、ネコ族の人達は生魚を食べないんだよね。

 かつては大陸に住んでいたらしいから、当時の慣習がいまだに残っているのかもしれないな。


 食事が終わると、お茶を飲みながら一休み。

 エメルちゃんが素早く魔法で食器を綺麗にする。

 すっかり日が落ちたところで、夜釣りを始める。

 餌を付けた仕掛けを投げ入れて、竿先を小さく揺らして魚を誘う……。


 2匹目のバッシェを獲りこんでいる時だった。

ランタンに照らされた海の中に、何かが群れている。


「シメノンだ! 急いで竿を変えるぞ!」


 素早く竿を変えると、餌木を遠くに投げ入れる。横転するリールはアオイさんが考えたんだろうか?

 遠くに投げられるから、ネコ族でも愛用者が多いようだ。

 もっとも、バゼルさん達に言わせると、手釣りが一番らしいけどね。


 水面に落ちた小さな水しぶきを見て、素早く糸ふけを取り数を数える。

 5つ数えたところで、強く竿を上げると一呼吸おいて糸を巻く。また竿を上げて……。

 単調にならないように少し変化を加えるのがコツなんだよなぁ。

 グン! と竿に重さが加わったところで大きく竿を引く。

 後は一定の調子で糸を巻き取り、シメノンが海面に出る時に墨を吐かせて取り込んだ。

 甲板に要してあった桶にシメノンを投げ入れると、再び餌木を投げ込む。

 

 1時間ほどでシメノンの群れが去ってしまうと、再び胴付き仕掛けを使って根魚を釣り始める。


 夜半になって夜釣りを終えると、今度は一夜干しの準備が始まる。

 タツミちゃん達が魚やシメノンを慣れた手つきで捌き始めた。

 俺は、3人が使った釣り竿と仕掛けを水で軽く流しておく。操船櫓の下にある倉庫の扉に終わった竿を立て掛けたところで、船首に向かった。

 一夜干し用の大きな平たいザルは船首の屋根裏に入っている。

 4枚取り出して、屋形の屋根伝いに船尾の甲板に運んだ。

 タツミちゃんが海水で洗った魚の開きやシメノンをザルに並べていく。

 円を描くように並べるのがコツらしい。

 4枚はいらなかったかな? 3枚目のザルの真ん中付近が空いている。


「屋根に乗せようか!」

「このカタマランなら甲板でも十分にゃ。ザル4枚なら並べられるにゃ!」


 大きな甲板はそれだけ有効に使えるということなんだろう。

 3つあるベンチの上にザルを乗せたところで、3人でワインを頂く。

 いつもこれぐらい釣れると良いんだけどね……。

 生活の糧が得られたことを龍神様に感謝して、ハンモックに入る。

 明日は、素潜りだな。フルンネ辺りが来そうな気がするんだけどなぁ……。


 翌日。どうにか起こされないで起きられたようだ。

 甲板に出ると、どこまでも蒼い空が広がっている。すでに一夜干しは片付けられて、帆布のタープが甲板の上に半分ほど広げられていた。

 海の上だから日陰がないからなぁ。タープは日陰作りに丁度良い。

 俺達のカタマランを真似してタープを張るカタマランも増えているようだ。


「もうすぐできるにゃ。今日は早起きにゃ」


 タツミちゃん達が笑っているんだけど、まあそうだろうな。自覚があるからね。

 雨でも降るんじゃないかと、エメルちゃんが空を見上げている。

 十分に晴れているから、だいじょうぶだと思いたいな。


 朝食を終えると、すぐに銛を持って海に飛び込む。

 ザバンは昨日引き出してあるから、タツミちゃん達が乗り込んでサンゴ礁に向かっていった。

 テーブルサンゴの大きいのがあちこちにあるからね。あの下に潜り込んでいるブラドを狙うのかな?

 俺は数m下の海底の割れ目伝いに東に泳いでいく。

 選択板のような溝が海底に深く刻まれているけど、その溝の深さは所によって周囲から2m近く深いようだ。

 丁寧にそんな穴を探っていると、溝伝いに移動してくるフルンネの群れを見つけた。

 ゴムを引いていくと、銛の柄を貫く筒がカチリとなる。

 これでセット完了だ。

 ゆっくりと群れの手前まで潜り、群れが近づくのを待つ……。

 銛を群れに向けてあるから、銛近くまで寄って来た時に竹筒のトリガーを握る。

 シュン! と音が聞こえたような気がしたけど、それより暴れるフルンネにもう1度手を伸ばして確実に銛を突きとおす。

 これで逃げられることはない。

 段々と暴れなくなってきたフルンネを引きづるように海面に浮上すると、タツミちゃん達のザバンを探す。


 俺が手を振るのを見て直ぐにザバンが近づいてきた。

 2人とも乗っているところを見ると、素潜りを交代しようとしていたのかもしれない。


「大きいにゃ! 今ロープを投げるにゃ」


 投げて貰ったロープの端にあるフックをフルンネの下顎に引っ掛けると、ザバンの2人が綱引きをするようにフルンネを引き上げてくれた。


「4YM(1.2m)はあるにゃ! もう2、3匹突いてくるにゃ!」

「たまたまだよ。やはり大きいのが回遊してるね。エメルちゃん達はどうだった?」


「これぐらいのブラドが沢山いるにゃ!」


 エメルちゃんが両手でブラドの大きさを。これぐらいとやっている。40cmを越えているってことかな?

 一夜干しなら、そっちの方が喜ばれるに違いない。

 とは言ってもなぁ……。俺達男達には、獲物の大きさと突くための困難さが各人の評価に繋がるんだよねぇ。

 ブラドを1日30匹突く漁師と、フルンネを3匹突く漁師では後者の方が評価が高いというのも問題があるように思えてしまう。

 確かにフルンネを突く方が収入は上なんだろうけど、早々機会があるわけではないんだよなぁ。

 一攫千金を狙うよりは確実な漁を続けられる漁師の方が、ずっと技量が上だと俺には思える。

 だけど、現実にはエメルちゃんの言う通りなわけだから、次のフルンネを探すことにしよう。


 昼過ぎまで素潜り漁を行い、フルンネ2匹にバルタックを3匹突いた。エメルちゃん達はブラドとバヌトスを十数匹突いているから、俺よりも漁が上手いと思ってしまう。

 とはいえ、大物を突いてきたからタツミちゃん達は笑みを浮かべてココナッツ酒のカップを渡してくれた。

 私の夫が島で一番! そんな顔を2人がしているのを見ると、やはり小さいころから父親達の漁を見て育ったからなんだろうと考えてしまう。

 ネコ族の評価はやはり大物を突ける漁師が上だ、ということなんだろうな。

 それを考えると、カイトさんがアオイさんが付いたという全長2m以上の魚を、1度突くことを考えたほうが良いのかもしれない。

 若い内なら少しぐらいの無茶は何とかなるだろうし、かつて2人が突けたということはそれなりの準備をすれば俺にもできる可能性がありそうだ。


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