P-156 さあ、漁に出掛けよう
皆で行うと案外早く終わる。
丸太を半分に割って並べた階段を、1日で作り終えることができた。
さすがに長くは持たないだろうが、当座はこれで十分だろう。
丸太に横木を付けた先に滑車を取り付けた、クレーンも出来たから荷を背負って柄階段を上る必要は無さそうだ。
将来的にはもう少し考えた方が良いんだけどね。
1仕事を終えて、明日から4日間の漁を行う。カタマランで1日進めばたくさんの漁場がある。どこに向かうか、どんな漁をするかで焚き火の輪が盛り上がる。
明日はカタマランに乗るだけだからと、ココナッツ酒が後から後から出て来るんだよなぁ。
「……、4日の昼には燻製小屋の焚口に火を入れてくれるそうだ。一夜干しにして運び込めるよう準備しとくんだぞ。雨が降った時には屋根で覆った甲板に干すことになるが、この季節だ。屋根に干さずに甲板を使った方が良いだろう」
確かに突然降り出すからなぁ。根てる間に魚がびしょ濡れではねぇ。それは漁師として恥ずべき行為だろう。
甲板が広いから問題は無さそうだ。
ガリムさん達のカタマランは小さいけれど、そんな時にはザルの間隔を空けて積み上げるのだそうだ。いろんなやり方があるみたいだな。
カップで1杯のココナッツ酒を飲み終えると、酒盛りの場を離れる。
かなり酔ってはいるが、明日には残らないだろう。カタマランに戻ると、タツミちゃんがお茶を入れてくれた。
今夜は晴れているが、明日はどうなるのかな。
「どこに向かうにゃ?」
「前回は東だったね。南も行ったけど北にはまだ言ってないんじゃないかな?」
「北にゃ? 真っ直ぐ1日進んでみるにゃ。狙いはサンゴの穴で良いのかにゃ?」
「そうだね。晴れてれば昼は素潜りで夜は釣りが出来そうだし、雨なら釣りで良いだろう。潮の流れ次第では延縄もできそうだ」
タツミちゃん達は水中翼船モードで進むつもりなんだろう。
他のカタマランと比べて倍の距離を進めそうだ。新たな漁場を見付けることができるかもしれないな。
翌日。暗い内に朝食を終えて一服を楽しんでいると、数隻ずつの船団を組んで入り江を西に向かっていくカタマランが見えた。
桟橋のカタマランがだいぶ減っているなぁ。
「ナギサはどこに向かうんだ!」
「北に行こうと思ってます。この船の最速を試すらしいんで、申し訳ありませんが同行できません」
「なぁに、気にするな。母さん達が絶賛してたからなぁ。となると、新たな漁場探しも兼ねるってことだろう? 頑張ってくれよ!」
近寄ってきたカタマランの甲板にいたガリムさんと言葉を交わすと、手を振りながらおきに向かっていく。
4隻が一緒のようだ。どこに行っても魚影は濃いから、獲る獲物の選択が難しいだろうな。
俺の狙いは、バルタックなんだけど、どこにでもいるわけではないからなぁ。その時は肩の良いブラドを突こうと思っている。
釣りは何が釣れるか分からないところがあるんだけど、棚の取り方で、ブラドとバヌトスを大まかに選択できるようだ。
もっとも、夜釣りでの最大の狙い目はシメノンと呼ばれるコウイカだ。
群れで通り過ぎるから潮通しの良い場所が良いんだが、中々チャンスがないんだよね。
とはいえ、何時遭遇しても良いように、夜釣りでは準備だけはどのカタマランでも行っているだろう。
「そろそろ出掛けるにゃ!」
「桟橋は解いたが、アンカーはまだだ。引き上げたら合図するからね!」
さて、俺達も出発だ。
屋形の中を通って船首に向かい、アンカーを引き上げる。
アンカーが動かないように、柱を組み合わせたようなアンカー置き場に石を入れて、周りにロープを巻き付ければ、少しぐらい傾いてもアンカーが落ちることはない。
操船櫓に手を振ると、サングラス姿のエメルちゃんが露天操船櫓から身を乗り出して手を振ってくれた。
これで俺の強に仕事は半分終わってしまった。
船尾で銛を研いで時間を潰すことになりそうだな。
日が傾き始めると、カタマランが速度を落として漁場を探し始める。
明日から2日間だから、初日がダメなら移動すれば良いと思うんだが、操船櫓の2人は妥協をしないようだ。
少し左右に回頭を繰り返しているのは、出来るだけ大きなサンゴの穴を探しているのかな?
船尾の甲板からでも海の色が変わっている場所がいくつか見られるけど、それ程大きなものではないようだ。
急にカタマランの速度が上がる。
見付けたみたいだが、甲板からでは良く見えないな。
屋形の屋根に上っていくと、目指す漁場が見えてきた。東西に延びる崖のような場所だ。急に海の色が緑から紺色に変わっている。それが東に延びているのがここからでも良く見える。
かなり良さそうだ。大型の回遊魚もやってきそうだし、今夜も入れて3回の夜釣りができる。シメノンの群れさえやってこないとも限らないぞ。
タツミちゃん達がカタマランの位置の微調整を始める。船体が長いから、潮流の向きが変わることも予想して投錨しなければならない。
アンカーの傍で、操船櫓からの合図を待っていると、エメルちゃんが顔を出して手を振ってきた。
片手を上げて了承を伝えると、アンカーを投げ入れた。
するすると伸びるロープの目印を数えて水深を測る。
手元の目印で10mほどだ。喫水とロープに余裕を持たせているから、実質は7mから8mというところだろう。
かなり有望だと思うな。素潜りが出来なければ延縄ができそうだ。
投錨を終えたことを、再度操船櫓に手を振って知らせる。
屋形の中を通って船尾に向かい、夜釣りの竿の準備を始めた。
「ここなら大物がいそうにゃ」
操船櫓から下りてきたエメルちゃんが、自分の竿を手にして呟いた。
「今夜は夜釣りだから、場合によってはシメノンもやってきそうだ。竿は用意しておくからね」
「来るかにゃ?」
「仕掛けを変えるから、竿はまだ置いといて欲しいな。水深があるからシーブル辺りが回遊して来るかもしれない。枝針の間隔を大きくした仕掛けを使うよ」
通常の胴付き仕掛けには、、下針と上針の2つの枝針の間隔は1mほどだ。その間隔を50cmほど広げた仕掛けを別に作ってある。
バルタックやシーブルが結構掛かるんだよね。
シーブルの群れを相手にするなら、重りを外して仕掛けの上部に付けたリングに浮きを点けることで対応できる。
仕掛けを交換する時間さえ惜しくなるのが群れとの遭遇なんだよなぁ。
回遊魚の移動は早いからねぇ。
3人の夜釣りの準備が終わったところで、もう3本の竿を家形の壁に立て掛けておく。
こっちは餌木を付けてある。シメノンが来たら直ぐにでもこっちを使わないとね。
「ザルも運んでおいて欲しいにゃ。夕日が雲に隠れたから、今夜雨かもしれないにゃ」
「3枚で良いかな? 運んでおくよ」
ザルが船首からでないと取り出せないのが少し面倒だ。これはアオイさんも困っていたに違いない。
とりあえず3枚を運んで、手カゴも1つ運んでおいた。
暗くなってきたから、ランプを2つ作り、カマドの壁と帆桁に下げておく。カマドの脇に置いたランプは最後に帆柱に下げれば良いだろう。
この辺りに他の船が来るとは思えないが、万が一やって来た場合はランプの明かりで俺達の存在が分かるはずだ。
タツミちゃん達の夕食作りを眺めながら、パイプに火を点ける。
ガリムさん達も漁場を見付けたかな?
自分なりの漁をしようとは思っているんだが、どうしても漁果を競う気持ちが出て来るんだよなぁ。
まだまだ新米漁師に違いないが、タツミちゃんやエメルちゃんというこの世界の嫁さん達がいるからね。
俺の技量を補ってくれるに違いない。
「出来たにゃ! 早く食べて夜釣りを始めるにゃ」
「そうはいっても、魚は逃げないと思うな。慌てる漁師は大物が突けないとバゼルさんが言ってたよ」
はやる気持ちを抑えるように、ゆっくりと夕食を食べる。
しっかり食べておけば、大物を釣っても力を出せるに違いない。それに今日のスープは何時もより美味しいんじゃないか?
食事を終えると、お茶を頂く。
食器は既に【クリル】の魔法で綺麗に片付けられている。
「塩漬けの餌だから、獲物を捌いて餌にするにゃ」
「カマルが良いんだけどねぇ。ブラドではもったいないな」
「バヌトスの小さいのを捌くにゃ」
箱の上には包丁まで用意してあるようだ。塩漬けの餌が少ないのかな?
早めに1匹を釣り上げないと今夜の夜釣りに支障が出そうだな。
夜釣りの仕掛けを3人が同時に投げ込んだ。
棚を取って、適当に竿を動かして誘いをかけると、グン! と強い引きが腕に伝わる。
引きの強さで魚の大きさを測ると、力づくでリールを巻き取る。
ちょっと小さいな。40cmというところだろう。俺をmているタツミちゃんに首を振って、タモ網がいらないと伝えた。
舷側にいたエメルちゃんが竿をしっかり持って魚の引きに耐えている。あっちは大きそうだな。
獲物を甲板に引き抜くと、直ぐにタツミちゃんが針を外して箱に乗せた板の上で裁き始める。
バヌトスだからなぁ。最初の獲物だけど、新鮮な餌になって貰おう。
2時間程過ぎた時だった。
突然、タツミちゃんが、「シメノンにゃ!」と大声を上げる。
その声聞いた俺達は一斉にリールを巻いて竿を畳み、シメノン用の竿を持ち出した。
深場に向かって餌木を投げ入れ、5つ数えてしゃくりながら巻き取っていく。
2回目の投入で、しゃくる途中で重くなった。乗ったか! 急いでリールを巻き取るんだが、一定の速さで巻き取らないと外れてしまうんだよなぁ。
舷側に顔を出したシメノンを一呼吸おいて甲板に放り込む。
墨を履かせた後でないと、そこら中が真黒になってしまう。
海水を汲む桶にシメノンを入れると、次の獲物に向かって餌木を投げ入れた。
1時間程でシメノンの群れが去っていく。
今夜の釣りはここまでかな。
3人の釣竿を軽く塩抜きして家形の天井に仕舞いこむ。
エメルちゃん達は捌いている最中だ。次々と捌いては海水で洗ってザルに投げ入れている。
一服しようかと、2人から離れた時だ。
ザー……という、音が聞こえてきた。
「降ってくるぞ! とりあえず屋根を張っておくからね」
甲板を半分ほど覆っていたタープを船尾まで引き出して、銛の柄ほどの柱にタープの末端の金具を通せば屋根型になる。潰されないようにロープを張っていると、豪雨がタープを激しく打ち付け始めた。
どうにか間に合ったな。一夜干しは甲板に干すしかなさそうだ。




