P-157 大漁だ
漁の初日は朝から快晴だ。急いで甲板の一夜干しを保冷庫に収め、氷を追加しておく。
簡単な朝食を頂くと、ザバンを船底から引き出して素潜り漁の準備を始める。
「サンゴ礁の方を巡ってみるにゃ!」
「俺は崖に沿って東に行ってみる」
漁の場所を互いに確認しながら、装備を身に付けた。
とりあえずは水中銃を使い、大物がいるようなら銛を使おうと、ザバンに銛を乗せておく。
カタマラン型のザバンは通常のザバンよりは乗り降りが楽だけど、前のアウトリガー付きも良かったな。アウトリガーのフロートに腰を下ろして休憩できるんだが、今度のザバンは乗り込まないといけないようだ。
そのために、舷側に小さな梯子を下ろせるようになっている。
アオイさんなりの工夫なんだろう。
シュノーケルを咥えると、海にダイブする。
そのまま崖に沿ってシュノーケリングを始めたが、下の方で何やら動いてるな……。
息を整えて海底にダイブすると、動きのあった付近にゆっくりと泳いでいく。
バルタックだ。
60cmはありそうだな。水中銃のトリガーの先に付けられたスプールからラインを3mほど引き出してロックを掛ける。
ゆっくりと水中銃のスピアをバルタックに伸ばして、右手を使って近づいた。
俺を認識はしているんだろうが、変わった魚ぐらいに感じているんだろうか?
バルタックは悠然と崖の棚で何かを探しているように動いている。
左手をまっすぐに伸ばして狙いを付ける。
タイの親戚らしいから、体高が高いんだよなぁ。狙いはエラの上部だがバヌトスよりも狙いやすい。
さらに近づく……。50cmほどの距離でトリガーを引くと、スピアが命中したバルタックが水中銃をグイグイと引きながら暴れる。
暴れるのは一瞬なのだろう。だけどそれが左腕に伝わるのはバルタックの命の証でもある。
ぐったりしたバルタックを引き寄せ、海面に上がるとザバンに手を振った。
「大きなバルタックにゃ!」
「悠然と泳いでいたよ。ここなら水中銃よりも銛の方が良いかもしれない。エメルちゃんの方は?」
「ブラドを追いかけてるにゃ。もうすぐ結果が出ると思うにゃ」
銛を受取って再び獲物を探す。
エメルちゃんは獲物に近づきすぎるところがあるようだ。その上、1度狙った獲物を必ずし止めるという思いもあるから、追いかけっこをしてるのかもしれない。
1mほど離れても水中銃なら命中するんだけどね。
カルダスさんからいろいろと薫陶を受けたのだろう。
素潜り漁は簡単なようで奥が深いからなぁ。まだまだ銛ではネコ族の漁師達にはかなわないから、俺からアドバイスというのも考えてしまう。
2匹目は、フルンネの群れに遭遇してその中の1匹を突くことができた。
やはり銛は微妙に狙いがずれてしまう。
どうにか売れる魚と認定されるだろうけど、トーレさんなら渋い顔で受け取りそうだ。
ザバンに戻って再度水中銃に変更する。
数よりは品質を選ぶ方が大事かもしれない。
それに午後からは底釣りをするから、数はそれなりに出るだろう。
1日目の素潜り漁は3人で16匹。
まあまあの成績だろう。それに一番小さなブラドでさえ40cmを越えてるんだからなぁ。
銛を軽く手入れして今度は釣竿を取り出す。
蒸したバナナにココナッツジュースでお腹を満たせば、午後の漁が始まるのだ。
良い漁場であっても、日中の釣果はあまり良くない。
直ぐに仕掛けを上物狙いに交換すると、カマルやバルと呼ばれるダツが釣れ始めた。
どちらも良い型が揃うけど、バルはすぐに釣れなくなる。
群れが動いたんだろう。
上物は回遊で釣果がかなり変わってしまうのが難点だ。
とりあえずカマルが釣れるなら問題ない。
タツミちゃんが唐揚げを作ってくれると言ってたから、どんどん釣らないと……。
日が傾き始めると、一旦竿を上げて仕掛けを交換する。
上物も狙える胴付き仕掛けにして夜を待てば良い。シメノンの群れは今日も来るのだろうか? とりあえず竿も準備しないとね。
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3回目の夜釣りでは、再度シメノンの群れがやってきた。
かなり釣り上げたから、大きな保冷庫にかなり漁果が入っている。今夜の成果はこれから一夜干しにして明日保冷庫に入れると言っていたけど、そのまま運んでも良いんじゃないかな。
甲板にザルを並べ終えたところで、ワインの封を切り3人で頂く。
明日、オラクルに到着したらいろいろと忙しそうだ。
到着して直ぐに運ばずに、翌朝燻製小屋に運ぶのかな? それなら明日は酒盛りで終わりそうなんだけどね。
「ここで暮らせば、氏族は安泰にゃ。どこの漁場にも魚がいるにゃ」
「急にシドラ氏族の島から誰もいなくなったら大問題だろうね。やはり交代しながらここで暮らすことになるんじゃないかな。
将来的には三分の二ぐらいは暮らせると思うけど、シドラ氏族が暮らす島は、今の島が商会ギルドにも認識されているし、オラクルを知られるのも問題だと思うな」
大陸の制約を受けないで暮らせる島……。それが目標だ。
まだまだ大陸と取引をしなければ暮らせない状態だからなあ。
いつ、食料供給が止められても、種族を食べさせられる状態にしておきたい。
米が毎日食べられなくても、それ以外の食物でお腹を満たせれば大陸の圧力にも耐えられる。
かつてはバナナにお米が付いていた食事だったそうだ。
それをカイトさんが少しずつ改善したらしい。漁果を上げることで、それだけ取引量が増えたらしいのだが、そうなるとどうしても取引量が増えることになる。
アオイさんの時代にそれが問題になったようだ。
獲れる魚がだんだんと小さくなっていたらしい。
そんな中で、大陸の王国が増産の圧力を掛けたというんだから、大問題になったはずだ。
大陸と硬軟を組み合わせた交渉を行い、大型船とカタマランの提供までこぎつけたというんだから、凄い人だと感心してしまう。
「アオイさんのおかげで、大陸とは仲良しなんだろう?」
「商会ギルドには、ニライカナイのカヌイのお婆さんが顔を出しているにゃ。この頃見下してくる者もいるらしいとトーレさんが言ってたにゃ」
喉元過ぎれば……、という奴かな?
この世界で火薬の作り方を知っているのは、ネコ族の限られた人だけらしい。
ニライカナイには何隻かの砲船があるらしいが、最大の砲船はトウハ氏族が管理しているということだから、トウハ氏族に延々と伝えられているのだろう。
バリスタ辺りを搭載した軍船では、大砲を搭載した船に勝ち目はないと思うんだけどねぇ。
たくさん軍船を揃えると、やはり征服意欲が湧いてくるのだろうか?
「戦にならないまでも、交易の中断ぐらいはやりそうだね。でも、今の交易は必ずしも俺達ばかりに利があるとは思わないんだけどなぁ」
「大きな家でふんぞり返ってる人達には、分からないにゃ」
世界は俺の思いのまま……、なんて言う奴がいるんだろうか?
向こうの世界にもそんな人がいたから、度の世界にもいるんだろう。
思ってるだけなら実害はないんだが、なまじ地位や財力があると面倒なことになってしまう。
そんな人程、考えを直すことができないらしい。
そもそも自分が正しいと思っているんだから、会心のしようがないんだろうな。周りの意見など、愚か者の世迷言ぐらいに思っているに違いない。
「今直ぐだと準備が整わないけど、将来的にはそんな連中と縁を切ることができるかもしれないね」
「その為の開拓にゃ。大陸に頼らなくてもそれなりに暮らせるなら十分にゃ」
全く交易しないということは難しいんじゃないかな。
だけど、交易を半減するぐらいなら何とかなるだろう。この島に水田を作るとしてもニライカナイの全ての氏族に供給することなど不可能な話だ。
だけど、コメ作りがこの島で出来るなら、各氏族の島に小さな水田ぐらいはできるだろうし、水田だけの島だって出来るに違いない。
先ずは、米を自分達で作ってみる。それが出来たなら開拓を大きく広げることができるからね。
「色々やってみようと思ってるんだ。それだけ漁に出る期間が短くなってしまうかもしれないけど、それは了承してくれないかな」
「漁より面白そうにゃ。でもリードル漁には必ず行くにゃ。それなら、漁の頻度が下がっても暮らしていけるにゃ」
タツミちゃんのありがたい話を聞いて思わず笑みが浮かんだ。
エメルちゃんも頷いているから、俺の嫁さん達は俺に協力してくれるということになる。
条件としてのリードル漁は、やめようなんて気は全くないんだけどね。低位の魔石8個を得られるなら、次のリードル漁まで食べていけるんだから。
「次はいよいよ水田になるのかにゃ?」
「それはもう少し先になる。その前にだんだん畑の下に池を作らないといけないし、排水路も作らないとね」
畑の養分を排水路で下の池に導く。浅い池なら稲を育てられるだろう。向こうの世界では田の水を入れたり出したりしていたけど、イネは元々水草らしいから池の中に種をまいておけば勝手に生えてくれるんじゃないかな。
何とか収穫出来たら、それをどうすれば増産できるかを考えれば良いだろう。
「乾季になったら、また畑を作るとトーレさん達が言ってたにゃ!」
「あのスノコは上手くいってるのかな?」
「土が掘れなくなったと教えてくれたにゃ」
ほう、それなりに効果があったということかな。
見た目は余り良くないかもしれないけどね。でも畑の屋根を掛けるなんて、向こうの連中が聞いたら唖然とするだろうな。
さて、そろそろ眠るとするか。
明日、晴れてくれれば夕暮れ前にオラクルに戻れるだろう。
皆も、たくさんの漁果を運んでくるに違いない。燻製小屋は2つ作ったけど、案外3つ目を作れとカルダスさんが言い出すかもしれないな。




