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P-172 オラクルに残った住民


 豪雨の頻度が少し上がってきたように思える。

 そろそろ乾季も終わりになるのだろう。

 1年前の乾季とは異なり、貯水池にたっぷりと水がある。やはり飲料水のサイン杯をしないで済むだけありがたいな。

 おおよそ10日おきに保冷船がやってくるのもありがたい話だ。

 生活に必要な品が運ばれてくるし、燻製にした魚を大量に積み込んで帰って行く。

 燻製小屋と保冷庫を結局3棟ずつ作る羽目になったけど、船団が戻ってきても必ず1つは空いているから安心できると長老も笑みを浮かべていた。


 カヌイのお婆さん達の新たな祈りの場は、10m四方ぐらいの正方形の展望台のような形に仕上がったようだ。

 真ん中に柱と屋根だけのあずまやが作られたけど、屋根は板葺きだから風で飛ばされることはないだろう。雨漏りは仕方がないとバゼルさんが話してたけど、雨の日にはカヌイのお婆さん達もあの展望台には行かないんじゃないかな?


「カヌイの婆様達が喜んでくれたぞ。確かに見晴らしは良い。あそこなら神亀を目にしたというのも頷けるな」

「会える時には頻繁に会えるんですが、この頃は俺も姿を見ないんです」

「しっかりと見ているはずだ。羽目を外さないように暮らすんだぞ」


 誰も見ていないときでも、神亀は見ているってことなんだろうか?

 犯罪が無いのも、それを皆が信じているに違いない。


「次の漁が終わればいよいよリードル漁になりますね」

「リードル漁の漁場から俺がシドラ氏族に船団を率いることになる。カルダス達がやってくるのは半月後だろう。必要な品があればトーレにメモを渡してくれ。魔石の競売結果と合わせて、カルダスに託すからな」


「荷運びをもう少し楽にしようと思ってるんですが……。まだ時間がありますからじっくりと考えてみます」


 生活用品はタツミちゃん達がメモを作っているに違いない。

 それよりは、燻製小屋まで漁果を運ぶ方法を早めに考えないといけないだろう。

 大型の台船を次のリードル漁で運んでいくらしいからな。かなり資材が必要になっても運んでこれるだろう。


 トロッコを使う方法も考えたんだが、あの高台が問題になる。10mほどあるからね。

それを迂回するとなると、浜から南に向かって段々畑沿いに北に上がることになるから、かなり長い距離になってしまうんだよなぁ。


 やはりロープウエイということになるんだろうか? それともモノレールという手もあるんだが……。

 もう少し良く考えてみよう。


 次の満月にはリードル漁を行うという頃になると、皆がいろいろと準備を始める。

 一番大事なのは、銛の手入れと薪の準備だ。

 近くの島から木を伐りだして薪を作る。島に残るシドラ氏族の住民も、参加できるものは参加するのはシドラ氏族の島と一緒だな。

 帰りは俺達のカタマランが先導することになる。


「いよいよ明日は出発だ。ナギサの欲しいものはメモに纏めたのか?」

「一応作りました。これがバゼルさんに託したい品のリストです。支払いは魔石でお願いします」


 取り出したメモをバゼルさんが確認して腰のバッグに収めたんだが首をひねっているんだよなぁ。

 モノレールの形が理解できなかったに違いない。

 

「かなり鉄パイプが必要だが、トロッコを作るわけでもないんだな?」

「トロッコに似た品ですけど、人は乗れませんよ。小さな魔道機関を使って走らせるんです。とりあえず高台の階段付近から燻製小屋近くの選別小屋まで運べるようにして、将来は石の桟橋から段々畑まで延長したいと考えてます」


 かなりの散財になってしまうが、上位魔石を得られるんだからね。それぐらいは俺のわがままとしてタツミちゃん達には納得してもらった。

 このカタマランをしばらくは使っていこう。ちょっといろいろと考えてしまうところはあるんだが、アオイさん達が使っていたカタマランだと思うと、なんとなく安心できるんだよなぁ。


 次のカタマランを作る時にも相談に乗ると商船の店員が言っていたけど、アオイさん達はさらに変わった船を作ったんだろうか?

 一緒に暮らしていたトウハ氏族の人達には、さぞかし驚かれていたに違いない。


「ナギサの趣味として長老には話しておくが、その真意は氏族のためを思ってのことだと伝えておくぞ」

「結果が分からないので、そんな言い分けになってしまいます。貯水池や、水路なら祖ドラ氏族の貯えを使っても問題はないと思うんですが……」


 ネコ族は現実主義、結果を重視するからなぁ。おかげで大きな失敗がないことも確かなんだが、それではいつまでも過去に囚われてしまう。

 どうなるか分からないけど、やってみて確認しようという気風は育たないようだ。

 漁ならかなり積極的になるんだが、生活そのものは大きく変わるということがないようだ。

 

 それでも、カイトさんやアオイさんの努力で、ここまでの暮らしができるようになったらしい。

 雨季の漁に延縄を使ったり、曳き釣りを教えたのもカイトさんだったらしい。おかげで雨期の生活も楽になったと長老が昔を懐かしんで話してくれたんだよね。


 翌日。早めに朝食を頂いて、バゼルさんの先導で俺達はオラクルを出発した。

 1日半の航海でリードル漁の漁場に着く。

 3日間のリードル漁を終えると、20隻ほどのカタマランを率いたバゼルさんが北西に向かって俺達の船団から離れていく。

 いくつもの皮袋を託したけど、全て名前が書かれているし、中身もバゼルさんが確認している。

 ネコ族は正直だけど、ちょっとした思い違いもあるかもしれない。

 そんなことで仲違いが起こらぬようにとのことだろう。


「行っちゃったにゃ。次はカルダスさん達がやってくるにゃ」

「20日ぐらい後になるかもしれないよ。その前に2回は保冷船が来るだろうから、漁をしないとね」


 せっかく来ても運ぶ燻製がないんでは話にならない。

 カタマランが20隻ほどになってしまったから、長老達と相談することになりそうだ。


 島に帰ると、皆で浜で宴会をすることになってしまった。

 シドラ氏族の島なら、商船が何隻かやってきて買い物や競売で賑わうのだが、オラクルはそんなことがないからね。

 リードル漁が無事に済んだことを祝う祭りになるのかな?


 オラクルに残った人達は、どちらかというと壮年の人達ばかりだ。若者はさすがにいないんだよなぁ。 

 ちょっと寂しくもなるけど、普段あまり話すことがない世代とと話ができるのが嬉しくなってくる。


「上級魔石を5つとは大したものだ。すぐにカタマランを替えられるだろうに」

「この前変えたばかりですよ。かつてアオイさんが使っていたカタマランの図面が残っていたようで、同じものを作って貰ったんです。さすがはアオイさんだと感心してしまいました」


「だろうな。いまだに逸話に事欠かないトウハ氏族の英雄だからなぁ。だが、アオイ様の後ろには常にナツミ様がいたとも聞いたことがあるぞ。

 大陸の連中とも、対等に交渉してくれたから今の俺達が暮らしていけるんだ」


 交渉の中には、大陸の漁師に対する沿岸漁業の指導もあったらしい。

 ニライカナイの海はネコ族のものだが、陸地が見える範囲での漁業についてはその限りではないということだ。

 ある意味、国境線の整備とも取れる話だな。

 

「大陸には俺達が想像できない程の人間が住んでいるらしい。俺達は上下の関係はないが、大陸ではいろいろとあるらしいな。それが原因でその日の食事ができない程の連中もいるってことだ。

 海辺の漁業は貧しい連中の救援策でもあるらしい。ナツミ様が大陸の教団と何度も交渉して彼らの暮らしを豊かにする努力をしていたらしいぞ」


「教団にはナツミ様とアオイ様の石像があるらしい。俺達は龍神様の使いに違いないと思っているが、大陸の教団でも似た扱いになっているようだな」


 聖人像ってことかな?

 それもすごい話だな。カイトさんやアオイさん達の遺灰はこの海のどこかにサンゴに抱かれて眠っているのだろうが、その場所が明確なら巡礼者が訪れそうだ。


「ということで、ナギサにも期待しているぞ。ネコ族に訪れた龍神様からの使いだからな。その背中の聖姿はカヌイの婆様達も認めているぐらいだからな」


「はぁ……」と言って、頭をかく。

 苦笑いしか浮かんでこないな。

 この島を開発するのがライフワークだと思っていたぐらいだからなぁ……。

 だけど話を聞く限りにおいて、かつてのカイトさんやアオイさん達は大陸の干渉をことごとく退けてきたみたいだ。

 ひょっとして、今後大きな出来事が大陸に起こるということなんだろうか?

 その時の対処が、俺の本来の役割になるのだとしたら……。


「今でも、商会ギルドにはネコ族の代表が席を持っているんでしょうか?」

「持ってるぞ。しかも2つだ。1つだと引継ぎが上手くできないとナツミ様が何度も交渉を繰り返したそうだ。ネコ族なら、簡単に引き下がるんだがナツミ様は頑固なところがあると聞いたな」


 頑固どころではなさそうだ。かなり過激なところもあったに違いない。交渉というより恫喝に近いこともしたんじゃないかな。

 それが可能だったのは、リードル漁で得られる水の魔石をほぼ独占的に手に入れられたためだろう。

 交渉決裂時には、かつてカイトさんが作りだした『リーデン・マイネ』と呼ぶ砲船群を持っていたからに違いない。

 砲船自体はすでに何隻目かに世代交代をしているようだが、今でも大砲を毎年試射していると長老が教えてくれたことがある。


 よくも、大陸に足を延ばさなかったと感心してしまったが、その理由はネコ族の人口にあるようだ。

 数万人にも届かない種族では、戦は無理だな。

 カイトさんの時代でも、防戦に徹したわけがそれで理解できたんだよね。


「商会ギルドの会議に出られる人物に合ってみたいですね」

「ナギサが望むなら長老が場を設けてくれるだろう。向こうも会ってみたいに違いないからな。カルダスがやってきたら俺の方から頼んでやるよ」


 笑みを浮かべて頭を下げる。

 やはり近場だけ見ていたのでは問題だろう。

 オラクルができたのは偶然ではないはずだ。オラクルの開発をさせるだけなら、俺の背中の痣は必要ないように思えるんだよなぁ……。


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