P-178 モノレールが出来た
ザネリさん達が伐採し、数人が枝を払って俺の身長ほどの長さに切断する。
太さは俺の腕より少し太いぐらいなんだが、炭を焼くにはこれぐらいの太さが丁度良いらしい。
3本ほどをロープで結わえ、浜に引き摺ると、砂浜で待ち構えていたタツミちゃん達がザバンにロープを結んで台船へと運んで行った。
台船には数人の嫁さん達が乗っているから、皆で1本ずつ引き上げるのだろう。
こっちも大変だけど、嫁さん達も大変だな。
20本ほど運んだところで、本日の作業が終わる。
皆で浜に焚火を作りココナッツ酒を飲みかわすんだが、明日の作業もあるからなぁ。
カップ1杯で終わりにしておこう。
男女に分かれて焚火を囲むのは、昔からの風習らしい。
かつては大陸で覇を唱えるほどの戦闘民族が、現在のネコ族の先祖らしい。当時は戦装束で焚火を囲んでいたんだろう。その名残が残っているに違いない。
「簡単な作業だが、結構疲れるなぁ。砂運びとあまり変わらんぞ」
「ついでに少し砂を運んでいくか! 麻袋は積んであるんだろう?」
石積の工事の進捗も気になるところだからなぁ。
いろいろと手伝っているから、本業の石の桟橋作りが中々進まないんだよね。
「雨季とは言え、それなりに工事を進めないと次の奴らに文句を言われそうだ」
「次の乾季には仕上がるだろうと長老も言ってたからなぁ……」
たとえ乾季に仕上がらなくとも長老は笑みを浮かべて頑張るように言ってくれるだろう。
俺達があれこれと他の作業をする姿を、たまに見ているぐらいだ。
「それより、この島の土は結構深いぞ。浜にココナッツを植えるなら、ここから土を運んでも良さそうだな」
「おいおい、そんな事を言うと、すぐに運ばされるぞ。ますます桟橋の工事が遅れるんじゃないか」
焚火を囲む輪から笑い声が上がる。
確かにありそうだな。だけどザネリさんは、それを報告することになるだろう。
ごつごつした岩場の浜だったけど、出張った個所はだいぶ崩したし、溝には砂を運んだからなぁ。今では砂浜に見えなくもないけど、緑が全くない浜だ。
ちょっとした憩いの場を設ける上でも、さらにココナッツの苗木を植えなければなるまい。
翌日は、朝から伐採した丸太を運ぶ。
ザネリさんと同世代の2人一緒に運んでいるんだけど、浜で待つ嫁さんは昨日の倍近くもいるようだ。
直ぐに丸太をザバンで運んで行ってしまう。
「今日中にあの台船に山にしなければなぁ。まだまだ乗せられるぞ」
「あの台船に山にしたら、運ぶのが大変ですよ。さすがに俺のカタマランだけでは手に余るかもしれません」
「なぁに、氏族の本島から荷を運んだ台船だ。かなり乗せても運べるだろうよ」
一応、船外機が付いているからなぁ。自力航行もできるんだが、あまり期待するのもねぇ……。
さて、次を運んでくるか。まだ昼前だからなぁ。
1日半を掛けて炭焼き用の丸太を確保すると、3日目の朝にオラクルを目指して島を離れる。
これで足りないときには、再び来ることになるんだろうけどね。
少し早めに帰島するのは、帰った後での作業があるからだ。
オラクルの連中にも手伝ってもらえるかもしれないけど、台船の上には山のように丸太が積まれているからなぁ。その荷下ろしを行わないと、俺達の石積にも影響が出てしまう。
少し離れた島々を巡って砂や砂利を台船で運んでいるからね。
「これで、明日から桟橋作りだな。もう少しで海上に出るからなぁ。そうなると作業が速まると思うんだ」
「潜らずに作業ができますからね。でも石積みの中は大きな穴です。あれを砂で埋めるのは中々面倒に思えます」
「海中のサンゴは使えないが、島にあるサンゴは使っていいという話だった。それなりにサンゴを運んでいるんだが、結構大きなものまであるんだよなぁ。爺さんが話してくれた大津波の話を聞いた時にはだいぶ誇張していると思ったんだが、陸地深くの林の中で大きなサンゴを見つけた時にはびっくりしたよ」
「1度あったのなら次があるかもしれません。でもオラクルなら大丈夫でしょう。高台の上で暮らしてますし、俺達は船の上ですからね」
船の上とは言っても安心はできないだろう。だが何と言ってもオラクルの桟橋は西に長い湾の奥にあるからなぁ。
津波は南からやってきたということだから、西に延びる尾根を回り込んでくるに違いない。直接的な影響を受けないだけでも被害は低減できる。
船の上なら流されることはあっても、飲み込まれることはないだろう。
どちらかといえばシドラ氏族の島の方が心配なくらいだ。
オラクルに帰島した翌日は、皆で台船から炭焼き小屋へ伐採してきた丸太を運ぶ。
俺達の運んできた丸太を見て、がっかりした表情をしているのはカルダスさん達だった。
カルダスさん達も真鍮のパイプを支える丸太が足りなかったようだ。
「まあ、炭を焼くんだからこんなものだろう。小さい台船は、明日俺達が使うから空けといてくれよ」
小さい方の台船は、俺達はあまり使わないからなぁ。
「分かりました!」とザネリさんの答えを聞いて、カルダスさん達は帰って行った。
「もっと太いのを運んだ方が良かったんだろうか?」
「いや、カルダスさんの方で行ってる線路の敷設は、あまり高低差を設けられないんだ。地形に合わせて真鍮のパイプを繋いでいくから、炭焼き用の丸太では太くても長さが足りないと思うな」
たぶん、ある程度の長さで丸太を切り出すことになるだろう。
がっしりした支柱を立てることになるから、地面に埋め込む長さも1FM(30cm)ではたりないんじゃないかな。
数本ずつ括った丸太を背負いカゴや、肩に担いでの運搬だから結構疲れる作業だ。
もっと早くに、モノレールを作るべきだったかもしれない。
何とか、運び終えて老人達に引き渡す。
これで20日も経てば良い炭が出来上がるに違いない。炭焼き釜の大きさを見ると、2回分以上はありそうだ。
雨季の丸太運びは、これで終わりになれば良いんだけどねぇ……。
「明日は俺達が漁に出るぞ。石組みの若手が半減するが、上手く続けてくれよ」
焚火を囲む俺達に向かって、ザネリさんが嬉しそうに話してくれた。
その言葉に焚火を囲む連中の表情が変化する。恨めしい顔と嬉しそうな顔が半分ずつだ。俺は後者になるのかな?
「先ずは砂と小石を運ぶか! だいぶ枠が出来てきたからなぁ」
「少し北に行っても良さそうだ。西と南からはだいぶ運んできたからな」
それもおもしろそうだ。
漁に出る船団は最低でも1日程度オラクルから離れて漁をする。案外近場で漁をしていないんだよね。
「天気が良ければ、ちょっと素潜りをしても良さそうだ。銛は用意しといてくれよ」
そんな話が居残り組から起こるのは、まぁ、仕方がないことだろうな。新鮮な魚は小母さん達が美味しく料理してくれるから、焚火を囲んでの夕食にちょっとした彩を与えてくれるはずだ。
「ナギサのカタマランを出してくれるか? あれなら、小さい子供なら預かって貰えそうだ」
「良いですよ。俺のカタマランと台船の2隻で出掛けますか」
石積に残るのは7家族のようだ。一晩明かすわけではないし、急な雨が来ても慌てないように最初から甲板に天幕を張っておこう。
単調になりがちなオラクルの開拓だけど、皆がちょっとした変化を楽しめるようになってきた。
とはいえ、最大の建設物である石の桟橋の完成はまだまだ先が長いようだな。
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雨季が終わるころになって、オラクルの搬送用モノレールが完成した。
ギョキョーの小屋を高台へ上る階段の南に移動して、小屋の南に広場を設けた。
その広場から高台の燻製小屋までを、真鍮の管が輪になって敷設された。
駅はギョキョーと高台の分別小屋に設けたが、駅と言ってもモノレールの台車から荷下ろしができるようにしたお立ち台のようなものだ。
駅の端にモノレールの魔道機関を停止させる腕木が設けてある。上下に動く腕木を横にすれば、ここまで荷を運んできたモノレール台車が魔道機関の機動と停止を行うレバーを倒すことで、台車が停止する仕組みだ。
念のために反対側にも起動レバーが付いているから、駅に停まらないときには反対側を棒で押さえれば停まることになる。
自動運転だから、暴走対策はこれで十分だろう。
運行速度は人が歩くより幾分速いぐらいだ。円を描く形でレールを敷設したから、運行する台車は2式になる。各々魔道機関を搭載した台車が3台の台車を曳く形で運行する仕組みだ。
「何とかできたな。後ろの台車は箱じゃないんだが、あれで良いのか?」
「フックの方が役立ちますよ。背負いカゴを吊り下げられますし、場合によってはハンモックのように網を下げていろいろ運ぶこともできます」
「使い方は色々ってことか! その方が面白れぇや」
カルダスさん達は嬉しそうだ。とりあえず俺達の役目は終わったと思っているんだろうが、まだまだ雨季はつづくんだからねぇ……。
完成祝いの酒宴の翌日から、カルダスさん達が排水路を作り始める。
段々畑は3つできたけど、まだまだ作れるはずだ。
このまま南斜面を同じように開墾していけば10面を超える畑ができる。その周囲は果実畑になるだろう。
そのためにも、排水路と用水路の建設は進めないといけないんだよなぁ。
構想だけで、まだ水田をどのように作るか考えてはいない。
段々畑がさらに伸びていく前に、ある程度縄張りをしておく必要があるかもしれないな。
雨季の終わりの満月が近づくと、オラクルの皆が石の桟橋に参加してくれる。
3日程度ではあるけど、さすがに人数が多くなるとその進捗が目で追えるほどだ。
だいぶ沖まで桟橋を歩けるようになってきた。
先端部分はまだ海の中だが、海面からすぐ下まで石積が出来ている。これなら次の乾季で石の桟橋を作り終えるだろう。
いろいろあって、3年掛かった感じだが百年以上は持つんじゃないかな。
「2日も休めば疲れも取れるだろう。いよいよリードル漁だ。銛を研いでおくんだぞ。こっちのリードルは少し大きいからなぁ!」
浜で焚火を囲む俺達にカルダスさんが大声を上げる。
その声を聞いて下を向く男達は、明日は一日銛を研ぐことになるはずだ。
俺も一応確認はしとくか……。たまに研いではいるんだが、錆でもついてたらカルダスさんの大目玉を食らいそうだからなぁ……。




