P-123 炭焼き小屋が出来た
広場から南に延びる道は耕作地となる予定の斜面へと続く道だ。
その道の途中、ほとんど森を抜け出る辺りに15m四方の広場を作る。
立木の伐採、下草刈りと伐採した後の根を掘り出すだけで1日が掛かってしまった。
2日目は、炭焼き小屋の場所に杭を打って、先ずは炭焼窯を作ることにした。
岩場から石を運んで積み上げることになる。無理をせずに1、2個ずつ何度も往復する。
石をカゴに入れて棒に吊るせば2人で結構楽に運べるけど、量が量だからねぇ……。
何度も往復することになってしまった。
3日目には、石運びと石積を行う班に分かれての作業になる。
カルダスさんとバゼルさん達年配者達が、杭で囲った土地を丸太で突き固めることから始めたようだ。
「石積の方が楽かと思ってたけど、あれは疲れそうだな」
ガリムさんがため息をつきながら親父さん達の仕事を眺めている。
「楽な仕事はありませんよ。漁だってそうですからね」
「まあ、それもそうだな。ところで、後何日ぐらい掛かるんだろう?」
「順調に進めば5日というところだと思うんですけどねぇ」
先は長そうだ。「小石を沢山運んでくれ!」というバゼルさんの声に片手を上げて了承を伝える。
突き固めたから土地が低くなったに違いない。
小石を乗せて再度突き固めることになるのだろう。確かに石積も楽ではないようだな。
俺達が小石と石を半々ぐらいに運んでいると、トーレさん達は畑作りで余った土を運んできたようだ。袋で十数個は残っていたようだが、石の隙間を埋めるのに使うのだろう。
南から帰ってきた嫁さん達が運んできたのは砂のようだ。
材料がいろいろ揃ってきたけど、まだ石積の最初の石は並べられていないんだよなぁ。
4日目になって、窯の輪郭に沿って石が並べられる。横に3列だから結構頑丈な壁になるようだ。
石の隙間は土と接着材をこね合わせて塞いでいる。
1FM(30cm)ほどの高さで積み上げられていくのを、石を運んでくるたびに見ることができるから、結構楽しく石を運んで来れる。
3日間で窯の周囲に4FM(1.2m)ほどの高さに積み上げられた。
まだまだ石が足りないと言われてるから、どんどん運んでいるんだが終わりが見えてこないんだよなぁ。
作業を始めて10目。奥の壁と左右の壁を使ってアーチ状に石が積み上げられていく。
さすがに手で押さえるわけにはいかないから門型の枠を作って、枠を手前に移動しながら積み上げていくようだ。
アーチ状に積まれた石は、荷重を外側に分散すると聞いたことがあるが、これでもそんな役割を持つことができるのだろうか?
石を組み合わせてはいるんだが、接着剤で補強している感じだからなぁ。窯に入っての作業もあるから、ちょっと不安になってくる。
「あの接着剤は強力だ。大陸では大きな橋まで石で作っているらしいぞ」
「そうなんですか! 中での作業もありますから、心配してたんです」
いつもの焚火で素朴な疑問を問いかけてみたら、そんな答えがバゼルさんから帰ってきた。
そういえば、周囲の壁は土を混ぜていたが、天井部分は接着剤だけだったな。それだけ強度を増したということなんだろう。
どうにか石積が終わると、最後に全体を土で塗り固める。
土が足りなくなって、周囲の島から運ぶことになってしまったが、何とか出来上がった感じだ。
「まだ終わりじゃないぞ。窯に屋根を作るからな。丸太を10本ほど運んで来い。嫁さん連中はヤシの葉を集めてきてくれ」
カルダスさんの指示で今度は屋根作りが始まった。
ガリムさんが友人とともにカタマランで船出をしたのは竹を集めてくるためのようだ。
丸太2本を上部を縛って奥と手前に立て掛ける。縛った頂点に丸太を乗せて梁にすれば左右から丸太と竹を立て掛けることができる。
横に何本か竹を通してその上にヤシの葉を並べれば屋根の出来上がりということになる。
材料がそろっていれば1日も掛からないとのことだったが、あちこちから集めての作業だ。どうにか終わって浜に帰る途中で豪雨がやってきた。
滝のような雨に打たれながら、どうにかトリマランに戻ってくる。
タツミちゃん達が着替えている間に、帆布から落ちる雨を運搬容器で受けられるようにした。
久しぶりの雨だ。それにしても俺達の作業が終わるのを待っていたかのような雨だな。
100ⅿほど先の木の桟橋に停泊しているカタマランがぼんやりとしか見えないんだから豪雨以外のなにものでもない。
この豪雨を上手く利用できれば良いんだが、今のところは真水用の貯水池ぐらいしか思いつかないんだよなぁ。
「終わったにゃ。早く着替えたほうが良いにゃ」
「久しぶりにコーヒーが飲みたいね」
「直ぐに作るにゃ!」
3人が飲むだけならカマドで直ぐに沸かせるようだ。雨水はそのまま飲めるらしいが
疲れた体には甘いコーヒーが一番だ。
屋形に入ってびしょ濡れの衣服を脱ぐとタオルで体を拭きとる。乾いた衣服を着ると気分は風呂上りだな。
甲板は帆布のタープがあるから雨をしのげるけど、バタバタとうるさいほどに雨の音がする。
濡れていないベンチを2つ持ち出して腰を下ろす。
コーヒーカップはココナッツの殻を削ったものだ。マグカップ並みの容量があるし、何といってもカップの表面が熱くならないからね。
3人でコーヒーを味わいながら雨を眺める。
1つの作業が終わったんだから今日の仕事はここで終わりだろう。
明日からは、再び測量を始めないといけないな。
翌日から、再び以前の作業が再開される。
俺達は炭焼き小屋の南に広がるなだらかな斜面を広範囲に測量することにした。
かなり大きな耕作地になりそうだな。
だんだん畑になるんだろうかと考えていたけど、そこまでしなくともだいじょうぶかもしれない。
問題は、あの豪雨だ。
畑の土が流されかねないから、それを防ぐためにある程度の大きさで低い石組みを作った方が良さそうだ。
排水路も必要だろう。灌漑用水路と排水路を上手く組み合わせれば米作りもできそうな感じだな。
まあ、それは遠い将来の話。
先ずは新鮮な野菜が取れれば十分だろう。
それにバナナとココナッツ畑があれば、商船から購入するのは米と香辛料ぐらいなものだ。
「こんなに広い場所が、全部畑になるのかにゃ?」
「そうだよ。時間は掛かるだろうけどね。他の氏族にも分けてあげたいけど、輸送時間が掛ってしまうんだよなぁ」
「保冷庫で運んでもダメかにゃ?」
保冷庫か……。商船が野菜を運んでくるんだけど、ニライカナイの島の畑はどこもネコの額だと聞いたことがある。
その野菜の出所は大陸ということになるんだろうな。
それを新鮮に運ぶとなれば、低温輸送ということになるんじゃないか?
大型保冷庫を搭載した高速輸送船は、主力産物である燻製だけの輸送に限らないってことか。
匂いが気になる場合は、保冷庫を2つに区切って使うこともできそうだ。
ニライカナイの各氏族へ、ここで取れた野菜を供給できそうだな。
「ありがとう。良い案が浮かんだよ。シドラ氏族だけでなく、あちこちの氏族にここで作った野菜を届けられそうだ」
その夜の話し合いで、燻製を運ぶ船のことを提案してみた。
やはりシドラ氏族で消費するだけの農業を考えていたみたいだな。
「長老はニライカナイに野菜を届けるような話をしていたが、現実的ではないだろう。俺達が購入する野菜も長期間は保存できないんだからなぁ」
「新鮮な野菜にこだわらなければ、乾燥させた野菜でも大丈夫だろうが、種類が限られているからなぁ。大型船と一緒に漁をしている時には、そんな乾燥野菜のスープも味わったが、あまり良いものではない」
バゼルさん達の経験もあるんだろう。生鮮野菜の流通には否定的だった。
とりあえずはシドラ氏族だけで十分というのも分かるんだが、せっかくあれだけ広いんだからねぇ。遊ばせておくのも勿体ないと思うんだよなあ。
「こんな方法を考えてみたんです……」
大型保冷庫を搭載した輸送船の高速化と、保冷庫の中の区分けについて話を始めた。
元々輸送船は高速化を考えていたから、新たな考えは保冷庫が燻製と野菜の2つに区分されたことだけだったんだが、カルダスさんまでココナッツ酒の入ったカップをと持ちにおいて聞き入ってくれている。
「確かに商船は新鮮な野菜を遠方から運んでくるな。なぜそれが出来るのか考えたことはなかった」
「俺達だってカタマランの保冷庫に野菜を入れているぞ。だが長期間は持たないんだよなぁ」
一番の理由は温度管理ができないってことに違いない。カタマランの保冷庫は魚を運ぶためだから魚の出し入れが楽に行えるように大きな蓋が付いている。
保冷庫自体が木製だから氷の補給は頻繁なんだよなぁ。
だけど、商船の保冷庫はかなり頑丈な造りらしい。その上大きくてたっぷりと氷が並んでいるそうだ。入り口も小さくできているということだから温度変化を嫌った作りになっているに違いない。
「商船並みの保冷庫を作るってことか?」
「たぶん特殊な作りになっていると考えてますが、おおよその見当はついてます。カタマランの屋形並みの大きさで作れるでしょう。
商会に頼んでもできるかもしれませんが、案外高額なものになりかねません」
「それを欲しがる俺達の目的を勘繰られそうだな? ナギサができるのであればそれに越したことはないが、どんな構造になるんだ?」
「島の保冷庫ですよ。たぶんあれで十分のはずです。氷が中々融けないとタツミちゃんが言ってました」
島にある木造の保冷庫は壁が2重になっている。壁の間にぎっしりとココナッツの繊維が詰め込まれているのは断熱材ということになるんだろうな。
入り口が2重になっているのは、冷気が外に出ないようにするためなんだろう。
さすがに出荷時には2つの扉を開くらしいが、出荷後は1日経過しない限り保冷庫に燻製を入れないというぐらい徹底した管理をしているようだ。
「あの保冷庫は爺さん達が作ったらしい。俺達でも作れるってことか」
「だが結構大きなものになりそうだぞ」
「それは問題ねぇだろう。輸送船の速度を上げるには魔道機関の出力だって上げなくちゃなんねぇからな。ナギサのことだ、魔石8個を3機搭載するぐらいは考えているんじゃねぇか?」
思わずカルダスさんに視線を向けた。
俺の視線に気が付いて笑みを浮かべて頷きながらココナッツ酒を飲んでいる。
さすがにそこまで強化することまでは考えていなかったが、魔道機関3機の搭載は考えてたんだよなぁ。
「輸送船についてはそろそろ考えるべきかもしれんぞ。台船を曳いてくると時間が掛るし、カタマランの甲板では荷がそれほど積めねぇからな」
リードル漁のためにシドラ氏族の島に戻ったら、商船と交渉できるようにしておいた方が良いのかもしれないな。
それにしても魔石8個の魔道機関が3機ねぇ……。
かなりの速度が出せるんじゃないか。
操船したいと、手を上げる女性達が大勢出るような気がするなぁ。




