P-112 山頂に登ってみよう
この海域にやってきて4日目の朝。
いよいよ大きな島に上陸することになった。
ロウソク岩のある島の沖合に俺達の船を停泊させたところで、カタマランのザバンに乗り込んでの上陸だ。岩がゴロゴロしているから、畑仕事用の長靴のような代物を履いて、手にはグンテを付けている。
短パンにTシャツのような服装だから、ちょっと奇異な感じがするんだけど、皆の表情は真剣なんだよね。
「島に上陸したら、高台を目指すと言っていたな。あの頂になるのか?」
いろいろと甲板に載せたし、2家族も乗っているからザバンの進みは案外遅く感じる。その上、1艘のザバンを曳いているからなぁ。30分近く掛かるんじゃないかな。
「全員で上る必要はないと思っています。俺達で言ってみますよ。あの島がどんな形なのかを先ずは知らないといけません」
「若い連中には桟橋を作らせるのだな。竹をだいぶ切り出したし、浮きも数が揃った。
3日もあればカタマランを付けられそうだ」
ガリムさん達がだいぶ切り出してきたからなぁ。カゴを編んだのはトーレさん達だ。タツミちゃん達はカゴに布を張って防水塗料を何度も塗りつけたらしい。
カゴの中にはたっぷりとココナッツの繊維やバナナの葉を詰め込んであるから、形が潰れないんだよね。
竹を井形に組み、それに括り付けることで大きな浮体になる。
島の岩場から、20m以上離して浮かべれば立派な桟橋になるだろう。
岩場から竹の橋を作ると言っていたけど、どんな姿になるのかちょっと楽しみだな。
「バゼルさん達は、島の周辺の調査ですね?」
「とりあえずは桟橋をこちらに作るが、島を一回りして調べるつもりだ。まだ魚は世ってこいていないようだが、あれほど出ていた泡が今では全く見えなくなったからな。魚が寄るのは時間の問題だろう」
表面のごつごつが小さな岩場にザバンの舳先がゴツンと当たる。
俺とバゼルさんが素早く甲板から飛び降りると、ロープを使ってザバンを岩場に固定した。
甲板の後ろの方で音がしたのは、トーレさんがアンカー代わりの石を投げ込んだからだろう。
前後を固定しておけばあまり動かないだろうが、舳先に付けた丸太は相変わらずゴリゴリと岩を擦っている。
消耗品のようなものだから、その内に交換すれば良いだろう。あまり気にすることはない。
甲板から引き出した板を使って、タツミちゃん達が次々と上陸を始めた。
俺達も再度甲板に戻って荷物を運びだす。
「オ~イ! どのあたりに小屋を作るんだ?」
「そうですねぇ……。あの大きな岩の隣辺りにしましょうか」
右手から現れたのはカルダスさん達だった。
荷物を背負っているから、早く下ろしたいということなんだろうな。
海岸から30mほど離れた場所なら、干満の差があっても波をかぶることはないだろうし、どう見ても数mほどこの場所よりも高台だ。
早速作り始めたけど、4本の柱を立てて帆布の屋根を乗せただけだから、運動会のテントのような代物だ。
横梁の間にハンモックを吊ればここで寝ることだってできる。
ついでに、飲料水を得るためにロート状の帆布も張っておいた。
真ん中から帆布を二重にした管が伸びている。その先に1mほどの竹の筒を付けたから、水の運搬容器の中に筒先を入れておいた。
いつ降り出してもこれで大丈夫だろう。
「面白い仕掛けだな。雨を集めるんだな?」
「テントのたるみを使っても良さそうですけど、これなら効率的に集められますよ。
人数が増えたら、もう少し大きいのを作った方が良さそうですけどね」
タツミちゃん達は岩場から石を運んでカマド作りの最中だ。
できたカマドは横に3つ並んでいる。
人数が増えても、これならしばらくは使い続けられるだろう。
石の隙間を砂と土を練ったもので塞いでいるようだ。ガリムさん達が他の島から運んできたのだろう。
そんなことをしていると、すでに昼を過ぎている。
いろいろとやりたかったけど、今日はこの辺りまでになるのかな?
小さな焚火を作ると、男性だけが集まってお茶を飲む。
集団に異性が混じることはあまりない。
これもネコ族の風習なんだろうな。パイプを咥えながら、次の作業のことで話が弾む。
「やはり、思った通りには行かねぇもんだ。一応、島で生活できる下地はできた感じだな。嫁さん連中が森に出掛けると言ってたが薪を厚めに行くんだろう。その間に俺達で桟橋を作るぞ」
「岩場ですからね。柱を立てることもできませんよ」
「竹を立ててこんな風に補強するんだ。これは俺とバゼルでやる。お前らは浮き桟橋を浮かべれば良い。上手く作れればカタマランをこの場所まで持ってこれるぞ」
俺達は浮き桟橋の当番か。
材料は揃ってるんだから、組み立てるだけで良いんだよな。ガリムさんが親父さんに大きく頷いているから、ガリムさんの指示で動けば良さそうだ。
太い竹を井形に組むことから作業が始まる。
それが終わると少し細い竹を中に組み込むから井形が田型になった。最後は釣り竿よりも細い竹をザルのように編み込んで1段落だ。
「今度はこれに浮きを付けるんだが、大きいのを周囲に付けて小さいのは中に付けるんだぞ。大きいのはロープでしっかりと結んでくれ。ナギサは中を頼む。少しぐらい緩んでもだいじょうぶだ」
俺が変なところで不器用だと知っているからなんだろうな。
真ん中の浮きは多少動いても周りがしっかりと固定されていれば問題はないんだろう。そういわれてもねぇ……。頑張ってしっかりと留めていこう。
どうにかできたころには日がだいぶ傾いていた。
海に浮かべるのは明日になりそうだな。
道具をかたずけて、ゴミをまとめて焚火で焼く。
バゼルさん達の方は、最初の柱を立て終えたようだ。
2本をまっすぐに立てて、その柱の前後に斜めに支柱を付ける。柱が竹竿だからしっかりと結ばないとずれてしまいそうだが、長年漁で鍛えた腕の力で締め付けられたロープだからなぁ。数年はびくともしないに違いない。
「やはり時間が掛ってしまうな。明日はお前らが作った桟橋を皆で海に運ぼう。アンカーも作っておくんだぞ。そうでないと潮流で流されてしまうからな」
思わず俺達は互いの顔を見合わせてしまった。
そんな発想はなかったからなぁ。でも言われてみればその通り。なぜかこの大きな入り江の内側から西にゆっくりとした潮の流れがあるんだよなぁ。
とりあえず適当な石を何個か見つけて、桟橋の上に転がしておく。いざ探すとなると中々見つからないものだからね。あらかじめ選んでおけば直ぐに作れるだろう。
タツミちゃん達が楽しそうにおしゃべりしながら夕食の準備を進めている。
エメルちゃんがココナッツ酒を持ってきてくれたんだけど、どうやら1人カップ1杯というところのようだ。
俺達は半分ぐらいだけど、カルダスさん達はたっぷりと注いで貰っている。あんなに飲んだら夕食が食べられないと思うんだけど、カルダスさん達にとって、食事と酒は別腹ということらしい。
5日目にどうにか浮き桟橋を浮かべることができた。
次にやってくるときには、この桟橋を使って島に上陸することができそうだ。
バゼルさん達は周辺の海域の魚を調べてくると出掛けて行ったから、俺達若者だけが島に残ってしまった。
「あの頂に登ろうとしてたんだろう? 行ってこいよ。俺達は桟橋周辺を少し平らにするつもりだ」
「それは俺も手伝うべきだと思うんですが?」
「いいや、俺達で十分だ。岩を割ったり、小石を運ぶのは任せておけ。俺達若者が作ったことを子供達に誇れるからなぁ」
そういってガリムさんが友人と笑い声をあげている。
それでは、ということで図番を手にしたエメルちゃん達を従えて、先頭に立って森に入る。
最初の頃は砂地にまばらにココナッツや野生のバナナが生えていたのだが、進むにつれて森というよりジャングルになってきた。
亜熱帯のような場所だからねぇ。突然、ターザンが出てきてもおかしくない雰囲気がするんだよな。
鬱蒼と茂った木々やツタが行く手を阻むから、刀身が50cmほどもある薄手の鉈を振るって道を作っていく感じだ。
中々進めないけど、今日中に帰って来れるかとちょっと心配になってしまう。
何とか昼過ぎに、山の頂上付近に出ることができた。
ごつごつした岩があちこちに突き出しているから、大きな木が育たないみたいだな。
足元に注意しながら頂上に到着すると、周辺の様子がよく見える。
早速エメルちゃんがスケッチを始めた。
コンパスで方向を確認して、東西南北をきちんと描くつもりなんだろう。
タツミちゃんが、水筒に入れてきたココナッツジュースを飲みながらしばし眼下の風景を楽しむ。
4つの島が確かに合体した感じだ。
大きな湾を作っているのは西だけど、北側にも船着き場を作ることができそうだ。
とはいっても、島影になってしまうから、やはり西なんだろうな。
東は海中からいくつも岩が飛び出している。
ちょっとした素潜り漁の漁場になるんじゃないかな。子供達の良い練習場として使うこともできそうだ。
南方向はあまり起伏が無い。
元々あった南の島も小さかったし、隆起の規模が小さかったのかもしれないな。
子の頂からすそ野を伸ばすように南に傾斜が続いている。かなり南に下がったところがポコっと盛り上がってるのがかつての島なんだろう。
だけどこれを開拓するのは、俺の代だけでできるものではない。
森が連続せずに、途中に砂地や岩場があるのがはっきりと分かるんだからなぁ。あれが緑に変わるのは、少しの植林で終わることはないだろう。
メモ帳を取り出して、俺も簡単なスケッチと注釈を書き込み始めた。
おおよその目測で島の大きさを書き込んだけど、少なくとも東西6km、南北は10km近くありそうだ。
前の測量結果が残っているから、その島の輪郭を辿ることでおおよその島の大きさになるはずだ。帰ったら確認してみよう。
住居は南西部に作ることになりそうだな。南の向かって耕作地を広げていけばいいだろう。簡単な見積もりでも、東西2km、南北に3kmを超える畑ができそうだ。6km四方だから、半農半漁の暮らしが可能だろう。
さすがに、ニライカナイの全ての食料を賄うことはできないが、自給率を上げることはできる。
大陸との対立で食料供給が停止されても、相手側が根を上げるまで我慢できる状況を作り出すことはできるだろう。
かつてはバナナに米が付いている食事だったとトーレさんが教えてくれたことがあったが、それよりはマシな生活になるんじゃないかな。
とはいっても、それはずっと後の話でもある。
開拓はこれからなんだからね。場合によっては耕作地をもっと広げられそうだし、稲作だって1年に何度もできるんじゃないかな?
ずっと眺めていると、そこに広がる田畑が見えてくるから不思議だ。
俺がこの世界にやってきたのは、これから行うこの島の大改造のためなのかもしれないな。




