P-143 果樹の苗は雨季に植えるらしい
アオイさんが作ったという水中翼船の図面が残っていると、タツミちゃん達に教えたら、何隻目の船か? と問われてしまった。
どうやら、試行錯誤をしながらいくつもの水中翼船を作ったらしい。
さすがにそんなことを俺が知るわけはないからなぁ……。
「とにかく速い船になることは間違いないにゃ。魔道機関が6個も付いていた船もあったらしいにゃ」
恐ろしいことを伝えてくれた。
そんなにたくさんの魔道機関をどこに付けたんだろう?
トリマランの前後にスラスターを付けても4基だろうし、もう1つはウインチかもしれない。残り1つは何なんだ?
「次の魔石の競売をするときに持って来てくれるらしい。契約書と残金を渡しておくよ。上位魔石をその時に2個支払うからね」
「分かったにゃ。野菜はたっぷりと積み込んだし、ココナッツはあの通りにゃ。バナナも1房分けて貰ったにゃ」
「水も汲んであるにゃ。運搬容器も3つに満杯にゃ。水筒にも入ってるぐらいにゃ」
今夜の料理で、鍋や水筒の水は無くなるだろう。
それでも運搬容器が3つ満杯なら6日は持つ。トリマランの水瓶に手を付けなければ、向こうの島に到着しても10日は持つだろう。
さすがに半月も雨が降らないとは思えないし、最悪の場合でもココナッツが2カゴあるなら数日は問題はないはずだ。
バゼルさん達とザネリさん達がやってくると嫁さん達の賑やかな会話が始まる。
バゼルさんは、その騒ぎをみかねたかのように自分の船に俺とザネリさんを率いていく。
ここでココナッツ酒を飲みながら、料理が出来るのを待つことになりそうだ。
「そうか! 新たな船を頼んだというんだな?」
「早いなぁ。俺はもう1年は待たねばならんな。それで、どんな船になるんだ?」
「それなんですが……、タツミちゃん達の要望を商会の店員に伝えたら、かつてのアオイさんの船なら可能だということになりまして……」
2人が 大きく目を見開いた。
ちょっと驚いたということなんだろう。
「確か、水面を飛ぶと聞いたことがあるぞ……」
「母さん達を宥めるのが大変ですよ」
「しばらくは話さぬ方が良さそうだ。……だが、あの騒ぎだ。タツミ達が話しているかもしれないな」
2人が一段と騒がしくなった俺のカタマランを眺めて、溜息を吐いている。
ネコ族の嫁さん達の一番の特徴だからねぇ。
物事は全て前向きだし、速い船と難しい操船が大好きらしい。
タツミちゃん達にも、それがそろそろ芽を出してきた感じもするんだよなぁ。
「とりあえず楽しみということか。それにしても荷物がありそうだな」
「果樹の苗を運びます。 畑の東にでも植えようかと考えてるところです。それと、バゼルさん達が来る時にはタバコだけは忘れないでくださいよ」
「だいじょうぶだ。任せておけ。新たなリードル漁場での漁が楽しみだな」
「中位がたくさん獲れると聞いて、皆が行きたがってるんだよなぁ。乾季明けのリードル漁の参加者は決まったが、雨季明けは行けなかった連中でのクジ引きだ。雨季明けには参加したいな」
クジ引きにしたのは正解だったようだ。次の参加者は今回の参加者以外で行われる。4回目には全員が1度は経験できる勘定なんだが、その前に開拓の方も手伝って貰えそうだ。
「それにしても、大物が少なくなったから新たな漁場を探しているというのは、中々良い理由になるな。この間運んだ燻製は大物揃いだったから、大きな保冷庫を積んだ船を欲しがる理由にもなる。早い船を欲しがるのは、アオイ様が正しくその理由で船を作っている」
「あの島の秘密は、まだまだ守られるということか。そうなると、長老が何時、俺達のあらたな島をニライカナイに宣言するかだな」
時期としては、最初の移住が終わってからになるだろう。
貯水池に満々と水が湛えられて、その傍にカヌイのお婆さん達が庵を結んで後と言うことになるだろうから、早くとも1年ではむずかしいだろう。
かと言って、3年も掛かるとも思えない。1年以上3年以内と考えておけば良いんじゃないかな。
エメルちゃんが、夕食ができたと伝えてくれたところで、俺達は甲板から腰を上げる。
たくさんいるからなぁ。早めに行かないと唐揚げが無くなってしまいそうだ。
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翌日朝食を取っていると、慌ただしくカタマランが桟橋を離れていく姿を目にする。
既に沖にカルダスさんがカタマランを出して赤い旗を靡かせている。その周囲にどんどんカタマランが集まっていくのが見えた。
「早く行かないと置いて行かれそうにゃ」
「だいじょうぶだよ。ザネリさんの船はまだ出ていないだろう? 俺達はザネリさんと一緒だからね」
さすがにカルダスさんだけでは統制が執れないだろうと、若手はザネリさんが率いることになった。カルダスさんが20隻、ザネリさんが15隻を率いていく。
35隻となると、人数的には80人程になるからねぇ。賑やかな開拓になるんじゃないかな。
朝食が終わると、さっさと後片付けをしてタツミちゃん達が操船櫓に上がっていった。
桟橋に降りて、トリマランの前後のロープを解くと甲板に投げる。
船首に向かって桟橋を歩き、トリマランに飛び乗る。アンカーを引き上げて、操船櫓に手を振ると、ゆっくりと土地マランが桟橋から横滑りを始めた。
これで、俺の仕事は一段落だ。
ロープをまとめて船から落ちないようにしたところで、舷側に下げたカゴを引き上げながら船尾に向かう。
少し緩んでいたタープをピンと張って、船尾のベンチに腰を下ろす。
数日は周囲の島を眺めながらの船旅になりそうだ。
慣れてきたんだろうか? 船足はかなり速く感じる。
お茶を取りに降りてきたタツミちゃんに聞いたら、2ノッチで進んでいると教えてくれた。
トリマランが2ノッチなら、カタマランは2ノッチ半ということになる。
かなり速度を上げている感じだな。
「この速度なら、5日で着きそうにゃ。日が落ちても進むなら、5日も掛からないにゃ」
「そんなに急ぐ必要はないと思うんだけど……」
「途中で雨が降ったら、半日は遅れるにゃ。それを嫌ってると思うにゃ」
カルダスさんとしては、何としても早く貯水池を仕上げたいんだろう。
だけど、付属施設もあるからなぁ。貯水池から直接水を汲むわけじゃないんだけどね。
長い船団が真直ぐ南東に向かって進んでいく。
屋形の屋根に上って前を見ると、その姿が良く見える。俺達のトリマランの後ろには1隻だけだからなぁ。ほとんど殿と言っても良い位置だ。
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氏族の島を出て6日目の昼前に、俺達は開拓を進める島に到着した。
トリマランを桟橋に泊めて、荷物を陸に運ぶ。
20袋も土を運んできたし、船首の狭い甲板には果樹の苗木を乗せている。それらを運ぶだけで、日が傾いてしまうほどだった。
夕暮れ前に焚き火を作り、男達が焚き火の周りに集まる。
ココナッツ酒のカップを、カルダスさんの声に合わせて掲げて飲むのは、明日からの作業が無事に行えるようにとの祈りもあるのだろう。
「さて、ようやく着いた。明日からは3つに分かれての作業になる。俺達は貯水池造りだが、ザネリ達は石の桟橋を引き続き作ってくれ。ナギサは島の地図作りだ。
貯水池の方は南の石壁を作るぞ。合わせて東西の壁を作ることになるが、これは土台だけでも出来れば上出来だな」
「石は近くにあるんだろうか?」
「岩場をそのまま貯水池するから石はある。ないのは砂利と砂だ。前回も運んでいるから当座は使えるだろう。なくなりそうならザネリ達に頼むことになりそうだ」
「常に5人で石を運ぼうと思っているから、台船を使わせてもらうよ」
「嫁さん達も一緒なら、結構運べそうだな。桟橋も少しは伸びるだろう」
頑張ってはいるんだけど、水中での作業は息が続かない。それでも石を1個ずつ丁寧に積み上げているようだ。ネコ族の連中は皆真面目だからなぁ。
「貯水池の事で、カヌイのお婆さん達を訪ねたら、小屋を1つ建てるように言いつけられたのですが」
「婆様達もこっちが気になるに違えねぇ。1つと言っても2つは建てねばなるまい。だがカヌイの婆様達が来るとしても、貯水池が出来てからだ。今のところは場所を確保しておくだけで十分だろう。小屋2つなら10日もあれば十分だからな」
嫁さん達も、カルダスさんの行った区分けに沿って仕事をするらしい。
もっとも貯水池作りの参加する嫁さん達は半数で、残りの半数は畑を開拓するとのことだ。
トリマランで運んできた果樹の苗木は、カルダスさんの嫁さん達がしっかりと植え付けてくれるらしい。
「乾季だからなぁ。根が付くかどうか怪しいところがあるし、あまり水をやることも出来ねぇ。運んできた以上植え付けるしかないんだが、苗木は雨期に買い込むんだぞ」
買い込んだのは1年以上前なんだよなぁ。ずっと放っておいた苗木だけど、上手く根付くと良いんだけどねぇ。
明日から頑張ろうと、皆で誓い合ったのは良かったけど、翌日は朝から雨だった。
豪雨の中、桟橋を走って貯水槽の上に雨水を集めるタープを張る。2カ所あるから早めに張って水を確保しなくてはならない。
乾季の雨は気まぐれだから、1時間程で止んでしまうこともあるぐらいだ。
勢いよく貯水槽に流れる雨水を確認したところで、トリマランに戻る。
船尾甲板の屋根を少し緩めると、一カ所に雨が落ちてくるから、その下に運搬用の容器を置いた。
10ℓぐらいの真鍮の容器だから直ぐに一杯になりそうだ。だけど1つで2日の真水が確保できるんだからバカにはできないんだよなぁ。




