P-133 速い船は嫁さん達の憧れらしい
畑の石積が終わったのは1か月ほど後の事だった。
畑の西側、道に面した場所も石を積んだから結構時間が掛ったみたいだし、畑の北側から南側へと土を運んだことも時間が掛った理由のようだ。
積んだ石の裏側には小枝や小石を詰め込み、土の流れを少しでも抑えようとしているのを知った時には正直驚かされた。
長年の経験則で知っているのだろう。漁業だけの知識だけを持っているわけではないんだな。
「これで畑が1面出北から、嫁さん達が総出で耕すらしいぞ」
「おかげで俺1人になってしまいますから、明日からはザネリさんの手伝いをします」
「それなら、サンゴの植え付けを頼むよ。結構広い入り江だからなぁ。まだまだ岩だらけの場所があちこちにあるんだ」
いつものように夕食後の状況確認は、焚火を囲んでココナッツ酒を飲む場でもある。
やはりココナッツが足りないようで、この間ザネリさん達が再び取りに出掛けたみたいだ。
「保冷庫の方は1つ仕上がったが、もう1棟あるんだからな。お前達も頑張ってココナッツを使うんだぞ!」
そんな声がカルダスさんの組から聞こえてきた。
保冷庫の枠組みを終えて、断熱材となるココナッツの繊維が集まるのを待つだけになっているようだ。
「まぁ、しばらくは掛かるに違えねぇ。その間に貯水池を作り始めても良いんじゃねぇか? あれはかなり大事だからなぁ」
「縄張りは終えていると言ってたな?」
「どんな形に作るんだ?」
カルダスさんが俺を手招きしているので、傍に行くと「図面を見せてみろ!」と言われてしまった。
バッグから3枚の図面を取り出してカルダスさんに渡すと、壮年の男達が直ぐにカルダスさんの背中から図面を覗き込んでいる。
「作り方は石の桟橋と同じようだな。傾斜を付ける理由が分からんが、桟橋の石積みも傾斜を付けているから同じことに違えねぇ。高さは7FM(2.1m)で石壁の厚さは下が3FM(90cm)で上が2FM(60cm)ってか! こりゃぁ、とんでもない石の量が必要じゃねぇか」
「底にも石を敷き詰めるんだな? 水が漏れないようにとのことだが、そうなると底にも厚く石を敷くことになるだろうよ。先ずは平らにして砂を入れて石を敷かないと平らにならねぇぞ」
「岩場の下だから、石には不自由はしねぇだろうが、砂は運ばねぇといけないだろうな。場所が場所だ。嫁さん連中1日1回運んでもらうか……」
いろんな話が聞こえてくる。
ザネリさん達も参加しようと、友人達と小声で話をしているんだが、石の桟橋の方に重点を置くべきだろう。
「作り方はこの図面か……。なるほど先ずは壁の土台からってことだな。俺達にできるのはこれぐらいじゃねぇか? それと底を平らにするぐらいだろうな。
それに岩場が南に延びているかもしれねぇってことだ。俺達に岩を削るなんてことは出来ねぇから、貯水池の底が斜めになる可能性は高いだろうな。
これだけ図面があるなら問題ねぇ。明日からは岩場に向かうぞ!」
ちゃんと図面を見てくれたかなぁ? 底は全くの平らじゃなくて端の方に5FM(1.5m)四方の深さ2FM(60cm)の穴がある。そこから水を汲みだす予定なんだが、スクリュー式の揚水機でちゃんと水が汲みだせるか心配になってきた。
ダメな時は別の手段を考えることになってしまうんだよなぁ。
「土台ぐらいなら、測量はいらんだろう。地形に合わせれば良いだけだからな。だが石積を始める時には……。ナギサ、頼んだぞ」
「きれいに積み上げられるようきちんと測量します」
俺の答えに笑みを浮かべているから、やはり見た目を気にしているに違いない。
石の桟橋は表面しか見えないけど、貯水池はそうではない。石積みがしっかりと見えるからね。あれは誰が作ったんだ? と尊敬されるのか、呆れられるかのどちらかだ。出来れば前者にしたいのは俺だって同じ思いだ。
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ザネリさん達の仕事を手伝い始めて数日が過ぎると、嫁さん達の畑仕事が終わったみたいだ。
とりあえず葉物野菜の種を植えたらしいから、リードル漁に参加するために氏族の島に戻るころには食べられるかもしれない。
とはいえ、現在のところは灌漑用の水が確保できないからなぁ……。
カルダスさん達が帆布で水を集められるようにしたらしいけど10ℓほどでは焼け石に水ってことになりそうだ。
少しは野菜が取れる、という状況で我慢するしかないと思うんだけどね。
「やはり岩場の岩盤南に延びているぞ。貯水池の底は、こんな感じだな」
カルダスさんが俺の渡した図面を修正して見せてくれた。全体的に斜めではなく、貯水池の三分の二ほどまで底が傾斜しているようだ。
「全体が傾斜していることを想定して大きさを決めましたから、このまま作れば貯水量が3割増しになりますよ。それだけ水を使うことが出来そうです」
「良い方向だということだな。なら問題ねぇ。本格的に石を積み上げるのは雨季明けのリードル漁が終わってからになりそうだ。少し人数を増やせないか、長老と相談しねぇといけねぇ」
あまり開拓の人数を増やすと漁果が少なくなるんだよなぁ。その辺りは長老も頭を悩ませているに違い無い。
新しくできた保冷庫は室内温度を下げるべく連日十数本の氷を室内に立てているようだ。
温度計が無いから、どこまで下げるのか気になっていたんだがどうやら氷の解ける時間で判断するらしい。
1晩で氷が半分というところが到達点のようだ。
室内温度を下げないように出入り口に小部屋を作ってあるのもおもしろい。それだけでも室内温度の変化を抑えられるだろうからね。
「これで、炭焼き小屋に燻製小屋それと保冷庫が出来た。後は数を増やすだけだが、それはリードル漁を終えてからでも十分に違えねぇ。
ナギサよ。いよいよ保冷庫付きの船を作ることになるぞ!」
「一応、長老に計画図を渡しています。商船に値段を確認したところ金貨15枚にはならないだろうと言ってました」
焚火を囲む男達から、「「ホオォ」」と感嘆の声が上がった。
自分達が使っているカタマランの2倍近い値段だからなぁ。ちょっと驚いたってことだろう。
「魔石8個の魔道機関を3基も搭載するんだからなぁ。漁には使えんだろうが速さは十分ってことだろう。嫁さん連中が騒ぎだすんじゃねぇか!」
カルダスさんの言葉に、壮年組が大笑いを始めた。
確かにネコ族の嫁さん達はカタマランの操船の腕を誇っているところがあるんだよね。速さに特化した船だと聞いた途端、漁なんて見向きもしなくなる可能性は高そうだ。
「誰に任せるかで、もめることは間違えねぇな。それにカヌイの婆さん連中も名乗りを上げかねんぞ」
「その方が良いんじゃねぇか? カヌイの婆さん連中なら嫁達も文句を言えんからな」
確かに男達は長老の下で氏族の仕事を行っているけど、嫁さん達はそれには加わらない。その代わり、長老達にも多大な影響を与えるカヌイと呼ばれる巫女組織を組んでいるお婆さん達にいろいろと相談をしているようだ。
長老達とカヌイのお婆さん達が氏族を束ねているといっても過言ではない。
各氏族の長老達を一堂に集めたニライカナイの長老会議は、かつてはオウミ氏族にあったらしいが、現在はトウハ氏族の島に置かれている。
カヌイのお婆さん達も代表をトウハ氏族に送っているが、そこでカヌイの全体調整が行われているとバゼルさんが教えてくれた。
カイトさん、アオイさんにナツミさんがトウハ氏族にいたからなんだろうな。
氏族を超えたニライカナイの意思がそこで作られると言っていた。
そんな組織まで作りあげたんだから、かつての3人は頑張ったに違いない。俺にそこまでの能力があるとは思えないが、助けられた恩義をいつまでも忘れずにいよう。
「まあ、それは長老に任せればいい。あまり嫁連中には話すなよ。漁を止めないといけなくなるからな」
カルダスさんの言葉に俺を除いた全員が頷いている。やはり男の矜持は漁にあるってことなんだろう。
嫁さん達が高速船にあこがれるのは理解できるが、まだまだ漁を止めるには早すぎるということなんだろうな。
「ナギサのところのタツミ達はどうなんだ?」
「今のトリマランもかなり速いですよ。たぶん次の船は、保冷庫を乗せた船より速いのを作れと言われそうですけど……」
「その時、あの船が誰に渡るかで、またもめそうだな?」
「お前らが欲しがるのは無理もねぇが……。ナギサよ。その時には余分な魔道機関を撤去しておくんだぞ。10年も使わねぇ大型船だからなぁ。子だくさんで困っている者に長老が下げ渡すよう打診してくるはずだ」
「そういうことですね。了解です。でもまだ先の事ですよ」
「お前の腕だからなぁ。リードル漁を5回行えば十分に資金がたまるだろう。そろそろ考えとくんだぞ」
すでにこの船の代金ぐらいは貯まっているいるんだよなぁ。リードル漁を行えば、上位魔石を4個前後は手に入る。
それ以外にも中位、低位と手に入るから氏族への上納は中位魔石で行っているぐらいだ。
バゼルさんやザネリさん達の手前、あまり早く作るのも問題がありそうだと思っていたんだが……。
「だが、あまり奇妙な船を作るんじゃねぇぞ。かつてアオイ様はナツミ様と一緒に俺達が船を替える間に3度も船を替えたらしい。
どの船も、それを見た連中が驚いていたそうだ。とはいえ、早かったことも確かで、次の船に替える時にはカヌイの婆様達の船になったらしいぞ」
漁をするにはあまり適していなかった、ということなのかな?
水中翼船まで作ったようだからなぁ。それを形にするだけの知識があったんだろうけど、そこまでするのかねぇ……。何か特殊な目的があったんだろうな。
トリマランに戻って、タツミちゃん達とワインを楽しむ。寝る前の1杯を星空の下で飲むんだから、まるでリゾート気分そのものだ。
「カルダスさんからそろそろ次の船と言われてしまったよ。まだ3年も経っていないんだけどねぇ……」
「金貨は17枚あるにゃ。それ以外にも魔石があるから、作ってもだいじょうぶにゃ」
タツミちゃんとエメルちゃんが顔を見合わせて頷いている。
タツミちゃんの視点では新たな船を作ることに何ら問題はないってことなのかな?
俺は日本で育ったからだろうか、周囲に合わせる必要性を常に感じてしまうんだよな。
出る杭は打たれる……。どうもその考えが心の奥で常に働いているように思えてならない。
「そろそろ準備しようか! となると、この船をどんな風に変えたいと思う?」
せっかく作るんだから、今のトリマランの長所はそのままに、課題がある場所を直すぐらいは考えないといけないだろう。
「いろいろあるにゃ。相談して纏めておくにゃ」
「俺も少し考えてみるよ。明日から少しずつ相談してみよう」
3隻目になる船だ。カタマランではなくトリマランが基本になるんだろうけど漁をするには、いろいろと付けたい装備もある。
当然タツミちゃん達にもこの船の不満があるだろうから、その辺りで妥協点も探さないといけなくなりそうだ。




