P-152 女性達には好評らしい
カタマランに乗り込もうとしたら、タツミちゃん達の外に大勢の女性が甲板でワインを飲んでいた。
新造船のお祝いってことかな?
トーレさんに無理やりタツミちゃんの横に座らせられてしまったから、一緒にワインを飲むことになってしまったが、女性ばかりだからねぇ。にゃあにゃあと煩いぐらいに話が飛び交っている。
「本当に浮かんだにゃ! お婆さんが言ってた通りにゃ」
「凄く速いにゃ。カタマランの2日の距離を1日で行くことができるにゃ……」
きっと、たまに乗り込んでくるに違いない。
やはり予想していた通りと言うことになるんだろう。操船はどうなんだろう?
「上の櫓で操船したにゃ。下は桟橋近くで使えば良いにゃ」
普段は露天で操船するのだろう。下は、雨や微妙な操船を行う時に使用することになるのかな。
「ザバンも引き出してみたにゃ。ちゃんと出て来るし、パドルを使うよりも速いにゃ。保冷庫は大きいけど横長にゃ。あまり深くないにゃ」
容積は同じってことかな? 横長なら大物も入りそうだから案外便利に使えるかもしれない。
「ワインを沢山買ったら、背負いカゴを貰ったよ。こっちを使って古い方は島で使おう」
「ならもう1つ買って来るにゃ。エメルちゃんもずっと同じカゴを使ってるにゃ」
タツミちゃん達も明日は商船に向かうらしい。開拓に出掛けるのは3日後だからね。食料品の買い出しもかなりの量になるはずだ。
「練習は今日だけで良いのかい?」
「明後日も軽く動かしてみるにゃ。でも明日は買い出しにゃ」
とりあえずトーレさん達は満足したようだな。バゼルさん達を乗せるのはもっと後になってしまいそうだ。
船尾の甲板は7人が輪になっても十分余裕がある。10人以上で宴会ができそうだな。
夕暮れが近づくと、それぞれのカタマランに帰って行った。
タツミちゃん達が夕食作りを始めたから、船尾で釣竿を出してオカズを釣り始める。
数匹が釣れたところで竿を畳んだけど、今夜のオカズにはならないみたいだな。
「明日は私達も買い出しにゃ。ナギサは忘れてるものはないのかにゃ?」
「今日買い出しに行ったからなぁ……。そうだ。蒸留酒を何本か欲しいな。1本は買ったんだけど、焚火で毎日飲んでるからね」
変な習慣を作ってしまった感じがする。
だけどカルダスさん達が同行するなら、やはり焚火を囲んでココナッツ酒を酌み交わすことになってしまうんだろうな。
長老が20本近く持たせてくれるらしいけど、毎晩1本ずつ消費してるようなものだ。
各自が数本持参しているから良いようなものの、無くなったらお茶を酌み交わすんだろうか。
それもなぁ……。
夕食を食べて、今夜は早めに寝ることにしよう。
翌日は、特に何もない。
タツミちゃん達は買い出しに行ってしまったから、操船櫓に登ってみた。
なるほど、たくさんのレバーが付いているし、舵輪が2つあるのもおもしろい。
不思議なのは、上から降りている筒なんだよね。手前が大きく開いている。
少し後ろに張り出した屋根は、帆柱が貫いていた。この屋根が露天操船櫓の床になるんだろう。
後ろは背中までの板壁で、そこから上は開放されているようだ。雨が降ったら、帆布を下げるのだろう。天井にクルクルと巻き付けられていた。
奥行40cmほどのテーブルが、舵輪の横にあるのは海図を乗せるのかな?
側面の大きな窓は扉代わりなんだろう。屋形の屋根に出られるようだ。
屋形の屋根に上って、露天操船櫓に梯子で登る。
前後左右の4本の柱と桁を使って帆布の屋根が付いているだけの場所だ。
ベンチに座って操船するのだろうが、左右と後ろは太いロープが網のようになって転落を防ぐように作られている。
前方は少し低めの板張りのようだ。舵輪と3本のレバーだけだから、ここだけを見ると、他のカタマランと同じに見える。
前方はガラス窓さえないから、サングラスと帽子は必要になるに違いない。
かなり問題があるように見えるけど、この場所は周囲の海が良く見える。
アオイさん達はこの船で漁場を探っていたのかもしれないな。この位置で偏光グラスのサングラスを使えば、数十m四方の海底を眺めることもできただろう。
カタマランに搭載した水流噴射で進むザバンも、広範囲に海域を調べるためだったかもしれない。
トウハ氏族の持つ海図がニライカナイで一番優れているといわれるのも、この船を使ってアオイさん達がニライカナイを広く調べたからだろう。
だけど、漁に向いているか? と問われると必ずしも肯定することは難しいだろうな。
喫水が少し高いから引き上げるのが大変だろう。
そうなると、タモ網とギャフの柄の長さはこの船に合っているんだろうか?
直ぐに船尾の甲板に下りて、タモ網を取り出した。
海面にタモを網を差し込もうとしたら、どうにか出来るが余裕がないな。
タモ網の絵の長さを測って、炭焼きの老人達のところに向かった。
丁度良い長さの柄があれば良いんだが……。
南側に壁のないログハウスで、いつものように炭焼きの爺さん達がカゴを編んでいる。
「こんにちは!」と挨拶すると、何人かが手を休めて俺を迎えてくれた。
「ナギサじゃねぇか。向こうで頑張ってる話は聞いてるぞ。今度は漁も始めるのか?」
「燻製小屋と保冷庫はできましたが、何せカタマランでの巡航では7日は掛かります。魔道機関の出力を上げて夕暮れを過ぎて進むことで6日ですからねぇ。貯水池ができるまでは本格的な漁ができないんです」
「そういうことか……。焦らんでも良いぞ。良いものを作ればそれだけ長く使えるんだからな。せっかく来たんだからお茶でも飲んで向こうの話を聞かせてくれ」
老人達からすれば、良い暇つぶしの相手がやってきたということかな?
ログハウスの床に菓子を下ろして、出してくれたお茶を飲みながら開拓の様子を話すことになってしまった。
「すでに炭焼き小屋と燻製小屋、それに保冷庫までできてるなら俺達も出掛けられそうだな?」
「お前さんなら、冥途の土産になるんじゃねぇか? 向こうで最初の荼毘にならねぇようにしないとなぁ」
そんなブラックジョークで笑いあっている。
こっちは苦笑いで応じるしかないんだよなぁ。
「とはいっても、それほど先ではないかもしれんぞ。ここの仕事をしたがってる連中のいることだ。ある程度俺達で決めておく必要もあるんじゃないか?」
「長老のことだからなぁ。急に『5人を送ることにした』ぐらいの連絡じゃ、俺達が困ってしまう。……それで、どうやって決める?」
ここは早めに引き上げよう。老人達の人選に関わっていたなんて言われたくないからなぁ。
「申し訳ない話ですが、カタマランを新調したら喫水がかなり高いものになってしまったんです。タモ網とギャフの柄が少し短いようなので……」
「漁に出る前に確認したなら大したものだ。漁に出て足りねぇと気が付く奴がほとんどだからなぁ」
「お前さんがその典型だな。底物釣りの漁で獲物に全部銛の跡があったけなぇ!」
「古い話だ。それからは若い連中にいろいろと教えたぞ。『カタマランを新調したら、たも網を甲板から海に差し込んでみろ!』とな。だが、言われずとも自分で気が付いたなら、立派な漁師じゃねぇか。将来は筆頭だろうよ。……ちょっと待ってな」
席を立って、ログハウスから出ると裏に回って何やら物色しているようだ。
やがて2本の銛の柄を持ってきた。
「銛に使うには少し曲がってるが、タモ網に使うなら問題はねぇだろう。これを使え」
「ありがとうございます。これはお礼です!」
2包のタバコを押し付けて、急いで戻ることにした。
あのままだと、夕暮れまで話相手にされかねないからなぁ。
カタマランに戻るとタツミちゃん達も戻っていた。
「はい!」と言って、タバコの包を5つ貰ったから、これで雨季は十分だろう。
昼食は、商船で買ってきた大きな揚げパンのような品だった。
中身は無いけど、甘いからココナッツジュースで頂くと丁度良い感じだ。
「明日は、兄さん達がココナッツを持って来てくれると言ってたにゃ。水瓶の水は満杯だから、運搬容器に組むだけで十分にゃ」
「この甲板も大きいからなぁ。色々と積み込むことになりそうだ」
「バゼルさん達が今夜決めてくれるにゃ」
乾季のリードル漁を行った連中が、前期の開拓を担当する。これは誰も文句を言うことはない。
問題は雨季明けのリードル漁だろう。
カルダスさんが率いてくる連中を、長老がどうやって決めるか楽しみだ。案外籤引き辺りで決めそうな気もするんだけどね。
午後はタモ網とギャフの柄を交換したんだが、曲がっていると言っても気になるほどではない。銛の柄にするには歪んでいるんだけどね。
翌日の昼過ぎに、ガリムさんが甲板に山のようにココナッツを積んで俺達のカタマランに船を寄せてきた。
背負いカゴに入りきれないほど貰ったんだけど、次はバゼルさん達のカタマランにココナッツを放り込んでいる。
まだまだ残っているから、他のカタマランにも回るんだろう。
朝1番で水汲み用の運搬容器3個に水を汲んできたし、タツミちゃん達は野菜を買い込んで保冷庫に入れていた。
それでも食料が心配なのか、トーレさん達と買物に向かったようだ。
「予定では10日は休養できると思っていたんだが……」
「向こうでも漁が出来ますよ。保冷船がやってきたら、開拓を中断して漁をしないといけなくなりそうです」
「ガリム達が仕掛けを直していると言っていたのはそういうことか。ナギサが知恵を付けたんだろう」
「俺が延縄の釣り針を交換していたのを見たからでしょう。しばらく使っていませんでしたからさびでボロボロでした」
「軽く炙って油に浸せば錆びつかんぞ。あまり焼くとハリスが焼けてしまうから注意した方が良いんだが……」
俺ならハリスまで焼いてしまいそうだ。銛先はそれで良いのかもしれない。リードル漁の銛はそれでなくとも錆びやすいんだよなぁ。あれは焚き火で焼くからだろうと思ってるんだけど、この世界にはステンレスのような品は無いらしい。
「曳き釣り用の竿も前の竿をそのまま使うのか」
「高いだけあって、いまだに使えますよ。結構粘りもあるようで気に入ってるんです」
竹を細く切って束ねたような竿は、俺達の釣り用の竿も同じ作りだ。
少し硬めだが、大物を釣っても折れないし変形することも無いから、いまだに使い続けている。
「トーレが眺めが良いと言っていたが、確かに良さそうだな」
「昨日登ってみました。サンゴの穴を見極めるには最高でしょうね。でも、あまり釣りに適しているようにも思えません。アオイさん達はこの船で漁場を探していたように思えます」
うんうんとバゼルさんが頷いている。
バゼルさんも、このカタマランで漁するのはどうなのかと考えているのだろう。
とはいえ、作ってしまったからには数年はこの船で漁をすることになるんだろう。
この船の後はどんな船になるんだろうな。




