P-105 島が繋がっていく
東にトリマランが進むにつれて、周囲の泡立ちが激しくなる。
それだけなら良いんだが、少しずつトリマランが沈んでいくんだよなぁ。
喫水線がだんだんと甲板に近づいているのが分かる。通常なら60cm以上あるんだが、今は30cmちょっとだ。海水中の泡のせいで見かけ比重が少なくなっているのだろう。
ロウソク岩のある島付近から東ではソロこそ沸騰するように泡立っている。あれだとトリマランが沈んでしまいそうだ。
最初の測量点を作った島の南で大きく回頭し、船を西に向けた状態で成り行きを見守ることにした。
水深は、だいぶ浅くなっているが、それでも3.5mを超えている。3mを切ることがあればさっさと移動しよう。
「少しずつ島が大きくなってるにゃ!」
「たぶん盛り上がってるんだろうね。この辺りの水深もだいぶ浅くなってきてる。タツミちゃんは操船櫓かい?」
「いつでも、西に進めるにゃ。……あれを見るにゃ!」
エメルちゃんが腕を伸ばした先には、海面を割って大きな岩が現れるところだった。どんどん海面に現れる岩の姿が大きくなり、島と繋がってしまった。
奥の島は、あの時と同じ情景だ。
ゆっくりとだが、確実に島が大きくなっている。
島全体が一様に盛り上がるのではなく、区画があるようにも見える。おかげで島を覆っていた森が無残な姿になりつつあるんだよなぁ。
あの森を再現するためにはどれだけの月日が掛かるんだろう。
氏族の連中は簡単に移住を考えているようだけど、10年以上先になるんじゃないかな?
まあ、島の活動が落ち着いてからのことなんだろうけどね。
それにしても、あのロウソク岩は根が深いんだろうか?
かなり揺れているのが分かるんだけど、いまだに崩落しないんだから大したものだと感心してしまう。
突然、200mほど先の海面が割れて岩が姿を現した。
慌てて、水深を測ってみると3.3mといったところだ。この辺りも安心できないな。
タツミちゃんにお願いして、島1つ分西へと移動することにした。
だいぶ遠くなったけど、双眼鏡を使えば様子が分かる。
さすがに、ここまでくれば喫水は元通りだ。水深も5mを超えている。
「西の空が怪しいにゃ。夕暮れ前に降り出しそうにゃ!」
「それなら、もう少し西に向かって投錨しよう。状況が見えなくなってしまうからね」
さらに、西に向かうことになった。
ここまで移動すると、東の沸き立つ海は見えないけど、屋形の上からなら問題の島を双眼鏡で観察できるようだ。
タツミちゃん達が交代で観察してるから、俺は甲板に三脚を立てて、測量器の望遠鏡で眺めることにした。
揺れる甲板で見ていても、望遠鏡の中の十字線の水平線を島の高さに合わせることで、島の頂が少しずつ上昇しているのが分かる。
角度を固定して、明日の状況を見てみるか。12時間での上昇速度が分かるかもしれない。
周囲が夕闇に照らされ始めた。
今の内に、水深を測っておこう。
水深の変化がなければ、慌てる必要はないだろうからね。
測定した結果は水深5.5m。1晩で3m以上浅くなることも無いだろう。
パイプのタバコに火を点けて、東を眺めながら一服しているとタツミちゃん達が操船櫓から降りてきた。
「もうすぐ降り出すにゃ。ランプをお願いするにゃ」
「了解。それが終わったらタープのゆるみを直しておくよ」
急いで2つのランプを作り帆柱と帆桁に吊るす。
タープはすでに張ってあるんだけど、船尾方向を開けてある。タープを戻してロープのたるみを直していると、豪雨が襲ってきた。
直ぐに周囲が真っ暗になってしまったけど、タツミちゃん達はタープの下で夕食の準備をいつものように始めている。
舷側から組紐を下ろして、水深を確かめる。
変化がないことを知って笑みが浮かぶ。さすがにここまでの影響はないみたいだな。
夕食は豪雨の中で取ることになった。
2人が心配そうな表情でたまに東を見るんだが、この豪雨ではねぇ……。
日中でさえ200m先が見えない程なんだから、見えるはずはないんだよなぁ。
食事を終えてワインを飲んでいると、突然豪雨が収まった。
メリハリの効いた豪雨だな。
何気なく、東を見て気が付いた。
東が、ぼんやりと光っている。まるで島自体が光っているように見える。
「不思議な光にゃ」
「島が光っているみたいだね。前に見た龍神の光とも違うようだ」
地震が起きると不思議な光が見えると聞いたことがあるけど、この現象もそのたぐいの事なんだろうか?
満天の星空の下で、東だけがぼんやりと光っている。
それは幻想的な光景だが、不思議と危険性を感じない光だった。
2人が屋形に入った後も、しばらくは起きていることにした。
俺は朝寝坊だし、2人は朝が早いからね。
薄明が始まったらハンモックに入れば良いだろう。朝食時まで数時間は眠れるはずだ。
たまに水深を測り、変化がないことを知ってほっとする。
コーヒーを飲みながらパイプを咥え、明日の行動をいろいろと考える。
状況に変化がなければ、周囲を大きく巡ってみることも必要だろう。
ゆっくりと、中心の島に近づけば水深の変化も分かるに違いない。
島に上陸するためにも水深の調査は必要だろうし、何といっても、どこに港を作るべきかを考える必要がありそうだ。
喫水の浅いザバンを使っての作業になりそうだな。
測量器具がもう1つあれば、三角測量でザバンの位置を知ることができるから、島周辺の海図作りは何とかなりそうだ。
とはいっても、島周辺を全て網羅するのはかなりの時間が必要だろう。
やはり、港をどこにするかを速めに決めなければいけないんだろうな。
翌日。目が覚めると過ぎに甲板に出て、水深を測る。
5.5mの水深を確認してほっと胸をなでおろすと、屋形の屋根の上に上がって東を眺めることにした。
屋形の屋根にはタツミちゃん達が双眼鏡で東を眺めている。
「起きたにゃ? あんまり変わりはないにゃ。操船櫓にエメルがいるから、何かあればすぐに逃げ出せるにゃ」
「それならだいじょうぶだね。食事が終わったら、最初に測量した島の南に向かいたいんだけど」
「直ぐに用意するにゃ!」
タツミちゃんが、俺に双眼鏡を渡して甲板に下りて行った。
すでに朝食は作ってあるみたいだ。温めるだけに違いない。
双眼鏡を東に向けると、海面が白く光っている。噴出した泡が密航を反射しているんだろう。
状況の変化はないようだが、正面に見える島はだいぶ大きくなったようだ。
元々に高さは30mほどに見えたんだけど、その2倍以上に標高が上がっている。
周辺の島とも繋がっているかもしれないな。この先は西に開いた大きな入り江になりそうだ。
朝食を1人で食べる。
タツミちゃん達は、すでに済ませたらしい。
確かに朝とは言えない日の高さだ。リゾットもどきのご飯にスープを掛けて頂く。
ちょっと酸味が強いスープなんだけど、ご飯の甘みと合わさってこの食べ方が気に入ってるんだよね。
朝食を終えると、エメルちゃんがお茶の入ったカップを渡してくれた。
俺の食器を片付けると、カップを持って俺の横に座る。
「今日はどうするにゃ?」
「先ずは、最初の測量点を作った島の近くに行ってみよう。出来れば上陸して測量をしたいが、無理はしないよ。その後は、この場所からぐるりと周辺を回ってみよう。
正面に島が、異変の中心かどうかを確かめたいんだ」
「なら、後進して東に向かうにゃ。たまに停船すれば良いにゃ?」
「そうして欲しいな。水深が気になるからね。2人の内どちらかは常に周りを見ていてくれないかな。こんな状況だから、何が起きても不思議じゃない」
不安そうな表情が笑みに変わっていく。
じっとしてると不安が募るのかな? 直ぐに操船櫓に上っていくとゆっくりとトリマランが後進を始めた。
筆記用具と、水深を測る組紐を用意しておく。
途中で何度か停船させると言っていたから、コンパスも用意しておこう。周辺の島の頂との角度を測っておけば、水深を測った位置が特定できるはずだ。
「停船するにゃ!」
操船櫓は後ろが半分ほど開いている。そこからエメルちゃんが顔を出して教えてくれた。
手を振って答えたところで、組紐を持って船が停まるのを待つ。
海面を見て船が停まったことを確認すると、急いで船尾に小石の付いた組紐を投げ込んだ。
するすると伸びる組紐が停まると紐を張る。
水深は16FM(4.8m)というところだ。舷側位置でも測定し手ほぼ同じ数字を確認した。
次に、近くの島3か所の頂と磁北との角度を測定する。
メモ帳に記録したところで、操船櫓に「進んで良いよ!」と声を掛ける。
3度目の測定は最初に測量を行った島の真南だった。かなり泡出っているから喫水が浅くなる。
大急ぎで測定をしたけど、水深が9FM(2.7m)ほどに浅くなっていた。
島を見るとごつごつした岩が砂浜にたくさん突き出しているのが見える。島自体も標高が上がっているようだ。
測定が終わったところで、急いでその場を離れ、昨夜停船した位置に戻ることにした。
蒸したバナナとココナッツジュースでお腹を満たし、今度は時計回りに大きく海域を調査する。
途中で何度か水深を調査したけど、島2つ以上離れると、水深は5mほどであることが分かった。
泡は相変わらずだけど、沸き立つほどではない。
泡の量も調査したいところだが、生憎と調査方法を思い浮かばなかったんだよなぁ。
「やはりロウソク岩のある島の奥にある島が、異変の中心みたいだね。周囲の島との間に水路があったんだけど、たぶん塞がってしまってるんじゃないかな」
「4つの島が1つになったのかにゃ?」
「たぶんそうだろうね。北の島は少し離れているから島として残るかもしれないけど、東西の2つ南の島は真ん中の島と合体すると思うよ」
北側の島は間にもう1つ島を置きたいぐらいだったからね。
とりあえず、これで今日の予定は終了だ。
昨夜停船した位置にトリマランを戻して、夕暮れを待つことにしよう。




