P-175 浜にココナッツを植えよう
オラクルに帰った翌日の夜。
夕食を終えると、長老のログハウスに向かった。
昨夜は浜で酒盛りだったから、今季の仕事の割り振りは今夜行うらしい。
俺とザネリさんの仕事は浜での桟橋作りと分かってはいるんだが、その他に仕事もいろいろとあるからなぁ。
ログハウスの扉は開かれたままだ。中に入ると3方の大きな跳ね窓も開かれている。風を通すということなんだろうが、長老の前には大きな囲炉裏が切ってある。そこにはいつも火が焚かれているし、東西の壁にも光球を入れたランタンがあるから結構明るく感じる。
いつもの席に腰を下ろすと、世話役がココナッツ酒の入ったカップを前に置いてくれた。シドラ氏族本島の長老のログハウスと同じだな。
「まだやって来ぬ者もいるだろうが、そろそろ始めるか。ナギサより次の計画に関わるメモを貰っておるし、バゼルからの提言もある。カルダスもそれなりに意見があるだろう。他の者達もここはオラクルじゃから、言いたいことは自由に言って欲しい。
それでは、現状の確認からじゃ……」
世話役から乾季で行った開墾状況と、乾季の漁場と漁果が報告される。
集まった男達が、神妙な顔つきでうんうんと頷いているのがちょっとおかしくなってしまう。バッグからパイプを取り出して一服することで表情をごまかすことにした。
「乾季はそんなところじゃった。畑が増えたのは嬉しいのう。カヌイの婆様達も東の展望台ができた時は喜んでおったぞ。
石の桟橋は、まだまだじゃが高台からその姿が分かるまでになってきた。次の乾季には何とかしたいものじゃな。
それで今季の開墾じゃが、畑の水路作りは〇〇に任せるぞ。カルダスはナギサに手伝ってもらいモノレールというものを敷設してほしい。漁果を浜から燻製小屋まで運ぶのは嫁達の仕事ではあるが少し長いからのう。早めに便宜を図らねばなるまい。
ザネリは若者達と引き続き桟橋を担当してほしい。もっとも、カルダスの仕事にかなりの石や砂が必要になるはずじゃ。それの運搬もよろしく頼んだぞ」
仕事の担当が決まれば、後は担当同士で人数の調整が行われるはずだ。
浜でココナッツ酒を酌み交わしながらきめるんだろうな。俺はとりあえずカルダスさんの下で動けば良さそうだ。
「嫁達には、畑を担当してもらえば良さそうだな。だいぶ畑も大きくなってきたが、ナギサの計画の三分の一にも満たんだろう。さらに斜面の下にも湿地を作りということだからなぁ」
「その湿地だが、湿地で育つ野菜があると聞いたことがねぇぞ?」
「ナギサのことだ。抜かりはねぇぞ。そこで米を作るそうだ」
「「米だと!」」
計画をあまり大きく知らせてはいなかった。
初めて何を目指すか知った者達が、それだけ多いということになるのだろう。
「長老、本当に米が作れるのでしょうか?」
「分からん。だが、やってみればはっきりするじゃろう。ナギサの事じゃからできそうだとは思っているが、どれほど取れるかは実際にやらねば誰にも分らんじゃろう。だが、分からないからと言って諦めるのでは我等の将来は暗いものになってしまう。
ナギサがおるのじゃ。かつてのカイト様やアオイ様の時代のようにいろいろと試すことができると思うと、童心に帰ったように心が躍るのう」
そう言うと長老達が笑い声をあげる。
カルダスさん達はちょっと驚いた表情をしているけど、確かにやってみないと何とも言えないところがあるんだよね。
畑の方は、氏族の島にもあったからそれなりに経験もあるのだろうが、田を作るとなれば初めてのことになってしまう。
最初は、20m四方ぐらいの大きさでやってみよう。2つ作れば管理方法の比較実験もできそうだ。
とはいえ、まだまだ先の話。
今のところは、商会を通して米を買い込むことになるだろうし、上手く米作りができたとしてもそれは続くだろう。
小さな田が数個作れたとしても、島で暮らす人達全員を賄うことはできないだろう。
ニライカナイのネコ族は大陸から米を買う。
この流れそのものを停めることはできない。だがその動きに干渉することで俺達の国に手を出そうとするときに、俺達の米作りが生きてくる。
全く米が採れないなら困ってしまうだろうが、ある程度の生産量があるなら別だ。
「かつてはバナナの周りに米粒が付いていた……」
そんな昔話をトーレさんがしてくれたことがある。
そこまで窮乏することはないだろうけど、それに近いところまでならネコ族は耐えられるということだ。
干渉することで、自分達の首を絞めることになると気が付くまでなら我慢できるに違いない。
「とは言っても、まだまだ先の話です。先ずはシドラ氏族の本島のように漁で暮らすことができることを目標にしたいと思っています」
「ならば、先の分担の通りじゃな。それでかなり便利になるということじゃ。米を作る田というものを見たことがない以上、ナギサに頼ることになってしまうのう。
畑の開墾はまだまだ続くじゃろう。西をバナナ畑とパイナップル畑にすると話を聞いたが、少しずつ増えておるようじゃな」
「浜のサンゴも掘り下げて土を入れればココナッツを植えられるんじゃねぇか? 浜に日陰がねえのも困った話だ」
元はサンゴ礁だったはずだ。島が盛り上がったからかなり割れ目もできている。とはいっても、ココナッツはかなりの高木なんだよなぁ。ちゃんと育つんだろうか?
「何本か植えてみるか。ギョキョーの近くなら、喜ばれるだろう。根着かねば諦めるしかねぇが、案外育つかもしんねぇな」
中堅組に、カルダスさんが指示を出している。
数本を植えるとなれば、半月以上は穴掘りになるだろう。出てきた砕石は桟橋作りに使わせてもらおう。少なくとも台船1隻分以上にはなるはずだ。
2時間ほどの話を終えて、帰路につく。
カルダスさんがココナッツの移植の面倒も見るように言われたけど、俺ができるのは畑に野菜の苗を植えるぐらいだからなぁ。
とりあえず広くて深く掘り下げてみるか。そこに土を運んで土壌を作れば、ひょっとして育つかもしれないからね。
だけど……、場所的には地下水はないし、あるとしても海水なんじゃないかな?
そんな場所で育つんだろうか?
翌日は1日のんびりと過ごすはずだったんだが、遅い朝食を食べていると2人の男性が訪ねてきた。
「カルダスさんからココナッツを植えろと言われたんだが、かなり面倒だからナギサに頼んでおいたと聞いてやってきたんだ」
「どうぞ、座ってください。俺もいきなり言われましたんで、果たしてちゃんと育つかはわからないんですけど、ダメなら別の作物を植えることができるでしょう。
やってみないと分からないという前提でココナッツを植えることになった次第なんです」
お茶を飲みながら、経緯を話すことにした。
2人とも40代初めという感じだな。カルダスさん達と比べればかなり若い。いわゆる中堅層の漁師ということになるんだろう。
「人数は5人になる。仕事が多ければ、嫁達を畑の開墾から外してこっちを手伝わせるつもりだ」
「先ずは植える場所、と何本植えるかでしょうね。ギョキョーの近くということでカルダスさんの了解を貰ってはいるんですが」
ギョキョーの近くと聞いて、2人が頷いている。納得できる場所ということになるんだろうな。
ココナッツは3本と言ったんだが、5本ぐらいは必要だということになってしまった。
「できれば高台の下を南北に植えていきたいところだ。それができるかどうかを確かめるためにも最初から数を増やしておきたい」
数本ずつの塊を並べていくということになるのかな?
その方法もおもしろそうだ。
お茶を飲み終えたところで、さっそく3人で最初のココナッツを植える場所の下見に出掛けることにした。
「ココナッツは熟すと落ちてきますから、人の動きを考えないと……」
「なら、ギョキョーの北側だな。荷役用のクレーンがあるが、その北側なら問題はねぇだろう。このクレーンだって将来はなくなるはずだとカルダスさんが言ってたからな」
確かに今回から作り始めるモノレールができればクレーンは必要ない。クレーンと言っても、そもそもが背負いカゴ2つを高台に上げるだけの代物だ。
ココナッツを植える位置に握りこぶしほどの石を置いて、育った姿を想像する。
直ぐに小石の間隔が開いたのは仕方のないことだ。1辺が1.5mほどの三角形を作り、その左右に2mほどの距離を置いて1個ずつ小石が並んだ。
「こんな感じだな。そうなると、どれぐらいの範囲を掘ることになるんだ?」
「俺はココナッツの根がどれほどの大きさになるのかわかりません。大きいんでしょうか?」
「そうだなぁ……。倒れたココナッツを見たことがあるが、根の大きさはこれぐらいだったな」
砂地の上に描いてくれたんだが、どう見ても1mを越えている。そうなると、この小石の間隔で植えたなら、5本の根が絡まりあうから倒れにくくなるに違いない。
「4YM(1.2m)ほど広げたほうが良いでしょうね。根はそれほど深くはないんでしょうが、同じぐらいに掘り下げたほうが良さそうです。海面より少し高台になっていますから、それぐらい掘っても海水は出てこないでしょう」
「かなり時間が掛りそうだな。だが雨季は始まったばかりだ。雨季の終わりには植えてみたいものだ」
「掘って出た砕石は、俺達が作っている桟橋に使わせてください。まだまだ近くの島から運んでいるんです」
「そっちも苦労しているな。まぁ、1度作れば数代以上にわたって使えるだろう。しっかりと作ってくれよ。それと、たまにこっちの様子も見てほしい」
「分かりました。作業場所が近いですからね。でも、掘る道具はあるんですか?」
「バゼルが水路作りを始めたと聞いたから、ツルハシとスコップそれに1輪車は運んできた。大きな石が出てきたら問題だが、当座はこれで行けるだろう」
早速道具を運びに出掛けたけど、雨季に終わるんだろうか?
かなり大きな穴を掘ることになるんだけどなぁ。




