P-160 貯水池が出来た
向こうの世界なら、プラスチックの配管を使うんだろうけど、この世界にそんなものは無いようだ。
アルキメデスポンプや配管、バルブを含めて真鍮製だった。
接合部分で漏れないかと心配してたんだけど、分厚く接着剤を塗ることで十分だとドワーフの職人が言っていたそうだ。
揚水機を設ける台座にアルキメデスポンプを設置する。給水部分は貯水池を一部深くしてあるし、貯水池を洗う場合もあるだろうと、外へ流す排水管も設けてある。
揚水機から木製の風呂桶のような貯水槽に導入した水は、8分目以上になることが無いよう、木製の樋で貯水池に戻す設計だ。
「この配管で、濾過器に繋ぐんだな。濾過器は貯水槽より下に置くんじゃなかったのか?」
「その予定でしたが、水を無駄にしかねないんで、同じ位置にしました。導水管を使っていますから、水位は常に一定になります。濾過器から取り出す水量がどれぐらいになるかやっていないと分かりませんが、揚水機を動かす魔道機関の出力で調整できるはずです」
疑っているようだけど、実際にアルキメデスポンプが動いた時には、皆が驚いていた。
貯水槽に導かれた水がみるみる溜まって、木製の樋から貯水池に流れていく。
「なるほど、貯水槽の水位はこの高さで保てるわけだ。まだ濾過器は試さないのか?」
「中の仕組みが面倒なんです。砂や小石を集めたところで、煮て木枠に納めなければなりません。炭も一度洗っておきたいですね」
濾過器は3つの木枠が中に納まる構造だ。
枠の下部は竹を格子状にしてあり、その上にバナナの戦意で作った荒い布を敷き、砂を敷き詰める。
中段は砂の代わりに炭が敷かれ、上段は砂と小石が半々だ。小石を敷くことで水流で砂が舞うことが無いようにしてるんだけど、小石の上にもう1枚荒い布を乗せて握り拳ぐらいの石を10個ほど乗せている。
少しやり過ぎにも思えるけど、濁りと匂いが消えてくれれば十分だ。
生水を飲む習慣がネコ族には無いんだよなぁ。雨水をカップに受けて飲んでいる俺を、タツミちゃんが目を丸くして見ていたぐらいだからね。
どうにか完成したところで、早速濾過器から伸びたパイプに付けたバルブを開いて水をポットに受ける。
水道並みに、ジャー! とポットに水が出てきた時は感激して思わず眼がしらがあつくなってしまったぐらいだ。
焚き火に乗せて皆で頂いたお茶は、今まで飲んだどんなお茶よりも美味しく感じてしまう。
俺でさえそうなんだから、カルダスさん達の感動はひとしおに思える。
「美味いお茶だ。これで乾季は問題なさそうだな」
「今季で貯水池に十分溜まるでしょう。シドラ氏族が2倍になっても、20日間は持つはずです」
「氏族の全員を移住させることは長老も考えてはいないだろう。これで十分の筈だ。まだリードル漁まで1か月はあるぞ。まだ作るものがあるんじゃねぇか?」
「燻製小屋ですかねぇ……。そうだ! 燻製小屋に入れるために一夜干しを分類してましたよね。あの小屋は少し小さいんじゃありませんか?」
「確かに小さいと嫁が言ってたな。カルダス、2回りほど大きくした方が良いかもしれんぞ。それに、壁はどうでも床を作った方が良さそうだ。雨が降ればあそこで分別など出来たもんじゃねぇからな」
野太い男の声に、周りからも賛同の声が上がっている。
やはり小さいと感じていたのだろう。
「1か月もあれば十分だろう。今の小屋は休憩所にもなりそうだから、そのまま残すとして場所を決めねばならんな。明日から手分けして始めるぞ!」
俺は明日からザネリさんの手伝いに向かおう。
若い連中は、色々便利に使われているからなぁ。桟橋作りが捗らない理由の1つだと、感じてしまう。
カルダスさんが新しく小屋を1か月で建てた時には、確かに驚いた。
それも、前の小屋を撤去してその後に大きな小屋を建てたんだよなぁ。前の小屋は新しい小屋の材料になるとばかり思っていたんだが、その隣に建ててあった。
前は開放的な屋根だけの小屋だったけど、今度は両方の小屋とも床があるし、周囲には竹で編んだ壁が付いている。暑い時には外側に開くこともできるようだ。
開放的な小屋としても使えるということだな。
案外嫁さん達の要望があったにかもしれない。
カルダスさん達の嫁さんは、新たなだんだん畑を作ろうと開墾を始めている。さすがに石積みの側面はカルダスさん達が行うんだろうが、そうなると測量をしないといけなくなるんじゃないか?
俺の雑用がまた1つ増えそうだ。
「リードル漁は1か月も先だ。次は畑の石積みってことか?」
「畑を作れば、婆さん達に任せておける。野菜不足にはなっていないが、ここに定住をする者が多くなると思えば、やはり足りんだろうな」
現在3つ……、浜に畑もあるから4つになるのかな? さらに増やすとなれば、段々畑の次の段ができるから、ひな壇のようになるはずだ。
森を抜けた南斜面の左右に3、面ある畑を段々畑と言っていたんだが、実情と合わないんだよなぁ。これでようやく段々畑ってことになりそうだ。
石の桟橋も海面からその大きさが分かるまでになってきた。次の乾季には完成させられるかもしれないな。
「お~い! 眺めてないで、交代してくれよ」
「悪い、悪い! 今行くよ!」
浜から桟橋を眺めていたら、ザネリさんに注意されてしまった。
今度は俺が潜って石を積む番だ。
結構疲れるからなぁ。10個積んだところで交代だ。
石積みは休憩を頻繁に取りながらの作業になる。
たまに皆で浜でお茶を飲みながらの休憩を取るんだが、今日は西から台船が近付いてくるのが見えた。
砂利が山になっているから、また少し桟橋が高くなるはずだ。桟橋の規模が大きいからだろう。2㎥はありそなんだけど、石組の間に投入してもそれほど変化しないところが気になるところだ。
とはいえ、確実に完成に向かっていることは間違いないだろう。
「父さん達葉形が見えるからやりがいもあるんだろうけどなぁ……」
「これだって、出来たら感動するはずだ。この島に入って最初に見えるんだからな」
「いやいや、最初に見えるのは、あの階段だ。あれも石積みで作るとナギサは言ってたよなぁ?」
「そのつもりですが、現在はあれでも良いかと。丸太が腐る前には石を積みたいですね」
それなら立派に作らねば……。なんて話が焚き火を囲んで盛り上がる。
これがこの島の恒例だ。日々が緩やかに過ぎていく。
リードル漁まで10日程にまで迫ったある日のこと、西から保冷船が2隻だけでやって来た。
「何だ、何だ? 今頃やって来て?」
「商船がいつもより増えるだろう? なら丁度良かろうと長老が言ってたぞ」
商魂たくましいなぁ。それなら、乗ってやらねばなるまい。
「お前等、明日出掛けて3日で帰ってこい。2日掛けて燻製を作れば5日後にはここを出発できる。リードルの漁場は1日半だからな、十分に間に合うはずだ」
「近場で漁ってことか? 半日で行けるとなると……」
半日航行すれば島5つ以上離れることができるだろう。漁場に事欠くことはない。
タツミちゃん達なら、最速を出して向かうだろうから俺達もう少し先に行けそうだ。
翌朝早く漁に出掛け、3日目に漁果を乗せて帰ってくる。
久しぶりの漁だからなぁ。
皆の意気込みも凄いものだったけど、漁果は前回同様に運んでこれた。
再び皆で獲物を小屋に運び、嫁さん達が分別して燻製に加工する。
雨が降らなかったのが幸いだ。
雨季も終わりになってきているからだろうが、その晩遅くに豪雨に見舞われた。
早めに酒盛りを切り上げたから良かったけど、ちゃんと燻製になるのか心配するほどの雨だった。
3日後に燻製を取り出して保冷船に運ぶ。
この作業も、数人での作業となると結構問題があるな。やはり木道とトロッコを作らないと、ブーイングが起こりかねない。
どうにか荷を積み込んで、2隻の保冷船がオラクルを出港する。
「もう少しで、お爺ちゃんお婆ちゃんになる夫婦だったにゃ。でも操船は私達より慣れてたにゃ」
「漁を止めても、棲軍炭焼きや燻製作りとはいかないんだろうね。だけどここなら彼等の仕事がたくさんあるんだよなぁ」
長老達が積極的な理由の1つなんだろう。年台別の仕事が必ずしもあるとは限らないようだ。
燻製を運んでいく保冷船を見送ると、そろそろ俺達も開拓作業の整理を始める。
明後日にはオラクルを離れてリードル漁に向かい、魔石を手にシドラ氏族の島に帰るのだ。
明日はザネリさんと一緒にココナッツを採取に出掛ける予定だ。この船に乗りたかったようだから、最大船速をエメルちゃん達が試すに違いない。
甲板に背負いカゴ5つ分のココナッツを乗せて帰ってくると、皆に分配する。
他の連中も沢山取ってきたようだけど、分配すると1隻当り20個程度になるようだ。
貴重な飲料水としても使えるから、少しは安心できる。
濾過器から出る水も、沸かして飲めば問題は全くないようだ。
「何とか暮らせるんじゃねぇか? 保冷船がやってくる頻度が1か月に1度ってのが唯一の問題だろう。やはりもう1隻欲しいところだ」
「往復で10日。荷積みと荷下ろしで2日掛かるだろうからなぁ。1日、11日、21日の3回シドラ氏族から保冷船を出せるようにしたらどうだ?」
「そうなると1度に運べる量が少なくなりそうだ。簡単な保冷庫をカタマランの船尾甲板に乗せても良いんじゃねぇか?」
色々とアイデアが出てくる。木枠で作った簡単な保冷庫でも良いのなら、あまり改造する必要も無いんじゃないかな?
さすがに漁は出来なくなりそうだけどね。
リードル漁に出掛ける朝は、皆が早起きだ。
半分以上が中位魔石と聞いているから、はやる心を抑えきれないのかもしれないな。
今回も、俺が先導することになる。
たぶんこれが最後の先導役に違いない。バゼルさん達は1度漁をしているし、今回カルダスさん達が行くことになれば、シドラ氏族の半数以上がこれから向かうリードル漁場を知ることになるからね。
「順調にゃ。ちゃんと付いてきてるにゃ」
「雲も問題は無さそうだね。雨季もいよいよ終わりってことかな」
「油断できないにゃ。雨が降ったらリードル漁が出来なくなってしまうにゃ」
それが一番の気掛かりだ。
過去にも何度か例があるらしい。雨が降るだけなら問題はないんだが、周囲が暗くなるとリードルは海面に浮いてくるということだ。
素潜り漁をするなど怖くて出来たものじゃない。
雨が降りそうなら、その日のリードル漁は終わり……。漁をいつ止めさせるか。それが筆頭の重要な役目だと、バゼルさんが教えてくれた。




