P-145 やはり階段は必要だ
乾季の半ばを過ぎようとする頃。バゼルさんが30隻のカタマランを率いてやってきた。
新たに作った桟橋でも足りないから、半数以上が沖に停泊してザバンで島に行き来している始末だ。
桟橋は4本あるんだが、長さが短いのかもしれない。次に作る時にはもっと長い桟橋を作ってみよう。
カルダスさん達は、ここで交代して帰ることになるんだが、その前に燻製作りをすると、皆が集まった焚き火で宣言した。
「帰島する俺達で漁をするから、バゼル達に迷惑は掛けねぇぞ。島に帰るにしても土産もねぇってのはなぁ」
「近場で3日ということか? あまり獲ると燻製小屋に入りきれんぞ!」
「その時は、もう1つの小屋を使うさ。建てたのは良いがまだ使ってねぇからな。場所は……、北東のサンゴの穴に向かうか。穴も大きいし、サンゴまでの水深もある。大物も期待できるし、何と言っても延縄が使えそうだ」
カルダスさんの言葉に、ザネリさん達の仲間の目が輝いてるんだよなぁ。
それに比べると。ガリムさん達の仲間はちょっと残念そうな表情でココナッツ酒を飲んでいる。
「乾季で2日の漁をするんだ。たっぷりと運んでくるからな」
カルダスさんの大声で酒盛りが切り上げらた。
2日酔いで漁はしたくないということなんだろう。
残った俺達はガリムさん達と一緒に石の桟橋作りだ。バゼルさん達の貯水池の引継ぎも終わったらしいから、明日から石を積むことになるのだろう。
「明日は、畑の収穫に出掛けるにゃ」
「南の畑だね。2枚作ったけど、果樹はどの辺りに植えたんだろう?」
「畑の東に3列に植えてあったにゃ。たまに水を撒いているにゃ」
「根が張ればそれほど上げなくても良いんだろうけど、この季節だからねぇ……」
接着剤を入れてあったタルを並べて雨水を貯めているらしい。飲み水も不足しがちだから畑にはあまり上げられないんだよなぁ。それでも、そこそこの収穫があるらしいから、将来が楽しみだ。
翌日。朝食が終わると、カルダスさん達が漁に出掛けて行った。
羨まし気に船団を眺めていたんだが、俺達の仕事があるからなぁ。いつまでも眺めてばかりでは問題だ。
台船に積まれた石を1個ずつ手に持って、海底の石組を少しずつ伸ばしていく。
透明度が良い入り江だから、かなり形が見えてきている。
俺の膝ぐらいにまで囲いが終わっているから、その中に砂利や砂を入れる組と、意思を積み上げる組に分かれての作業だ。
ガリムさんの指示に従い、俺ともう一人で石を並べ、3人が石の傾きを測りながら接着剤で固定していく。
なるほど時間がかかる。1日で2段積みが数m程しかできないし、石組の中に入る砂利や砂は膨大な量だ。
3日作業を続けて石運びの班と交代する予定だが、確かに同じ作業を続けていると飽きて来
適当に作業をして、みっともない桟橋を作りたくないから、皆真剣に作業を行っている。
石積みを交代して、近くの島から砂を運んでいると遠くからやってくるカタマランの船団を見付けた。
カルダスさん達が帰ってきたようだ。
急いで戻ろうと、船外機の出力を上げたんだが、あまり速度は上がらない。
かなり積み込んだからだろう。このまま落とそうと砂利と砂が甲板に山のように積んである。
俺達が台船から砂利を石積みの中に落とし込んでいると、帰ってきたカタマランから次々とカゴを背負った嫁さん達が高台へと歩いて行く。
歩いて上りにくそうなところは、カゴをバケツリレーの要領で上げているようだ。
簡単なクレーンを作るべきかもしれないな。それと階段は早い方が良いかもしれない。
日暮れに始まる夕食の支度が、今日は遅れそうだ。やはり漁果が多かったのかもしれない。まだ燻製小屋から誰も帰ってこないんだよな。
「2つ目の燻製小屋まで使っているのかな?」
「かもしれない。カルダスさんまでカゴを背負って行ったからなぁ」
あまり豊漁が続くようであれば、燻製小屋の増設も考えないといけないだろう。保冷庫も1つだけでは足りないかもしれない。
地図を取り出して燻製小屋近くを調べると、特に何も立てる予定は無さそうだ。今夜確認してみるか。
上弦の月明かりの中を、カルダスさん達が浜に降りてきた。
既に真夜中と言う感じだけど、嫁さん達が作ってくれた料理を頂いて、酒盛りが始まる。
「背負いカゴに3杯が平均だ。良い型のブラドが突けたし、バヌトスとバッシュが入れ食いだったからなぁ。こっちの島での漁は、しばらくは豊漁続きになるぞ」
「それで気になったんですが、燻製小屋と保冷庫の数は足りるでしょうか? 今回は2つの燻製小屋を使ったんじゃないですか?」
「その通りだ。確かに足りねぇかもしれんな。保冷庫はカタマランの保冷庫も使えるが、燻製小屋は2つしかねぇ。バゼルよ、もう2つ作れねぇか?」
「4つも作るのか? それなら少し大きな燻製小屋にした方が良いんじゃないか」
「何時もこれぐらい獲れるとは限らねぇってことか。それでも良いが、もう1つ作れるだけの場所は確保しといてくれよ」
長老達の住むログハウス前の広場よりも、燻製小屋や炭焼き小屋がある南の日論場の方が大きくなりそうだな。
島で暮らす人達は北の広場に住まいを作るだろうから、もう少し広げて長屋を1つ作っておくべきかもしれない。
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2日間の燻製作業を終えると、カルダスさん達は島を去っていった。
今度はバゼルさんとガリムさんが俺達の指揮を執って開墾を進めることになるのだが、基本は貯水池と石の桟橋作りになる。
木の桟橋は、カルダスさん達が帰る前に1つ作ってくれた。
まだまだ桟橋が足りなく思えるが。とりあえずはこれだけあれば十分だろう。
「貯水池の方が大きいはずなのに、こっちよりも進んでいるのが問題だな」
「素潜りでの作業ですから、比べることはできませんよ。それでもだいぶ進んできましたよ」
浜から10mほどまで歩けるまでになってきた。この島に商船が来ることは無いと思うんだが、やはり石の桟橋を作っておけば将来役立つに違いない。
10人程で石を積み上げているから、確実に作業は進んでいる。だけど完成させるまでにはまだまだ時間が掛かりそうだな。
夕食後の焚き火を囲んだ席でも、それが話題になった。
石の桟橋作りよりも優先すべきことがあるのでは? ということだが、それが何かということになると悩むことになってしまう。
「長老達のログハウスのある広場に長屋を作るのか……。確かに、船で暮らす者ばかりではないからな。それと高台への階段と荷揚げ用のロクロは確かにあった方が良いだろう。今回も嫁さん連中が苦労して登っていたからな」
「石の桟橋作りは3つの班で作業をしています。この班の1つを使って先ずは階段を作ってはどうでしょうか? 高台に上がるのが格段に容易になるはずです」
「それもガリムの方で上手く運んでくれ。ナギサを専従にすれば良いものができるだろう」
俺が専従? きちんとした階段を作らないと、あちこちからクレームが来そうだな。
ガリムさんが友人達と話し込んでいるのは、班を見直しするのかな?
素の朝に、教えてくれるだろう。
さて、そろそろ腰を上げてどんな階段にするか考えないと……。
トリマランに戻って、図番を取り出して階段の形を考える。
普通に作れば長いスロープを作って、段差を石で作れば良いのだろう。
だけど、浜の岩場から高台の広場までの高さが8m程あるのが問題だ。階段の角度を45度とすれば8mも下の浜に延びてしまうんだよなぁ。
上の広場を少し削ってみるか。2mも削れば、浜に延びる長さを6mにできるし、削った土砂で階段を埋めることもできそうだ。
貯水池作りと同じように壁面を石で積み上げれば、少しは見栄えもするだろう。
接着剤のタルはまだ残っているんだろうか? 石を接合できない時は、切り崩さずに石を集めるだけにしておこう。
広場の切り込み部分も石で養生しておかないと、豪雨で土砂が流れてしまいそうだ。階段の左右に側溝を作っておいた方が、良いかもしれない。
色々と書き込んでいくと、何とかなりそうな気がしてくるな。
階段の傍に、ギョキョーを作って、広場に荷揚げできるようなクレーンを作っても良さそうだ。
木道を使ったトロッコはまだまだ先になるから、それまでの間は少し不便でも仕方がないのかもしれないけれど、なるべく便利にしておかないといけないんだろうな。
翌日。朝食を終えると火の点いていない焚き火の周りに集まった若者達に、ガリムさんが班の仕事を告げる。
とりあえず、今日は昨日の通りということらしい。
俺は階段作りの場所と、その縄張りを仰せつかった。
「確かに直ぐに始められるわけではありませんからね」
「ナギサなら、良い物が作れると思うんだ。こっちは俺達に任せて、先ずはどこにどんな階段を作るかを、杭を打って示して欲しい」
「それなんですが、階段の方もかなりの石を積まないといけないようです。桟橋もガリムさん達が頑張っているところに、更に大仕事が入ってきますよ」
「親父達の貯水地が一段落すれば、こっちの方に人が回ってくるだろう。桟橋だってだいぶ形になってきただろう?」
めげない人達ばかりだからなぁ。
俺と向こうの世界の友人達だったら、当に仕事を投げ出しているに違いない。
小さなことをきちんと積み重ねることができるんだから、ネコ族の連中は我慢強いということになるんだろうけど、それをまざまざと見せられているんだよなぁ。
ネコ族の連中より体格は恵まれているんだけど、自分が小さく感じられることが度々だ。




