P-107 落ち着いてきたのかな
翌朝、船尾の甲板に出てみたら、東の島がはっきりと見えることに気が付いた。
昨日はロウソク岩がどうにか見える距離だったんだが、1晩で島が大きくなったようだ。
昨夜の低い地鳴りのような音は、島が盛り上がる音だったのかもしれないな。
すでに朝食ができていたから、早めに食べてひとまず東に向かってみることにした。
最初の測量点を作った島の沖合までなら、水深もそれほど浅くはないだろう。念のために、たまに船を停めて水深を測る。
どんどん浅くはなっているが、やはり水深3mというところで止まっているみたいだ。
この先どうなっているか分からないが、ここまでなら安心して近付けるということになる。
「大きくなったにゃ……」
「ああ、だいぶ育った感じだね。それに吹き出す泡もかなり少なくなったし、次の来るときにはあの島に上陸できるかもしれないよ」
バゼルさんと一緒に来た時ぐらいに海底から上がってくる泡が少なくなっている。
あれほど揺れていたロウソク岩も、今朝は身動ぎもしていない。
活動が終息しているということになるのだろうが、次に来るときも今日のようであったなら、ザバンで島に渡ってみることもできそうだ。
移住するというなら、カタマランがどれほど接近できるかを確認しないといけないだろう。
場合によっては水路を見つけないといけなくなりそうだ。
「やはり潮が動いているにゃ。東から西に流れているにゃ」
タツミちゃんの言葉に、近くの泡を見てみるとゆっくりと西に流れているようだ。
周囲の島を取り込んで1つの島になったから、この辺りは西に開いた大きな入り江になったはずだ。入り江を巡るような潮の流れになると思っていたんだが、海底洞窟でもあるのだろうか?
「次に来るときに調べてみようよ。今回だけで全部調べられるわけでもないからね。先ずは戻って報告しよう」
俺の言葉に、2人が嬉しそうな表情を作ると力強く頷いてくれた。
直ぐに操船櫓に上ると、西へと回頭を始める。
後は一気に速度を上げてこの海域から西へと進んでいく。
だんだんと小さくなっていくロウソク岩を眺めながら、船尾でのんびりと一服を楽しむ。
航行時には俺の仕事が無いんだよなぁ。
銛は全て研いであるし、仕掛けだっていくつも作ってしまった。
後は……、餌木でも作るか。
商船で販売しているんだけど、やはり自分で作った餌木は愛着が湧くからね。それに、自作した餌木の方がよく釣れるとザネリさんも言ってたぐらいだ。
氏族の浜で見つけた使えそうな流木をいくつも拾ってあるから、その1つを取り出してナイフで形を整え始めた。
サバイバルナイフは、こんな作業に丁度良い。
ナイフの背に付いているノコギリみたいなギザギザを使うとヤスリのように微妙な曲線も形作ることができる。
次のシメノン漁がいつできるかはわからないけど、雨期の夜釣りなら可能性は高いんじゃないか?
島に帰るまでには、何としても3つ作っておこう。
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タツミちゃんとエメルちゃんが交代しながらトリマランを進める。
たまに俺も代わるんだけど、1時間も舵を握らせてもらえない。
操船は女性の仕事ということなんだろうが、俺だってバウスラスターを動かしてみたいんだよなぁ。
いつも、まっすぐな航路だけなのが問題だ。
たまに北に進路を変える時もあるんだが、その前に舵を取り返されてしまう。
昼は2ノッチで、夜は1ノッチで進むのが2人の取り決めらしい。
たまに豪雨がやってくると、途端に速度が遅くなる。たぶん半ノッチぐらいで進んでいるんだろう。
100m先も見えないような視界では、停船したほうが良いと思うんだけどねぇ……。
そんな操船を繰り返して、シドラ氏族の島に帰り着いたのは5日目の朝だった。
桟橋には、バゼルさんの船が見えないから漁に出掛けたに違いない。
屋形の屋根の上で北を眺めていたエメルちゃんが、直ぐに下りてきた。
「父さんのカタマランがあるにゃ。呼んでくるにゃ!」
桟橋に飛び移って、すぐにとコトコト走り出していった。
「商船が来てないにゃ。明日は来ると良いにゃ。だいぶ食料が減ってるにゃ」
「ギョキョウでも買えるんだろう?」
「調味料は、さすがに売ってないにゃ」
そういうことか。
全てを商うことはないんだな。
そこまで商うようになったら、商船の旨味も消えてしまうということなんだろう。
とはいえ、これだけ周囲が海に囲まれている場所で、塩を買うんだから驚きだ。
塩作りは手間もかかるらしいが、何といっても薪が必要らしい。
どうにか薪は自給できる状況で塩作りを始めたら、島の緑が無くなってしまいそうだ。
お茶を沸かしてカルダスさんが来るのを待っていると、手カゴを持ったカルダスさんがやってきた。
「無事に帰ってきたな! エメルは嫁さん連中と軽いものを作っている。朝食はまだだろう? もう少し待っているんだな。……それで、島はどうなった?」
用意した地図を甲板に広げながら、カルダスさんに状況を説明する。
4つの島が繋がったと言ったら、目を丸くしていた。
「なるほどなぁ。かなり大きな島ってことだな。海が沸騰するように見えたと言ったら、長老が驚いてたぞ。……それが収まったということか」
「終息したのか、休止したのかはわかりません。たぶんネコ族の伝承にもそんな話はないでしょうし、俺が知っているのは火山活動によるものですから、数年は続くものばかりです」
そうだろうな……、という感じで頷きながらお茶のカップを置いてパイプに火を点けた。
「次は、バゼルの番だな。たぶん明後日には帰ってくるだろう。次の調査で大事なのは、ナギサが言うように水路を見つけることになりそうだ。
それにしても湾の奥から潮流があるのか……。俺達が暮らす上では理想的だが、海底に龍神様が住んでいるのかもしれんな。踊るような光はナディ様達に違いねぇ」
シドラ氏族の意向は、移住に舵を切っている感じだな。
この島の10倍以上の大きさがありそうだ。
ん! 待てよ。あの時見た夢の中で、ナツミさんは水田を欲しがっていたな。
あれだけ大きな島なら、それが叶うかもしれない。
次の調査で島に上陸できたなら、それが可能な大きさなのかをよく調べてみよう。
「まあ、収まっていたならナギサの考えで間違えはねえだろうな。水路の確認は是非ともしておくことだ。俺からもバゼルには伝えておくが……、4つの島が1つのなるってことは、途中の海もせりあがったってことか……。この島の10倍を超えるだろうな」
周囲を一巡りしてきたからなぁ。
カルダスさんも、地図を見ながらため息をつく始末だ。
「上手い具合に雨季でもある。海底の土砂の塩は流れてしまうだろうなぁ」
「土砂まで一緒に流れてしまうんじゃないですか? それに島の周囲だけに砂浜があったと思います。不思議な話ですが海底はサンゴも突かない岩場でしたよ」
「そうだったな。たぶん岩の隆起で砂が埋もれてしまったに違えねえ。となると、土ができるまでにかなりの時間が掛るんじゃないか?」
どうする? という目で俺を見てるんだけど、俺にだって島が緑に覆われる姿は早く見たいところだ。
亜熱帯の気候は植物の繁茂を促すはずだから、土壌が整えば良いんだろうなぁ。
となると……、客土ってことかな。
「商船がやってきたら、ちょっと確認してみます。土を買うことができれば、案外早く緑を作れそうです」
「土を買うだと? そんな発想がどうして浮かぶかわからんが、買えるとしても安くはないんじゃないか?」
「そこは、交渉ですね。苗木と一緒に土を買う。島の緑化を進めたいといえば、商会の連中だって納得してくれるでしょう。ついでに、大きな桶も欲しいところです。最初の島はこの島よりもかなり小さかったですからね。島の調査や、桟橋作りを考えると、ある程度の人数が島で長期間生活できないと困ります」
「そのための水の確保ってことか。となると乾季よりも雨季の方が良いかもしれんな。調査に必要な品と桟橋作りの品は長老に相談しよう。全てナギサに任せるわけにもいくまい」
リストの作成ぐらいはしてあるからね。
それを基に、氏族の共有ができるものを選びだそう。
長老への報告はカルダスさんがしてくれると言ってくれたから、甲板に広げた地図をそのまま渡すことにした。
最初の測量で作った地図はそのまま手元にあるし、カルダスさんに渡したものと同じ地図がもう1枚あるからね。
「帰ってきたようだな。長らく向こうで苦労してきたんだ。数日はのんびりと過ごすんだぞ」
「分かりました。まだザネリさん達も戻ってきませんからね。でも次の漁には参加するつもりです」
俺の言葉に、カルダスさんが笑い声をあげて肩をポン! と叩く。
甲板を後にして桟橋を歩いていく後ろ姿を眺めていると、途中で手カゴを持って歩いてきたエメルちゃんの頭をぐりぐりとなでている。
子供扱いされたエメルちゃんが抗議しているようだけど、カルダスさんにとっては可愛い末娘であることに変わりはない。いつまで経っても、可愛いことに変わりはないってことなんだろうな。
「食事を分けてもらってきたにゃ!」
手カゴから取り出したのは粽風のご飯だった。
いろんな具材を混ぜたご飯をバナナの葉でくるんで蒸したものだから、何となく向こうの世界を思い浮かべられる料理なんだよなぁ。
タツミちゃんを屋形から呼んで、3人で食事を取る。




