P-146 船団を率いてリードル漁へ
やはり石の桟橋作りは、必要性はあるが緊急性が低いということになるんだろうか?
貯水池の砂利や砂運びで、度々中断してしまうんだよなぁ。
そのたびに、やはり階段は必要だという認識が高まってくる。8m近い段差は坂と言うよりは崖に近い気がする。
それでも器用に登っていくんだから、感心してばかりだ。
「階段の縄張はできているんだな?」
「一応終わってます。桟橋や貯水池と同じく石積みにすることを考えてますから、どちらかの作業が一段落してからになりそうです」
俺の言葉にバゼルさんが腕組みをして考えている。
やはり大量の砂利などを運ぶために階段は必要だと考えているのだろうが、そのための人員を割り振ることができないようだ。
ガリムさんの班の1つを借りて、石を集積している最中だから今季での完成など望むことすらできない状況だ。
「やはり今季は無理か……」
「接着剤も大量に使いそうですから、雨季で形作ろうと石を集めているところです」
「バゼルよぉ、焦ることはねぇぞ。とりあえず貯水池が出来ねば人を増やせねぇ。階段はナギサの言う通り準備でおしまいにしておこう」
「まだまだ移住は先の話だ。それまでに作っておけば十分だろうよ」
バゼルさんの周りの壮年組が、そんな話を始める。
確かに焦ることはない。必要な施設を1つずつきちんと作っていけば良いってことだろう。
「桟橋の方もだいぶ伸びてきたなぁ。どうやら半分ってことじゃねぇか?」
「浜に近いなら中に入れる砂利は少なくて済むが、これからが大変だぞ。あの先はどれぐらい進んでるんだ?」
「どうにか腰の高さです。俺の身長の役2倍近くありますから、まだまだ海面に姿を出すことはないですね」
話を振られた、ガリムさんが答えている。
3.5mほどの深さがあるからなぁ……。大きな石を使って積み上げているんだが、まだまだ先は長そうだ。
「やはり完成は貯水池の方が先になりそうだな。貯水池が出来たならその後はどうなるんだ?」
「飲料水用のろ過器を傍に作ります。ろ過器への揚水機は既に商船に頼んでありますから、雨季の工事に合わせてこちらに運びます。
貯水池が完成したら、このような分配器を石で作ってください。揚水機で上げた水をこの分配器で飲料水を得るろ過器と畑の灌漑用の水路に区分けします」
バッグから取り出した概要図をバゼルさん達が眺めている。
1辺が1.5mほどで深さが50cmほどの水槽に3つの穴が開いている。
最初は木組みで作ろうと思ってたけど、石で作った方が長持ちするだろう。3つの穴に竹筒を繋いで、ろ過器、貯水池、灌漑用水路へと導く仕掛けだ。水槽の穴のところに水門を作ることも計画の内だ。
水門と言っても、穴の前にシャッターのように閉じれる板を入れるだけなんだけどね。
「なるほど、何時も一定の水位を保つってことか。使わない水は貯水池に戻るんだな」
「これもやってみないと分からないところではあるんですが、なるべく水の無駄使いは避けたいところです」
「だが、あの水場から染み出る水も、最初から比べれば増えてきたんじゃねぇか? 次の雨季が楽しみだ」
「上手く貯水池に入れないと、泥水が入ってしまうぞ。そっちも考えねぇといけねぇな」
沈殿池と、簡単な濾過池の仕組みを砂に描いてバゼルさん達に説明したけど、分かってくれたかなぁ。頷いて聞いてくれていたんだけどねぇ。
「貯水池よりも上だから、これぐらいは作れるだろう。北側の壁を作る時に、この仕組みを組み込めば良いだろう」
「その下地を作って今季は終わりになりそうだなぁ」
「まてまて、もう1つ肝心なことを忘れてるぞ。貯水池が溢れることだってあるだろう。それはどうするんだ?」
「現在作っている西側の壁に、このような切り欠きを作ります。貯水池の水があふれるようであればここから流れでますから、畑の排水路と一緒に南へと流そうかと考えてますよ」
「おもしろそうな仕掛けだな。だが下にも小さな水槽を作らねばならんようだ。南側に水門と言うのを作るんだな……。これぐらいは今季で出来そうだな」
さらに石が必要だと言うことで、明日からも砂利運びを頼むと言われてしまった。
また石積みを中断して砂利を運ぶことになりそうだな。
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乾季も終わりに近付くと、雨の頻度が少し上がったように思える。
おかげで水不足を悩まずに済むんだが、作業は余り捗らなくなってしまった。
貯水池の方は南側と東側の壁がどうにか終わり、西側の壁が半分ほどできた状態だ。たまに降る雨と、小さな湧き水のおかげで、貯水池には水が溜まり始めた。
まだ飲むことはできないけど、畑の水撒きには使えるとトーレさんが喜んでいる。
畑は今回広げることが出来なかったが、開拓作業を行っているのが35家族だからねぇ。野菜不足にならないぐらいには育ってくれているようだ。
「次の満月がリードル漁になるのだが、ナギサの話では3日は早まるということだったな?」
「そうです。少し早めに出掛けて焚き木を取ろうかと3日前に到着したんですが、その夜に渡りを見ることになりました」
「4日前に島に到着して準備をした方が間違いあるまい。1日半の航程らしいから、満月の6日前に出発したい。漁が終われば、漁場から氏族の島に戻ることになる。
水も心配だし、薪も必要だ。出発までに3日はあるから、薪とココナッツの実を集めて欲しい」
準備に3日と言うことになったけど、作業も途中で終わらせることになるから少しは片付けないといけない。
手分けして作業に掛かることになったが、俺はココナッツを取るのが出来ないからなぁ。焚き木を他の島から集めることになってしまった。
出発の前日は朝から雨になった。これ幸いと、水瓶の水を集めることになったんだが、昼過ぎにはからりと晴れてしまった。
もう少し振って欲しかったな。
「ナギサ、背負いカゴを出してくれ!」
ガリムさんの声に、カゴを持ち出すと台船に山と積まれたココナッツを背負いカゴに入れてくれた。
その上で、甲板に10個ほどを放り投げてくれたんだけど、どこであんなに取ってきたんだろう?
「商売ができるんじゃないですか?」
「売れるとしても、買うのはナギサぐらいだろうからなぁ」
そんな冗談を言いながら、ガリムさんが次のカタマランにココナッツを届けに台船を動かして行った。
甲板に転がしておくわけにもいかないから、ベンチで囲いを作って入れておく。
焚き木も山積みだから、食事を取るのも焚き木の上に乗って食べることになりそうだ。
取れるだけの野菜を採って皆で分ける。
「こんなに一杯にゃ!」と言いながらエメルちゃんが手籠の野菜を見せてくれた。葉物野菜が多いけど、キュウリやトマトも欲しいところだな。種か苗があると良いんだけどね。
今季最後の夕食を島でみんなで取る。
ガリムさん達は漁をしてきたんだろうか? かなり焼き魚が多いんだよなぁ。
「だいぶ近くまで魚が寄ってきてるぞ。これは南の岬の先で獲れたんだからな」
「雨季には桟橋でオカズが釣れるでしょうか?」
「まだそこまでは近づかないかもしれないが……、雨季の終わりなら望みがあるんじゃないか?」
「船尾でオカズを釣ってたのは俺だけじゃないんだな?」
「ナギサの仕事の1つだと父さんが笑ってたぐらいだからなぁ」
ガリムさんの言葉に、焚き火を囲んでいた俺達に笑い声が上がる。
小さい子供の仕事というわけではないんだろうが、船を持つ頃には皆卒業するらしい。
だけど、オカズが増えるんだから皆もやれば良いのにと、思ってしまう慣習だ。
明日は男達の仕事がほとんどないということもあって、遅くまで焚き火を囲んでココナッツ酒を酌み交わす。
おかげで翌日は、朝から頭を押さえながらアンカーを引き上げて桟橋のロープを解く。
さすがに何もしないというのも男として問題だろう。
それだけやったところで、船尾の焚き木を枕に甲板に寝転んでしまった。
目が覚めた時には、頭痛も少し納まってきた。
どの辺りを進んでいるのかと辺りを見ると、トリマランが先頭を進んでいるのに気が付いた。
甲板を動きまわる音に気が付いたのか、タツミちゃんが下りてきた。
「リードル漁の漁場を知ってるのは、私達だけにゃ。トーレさんから先導するように指示されたにゃ」
「少し飲み過ぎた。申し訳ない。もう大丈夫だよ」
「昼を過ぎてるにゃ。蒸かしたバナナがあるにゃ。今、ココナッツを割ってあげるにゃ」
あまり食欲は無いんだが、素潜り漁を控えているからなぁ。体調は整えないといけないだろう。
バナナ2つとカップ1杯のココナッツジュースを頂きながら、周囲の景色を眺めることにした。
タツミちゃんは操船櫓でエメルちゃんと食べるみたいだな。手カゴにバナナと水筒を入れて操船櫓に上がっていった。
日暮れ前に、遠浅の島でアンカーを下ろす。
すぐ横にトーレさんがカタマランを停泊させたので、舷側をロープで結んで固定する。
直ぐにトーレさんが甲板に飛び乗ってくると、タツミちゃん達を呼んで夕食作りが始まった。
何か釣れるかな? と竿を出すと、30cmほどのカマルが入れ食いになる。
「たくさん釣ってもだいじょうぶにゃ。夕食に使う分以外は一夜干しを作っておけばリードル漁の漁場で食べられるにゃ」
そういうことなら、50匹を目標に頑張ってみよう。
夕食が出来上がるまで釣り続けたから、目標には何とか達したんじゃないかな。
直ぐに夕食にならずに、カゴに開いたカマルを並べて家形の屋根に干す仕事を仰せつかってしまった。
「あれだけあるなら、毎日食べられそうだな。他のカタマランも竿を出していたぞ」
「とはいえ、オカズ釣りは余り皆やらないみたいですよ」
「漁の魚を少し残しておけば良いにゃ。でも、オカズ釣りをした方が新鮮にゃ」
トーレさんが、理由を教えてくれた。
なるほど、自分達が食べる分を保冷庫に残しておけば問題ないってことだな。
でも、オカズは新鮮な方が良い、というトーレさんの持論も頷ける。
仲間内からは、からかわれることもあるけど、このまま続けることにするか。
翌朝は、のんびりと朝食を取ってからの出発になる。
現在地は俺には分からないが、タツミちゃんが言うには、昼過ぎには到着できる距離らしい。
食事が終わると船団を組んで、北東に向かってトリマランを進めていく。
結構速度を上げてるみたいだな。ちゃんと皆が付いてきてるか心配になって、後ろを何度も振り返ってしまう。
昼過ぎに見覚えのある島が見えてきた。
直ぐ後ろの舘に乗っている男性に、前方の島を何度も指差すと頷いてくれた。
漁場の島だと分かったみたいだな。
島の近くに来たところで、家形の屋根に乗り笛を咥える。
トリマランの速度が低下したところで、何度も笛を吹き鳴らした。
すぐ横にガリムさんのカタマランがやってきた。
屋形の屋根に乗ったガリムさんが俺に大声で問い掛けてくる。
「あの島が漁場なのか!」
「そうです。海底は砂泥ですから、氏族のリードル漁の漁場と同じように船を留めてください!」
両手を振って俺に了解を告げると、直ぐに船団の列に沿ってカタマランを進めて行った。
皆に知らせるんだろうな。
島から100mほどの距離にアンカーを下ろすと、全種に向かいザバンを海に下ろす。
まだ昼過ぎだから、色々と島に運び込めるだろう。
隣にやってきたバゼルさんの投げるロープを受け取って、2隻を固定しているとタツミちゃん達が背負いカゴを家形から持ち出してきた。
「ここが漁場か……。なるほど森はあるがそれほど大きくはないな。焚き木を持ってきたから無駄な伐採はしないで済むだろう。先ずは焚き木を運んで穴掘りをしておくか」
俺とバゼルさんがザバンに乗り込んでトーレさん達から焚き木を受け取ると、島へ血運んでいく。
他の船mも同じようなことをするから、間違えないようにと背負いカゴを1つ運んでおいた。中にはココナッツが10個ほど入っているようだな。鍋と食器も手カゴに入れて入っている。
背負いカゴの外側には赤いリボンが付いているから、間違われることは無いだろう。
焚き木と背負いカゴを下ろすと、今度はタツミちゃん達を迎えに行く。
何度か往復して嫁さん達を運ぶと、焚き火の準備と穴掘りを始める。
今度は2人で使うことになるから少し大きめに作っておく。穴も結構深いものになった。
夕暮れ前にトリマランに引き上げて、バゼルさんとパイプを楽しむ。
焚き木の半分を持ち去ったから、少しアンパンが広くなったな。
満月は4日後だ。リードルが来てくれることを信じて待つことにしよう。




