P-159 物流システムを考えないと
翌日は晴天だった。
燻製作業はカルダスさん達に任せて、再び桟橋作りが始まる。
たまに作業の手を休めて、燻製小屋に目が行くんだが煙の上がる様子が見えない。森の奥だし、風で拡散しているのかもしれないな。
「皆、気になるんだろうなぁ。これで燻製作りは2度目だが、あれほど運んだのは初めてだ」
「定住したら、それが続くんですよ。やはり、もう1つということになるのかもしれませんね」
保冷庫は、場合によってはカタマランの保冷庫を代用することもできるだろうが、燻製小屋だけは代替が効かないからなぁ。
「ところで一夜干しの後で燻製にしてますけど、干す期間を長くするとどうなるんでしょう?」
「誰もやってないところを見ると、硬くなってしまうんじゃないか? 興味本位でやるんじゃないぞ」
ガリムさんに起こられたけど、やったことがないなら試す価値はあるんじゃないかな?
カマル辺りで試してみよう。
次は俺達が漁に出る番のはずだ。
夕食後の酒盛りで、カルダスさんが大笑いをしている。
原因は畑に作ったヨシズのような屋根だった。
「考え方は悪くはねぇんだが……。畑に屋根を作るなんざ、見た時には驚いたからなぁ」
「おかげで、畑が水浸しにならんし、野菜の育ちも良いとトーレが言っていたぞ。さすがはナギサだと、感心してるんだ」
「それはそうだろうが、他の氏族の連中にも教えてやりたいところだな」
「長老に見た通りを説明すれば、長老会議で広めてくれるだろう。他の氏族も苦労しているはずだ」
「確かにな。土を買う氏族は俺達だけだろうが、各氏族とも肥料の購入はかなりの量だと聞いたことがある」
雨季明けのリードル漁が終わったら、再びシドラ氏族の島に戻ることになる。
その時に長老から問われる可能性がありそうだな。
灌漑用水路と排水路、それに排水路の先に設ける水田について、概要説明ができるように資料を作っておこう。
「明日には燻製は仕上がる。あの量だからそのまま燻製小屋に1晩置いて明後日に積み込みだ。とりあえずは計画通りということになりそうだが、交代の連中を率いてやってくるときも保冷船を同行してくるぞ」
「了解だ。何とかオラクルでの漁暮らしが少しずつ始まりそうだな」
漁をすることで開拓の速度が遅くなるのが問題だが、必要最小限の設備を作っておけばそれほど問題にはなるまい。
今期の目標は貯水池作りだが、すでに水が溜まっている状況だ。
汲みだす装置と浄水器があれば、貯水池付近で飲料水を確保することができる。
長老達の住家は出来上がっているし、カヌイのお婆さん達の住家も今季でなんとかなるだろう。
ギョキョーについては、燻製小屋近くに仮小屋を作っておけば良いだろう。生活はカタマランですれば問題はないはずだ。
カルダスさんが保冷船を連れてきて8日目。
早朝の海を2隻のカタマランがシドラ氏族の島に向けて出発した。
保冷に積めるだけ詰め込んで、残った燻製はカルダスさんのカタマランの保冷庫に入れたぐらいだ。
もう少し大きいと良かったと皆が言ってるけどあまり大きいのもねぇ……。
背負いカゴに2つほど燻製が残ってしまったから、これは夜の酒盛りで炙って食べることになりそうだ。
「2隻で運行したほうが良さそうだな。あれほど大きくなくとも俺達の屋形程度の保冷庫があれば良いんだが……」
「あまり作っても動かす人がいないかもしれませんよ。乾季には2隻が運行することになりますから、それで運搬に支障が出るようならもう1隻を考えるべきかと思います」
たまたま漁果が多いということだってありそうだからね。とはいえ、漁が振るわなかったという話も聞いたことがない。
たまに漁をするからだろう。これが定常的になったらどうなるかが問題なんだよなぁ。
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1か月後、再びカルダスさんが30隻ほどのカタマランを率いてやって来た。
今度は保冷船を2隻ともなっている。俺達の使っていたトリマランの改修が終わったみたいだ。
屋形の位置に保冷庫が作られ、船尾の甲板が操船櫓と屋形になっている。バウスラスターを撤去しているから、操船に苦労しているかもしれないな。
「今度は2隻だ。いくらでも積めるぞ」
焚き火を囲んだ酒盛りで、カルダスさんが機嫌よく俺達に告げてくる。
「バゼル達は漁果を燻製にして戻るんだな。俺達が後を引き継ぐ」
「2隻とはなぁ。長老が驚いたということか」
「そういうことだ。漁場は海図に落としておいてくれよ。今後は1か月おきに保冷船がやってくる。
前の燻製は全て商船が買い取ってくれた。それなりに需要があると言っていたそうだ」
鮮魚ではないけど、大陸の奥に運んで行けば売れるに違いない。
ニライカナイでは木道のトロッコだが、大陸では鉄道が整備されているらしい。
海から遠く離れた内陸部で貴重なタンパク源となるのだろう。
「ナギサが頼んだ変な筒と魔道機関を持って来たぞ。特許になるという話だが、それはナギサと交渉しろと言ってきた。リードル漁から帰ったら、向こうからナギサを訪ねるかもしれんな」
「水を汲み上げるカラクリが大陸には無いんでしょうか? もっと効率の良い物もあると思うんですが……。
その特許は次の計画に使いましょう。畑よりも面倒ですよ」
段々畑から南に延びる道に沿って、灌漑用水路と排水路を作らなくちゃならない。その突き当りは水田にする計画だからなぁ。
先は長いし、資金も掛かりそうだ。
特許料が舞い込むなら、それをつぎ込める。
リードル漁が順調なら、俺達の暮らしは困らない。少しは貯金もしているけど、次のカタマランを手に入れるためのものだ。
今回新しくしたばかりだから数年以上先の話になるだろう。
「前回の漁の報酬は嫁さん達に渡してある。おまえらにはワインが1ビンにタバコが3つだ。ナギサは、このままオラクルに残ることになるから別にエメルに渡してあるぞ」
報酬は1家族辺り140D。半端な金額が酒やタバコに化けたんだろう。
1航海で銀貨1枚になれば豊漁ということだから、この島での漁を若者達が待ち望んでいるかもしれないな。
「明日は、引継ぎだ。バゼル達は明後日に漁へ向かってくれ」
「明日1日、どこで漁をするかと悩むことになりそうだな」
「どこでも同じだろうが?」
「獲物の種類と大きさがあるからなあ。少しは大きい物を持ち帰りたいところだ」
男達の会話に、俺達が笑い声を上げる。
確かにその通りではあるんだが、必ずしもそうではないことを知っているからだろう。
フルンネがいる漁場でさえ、フルンネの大きさは何時も同じではない。
根魚であるバヌトスとなると、1度漁をしたなら10日以上空けないと獲物が少なくなるぐらいだ。
まあ、前の漁から1か月は空いているから、どこの漁場も魚はいるだろう。
酒盛りからカタマランに帰ると、エメルちゃんがタバコの包を5つ渡してくれた。
残り1包みだったから、ありがたい話だ。その他にワインを3本貰ったらしい。
「今度は定期的に保冷船がやってくると言ってたにゃ。足りない品をトーレさんにメモで渡せば次の保冷船が運んできてくれるにゃ」
嬉しそうにタツミちゃんが話してくれたところを見ると、今までは他の嫁さん達と遣り繰りしていたようだ。
出発前に、色々と買い占めているんだけど、こっちに来て気が付く品もあるんだろう。
しばらくは1か月おきに来ることになるが、その頻度がだんだん上がってくるに違いない。……そうなると、今の2隻では不足することになるのかなぁ。
シドラ氏族の島とオラクル間の定期的な連絡便については、長老達とじっくり考える必要がありそうだ。
翌日は、運んできた品の荷下ろしと、開拓状況の確認で1日が過ぎてしまった。
畑の屋根には驚いていたけど、その下で元気に育っている野菜を見て納得しているから、畑の開拓は屋根付きとなるんだろう。
酒盛りの話題も、今後の話が主流だ。
ちゃんと聞いておかないと、あの時に言っただろうが! 何て言われかねないからね。
「貯水池もかなり出来てきたな。これがナギサのカラクリの台座になるんだな。2段になっているのも理解してるつもりだ。
カラクリと貯水槽に濾過器の材料は運んできている。
貯水槽が出来れば、乾季も心配はねぇだろうよ。それに雨を集める帆布もそれなりに使えるからなぁ」
「カヌイの婆様達のログハウスも2つ建ててある。だが、やってきたら一言ありそうだな」
「それは我慢するしかねぇ。長老に任せておけば良いだろう。その後でもう1つ建てることになりそうだがな」
暫定措置ということかな?
乾季には長老とカヌイのお婆さん達が、オラクルにやってくるということだ。
不便な暮らしに文句を言われそうだけどね。
「ところで、明日はどこに向かうんだ?」
「南だ。水深の深い谷が東西に走っているそうだ。上手く行けばフルンネを突ける」
あちこちで、明日からの漁の話で盛り上がっている。
4日後が楽しみだな。
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カルダスさん達がオラクルにやって来てから9日後。バゼルさん達葉2隻の保冷船と一緒に台船を1隻曳いてシドラ氏族の島に向かった。
漁は前回同様に大漁だったから、保冷船が2隻で良かったとバゼルさん達が話していた。
やはり保冷船が足りないかもしれないな。
島の保冷庫が2つあるから、それを活用して順次引き渡せるような物流システムを再度考え直す必要がありそうだ。
「さて、明日からは俺達だけだ。ザネリ達は引き続き石の桟橋作りだが、ガリム達のように上手く班を入れ替えるんだぞ。漁は近場でやるんだな。
俺達は貯水池の方だが、ナギサ、例のカラクリの設置は頼んだぞ。貯水槽と濾過器は木組みで作るように長老から言われている。
バルブとパイプも運んできたが、使い方が今一だ。それもナギサの仕事になる」
「了解です。貯水地に入れる魔石は準備してあります。中位魔石が3つ、魔石2つで十分だと言われましたが、3つ入れておきましょう」
俺の言葉に、カルダスさんが驚いている。
「魔石3つをシドラ氏族の為に使うのか?」
「北東のリードル漁場なら中位はそれなり揃います。俺が上位魔石を得られるんですから、これぐらいは氏族に還元しても問題はないでしょう。
これからも開拓は続きます。資金はいくらあっても足りません。本来なら上位魔石を上納したいんですが、長老に断られてしまいましたから、せめてこれぐらいはしておかないと氏族に加えて頂いた恩義を返せません」
恩義とか矜持の言葉にネコ族は弱いんだよなぁ。
うんうんとカルダスさんが納得している。
「ナギサの言うことも分かるつもりだが、氏族の一員となった以上、氏族内での立場は同じだ。長老と相談せねばならんなぁ……」
「なら、長老の左手に座る立場でならこれぐらいは……、ということで納得してください。長老の相談相手ともなれば、それなりに氏族への貢献もなさねばならない筈です」
さらに考え込んでいる。
後は長老がシドラ氏族の中堅達に、上手く話をしてくれるに違いない。
濾過器はタルを使おうとしてたんだが、長老達は長く使えるようにと考えているんだろうな。
この島を見なくとも、俺達の状況をかなり理解しているに違いない。




