P-147 次は皆が来たがるだろう
だいぶ膨らんできた月明かりに照らされた海面を眺めるのは、俺だけではないようだ。
あちこちのカタマランでも、甲板や家形の屋根に乗って海面を眺めている姿が見える。
前回俺達がリードルの渡りを目撃したのは満月の3日前だから、ここでリードル漁ができるなら、そろそろ渡りを見ることができるはずなんだが、今回は遅れるのだろうか?
バゼルさんの話では、季節の変わる満月の夜に間違いなくリードルがやってくるとの事だったんだが……。
「渡りだ! リードルがやってきたぞ!!」
「すげえ数だ! 氏族の漁場を越えてるんじゃないか」
あちこちから歓声が聞こえてきた。
舷側から眺めると、座布団のように足を広げたリードルが海面のすぐ下を埋め尽くしたように見える。
壮観でもあるけど、恐ろしくもある。
ザバンの下に張り付いているなんてことはないんだろうけど、乗る前に少し動かして確認した方が良さそうだな。
「明日は忙しいにゃ。早起きしてお昼も作っておくにゃ」
「そうだね。俺は、もう1度銛を見てから寝るよ」
タツミちゃん達が屋形に入ると、甲板は俺一人だ。リードル用の4本の銛を取り出して、銛先の研ぎを確認して、柄としっかり銛先が付いていることを確認する。
確実に突いて、持ち帰る。突いても途中で落とすなどしたら顰蹙ものだ。おびただしいリードルの中から、傷つけたリードルを探すことなどできることではない。
無駄な殺生をしないことが、ネコ族の暗黙の了解でもある。
この銛なら、そんなことにはならないだろう。
自分に頷いて、銛を家形に立て掛けるとロープで軽く固定しておく。
ワインを1杯飲みながら、パイプを咥えた。
あちこちのカタマランでも、船尾の甲板で明日の準備をしている姿が見える。
これだけいても、突ける数は1日に10匹程度だろう。氏族の漁場と異なり数の制限はないんだが、魔石を焼いて取り出すことからおのずと数が決まってくることも確かだ。
「驚く数だな。それに少し大きいようにも思えるぞ」
隣のカタマランからバゼルさんがやってきた。ココナッツ酒のカップを持っているから、少し話をしようとやってきたんだろう。
「俺も、最初は驚いたんです。潜ると一面にうごめいてますよ。それに模様も皆黒々として明確でした。焼いて外れが無かったんです」
「そうであるなら、皆が喜ぶだろう。結果によっては、雨季明けのリードル漁は、そ族の半数がここに来るかもしれんな」
やはり全部が来ることは無いということなんだろう。
あの島は、まだ他の氏族にも知らされていない。シドラ氏族で独占することも考えの内ではあるんだろうが、ネコ族は種族を大事にするからなぁ。
案外、他の氏族からの入植者もしくは、リードル漁に限定した他の氏族の参加を表明する可能性だってありそうだ。
昔はサイカ氏族はリードル漁が出来なかったらしいが、今では他の氏族の漁場にある程度のカタマランの参加を認めていると教えられたこともある。
「ですが、拠点となる島はあの通りです。まだ暮らせる状態ではありませんからねぇ」
「距離があるのと、水が問題だな。その為の高速船と燻製小屋なんだが……。商船を呼ぶことにはならないだろうからなぁ。
シドラ氏族の分島という扱いにできればいいのだが……」
外れなしでリードルが獲れるなら、他の氏族としても垂涎の的になりそうだ。
あまり波風を立てないような対策を考えないといけないんだろうな。
「明日は頑張れよ!」と言ってバゼルさんが戻っていった。
俺もそろそろ横になろう。いつも起こされてばかりいるからなぁ。たまには早く起きたいものだ。
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「皆起きてるにゃ! 速く起きてご飯を食べるにゃ!」
何時も通り、エメルちゃんに起こされてしまった。
水着に履き替えてラッシュガードを着ると、甲板に出る。
海水を汲んで顔を洗っている内に、朝食の準備が終わっていた。
「相変わらずにゃ。もう少し早く起きるにゃ」
トーレさんのお小言に、苦笑いを浮かべて頷く始末だ。
とりあえず、ラザニアモドキのご飯にスープをかけて流し込むように頂く。
そんな俺を笑って見てるから、一生治らないと思っているに違いないな。
朝食が終わったところで、タツミちゃん達を島へと送り最後に銛を3本ザバンに乗せて、ついでに焚き木を一束島へと運んでいく。
焚き火を作ってお茶を沸かしたようで、俺が森を運んで行くと、タツミちゃんがお茶のカップを渡してくれた。
「準備は良いな。だいぶ日が登ってきたから、そろそろ始めるぞ!」
「いつでもだいじょうぶですよ。他の連中はどうでしょうか?」
「ザバンの傍でこっちを見てるぐらいだからなぁ。早く笛を吹かんと、文句を言われそうだ」
リードル漁の合図はバゼルさんが行うようだ。いつもはカルダスさんなんだが、今季の島の開拓の責任者はバゼルさんになるから、その役もこなすことになったんだろう。
バゼルさんが砂浜の真ん中近くに歩いて行くと、大きく笛を数回吹き鳴らして手を振った。
皆が一斉にザバンを漕ぎだしていく。
俺も贈れないようにザバンを漕いで浜から100mほど沖に向かった。
適当な場所でザバンを漕ぐ手を止めると、急いで素潜りの装備を身に付ける。
フィンを履いてシュノーケルを咥えると、銛を手に海に飛び込んだ。
とにかく数が多い。全て模様が浮き立つような殻を持っているリードルばかりだから、どれを突いても問題は無いだろう。
そのまま海底に向かってダイブし、銛先をリードルの殻の付け根に合わせて突きこむ。
さらに腕に力を込めて海底に縫い付けるように銛を差し込むと、銛の柄を握って鬼面に浮上した。
自分のザバンは舳先に1mほどの棒を立てて、リボンを結んであるから直ぐに分かる。
舳先にリードルが付いた銛先を固定し、銛の柄をザバンの横木に結んだところで島へと漕ぎ出した。
既にたくさんのザバンがナギサに乗り上げている。慌てずに、サンダルに履き替えて銛を両手で握って焚き火まで運んでいく。
焚き火にリードルを乗せると、後はタツミちゃん達が仕事をしてくれる。エメルちゃんに手を振って次のリードルを取りに新たな銛を掴んで渚に向かった。
3匹目のリードルは大型リードルを突く銛だ。
少し重いんだが、明後日に呉べれば今日はマシに思える。大きなリードルは本当に重いからなぁ。
「まだ最初のリードルが焼けてないにゃ。そこでお茶を飲んで休むと良いにゃ」
「そうさせてもらいます。バゼルさんは?」
「3匹目をもう直ぐ運んでくるはずにゃ。ナギサの方が早かったにゃ」
ベンチで一服していると、バゼルさんがリードルを運んできた。
トーレさんにリードルを渡したところで、俺の隣に座り同じようにパイプを咥える。
「なるほど、選ぶのは意味がないように思えるな。後はそんな漁をして魔石がどれだけ取れるかだ」
「前回は低位よりも中位が多かったんです。今回でそれが判断できるでしょう」
「中位が多いとなれば、雨季明けは長老も苦労するかもしれんな。俺達は前の漁場に向かうことになるだろうが、ナギサの外に何隻かは同行させねばなるまい」
氏族の半数と言うよりは、三分の一と言うところかな。
誰もが1度経験した状態にしたところで、氏族の半数がここに来ることになるのかもしれない。
「あったにゃ! 間違いなく中位の魔石にゃ」
嬉しそうなトーレさんの声が聞こえてきたから、俺達は顔を見合わせて笑みを浮かべる。
「さて、銛が空いたな。次を突きに行くか!」
「そうですね。今日中に10匹は突きたいところです」
タツミちゃんから銛を受け取り、再びリードル漁に戻っていく。
浜のあちこちで歓声が聞こえるのは、あまり採れない中位魔石が取れたからに違いない。
どれぐらいの比率で取れるかも今回の漁で分かるだろう。
今までなら、3割を超えることは無かったはずだ。
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3日間の漁が終わると、砂浜を片付けて余った焚き木は森の中に積み上げておく。バナナの葉を被せておいたから、次に来たときに使えるだろう。
今夜はこの場で夜を明かし、明日の早朝に氏族の島に帰ることにした。
ガリムさんが、船団を一回りしてどれだけの魔石が取れたかを確認してくれた。
バゼルさんが止めた反対側にガリムさんがカタマランを付けたので、ロープで固定して、一緒に夕食を取る。
女性が6人になったからかなり賑やかになったので、バゼルさんのカタマランの甲板に乗り移って、ココナッツ酒を飲みながら結果の確認を行う。
平均値と魔石の比率を出せば長老への報告がしやすいだろう。
「外れが無いってことか!」
「全ての船で確認しました。突いたリードルの全てに魔石があったそうです」
「魔石の数は28個から32個ですね。平均は29個です。総数は1,015個です。中位魔石の総数は715個、中位魔石の比率は7割5分ですよ」
「驚く数字だな。3個突けば2個が中位ってことか!」
「次は皆が来たがるでしょうね。さすがに俺達はお預けになりそうですけど……」
「しっかりと伝えねばなるまい。氏族内なら調整できそうだが、他の氏族がどう動くかも心配になってくる」
シドラ氏族の三分の二が従来の漁場でリードル漁を行っている。
一緒に競売に賭けるなら、今回はかなり中位が多いと思われるだけなんだろう。
だが、氏族の半数があの漁場で漁をするとなると、明らかに中位魔石の数が突出する。その原因を探りたくなるのは商船だけではないだろうからなぁ。
「ナギサはしっかりと上位魔石を5個手に入れたんだな。これで新たな船は手に入るんだろう?」
「氏族の島に向かえば、新たな船が着いていると思います。上位魔石2個を渡さないといけないんですが、何とかなりました」
計画通りで良かったと思う。トリマランのウインチを取り外して引き渡そう。前後のスラスターはそのままでも大丈夫のはずだ。
今度は水中翼船になるんだよなぁ。魔道機関もかなり強力なものになりそうだし、ちゃんとタツミちゃん達に操船できるんだろうか。




