P-110 今度は5隻で出掛けよう
「ニライカナイで一番大きな島になるに違いない。ナツミ様の望んだ自給自足ができるやもしれぬのう」
長老の暮らすログハウスには、カヌイのお婆さんが3人同席していた。
俺の調査概要の藩士を聞き終わると、お婆さんの1人がぽつりと小さく呟く。
あの時見た夢の話は誰にもしてないんだが、ナツミさんはトウハ氏族のカヌイの1人として、カヌイ組織を長く纏めていたらしい。
その悲願はカヌイのお婆さん達の中にずっと生き続けていたに違いない。
「ワシ等も同じ考えだ。アオイ様は島の干拓にも手を掛けたようだが、さすがに断念したらしい。だが、今回は龍神の導きとも言える島の合体が行われているようだ。となれば、ネコ族の為に我等氏族の移住を図るべきだと思っておる」
「ナディ様のお導きもあるようじゃ。必ず達成できようが我等が命ある内とは限らぬぞ」
「元より承知。延々と子孫に継がれていくであろうよ。だが、その先にあるのはネコ族の幸せに繋がるはずじゃ」
長老の言葉に、お婆さん達が小さく頷いている。
両者ともに賛成ってことかな? となると……。
「さすがにナギサ達だけに任せるのは問題であろう。それに我等の本業を続けながら、島を開発するとなれば、あまり人を裂くことも出来ぬ。
大陸に知られずに……、と言うことが大事に思える。今のところは問題あるまい。ナギサの頼んだ品物は全て我等の島で使うことができるし、足りないものでもある。
新たな島の調査はナギサ以外に、カルダスとバゼル、それにガリムともう1人で良いであろう。ガリムの友人で構わん。
カルダス達に、島で暮らすための下準備までをして貰う。
普段の漁には参加できずとも、リードル漁を行うことで暮らしに不自由はせぬだろう。ナギサはだいぶ自分の貯えを使っておるが、これからは氏族の貯えを使って欲しい。
とりあえずは、これで足りるだろう。明日からはバゼルに申告するのだぞ」
長老が、金貨を1枚渡してくれたけど、こんなに使ったかなぁ?
思わず長老達の顔を見ると、笑みを浮かべて頷いてくれた。
半分は、ワインを買って、向こうの島で飲んでも良さそうだな。
「俺達は手伝いをさせて貰えぬのだろうか?」
集まった男達の中から、誰かの呟きが聞こえてきた。
「直ぐに手伝ってもらうことはねぇだろうな。少なくとも、島に近付く水路を見付けなくちゃならねぇ。次の仕事はそれが仕事だ。
ナギサが畑を作ると言ってだいぶ苗木と土を買い込んだが、直ぐに植えられるとは思えねぇ。
ナギサ達が島の地図を作って、それを元にこの場で畑や住居、桟橋の場所を決める。
皆に手伝ってもらうのはそれが決まった後になる。漁も継続しなければならんし、新たな島での人手も必要だ。かなり忙しくなるぞ」
カルダスさんの言葉に、集まった男達の目が輝いている。
ネコ族の人達は働きものだからなぁ。新たな島の開発を自分達の手でやるともなれば、頑張らなくちゃならないと考えているに違いない。
「それは何時からなんだ? 場合によってはカタマランを新調しなければならんぞ!」
「そうだなぁ……。ナギサはどう考えてるんだ?」
丸投げされてしまった。
おモわず咳き込んでしまったが、確かに重要な事だと思う。
「早くて、次の雨季。遅ければ3年後ぐらいになるかと。何せ、俺も新たな島に上陸をしてませんから、その辺りはリードル漁が終わってからの調査で再度報告したいと考えてます」
「そう言うことだ。俺も島1つ離れていたところから見ていただけだったからなぁ。何せ、沸騰するように泡を噴き出す海域に向かうとカタマランが沈んでいくんだ。
物騒この上ない海域だったが、島が大きくなる以上そんなこともあるに違いねぇ」
「と言う事じゃ。次のリードル漁が終わった時に、数隻で向うが良い。調査の結果を聞きながら皆で調整すれば良かろう」
「ナディ様とアキロン様が居られたなら、心配は無用じゃろう。とはいえ無謀な行為は、アキロン様は嫌っておったそうじゃ。船が沈むような海域に入ること自体が、アキロン様を冒とくすることになったかもしれんぞ」
「命の心配はないが、アキロン様が顔を背けるということか? ギリギリで龍神様の機嫌を損ねることは無かったということだな」
カルダスさんの言葉に、カヌイのお婆さん達が頷いている。
案外冒険好きな連中だからねぇ。カヌイのお婆さん達も苦労してるんじゃないかな。
となると、新たな島に足を踏み入れるのも問題になるのだろうか?
「ナギサの背中には龍神様の姿が描かれておる。安心して足を踏みいれるが良い。上陸したなら、島の一番高い頂きに向かって酒を捧げるぐらいはするのじゃぞ」
俺の素朴な疑問を口に出したら、即答でお婆さんが答えてくれた。
案外、いい加減にも思えてきたけど、要するに信じる心が大切だということになるのかな?
「一月後にはリードル漁が始まる。それまでに準備はしておくことじゃ。出発はカルダスが知らせてくれれば十分じゃ」
長老の言葉に、俺達は頭を下げる。
これで会議は終了だ。バゼルさんと一緒に桟橋へと歩いて行く。
「ガリム達は使い走りと言うことになるんだろう。さすがに、リードル漁だけで暮らすとなると次のカタマランを作るのが遅くなる。2組が交互にやってくることになるだろうな」
「明日辺りに訊ねて来るかもしれませんね」
20日程掛かる大航海になってしまう。食料と水は十分に用意するように伝えておかないと……。
翌日。昼過ぎにガリムさんと友人3人がやってきた。
ココナッツ酒を飲みながらの話は、新たな島の調査のことだ。
ある程度予想は出来ていたから、用意しておいたメモを元に話を進める。
「水と食料ってことだな!」
「20日となると、さすがにカタマランの水瓶だけでは足りなくなってしまうな」
食料は何とかできそうだが、飲料水となるとそうはいかないようだ。
一応豪雨を集めることができるとは教えたんだが、運よく豪雨がやってくるとは限らない。やはり最低限の飲料水は確保しないといけないってことになる。
「運搬用の水瓶を互いに都合付けることになりそうだ。新たに1個は買うことになりそうだな」
「1個で2日は持たせられるか……。ココナッツもいつもより集めないといけないだろうな。20個は必要か?」
自分達で集めて、尚且つギョキョウから買い込むことになりそうだ。
「少し大きな水瓶を買って、あのザバンに乗せて行こうと思ってます。少しは分配できますよ」
「ナギサは運搬用の水瓶だけでも4つあるんだよなぁ。親父に言って、氏族用として買い込むことを頼んでみるか」
岩だらけの島のようだから、足ごしらえもしっかりしないといけない。
ネコ族は普段靴を履かずにゾウリのようなサンダルを履いているんだけど、今回は畑仕事で使う革の長靴を用意することになった。
靴底の革をさらに1枚追加して貰えばしばらくは使えそうだ。
長老から貰った金貨は、俺達で使うようにとタツミちゃん達が言ってくれたので、これを使って全員分の靴を揃えることにする。
「食事は一緒の方が都合が良さそうだ。大鍋を1つ買い込んで落ちた方が良いかもしれないな」
「拠点とする島も、決めておいた方が良いぞ。しばらくは大きな島に上陸できないんだろう?」
色々とあるなぁ。やはり皆で考えると不足していた物が分かってくる。
新たにメモを作って、各自が揃えるものと、皆で使うものを整理する。
調査はまだまだ先になる。それまでじっくりと考えれば良いだろう。
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雨季明けのリードル漁が終わると、食料の買い込みが始まる。
ガリムさん達は少し遠くまで出かけて100個以上のココナッツを集めてきた。
20個近い数を渡された時には驚いたけど、ガリムさんのカタマランには背負いカゴに入りきれないココナッツが甲板に竹で作った柵の中に山積みされている。
「出発は明後日だったな。明日は1日中水汲みになりそうだ」
「曳き舟の方も手伝ってくださいよ!」
分かってると言って俺の船から離れたけど、次はバゼルさんの船に向かうのかな?
「10個は買ってあるにゃ。これだけあると使い切れないにゃ」
「カルダスさん達が一緒だから、向こうに着いたら毎晩ココナッツ酒になりそうだ。案外足りなくなるんじゃないかな?」
タツミちゃんの呟きに答えたけれど、ココナッツは色々と利用できるんだよなぁ。
島にもあるんだろうけど、ちゃんと育ってくれていれば助かるな。
島の隆起によって、植生がどれだけ影響を受けたか想像できない。
それも、次の調査の重要項目の一つになりそうだ。
リードる漁を終えて5日後。
いよいよ島を出発する。都合5隻の船が、2艘のザバンを曳いての出発だ。
浜や桟橋にだいぶ人が出ているのは、俺達の調査を期待しているに違いない。
先頭は、カルダスさんだが、俺とバゼルさんの船がザバンを曳いているからそれほど速度を上げることは無い。
ガリムさん達もこれなら十分に付いてこれるだろう。
深夜まで、船を進めると言っていたけど、この速度だからなぁ。
到着するのは、早くて6日後になりそうだ。
結局ガリムさんに同行するのはオルバンさんになったらしい。嫁さんはエクトさんという笑窪が印象的な嫁さんだった。
ガリムさんの嫁さんのエミルさんもそうだけど、ネコ族の女性は皆気立てが良い、可愛い感じがするんだよなぁ。
だけど、年月が過ぎるとトーレさんのような女性になるんだろうか?
結構我儘なところがあるけど、俺達に親身になってくれるからね。
俺のお袋とはだいぶ性格が異なるけど、良い人であることには間違いないな。




