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P-180 出来た!


 2泊3日の漁を終えて、オラクルに戻る。他の連中の漁果が気になるところだ。

 俺達は、シメノンやシーブルの回遊にうまく当たったから、どう見ても背負いカゴに3つ分にはなりそうだ。

 大漁だと誇れるんだが、オラクルの漁ではねぇ……。雨季でさえ2カゴになるんだからなぁ。


 銛と釣り道具の塩抜きと手入れをしながら、甲板でパイプを楽しむ。

 明日から、再び石積の仕事が始まる。

 ココナッツの日陰を更に作ろうとしているようだから、子供達も岩の割石を運んでくれるに違いない。

 もっとも、その後で土を運ぶことになるから、同じことなのかな?

 まぁ、割石が沢山出るのは、石の桟橋の強度を上げるにも都合が良いはずだ。


 カタマランが速度を落として、右手に回頭を始める。

 オラクルの深い湾に入ろうとしているのだろう。

 まだシドラ氏族からの船団が来るのはもう少し先になるはずだ。

 十数隻が停泊する桟橋は、ちょっと寂しい気もするなぁ。


 いつもの桟橋にゆっくりとカタマランが舷側を寄せていく。

 バウスラスターがあるから、操船はかなり楽らしいけど俺には無理だろうなぁ。

 船首に立って、エメルちゃんの合図を待ち、アンカーを投入する。

 直ぐに桟橋に飛び移って船首のロープを結び、桟橋を歩いて船尾からタツミちゃんが投げてくれたロープを結んだ。

 これで俺の仕事が終わる。

 エメルちゃんとタツミちゃんが背負いカゴに一夜干しや開いたままの魚を入れ始めた。

 漁協に持っていけば、後は分別するだけらしい。

 モノレールができたから、タツミちゃん達も少しは楽になったようだ。


「行ってくるにゃ!」


 そういって、2人が背負いカゴを担いで桟橋を歩いて行った。

 まだ今回領に出掛けた連中は帰って来ないんだろうか?

 西の海を見ると、2隻のカタマランがこちらに近づいてくるのが見える。

 だいぶ日が傾いてきたからなぁ。

 夕暮れ前に帰って来れれば良いんだけど。


「それにしても背負いカゴ3つとはなぁ……」


 ザネリさんが呆れた口調で、俺のカップにココナッツ酒を注いでくれた。


「あのカタマランのおかげもあるんです。東に半日と言っても、通常のカタマランなら1日の距離ですからね。それにタツミちゃん達の銛の腕はかなりのものです。さすがはトウハ氏族出身そして、カルダスさんの娘だと感心してます」


「まあ、ナギサが謙虚なのは良く知ってるつもりだが、それも含めてお前の腕ということだ。だが、そうなると……、そろそろ漁が振るわなくなりそうだな。それを乗り越えて初めて一人前だ」


 ザネリさんが仲間達と笑い声を交わしあう。

 何か、通過儀礼のようなものがあるんだろうか?

 皆の笑い声を首を傾げて考え込んでいると、俺の隣に座っていた男がポンと肩を叩いた。


「分からねぇのか? お前がシドラ氏族に入ってそろそろ5年目だ。すでに2隻目のカタマランを手に入れているお前と俺達を比べてみればすぐに分かるはずなんだが?」


 そんなに経ってるんだ……。俺も23になるってことかな。

 タツミちゃん達もいつの間にか娘さんから女性になった気がする。『ちゃん』付けで呼びかけているけど、そんな年齢ではないんだろうな……。


 突然、脳裏に閃いた!

 ひょっとして……、いやそうに違いない。


 まだ、俺達には子供がいないんだ。

 ザネリさんも2人の嫁さんがいるし子供も2人になっている。エメルちゃんが3人目もそろそろだと言ってたぐらいだから、これから子育てが大変に違いない。


 子供を見るために、どうしてもカタマランに嫁さん1人を置くことになる。

 ザネリさんの漁は、3人ではなく2人で行っているということなんだろう。

 当然、漁果は少なくなる。

 その漁果で一家を養っていけることが一人前の漁師ということになるのかもしれない。


「こればっかりは、授かりものですからねぇ……。その内に生まれるとは思ってるんですが」

「その時には、シドラ氏族の皆が祝ってくれるよ。だが、親父達も心配してるぐらいだからなぁ」


 種族が異なるからだろうか?

 だけど、カイトさんもアオイさんも子供を授かったと聞いている。

 あまり気にしないで、その時を待っていれば良いか……。3年ほど経っても子供が生まれないときにはトーレさん達に相談してみよう。


 カタマランに帰って、タツミちゃん達にザネリさん達との話をしたら、2人が笑みを浮かべて頷いていた。

 てっきり沈んでしまうかなと思ってたんだけど、ネコ族の前向きな性格でそうなるのかなぁ……。


「だいじょうぶにゃ。雨季の終わりに私が1人目を生むことになるにゃ!」

「それって!」

「私達の子供にゃ! きっとかわいい子に違いないにゃ」


 タツミちゃんが嬉しそうに話してくれたんだけど……。思わずお腹を見たけど、まだ大きくなっていないな。10か月ほどかかると聞いたことがあるからまだ目立っていないということなんだろう。


「乾期の中頃には、エメルちゃんに全て任せることになるにゃ。料理は問題ないけど、操船楼に登ったり漁をするのは控えないといけないにゃ」

「控えるというよりは、やめてほしいな。大変でも1年以上はエメルちゃんに任せないといけないだろうから、よろしく頼むよ」


「任せるにゃ。子供が小さい時には皆がそうしてるにゃ。でも次の子供は最初の子供が少しは面倒を見てくれるにゃ」


 ネコ族の長男長女のつらいところだ。数人の兄弟の面倒を意匠権名見ている姿を結構見かけるんだよなぁ。

 子だくさんに思えるけど、若くして亡くなる人達も多いらしい。

 タツミちゃんも無事に出産してほしいところだ。

               ・

               ・

               ・

 タツミちゃんが懐妊したと聞いて、一番喜んだのがトーレさんだった。

 30隻の船団を率いてバゼルさんが俺の隣にカタマランを停めたから、その日の宴会でトーレさんはタツミちゃんから話を聞いたらしい。


「お祝いにゃ!」

 

 大きな声で屋形から飛び出すと、自分の船からワインを持ってやってきた。

 笑みを浮かべて、俺達のカップにワインを注ぐと最後にバゼルさんの耳元でごにょごにょと囁いている。

 途端にバゼルさんの目が大きく開いて、トーレさんかワインのボトルを貰い、俺のカップに並々と注いでくれた。


「そうか! そうか……。それはめでたい。長老も喜んでくれるだろう。かなり気にしていたからなぁ。最初の子だ。わからないことはトーレに聞けばいい。無理をさせずに漁をするんだぞ」


「ひょっとして! ……そういうことか。俺達にできることは無事に生まれてくれるよう龍神様に祈りながら酒を飲むことぐらいだからなぁ。

 結構、最初の子供の時にはいろいろと大変だったな。今では良い思い出だ」

 

 それはザネリさんのところであって、俺のところではないんだよなぁ。

 全てが同じだとは限らないだろう。

 とはいえ、時限爆弾のスイッチがすでに入ったということだからな。俺にできることは全てやっておくことにしよう。


 翌日からの仕事も、タツミちゃんには軽い仕事が回っているようだ。嫁さん達の計らいもあるんだろうな。

 妊娠から子育てまでは、同世代の嫁さんばかりでなく母親世代のトーレさんまで木を配っているように見える。

 その分、エメルちゃんにしわ寄せが来そうなところだけど、それほどでもないようだ。

 島のみんなが助け合って暮らしているから、ある意味1つの家族に思える時がある。


「今日は、これで2度目だな。さっさと枠の中に落として終わりにしようぜ!」


 ザネリさんの言葉に頷きながら、台船から砂を石組みの中にスコップで投入する。

 台船の砂を落とし終えるころには、だいぶ日が傾いてきた。

 どうにか波間に先端部分の石組みが出てきたから、上手くいけば今季内に仕上がるかもしれないな。

 すでに表面を固めるセメントモドキの樽も20個ほど商船に発注したらしい。

 乾季の中頃には届くだろうから、バゼルさん達にも手伝ってもらい一気に仕上げる予定だ。


 道具を片付けて、浜に焚火を作る。

 まだバゼルさん達は排水路作りから帰って来ないようだ。

 それでもトーレさん達は先に上がって、タツミちゃん達と賑やかに夕食の支度をしている。

 いつ見ても楽しそうだな。

 ネコ族の男女の比率は女性に傾いているのは、出産で亡くなる女性が多いからだとも言われているようだ。

 初産を控えて、不安になっているタツミちゃんを慰めているのかもしれない。

 長老から聞いた話では、カイトさんやアオイさんの嫁さん達の出産時には龍神が手助けしてくれたということだが、軽く済んだからそういう話になっているように思えるんだよなぁ。

 子育てを終えた世代の夫婦を見ると、結構嫁さんが1人というカタマランを見かける。

 そんな夫婦を見るたびに不安が込み上げてくるのが、自分でもはっきりと分かってきた。


「今度はナギサの番だったな。前回は単独だったが、今度もそうするのか?」

「ザネリさんはどうするんですか?」


 逆に聞いてみた。どうやら2手に分かれて3隻ずつの船団を作るようだ。


「もう1つの船団はオルバンが率いるんだが、ナギサも加えたいと言ってるんだ」

「それなら、是非とも連れて行ってほしいところです」


「そうか……。オォーイ! オルバン、こっちに来てくれ」

「なんだ? あまり飲んでると、バゼルさん達が来たらもっと飲まされるぞ」


 笑みを浮かべたザネリさんが焚火の反対側に向かって声を掛けると、ザネリさんより体格のいい男性が現れた。

 俺より1つ歳上の筈なんだが、いつの間にかたくましい体になっている。


「ナギサが同意してくれたぞ。一緒に連れて行ってくれ!」

「本当か! なら朝食後に黄色の旗で集まってくれ。南に向かおうと思うんだがそれほど遠くじゃないぞ」


「しっかりと付いていきます。朝食後に黄色の旗ですね!」


 俺の言葉を聞くと嬉しそうに笑みを浮かべて、肩をポンと叩き仲間のところに戻っていった。


「銛の腕を誇っているんだ。親達がトウハ氏族の出だからなぁ」


「ザネリさんだって似たところがありますよ。俺はシドラ氏族に入ってからですから、誇れるほどではありませんが、トーレさんが近ごろはオカズが減ったと嘆いてました」


「最初の頃のナギサの銛の腕は、若い連中達の良い見本だからなぁ。あのナギサでさえ銛を持った当初は半分がオカズだったというのは、シドラ氏族の伝説になってるぞ。

 生きている内に伝説を作るんだから大したものだ!」


 酔ってるんだろうな。だけど、それって俺にとって良い伝説なんだろうか?

 ちょっと悩んでしまう……。


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