P-139 雨季明けのリードル漁は俺達だけで
一夜干しを燻して3日目。取り出したのが昼過ぎだから、燻製は2日行ったことになる。 あめ色に変わった魚を背負いカゴに入れた嫁さん達が、次々と坂を下りてくる。
バゼルさん達5隻のカタマランの保冷庫に燻製を積み込み、氏族の島へと明日出発する予定だ。
俺達のトリマランもそうだが、カタマランには両舷に保冷庫が作られている。
横幅と深さは60cm、長さは2mを越える大きさだ。真ん中に仕切り板を入れて、種類を分けて魚を入れることもできるんだが、今回は仕切り板を外しているに違いない。
保冷庫は下にスノコがあり、その上に魚を入れたカゴ乗せる。カゴの間に氷を入れるから、溶けた水が魚に触れない配慮があるんだよな。
朝晩に溶けだした水を汲みだして氷を追加するのだが、組みだす道具は、竹で作った水鉄砲そのものだ。
簡単だけど、結構役に立つ。2つあるのは片方に野菜を入れるんだが、今回は野菜が無いんだよなぁ。
取り入れた野菜を陰干しにした物を持って行くらしいけど、あまり美味しいとは言えない代物だ。
「後は頼んだぞ!」
「なぁに、皆頑張ってくれてるさ。それにリードル漁が一か月と少し先になる。もう1か月ここで過ごして帰島するさ。
それで、長老に耳打ちしておいてくれよ。さもないと俺達が帰った時に吃驚するだろうからな」
「ああ、ナギサから上位魔石を3個受け取った。これでナギサがいなくとも商船の連中が怪しむことは無い。
だが、獲れても獲れなくても1度氏族の島には帰るんだぞ。ナギサの成果によってはこの島の開拓人数が変りそうだからな」
「そうなるだろうな……。だが、神亀が導いてくれたなら間違いねぇだろう。漁は満月の日だからな。間違えるんじゃねぇぞ」
カルダスさんが俺に顏を向けて念を押してくる。
しっかりと頷くと、満足そうに小さく頷いて仲間達と酒を飲み始めた。
翌日の朝早く、バゼルさん達が5隻の船団を作って島を離れていく。
船尾の甲板で手を振る姿が見えなくなるまで、俺達も桟橋で手を振った。
小さくなっていく船団をもう1度眺めたところで、俺達の仕事が再開する。
「南側の土台はもう少しだ。俺達で土固めをするからガリムは若手を率いて砂利と砂を運んで来い」
「まだまだ使うんですか?」
「多くてもまだ使う場所があるから困ることはねぇ。土を運んだ袋がまだ余っているはずだ」
細かな砂だから袋に詰めておかないと流れてしまうんだよなぁ。まだ20袋は残っているだろう。それを運んで、カゴには砂利を詰め込んでくれば良さそうだ。
2往復して砂と砂利を運び終えると今日の仕事が終わりになる。
「明日は竹を運んできてくれねぇか。そうだな……、20本もあれば十分だ」
焚き火を囲んだ俺達にカルダスさんが指示を出す。
明日は石運びになる予定だったんだが、竹なんかどこに使うんだろう?
翌日の夕方に竹が必要な理由が分かった。カルダスさん達が集めてきた竹を割って、カゴを作り始めた。
焚き火を囲み、ココナッツ酒を飲みながらだから器用だとしか言いようがない。
だいぶ細かに編んでいるようだけど、それ程深いカゴにはならないようだ。
「何のカゴなんですか?」
「これか? お前らが運んできた砂をこれに入れれば、更に運んでこれるだろう? 途中で足りなくなっても直ぐに持ってこられねぇからな」
一時貯蔵ってことか……。
ガリムさん達が顔を見合わせると、一緒になってカゴを編み出した。
「ナギサは一服してみてるんだな。急にできるとも思えないし、零れるようなカゴでも困ってしまう」
「申し訳ありません。漁の合間に少し練習します」
「気にするな。カゴが欲しい時には炭焼きの爺さん連中に頼めばいい。普段は俺達だってそうしてるんだからな」
とは言ってもねぇ……。
まだまだ覚えなくてはならないことがたくさんありそうだ。
半月ほど石や砂を運び終えると、ガリムさん達の土固めも終わったようだ。
いよいよ石を溝に敷き詰めて砂と接着剤を練った粘土状のもので石の隙間を埋め始めた。
全体的に埋めるのではなく石が動かないよに埋めるらしい。数m程作業が終わると、別の連中がその上に石を乗せてセメントモドキで固定していく。
3段に石が重ねられると、俺達が砂利と砂をその上に乗せて石の間を埋めていく。少し盛り上げるぐらいに砂を重ねたんだが、オケで水を掛けると直ぐに石の中に入っていった。
「水を掛けて、そのままになるまで砂を入れるんだぞ。それで隙間がきちんと埋まるんだからな」
理屈ではそうなるんだろうけど、いくら砂を入れても無くなってしまうんだよなぁ。
何度か繰り返していると、さすがに限界になったようだ。水を吸い込むが砂は減らない状態まで持って行くことができた。
「石が親指の爪位出るように砂を除けてくれ。この上を平らにするからな」
最後は綺麗に仕上げるってことなんだろう。
とりあえず言われるままに作業をしていたんだが、やはり砂が足りなくなってきた。
急遽数人で砂を運ぶことになってしまった。台船を使って、袋30個分の砂を運び何とか間に合わせる。
出来上がった土台は上に30cmほどの間隔で石が飛び出していた。
平らにしたところにわざと石をねじ込んでいる。
石済みとの接合を考えてのことなんだろう。向こうの世界なら鉄筋を入れるはずだからね。
俺の図面とは少し異なってきたけど、この世界にもそれなりの石造りの技術が伝わっているようだ。
問題は貯水池の容量だから、形が少し異なっても何ら問題はない。
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雨季明けの新月を迎えた朝。カルダスさんは20隻の船団を率いて島を後にした。
残ったのは俺達3人だ。神亀が運んでくれたあの島でリードル漁が出来るかを確認するためだが、3日の漁が終わったなら氏族の島へと向かわねばならない。
リードル漁に向かうまでには10日以上あるんだよなぁ。
東までの海岸線の測量を終えているから、北側に手を付けるか。
北にはあまり行ったことが無いから、ちょっと楽しみだな。
島の北側は変化に乏しい場所だった。10日も掛からずに終わったから、測量結果を元に島の海岸線を地図に描いておく。
残った場所は西に延びる2つの尾根だが、これは次に来た時でも良いだろう。
「いよいよ出掛けるにゃ! 畑の野菜は明日の昼前に摘み取っておくにゃ」
「ココナッツが残り20個ぐらいにゃ。一雨欲しいにゃ」
雨季も終わりになるのだろう。近頃は余り降らないんだよなぁ。
それでも、トリマランの水槽には60ℓ以上入っているようだから、もう10日は持つに違いない。
さすがに20日間以上降らないなんてことは無いだろう。
満月までには5日もあるんだが、向こうで色々とやることがあるからね。
俺達3人でリードル漁を全てこなすことになるんだから、早めに出掛けて向こうでリードルが来るのを待っていた方が良いだろうな。
翌日。焚き木を背負いカゴにたっぷりと詰めて甲板に運んだ。
タツミちゃん達が畑の野菜を取り入れたところで、トリマランを桟橋に繋いだロープを解く。
船首に飛び乗って、アンカーを引き上げると操船櫓に手を振った。
ゆっくりとトリマランが桟橋から横滑りを始める
30m程桟橋から離れると、その場で西に回頭を始めた。
後は入り江を出て東に向かうだけになる。タツミちゃん達がしっかりと海図を作っていてくれたから、明日の夕暮れ前には到着できるんじゃないかな。
かなり速度を速めた航海だったから、翌日の昼過ぎには島に到着してしまった。
おかげで、焚き火の準備が始められる。
ザバンを下ろしてタツミちゃん達を順番に島に送り、最後に焚き木を詰め込んだ背負いカゴを持って島へ上陸した。
「焚き火はどこでも良いんだろうけど、この辺りに作ろうか?」
森と渚の距離は50m程ある。森の近くなら日除けのタープも作れそうだ。
「穴が2つにゃ。1つは焚き火でもう1つにリードルを埋めるにゃ」
「分かった。ここと、ここで良いね」
場所が決まったところで、パドルを使って穴を掘る。
さすがにカヌー用のパドルは使えないから、1.5m程の長さの木製の櫂を使う。
銛を並べる場所には掘った砂を積み上げ、1m程の丸太を1本横に置く。
焚き木を積み上げると、あまり焚き木が残っていない。
銛に入って、鉈で雑木を切り倒すことにした。数本切って焚き火を作る場所に戻ってくると、エメルちゃんがベンチを運んでくるのが見えた。
腰を下ろすのも危険な漁だからなぁ。
「これと、これはリードルから魔石を取るのに使うにゃ」
「先端に石を結ぶんだよね。こっちは網ってことか」
「石はこれを使うにゃ。島で選んでおいたにゃ。網は私が作るにゃ」
二股が先端に着いた太い枝をタツミちゃんが選んでくれたから、片方に石を結びつける。
細長くて真ん中が少しへこんだ石だが、選べばこんな形の石が見つかるんだな。
石斧のような形に結びつけたから、リードルの殻を破るぐらいのことはできそうだ。
鉈で運んできた枝を適当な長さにして積み上げる。
3日間、昼間はもやし続けることを考えると、素押し少ないような気がしてきた。
もう2本ほど切り取って焚き木を作っておいた方が良さそうだ。
そんな作業をしていると、日がだいぶ傾いてきた。
急いでトリマランに戻り、タツミちゃん達は夕食の準備を始める。
燻製を数枚貰っているし、一夜干しも何枚かあるようだから今夜は焼き魚かな?
砂地だからオカズ釣りも期待できそうにない。
早めに2つのランタンに光球を入れて、帆柱と帆桁に下げておく。
後は、夕食までパイプを楽しもう。
海に沈んでいく太陽がはっきりと見えているから、明日も晴天なんだろうな……。
焼いた一夜干しを解して野菜と一緒に炊き込んだご飯と、一夜干しのぶつ切りが入ったスープ。ご飯は薄味だけど、スープの香辛料で結構ご飯が進む。
ご飯にスープを掛けると、丁度良い味になる。
お代わりして夕食を終えると、3人でのんびりとお茶を頂く。
既に星空だが、もう直ぐ少し丸みを帯びた月も上がってくるだろう。
バゼルさん達は、まだリードル漁には出発していないだろう。やはり少し早まったかもしれない。
「渡りにゃ!」
突然エメルちゃんが立ち上がって海面に腕を伸ばしている。
そんなバカな! という思いで腕の先に視線を向けると、たくさんの座布団のような形が海面の直ぐ下を漂っていた。
「早めに出て良かったにゃ。いつも通りなら渡りが終わってたかもしれないにゃ」
「リードルは東から来るって聞いたことがある。そういうことか……」
慌ただしく明日の準備が始まった。
銛と素潜りの道具、底の厚いサンダルも必要だった。
タツミちゃん達は明日の食事とお茶の準備を始めたようだ、ココナッツを3つ背負いカゴに入れたのは水筒代わりに違いない。




