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P-135 神亀が運んでくれた島


 夕暮れ前に豪雨に襲われた。

 もう少し先に行こうと思っていたからちょっと残念だが仕方がない。

 100m先も見えないような雨の中でトリマランを進めるのは無謀以外のなにものでもないからね。ましてや、初めての海域でもある。


 投錨して豪雨の過ぎ去るのを待つしかない。

 夜間航行はやめた方がいいから、今日はここまでだ。

 すでに東に島を6つ進んでいるからね。明日午前中進めば調査としては十分じゃないかな。

 

 途中にあった島の特徴と、大まかな位置を図板に挟んだ紙に描くと、有望な漁場になる場所を2つ描いた。どちらもサンゴの穴が沢山開いている海域で、サンゴの穴も直径30mを超えているから大型の底物が期待できそうだ。


 作業が終わったところで、釣り竿を屋根裏から引き出して船尾に糸を垂れる。

 投錨したとき、結構深い場所だと分かったから案外大きいのが食いついてくるかもしれない。


 たまにタツミちゃん達が期待の籠った目でこっちを見てるんだけど、あまりプレッシャーを掛けないで欲しいところだ。

 錘の感触から、どうやら水底は岩盤のようだな。

 しばらく小突いていたけど、当たりが来ない。パイプを楽しもうかと竿を置こうとした時だった。


 ギュン! と竿が鳴る。

 行き成りの引き込みにリールのドラグがギーギー鳴きだした。

 かなり大きいぞ!

 ドラグをそのままにして相手が弱るのを待つ。

 引き方は、バヌトスとは明らかに違うが、青物のように横走りをしないところを見るとバルタック辺りが一番怪しく思えるな。


 段々と弱まってきたところでリールを巻きだしたけど、まだまだドラグを鳴らして道糸が出ていく。

 何度も行ったり来たりを繰り返していると、少しずつ巻き取る道糸の量が多くなってきたように思える。

 いつの間にか俺の後ろに、タツミちゃん達がタモ網とギャフを持って立っていた。


「大きいにゃ!」

「今夜のおかずにならないにゃ。でも持ち帰って皆に披露出来るにゃ!」


 果たして釣り上げられるかな?

 後ろの2人にはすでに捌いた後のことまで考えているようだ。ここで逃がしたら、後々までいろいろと言われそうだからね。

 なんとしても釣り上げないと……。


 やがて海面近くまで上がってきたので、海中でヒラを打つ姿がちらりと見えた。

 バルタックに間違いなさそうだ。60cm近くありそうだ。

 かなり弱ってきているけど、ここで油断はできないな。

 タツミちゃんがタモ網を沈めてくれたので、その中へゆっくり誘導する。

 魚体の前半分がタモ網の縁を超えたその時、勢いよくタツミちゃんがタモ網を引き揚げた。

 甲板でバタバタ暴れているバルタックの頭に、エメルちゃんが棍棒を振るう。

 途端におとなしくなったから、エメルちゃんの棍棒裁きは中々になってきたようだ。


「大きいにゃ! とりあえず捌いて保冷庫に入れとくにゃ。次はこの半分で良いにゃ」

「頑張ってみるよ」

 

 確かにトリマランのカマドで焼くには大きすぎる。半分の大きさでも焼くのは苦労するんじゃないかな?

 仕掛けを再び投入して、今度は小さいのを……と念じてみた。

 祈りが通じたのか、続いて釣れたのは40cmほどのカマルだった。これならうまく焼けるに違いない。

 数匹のカマルを釣り上げて竿を畳む。

 しばらくは魚が食べられそうだ。


 豪雨の中で取った食事は、焼いたカマルと蒸したバナナ。それに乾燥させた野菜を使った炊き込みご飯だ。スープにはカマルの切り身が味を引き立てている。


「誰も漁をしてないから、大物がいるにゃ」

「そうだね。底は岩盤だったよ。深そうだから明日出発する前に一度潜って調べてみるつもりだ」


 大きな穴なのか、それとも長く続く岩場なのか……。岩の割れ目が列になって続いているようなら曳き釣りだってできそうだ。

 素潜りの漁場は2つ見つけたからなぁ、曳き釣りが出来るなら皆が喜んでくれるだろう。


 食事が終わってワインを飲んでいる時だった。

 すでに豪雨が去って空には星が輝いている。そんな海を眺めていたエメルちゃんが「シメノンにゃ!」と大声を上げた。


 途端に忙しくなる。3本の釣竿を取り出して、道糸の先に餌木を取り付けるとタツミちゃん達に手渡した。

 俺の竿を準備している間に、エメルちゃんが1匹釣り上げてオケに入れている。

 俺も頑張らないとな。


 シメノン釣りは時間との勝負でもある。群れの動きが速いから、長くても1時間程度の漁になってしまうのだ。

 辺りが無くなったところで、竿を回収してリールに雨水を掛けて塩抜きをしておく。

 釣り竿は軽く拭いておけば十分だ。たっぷりと油を塗ってあるからね。


「全部で21匹にゃ。一夜干しを作るにゃ」

 

 2人で嬉しそうにシメノンを捌いてザルに並べ始めた。

 屋根に上げるには少し時間が掛りそうだから、一服でもするか。

 

 シメノンの群れがいたということは、やはり潮通しの良い場所ということに違いない。

 明日、潜るのが楽しみになってきたな。


 翌日。朝食前に海に飛び込んで様子を探る。

 思った通り、深い溝がいくつも東南東に延びていた。水深もあるからたまに魚影が近くを通りすぎるのだが、あれはグルリンの群れかもしれないな。

 小魚も多いし、曳き釣りを楽しめそうな場所だ。

 しばらく泳ぎながら、溝の大きさを探ったんだが、横幅は数百mはあるように思える。


 トリマランに戻ると、漁場に位置を周囲の島を使って特定しておく。

 3つの島の方角を記載しておいたのだが、屋形の屋根に上って海域を眺めるだけで黒々として周囲の明るい青とは異なっているから、間違うことはないだろう。


「かなり良さそうだよ。曳き釣りはここが良いだろうね」

「シメノンが取れるなら、曳き釣りができると父さんが言ってたにゃ」


 タツミちゃんがうんうんと頷いている。

 シメノンがたくさん取れたからなぁ。夜釣りでも青物の良型が出るんじゃないか。


 朝食を軽く済ませると、再び東に向かってトリマランを進める。

 たまにサンゴの穴を見つけるけど、数が少ないんだよなぁ。1、2隻なら問題ないが10隻以上で漁をするとなると案外場所が少ないってことかな?


 それでも、昼前にサンゴの穴が沢山ある場所を見つけた。屋形の屋根から見るだけで10個以上確認できたし、その中の1つにアンカーを下ろすと、水深が8mもあった。

 底物が居付いているに違いない。


「これで十分だろう。東に2日程の場所で、3つの漁場を見つけたんだ。他の船団だって、見つけているだろうからね」

「最初の漁場はもう1つの船団も見つけたに違いないにゃ。そうすると2つにゃ」


 中々厳しい指摘だが、東に1日の距離で入念に探しているんだから、確かに見つけるに違いない。

 それでも、5つに分かれて漁場を探してるんだから、10か所以上は見つけたに違いない。

 漁を続けることでさらに漁場が増えるだろうから、当座はこれで十分だろう。


 昼食を取って帰ろうかとしていると、突然トリマランが持ち上がった。


「神亀にゃ! こんな場所にも来てたにゃ」

「どこかに向かってるにゃ。場所を覚えておかないと迷子になってしまうにゃ!」


 食事を切り上げて、タツミちゃん達が操船櫓に上がっていく。

 方向としては北東になるんじゃないかな。

 タツミちゃん達が、進行方向と周囲の島を俺が使っていた図板の海図に掻き込んでくれるだろう。

 さすがに距離は適当になってしまうが、左右に見える島をいくつ通ったか、島にどんな特徴があるかぐらいは書き込んでくれるに違いない。

 

 やがて、前方に島が見えてきた。

 饅頭を潰したような形なんだが、一面に緑の島だな。あれならココナッツが沢山あるんじゃないか?


 島から200mほどの距離で神亀がゆっくりと水底に沈んでいったからトリマランが再び海上を漂う形になった。

 あの島を俺達に見せたかったということか?

 タツミちゃんにできるだけ近づいてくれと頼むと、トリマランがゆっくりと島に向かって進んでいく。

 海の色は藍色だ。かなり濃い色だから水深もそれなりにあるってことだろう。


 トリマランを停めて、アンカーを下ろしてみた。

 島との距離は100mほどなんだが、水深は8mほどもある。

 海面近くのごみがゆっくりと西に向かって流れていくのが見えたから、潮通しはかなり良さそうだ。


「ちょっと潜ってみるよ。変わった海域だからね」


 海に飛び込んで目にしたのは、起伏無い水底だった。

 さらに潜って海底の砂を手に取ると、細かな砂泥だった。

 何かが這った痕跡があちこちにある。この痕跡は見たことがあるんだが……、まさかねぇ。


 トリマランに戻ってさらに島に近づき、カヌーで島に上陸する。

 島の砂も細かな砂だ。 

 これは試してみる必要がありそうだな。


 島に2本の杭を打つと、トリマランを沖に移動して簡単な測量を行う。

 トリマランに戻ったら、今度は島の東西の端の角度を求めた。後は計算で島の東西の長さが分かるはずだが、1km近くあるんじゃないかな。

 トリマランを東に向けて南北の大きさを見たんだが、300m程でしかない。東西に長く伸びた島と言うことになる。

 平坦な島だから水場はないだろうけど、ココナッツを得るには都合が良さそうだ。


 夕暮れが近づいたから、今日はここで一泊することにした。

 明日には戻れるかと思っていたんだが、明後日になりそうだな。カルダスさんも噛むカメが新たな漁場を教えてくれたといえば、文句を言うことはないだろう。

 神亀が運んでく入れたコースを逆航すれば、新たな漁場がもう1つぐらい見つかるかもしれない。


「ここまでの海図は作れたかい?」

「左右に見えた島はきちんと書き込んだにゃ。ほとんどまっすぐ来てるから明日戻れば、あの溝のある海域に戻れるにゃ」


 タツミちゃんの言葉にエメルちゃんも頷いているぐらいだから、確実に戻れるってことに違いない。

 それにしても、俺の思いが神亀に通じたんだろうか?

 ここなら、リードル漁が行えるんじゃないか!


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