P-106 ナツミさん達ができなかったこと
この海域にやってきて、5日が過ぎた。
何度かロウソク岩の東の島を中心に周囲の海域を調べてみたが、島4つ分ほど離れると、海底からの泡も見られないし、海底に潜ると魚もかなりいるのが分かった。
周囲50kmほどにだけ影響があるように思える。
その中心となる島は周囲の3つの島と完全につながってしまった。
真ん中の島の標高は推定でも500m近くありそうだ。
かつて島だったと分かるのは、頂き付近だけに緑があることと、限定されてはいるが
中腹に砂浜が取り残されているのが見えるからだろう。
初めて目にしたなら、周囲の島と比べて変わった島だというぐらいの認識しかないんじゃないかな。
「大きくなったにゃ!」
「海面の泡がだいぶ収まってきたにゃ。終わったのかもしれないにゃ」
「油断はできないよ。まだここに滞在できるかな?」
「食料は十分にゃ。3日はだいじょうぶにゃ。水は……、もうすぐ手に入るにゃ!」
タツミちゃんが見上げた西の空には、黒い雲が急速に広がっていた。
急いで屋形の屋根から甲板に戻ると、タープを船尾まで伸ばしてロープのたるみを無くしておく。
確かに水は確保できそうだ。
水汲み用の容器を2つ取り出して準備しておく。これだけで20ℓ近くになるからね。
3人で使うなら3日は持ちそうだ。
直ぐにタープを叩くような雨が降ってきた。
近くの島が直ぐに見えなくなってしまうが、水深さえ変化がなければ心配することはない。
水汲み用の容器にタープから落ちる雨を回収しながら、3人でお茶を飲む。
豪雨の中では何もできないんだよなぁ。
トーレさんがアオイさんの嫁さんになったナツミさんの話をしてくれたのを思い出す。
なんと、ナツミさんはカタマランの甲板に穴をあけたらしい。
豪雨の時にも釣りができるということらしいが、次に船を作った時には、甲板に穴を作らなかったらしいから、あまり役立たなかったのかな?
とはいえ、常識はずれをことを次々と行ったということだから、ある意味アイデアマンということなんだろう。
アオイさんも苦労したんじゃないかな? と苦笑いを浮かべながらトーレさんの話を聞いていた。
だけど、舷側から竿を出しても取り込み時に濡れてしまうんだから、ナツミさんのアイデアは実用的ともいえるんじゃなくぃかな?
カタマランが大きければ案外便利に使えると思うんだけどねぇ。
雨期の雨は長く続く。
周囲がかなり暗くなってきたのは、夕暮れが近いからに違いない。
ランプに光球を入れて吊るすと、タツミちゃん達が夕食を作り始める。
邪魔にならないように反対側に移動して、のんびりとパイプを楽しむことにした。
泡立ちが減ったのなら、東にかなりいけるんじゃないかな?
カヌーで先行して水深を確認すれば、危険も少ないだろう。
次にやってくるときに備えて、水路の確認は是非とも必要だ。島に一番接近できるルートを確認しておかないと、上陸もできないからね。
豪雨の中で夕食を取っていると、岩が崩れるような音がたまに聞こえてくる。
豪雨の音でも聞こえるんだから、かなり大きな音に違いない。
2人の心配そうな顔を見て、舷側に紐を投げ込み水深を測ってみた。
変化がないことを伝えると、やっといつもの表情に戻ったから不安なんだろうな。
あまり長くこの場にとどまらずに、氏族の島に帰った方が良さそうだ。
「明日の調査を終えたらいったん戻ろうか? あまり長くここにいると漁を忘れてしまいそうだ」
「それが良いにゃ! 雨期は延縄でたくさん魚を島に運ぶにゃ」
エメルちゃんが嬉しそうに答えると、タツミちゃんも笑みを浮かべて頷いている。
やはり、早く戻りたかったに違いない。
次に来るときには、きちんと日程を決めて行動しよう。
翌日は、朝から快晴だった。
朝食を終えたところで、カヌーを取り出し俺一人で先行する。
200mほど進んだところで、片手を上げるとタツミちゃん達が俺の後を辿って船を進めてくる。
それにしても、あれほど噴出していた泡が今朝は収まっているんだよなぁ……。
ロウソク岩のある島を過ぎたんだが、たまに泡が浮かんでくるくらいだ。
澄んだ海は海底が良く見える。
直ぐ近くに見えてしまうんだが、それでも水深3m近くあるから、トリマランの航行に支障はない。
できればこの海域を、東西に20mほどの間隔で南北に水深を測りたいところだ。
4つの島が1つになったぐらいだから、海底だってかなり変化したに違いない。
穏やかそうに見えるんだが、どこに暗礁があるかぐらいは知っておかないといけないだろうな。
大きな島の500mほど手前にやってきた。
さすがに島の近くに来ると、盛んに泡が噴出している。
まだまだ大きくなるってことかな?
島が繋がっているから左右の島によって大きな湾になっている。潮通しはどうなのかな? 停滞した海水は暮らしに良くないと思うんだけどね。
ん! カヌーがゆっくりと流されているのに気が付いた。
風はそれほどでもないから、これは潮流ということになるんだろう。
湾に流れる潮が中央で外側に向かって動くんだろうか?
ちょっと不思議な潮の流れだな……。
さらに先に進むことにした。泡の吹き出しを確認しながら岸から300mほどに近づく。
それでも水深は3m近いままだ。干満の差を考えると、喫水の深い商船はさすがに問題だけど、カタマランならこれだけ水深があれば十分だろう。
場所によってはさらに深いところもあるんだろうが、このままの水深でもっと行けそうにも思える。
だけど、ここまでにしよう。
次の調査もあるんだからね。
場合によっては上陸も可能だろうが、今回はここまでだ。
大きな島の周囲を一回りしたところで、ロウソク岩がギリギリ見える距離まで西にトリマランを進める。
周囲の海域の泡立ちは少なくなっている。
終息したのかもしれないけど、地球の動きそのものだからねぇ……。
長く掛かると思うんだよなぁ。
大きな変動がまた起こるかもしれないけど、次にこの場所にやってくるのは少なくとも2か月は先になるはずだ。
その間に、また変動があるかもしれない。
日が傾いてきたころには、西の空が怪しくなってきた。
このまま夜を徹して進めば、間違いなく豪雨に遇いそうだ。
今夜はここで一泊して、豪雨が終わってから帰ることにしよう。
豪雨は夕食前にやってきた。
既にランプを付けているから、タープに降り注ぐ雨を運搬容器の1つに集める。
大きなタープを作れば、飲料水を集めるのが案外簡単に思えてくる。
専用のタープと容器を作っておくべきかもしれないな。容器は組み立て式が良いんだが、これはドワーフ族の職人さんと相談することになりそうだ。
食事を終えたところで、3人でワインを頂く。
3人ともあまりお酒は強くないからカップに半分で十分酔えるんだよね。
さて、家形に入ろうかとしていると、東から『ドォ~ン!』と大きな音が聞こえてきた。
その後も豪雨の音とは異なる、低い地鳴りのような音が聞こえてくる。
その音に合わせるように家形が揺れるんだから、低周波振動と言う奴なんだろうか?
「島が爆発したのかにゃ?」
「さすがにそれはないよ。火山の爆発なら雨雲を吹き飛ばしそうだし、この辺りも無事では済まされないと思うな。でも、少し船が揺れてるね」
舷側から組紐を放り投げて水深を測る。
推進に変化が無いことを、タツミちゃん達に告げると心配そうな顔に笑みがさす。
ふと、東を見ると豪雨で見通しが効かないんだが左右とは明らかに明るさが異なっている。
溶岩でも噴き出してるんだろうか?
だとしたら水蒸気爆発が起きるはずなんだが、先ほどの轟音がそうだとは思えない。
それに低い唸りのような地鳴りは未だ続いている。
「何が起きてるのか分からないけど、今のところは安全だろう。心配だから、俺が起きてるよ。明日は、状況を確認してさっさと帰ろう!」
「何かあったらすぐに起こして欲しいにゃ。豪雨でも方向さえ間違わなければ速度を上げられるにゃ」
何か物騒な事を言ってるな。
タツミちゃん達なら本当にやりかねないんだよなぁ。その時にはゆっくり進めと言うことにしよう。
2人が屋形に入ると、俺一人がタープの下で東を眺めることになってしまった。
確かに少し明るいんだよなぁ……。
じっと見ていると、なんだか明暗を繰り返しているようにも思える。
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大きな島を背景に、変わった形の船がある。
桟橋に停泊しているのだが、操船櫓が2階建てなんだよなぁ。
3人の男女が乗っているけど、男女2人はどう見ても俺と同じ人間だ。
女性の姿を見て、ちょと顔が赤くなってしまった。
極めて露出度の高いビキニだ。似合ってはいるんだけど、もう1人の女性のような少し大人しい水着が良いんじゃないかな?
完全に浮いているんだけど、当人たちは気にしていないようだ。
『やはり、大きな畑が欲しいよね』
『自給自足ってこと? だけどこの島でさえ作れるのは野菜だけだし、2ヘクタールにも満たない大きさだ。他の氏族の島なら、更に小さきんじゃないかな』
『大陸からの干渉は必ず起きるわ。その時に相手が取れる手段は主食の取引停止なのよ。その時に困らないだけの対策はしておかないと……』
『魚の供給停止をすることで、向こうも折れると思うんだけどなぁ』
『短期的にはそうかもしれないけど、魚を養殖することだって可能でしょう? それに牧畜に力を入れてるそうだし……』
『島を開拓すれば良いにゃ。まだまだ土地はありそうにゃ』
『甘い甘い! お米を作るとなれば、今の数倍は必要よ。そうなると水が足りないの。トウハ氏族の島は水が豊富だけど、それは飲料水としての水よ。お米を作るにはたkさんの水が必要だし、その貯水池を作るとなれば中腹にダムってことになるのかなぁ……』
『ナツミさん、それは無理だよ。山の森を伐採するとなればカヌイのお婆さん達が繁多するだろうし、開墾して水田を作るとなればかなりの森を切り開かねばならないからね。
長老達も反対するんじゃないかな?』
『そうなのよねぇ……。どこかに、トウハ氏族の島の数倍の大きさの島は無いのかしら? 誰も住んでないなら大規模開発を行っても文句を言われないと思うんだけど』
ナツミさんの言葉に、残りの男女がやれやれと言うように互いに顔を見合わせ首を振っている。
これって! かつてのアオイさんとナツミさん達なんだろうか?
そう思いついた瞬間、首ががくりと下がってベンチから甲板に落ちそうになってしまった。
慌てて横に転がったけど、どうやらベンチで寝てしまったらしい。
東を見ると、ぼんやりした明かりは消えていた。
あの明暗が俺を眠りに誘ったのかもしれないな。
それにしても……。ナツミさんは大陸の干渉に対抗する手段として自給自足を考えていたようだ。
それができなかったのは、大きな島を最後まで見付けることができなかったということになる。
ならば、その意思を俺達で叶えられるならニライカナイが選ぶ選択の範囲を広げられるということになるだろ。
でも……、あの水着は無いよなぁ。
トウハ氏族では、かなりの問題児だったんじゃないか?




