P-097 測量は案外面倒だ
夕食を取りながら、明日の調査を話しあう。
俺は、手に入れた測量器具で測量を始めることにした。とりあえずはロウソク岩のある島から西の一番近い小島を起点にしよう。
バゼルさん達は、周辺の概略の島の位置を再確認して、再度海底の調査を行うそうだ。
やはり魚のいない海というのが、気になるようだな。
「最初は西から始めようと思う。島を目印に潜って、魚のいる海域を調べるつもりだ」
「タツミとエメルはナギサを手伝うにゃ。魚を見つけるのは私達でやるにゃ」
殊勝なことを言っているけど、トーレさんはトリマランを動かしたいだけなんだろうな。
少しは氏族のことも考えているのかもしれないけど……。
「まったく、どうなるのか皆目見当もつかん。ナギサの見た幻影では氏族に影響が無いようにも思えるが、この海に潜ってみると恐ろしくなるぞ」
「カルダスさんと来るときにも、バゼルさんと同じように調べてもらいますよ。それで、魚のいない海域が広がっているかどうかが分かると思います」
「そうだな。それが一番だろう。ところで、いくつかの島が合体するような大きな島ができたならどうするつもりなんだ? ナギサのことだ。考えがあるのだろう?」
考えてはいるけど、果たしてそれがニライカナイのネコ族のためになるのかどうかだな……。
島で農業を始めようと考えているんだからね。
さすがに主食は無理かもしれないけど、シドラ氏族の暮らす島よりも10倍以上は大きくなるはずだ。
直ぐに畑を作れなくとも、干上がった岩場の塩は雨季の豪雨が洗い流してくれるだろう。
岩やサンゴを砕いて土砂が流れないようにすれば、他の島から客土をすることで早期に野菜を作れるかもしれない。
できれば田を作りたいが、俺の代では無理だろうな。
「大きな島で皆が暮らせるようにしたいと思っています。10年後を目標に野菜を作り、孫の代には米を作ろうかと……」
「壮大な話だが、漁を止めるのか?」
「さすがに漁を止めたら食うに困ってしまいます。リードル漁で魔石が手に入りますから、低位魔石を資金に島の開発ができるでしょう。季節ごとに2、3回ここにやってきて少しずつ島を暮らせるようしていきたいと考えています」
「ナギサの狙いはニライカナイの自給自足ということか?」
バゼルさんが厳しい表情で俺を見据えてきた。
「はい。最低限自立ができてこそ、大陸の王国と交渉が可能かと考えています。現在はアオイさん達の努力で小康状態を保っているともいえるでしょう。
俺達が食料を自給できないことを知って、いろいろな要求があったものと考えています。
さすがに武力を持っての交渉は、過去の経緯がありますから相手にとっても最終手段となりますが、食料供給を止めるという手段を持っていることは確かです」
それが起こらないように商会ギルドに理事を出してはいるんだが、評議が多数決で決まるとも言っていたからねぇ。
アオイさん達は、その議題の流れ知るだけでも役立つと考えていたんだろう。
「あり得る話だが、そうなると相手も魔石を手に入れることができなくなってしまうぞ?」
「そうです。そうならないために相手が取る手段は、食料の値上げになるでしょう。俺達は食料を得るために、魚を取るのではなく魔石を取ることになりそうです」
そうならないためにも、最低限の自給自足ができたほうが良いんだが各氏族の暮らす島はどうにか水場があるぐらいだからなぁ。少しは野菜を作っているけど、氏族全体に供給できるほどではなさそうだ。
「一度長老に話をした方が良さそうだな。もっとも、ナギサが見た幻影が実際に起きてからの話になるが、あらかじめ計画を知らせておいた方が良いだろう」
「新たな氏族ができるのかにゃ?」
トーレさんが興味深々に俺達に問いかけてきた。
「それは長老の考えるところです。俺としてはシドラ氏族だけで島の開発をするようでも困ると、漠然と考えてはいますが」
「ニライカナイとして考えるということだな? そんな考えができたのがかつてのカイト様でありアオイ様達だったのだ。ナギサも彼らに並んだということだな」
そういって笑いながら美味そうにココナッツ酒を飲み始めた。
先の長い話なんだけど、現実主義のネコ族の人達に受け入れられるのかなぁ?
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翌日から、手分けして調査を開始する。
一旦、西へとトリマランを動かして、ロウソク岩の島から南西に数百mほどの小島にザバンとカヌーを使って俺達が上陸した。
バゼルさん達は、トリマランでさらに西を目指す。
魚がいる海域を探すためだ。
東西南北を確認すると言っていたから、1日で終わらないかもしれないな。
「これから何をするにゃ?」
「浜で砂から顔を出している岩を見つけてくれないかな。ちょっと面倒だけど、これから三角形をたくさん作っていくんだ」
目を輝かせているのは、おもしろそうだと思ったんだろう。2人が浜の東西に分かれて探し始めた。
カゴから金槌と先の尖ったタガネを取り出しておく。目印と起点は大事だからね。しっかりと彫っておこう。
最初に岩の露頭を見つけたのはエメルちゃんだった。
駆け寄って、簡単に動かないことを確かめると、俺の頭ほどに露出した黒い岩に『十』の印をタガネで彫り込む。
カツン、カツン……、という単調な音がしばらく続くことになる。
どうにか、それらしき目印ができると、次の露頭を見つけたタツミちゃんのところへと向かった。
2つの岩の露頭の距離を引き釣り用の道糸を使って測る。伸びがほとんどない細い組紐だからメジャー代わりに丁度良い。10FM(3m)ごとに黄色の糸を結んで接着罪で固定してあるし、100FM(30m)には赤い糸を付けている。
半端な距離は、測量道具に入っていた5FM(1.5m)の竹の物差しで十分だろう。
タツミちゃん達が2つの距離を測ってくれたところによると、44.2FM(132.6m)ということになる。
浜の西側の露頭の印を起点として始めよう。
これが【1-1】で、もう1つが【1-2】とすることにした。
最初の番号を島の区分にして、次の番号がその島の測量点とするなら、測量点が増えても問題はあるまい。
望遠鏡を三脚に載せて、先ずは水平を取ることにした。
2重の台がネジで動くから3か所のネジをン統制して、台座に付けられた縦と横の2つの水管の気泡を中央に調整する。
次は磁北の調整だ。
望遠鏡の下に付けられた磁石の針を、望遠鏡の角度表示のゼロ点と同じ位置となるように台座を回転させる。
台座に線が刻んであるし、微妙な位置合わせネジを回すころで行えるからそれほど面倒ではないな。
準備ができたところで、【1-1】から【1-2】の方向を測量器具の望遠鏡で眺める。
望遠鏡高さ位置も誤差になるそうだから、一応測定しておこう。
台座の中央から下がった錘の先端が丁度【1-1】の十字の中央になるようにしてあるが、その錘の先端までの距離は4FM(1.2m)になる。細いワイヤーのようなもので吊ってあるから、長さは変わりない。錘の先端から十字までの距離は十分の2FM半(7.5cm)ほどだ。
最少目盛りが1.5cmほどだから、ある程度は妥協しなければならないだろう。
測量結果が誤差1m程度になるなら、初心者としては十分じゃないか。
【1-2】の距離は44.2FMで、角度は351度。やはり少し北に寄っているようだ。
次に、南東の島に目を向ける。
【2-1】をどこにするかだけど、まだ目印をつけていないんだよなぁ。
仕方がないので、【2-A】を作ることにした。浜の奥にある少し尖った岩だ。
さらに【2-A】から200mほど離れた波打ちぎわの黒い石を【2-B】として2つの目印の角度を測る。
今度は【1-2】に移動して2つの岩の角度を測ったが、中々面倒だな。
南東の島まで2kmは離れているように思えるんだが、2か所の測定では角度が数度違ってたから案外近いのかもしれない。
「終わったよ。次はあの島に向かうけど、その前にお茶を飲みたいね」
「直ぐに用意するにゃ。バゼルさん達はまだ戻らないにゃ」
砂浜で焚火を作ってお茶を沸かすようだ。一応ココナッツと水は持ってきたんだけど、タツミちゃんは小さなポットを持ってきたみたいだな。
向こうの世界から持ってきたキャンプ用の品だ。ステンレス製だからまだまだ使えるに違いない。
「あんなことで、地図が作れるのかにゃ?」
「まあ、簡単な地図だけどね。正確な地図を作るなら、たくさんの場所で測らなくちゃならないんだ。今までの作業で、少なくともあの島までの距離と方向は分ったよ。次はあの島から別な島を計るんだ」
先ずは大まかにでも、あの盛り上がる光景を目にした島までは行きつきたいところだ。
島に目印を数か所作って、他の島からその距離と高さに変化があるかどうかを確認することになるだろう。
細かな測量は後でもできるからね。
海を眺めながら3人でお茶を飲んでいると、西からトリマランが近づいてきた。
西の状況を確認し終えたのかな?
俺達の焚火に気が付いたらしく、こちらに進路を変えたのが分かる。
「魚はどこまで行ったらいたのかにゃ?」
「こんな場所で暮らすのは考えてしまうにゃ」
2人のつぶやきが聞こえてくる。
確かに生活が成り立たないだろうな。
だけど、それは今だけのことに違いない。あの造山活動のような動きが終わったなら、そこに残るのは広大な大地だ。
大陸の連中には知ることができないニライカナイの一大拠点になるとも限らない。
もっとも、それはかなり長い年月が掛かるんだろうけどね……。
浜から数十mに接近したトリマランがアンカーを下ろすのが見えた。
すでに荷物はまとめてあるから、ザバンとカヌーでトリマランへと移動する。
ザバンは収容しないで、荷物だけを甲板に上げた。
次の島は目の前だからね。




