P-131 腐葉土作りを始めよう
ココナッツの実は、高いところに生ってるんだよなぁ。俺も木登りはできるんだけど、さすがにあの高さまで登るとなると話が別だ。
どう見ても3階建ての屋根まである感じだから、登れてもそこでココナッツの実を回しながら落とすなんてことはできそうもない。
だけど、ネコ族の男達は身軽に上って簡単にココナッツの実を落としているんだよなぁ。
太いロープを幹に回して、自分の体を投げ出すような感じで高い場所で作業してるんだけど、「簡単だろう?」と言われても俺にはやはり無理だ。
「俺達の仲間にだって、木登りが下手な奴もいるんだ。あまり落ち込むんじゃないぞ」
ココナッツの実を回収して次の島へと向かう時に、ザネリさんが慰めてくれた。
「そういわれても、結構ココナッツは使ってますからね。皆ができて俺にできないとなるのは……」
「誰にだって、向き不向きはあるってことだな。氏族でただ一人上位魔石を取れるナギサの唯一の欠点ということだ。皆それを知ってるから、貰い物が多いだろう?
ナギサが何でも出来てしまうなら、妬む連中だって出て来るさ。それが無いのはナギサの欠点を皆が知ってるからだと思うな」
出る杭は打たれるってことかな?
あまりにも情けない欠点だから、しょうがない奴だと同情心が勝ってるということになるんだろうか?
「まあ、そんなことだから気にするな。氏族への上納を中位魔石でする男だからな。それだけ俺達にも恩恵があるってことだから、皆も気遣ってるんじゃないか」
「氏族に加えてもらえたんですから、それぐらいは……」
「カイト様やアオイ様もお前と同じだったらしい。氏族への貢献はその時代の誰よりも大きかったと長老が話してくれたよ。
ナギサもそうなんだろうな……。シドラ氏族を超えた貢献をしてくれるに違いない。
だが、困った時には相談してくれよ。力仕事は手伝えるからなぁ」
話を終えると、友人達と笑い声をあげている。
「全くだ。力仕事ぐらいはできるからなぁ」なんて仲間内で盛り上がってるんだよなぁ。
日が傾くことには、用意した10個の背負いカゴからあふれるぐらいのココナッツを
手に入れることができた。
このまま帰っても良いんだけど、サンゴの穴を見つけたので、4人で交代しながら素潜りをすることになった。
突いた獲物は20匹近い。今日の夕食に間に合えば嫁さん達が喜んでくれるんじゃないかな。
夕暮れ前に島に到着できるよう、タツミちゃんがトリマランの速度を上げているようだ。
「これが、ナギサの銛か……。使わせてもらったが、まっすぐに銛が伸びるんだな」
「真似する連中の話は聞いたが、俺も作ってみるか。狙い通りなのが一番だ」
ザネリさんの友人には好評のようだ。
俺にはザネリさん達の銛の扱い方が羨ましく思えるんだけどなぁ。
「生憎と銛の腕が、まだまだなんでそんな仕掛けを使ってるんです。相手の動きがリードル並みなら俺でもきちんと突けるんですけどね」
「親父から聞いてるぞ。『トーレがオカズが増えて喜んでいた』ってな。そういうことか……。だが、銛の下手な連中には教えてやりたいな」
中には俺並みの腕の漁師がいるんだろうな。魔石の売り上げを切り崩せば暮らしは成り立つだろうけど、次の船を作るのがかなり遅れてしまうだろう。
もっともシドラ氏族の漁は、素潜りだけでなく釣りも行っている。釣りの腕があるなら何とかなるのかもしれない。
「明日からは石積になるのか? 半年ぐらい過ぎているはずだが、あまり進んでいないようだな」
「1個積んでは息継ぎですからね。こればかりはどうしようもないですよ。それでも基礎はできたと聞いてます。形ができたということで、ガリムさん達は浜から伸ばそうとしてました」
「それで台船で西に向かったのか。小石と砂が目的だな。俺達も運ぶ者と積む者に分けたほうが良いかもしれんな」
「ガリムさん達は5人でやってたんだろう? 俺達は10人だからな。半物ずつ分けて交代しながら進めるか」
トリマランがいつもの桟橋に停泊したところで、カゴを担いでカマド近くの小屋へとココナッツを持って行った。
どう考えても100個は超えていると思うんだけどなぁ。これでも足りないんだろうか?
そういえば、小屋がいつの間にか2つになっていた。
材料置き場だから柱と梁を作ってその上に帆布を乗せた掘立小屋だけど、雨に濡れることはない。
新しい小屋に積まれていたのは、ココナッツの殻を更に割られたものだった。
隅の方を手に取るとかなり解れている。
帆布を広げて、繊維を解いていたのかもしれないな。雨季だけど晴れれば南国の太陽だ。消毒もバッチリに違いない。
その晩の夕食は、ブラドの唐揚げが出てきた。やはり唐揚げはカマルに限ると思うけど、これだって美味しいことに変わりはない。
競争するようにザネリさん達と食べたから、カルダスさんに文句を言われる始末だった。
俺達からすれば、のんびり飲んでる方が悪いと思うんだけどねぇ。
「あれだけあれば、何とかなるだろう。ココナッツは毎日飲んでしまうからな。ナギサは測量を明日から始めれば良い。ザネリの方も頑張るんだぞ」
「2手に分かれて作業するんだ。石運びと石積を3日おきに交代すれば疲れも少ないんじゃないかな」
若手を2手に分けるという話を聞いて、カルダスさん達が笑みを浮かべる。これだけの人数がいるんだから分業を考えていたんだろう。
とは言っても、カルダスさんの方は結構手間がかかりそうだけどなぁ。
「俺達の方は、もう1つ倉庫を作ろうと思ってる。きちんと作れば保冷庫に改造するのもわけはねぇからな。二重壁にココナッツの繊維を詰めるのは嫁さん達に任せればいい。
嫁さん連中は、畑を開墾しようと考えてるぞ。先ずは草刈りだと騒いでいた」
そうなると、早めに腐葉土作りができるようにしておいた方が良いのかもしれない。
石で作ろうと思ってたが周囲を板で囲んでも良さそうだ。防水塗料を厚く塗ればしばらくは腐ることも無いんじゃないかな。
「カルダスさん。板は余ってるでしょうか?」
「板だと? 前に運んだ板もあるし俺達も運んできたからなぁ。かなり余裕があるが、何か作るのか?」
「実は肥料を作ろうと思ってたんです……」
周囲を板で囲んだ中に落ち葉や草を畑の土と交互に重ねていけば簡単な腐葉土になるはずだ。
畑の土の中には、微生物やミミズの卵も含まれているに違いない。それを畑に鋤き込むことで土地の養分を高められると思うんだよなぁ。
農業なんてやったことがないけど、お祖母ちゃんの実家にはそんな場所があったのを見たことがある。
「要するに肥料を自前で作ろうってことだな? 少しは購入したが足りんだろうなぁ。雨で流れないように屋根を作ってやるぞ」
小屋とも言えなくはないか……。日本の田舎では屋根まで作ってはいなかったが、この世界の雨はとんでもなく降るからなぁ。屋根はあった方が良いのかもしれないな。
「大きさはどれぐらいにするんだ?」
5FM(1.5m)四方で十分です。板の高さは3FM(90cm)程度にお願いします。出来れば、何時の壁を取り除けるようにしてあると、取り出すのが楽になるんですが」
「その通りに作ってやる。皆! 明日は小さな小屋を作るぞ。場所は……、そうだなぁ。嫁さん連中が開墾を始めようとしている森の近くだ」
たぶん最初の畑の一角ということになるんだろう。明日は一緒に出掛けて場所を確認しといたほうが良いのかもしれない。
俺達も南の測量に向かうから丁度良い。
「しかし、草を集めて土なんて作れるのか?」
「森の土は森の落ち葉が積もって出来たものです。落ち葉をそのままにしたなら時間が掛かりますが、土と混ぜれば結構速くできるんですよ」
腐葉土と言うぐらいだからね。たまに水を掛けてあげないといけないだろうな。近くに簡単な雨水を集める仕掛けを作っておくか……。
焚き火を囲んでいるといつまでも飲まされそうだから、早々に退散してトリマランに戻る。
今夜はコーヒーをタツミちゃんが作ってくれた。
寝る前だけど、コーヒー好きなら問題ない。タツミちゃん達はココナッツジュースを飲んでいるけど、やはり苦みがあるから好きになれないのかもしれない。
「明日は南を測量するよ。途中まではカルダスさん達と一緒だ。小母さん達が畑を作るために草刈りをするらしい。せっかく刈り取った草をそのままにするのはもったいないから小屋を作って纏めておくんだ。そのままにしておけば半年ぐらいで良い肥料になるはずだ」
「かなり斜めにゃ。石積みが終わってからの方が良いともうにゃ」
「最初に作った畑の野菜を見たんだろうね。もっと野菜を作ろうと考えたんじゃないかな。それに石を積むにしても草があれだけ茂っていてはねぇ」
出来れば土がむき出しになるぐらいにして欲しいんだけど、そうすると豪雨で土が流れてしまうかもしれない。
どのぐらいの範囲でどんな風に刈るのかを見ておくべきだろう。土が流されても、現状なら途中の草で止まるだろうから、それ程問題は無いかもしれない。
やはり、やってみないと分からないことは色々と出てくるようだ。
翌日。カルダスさんの後をカゴを背負った俺達が続いて森を南に向かう。
森から出て20mほどの場所に東西に縄が張られている。これが畑作りの北端になる場所だ。
「ここか! 向こうの小さな山まで畑になるのを見てぇものだな。それで、どこに作るんだ?」
「100FM(30m)四方に縄を張ってあるのが畑の予定地です。最初はここから作りたいと思ってますので、この辺りに作って頂けるとあまり遠くまで歩かずに済むでしょう」
「ここだな! お~い、こっちに来てくれ。ここに小屋を作るぞ。1辺が5FM(1.5m)で高さが3FM(90cm)だからな。 柱じゃねえぞ。壁の高さだ。4隅の柱は北が7FM(2.1m)南が9FM(2.7m)だ。片流れに屋根を作れば良いだろう」
担いできた板や道具を傍に置いて、カルダスさん達が森に入っていった。柱を切り出すのかな?
日が傾くころには出来てるかもしれない。結構手慣れてるんだよね。
さて、俺達は南に歩こう。あの小さな山を一回りしたいところだ。




