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P-094 魚がどこにもいない


 トリマランに搭載された魔道機関の出力を2ノッチにして航行すること6日目のことだった。

 目的地のランドマークとも言うべきロウソクのように山の上にそびえる岩が見えてきた。


 エメルちゃんの声に、屋形の屋根に上ってその異様な島を眺める。

 他の島とは性状が異なるのだろうか? 奇岩には違いないけどね。


「昼には、あの島を左手に見ることができるにゃ」

「今回は、もう少し先に行ってみたいな。あの島が左手に見えたら、出力を1ノッチに下げてくれないかな」

「海を見たいのかにゃ? 島2つ進めるにゃ」


 それもある。そしてタツミちゃんが言った島2つの最後の島は盛り上がって他の島と繋がった島そのものだ。


「それでいいよ。周囲の島にも目を向けてくれ。俺は海を見ている」


 島を見てくれと言ったからだろうか? エメルちゃんが双眼鏡を操船櫓の柱に吊るしてあった双眼鏡を取り出している。

 何か見つけたら教えてもらおう。


 屋形の屋根から甲板へと戻り、船尾のベンチに腰を下ろして左右の海を眺めることにした。

 特に深くも浅くもない海域なんだよなぁ。

 強いて言えばサンゴがそれほど発達していないようだ。

 アオイさんの時代に大きな津波があったらしいから、その影響が残っているのだろう。島の南と北側ではサンゴの大きさがかなり異なるからね。


 やがてランドマークの岩がトリマランのほぼ真横になった。

 船速が下がったのは、タツミちゃんが魔道機関の出力を下げたのだろう。

 

 ん! 少し海の中が変わってきたか?

 サンゴが少なくなってきたようだ。 水深はそれほど変わらないと思うんだが……。


 次の島が真横に来る。

 今度真横に来る島は盛り上がる島になるんだが、海底の様子はかなり変わってきている。まるでサンゴが無い。

 黒々とした岩が亀裂を東に向かって走らせていた。


「タツミちゃん、ちょっと停めてくれないかな。潜って調べたいんだ!」

「直ぐに停めるにゃ!」


 投錨せずに魔道機関の出力だけが停止する。

 急いで素潜りの支度を整えて、海中に潜った。


 水深は3mほどだ。ごつごつした岩が、いくつもの切れ目を作って東に延びている。

 こんな場所なら曳き釣りの良い漁場になりそうなものだけど、目に付く範囲には小魚の姿さえ見えない。

 異変を知ってどこかに姿を消したのか、あるいは魚を寄せ付けない何らかの物質が海底より湧き出しているのか……。


 とはいえ、不気味な海だな。

 サンゴさえどこにもないんだけらね。

 どこまでも透明な海が続いている。上に浮かぶトリマランが目に入らなければ、空間に浮いているような錯覚が生まれてくる。

 

 海上に上がって少し南に泳ぐと、再び海中の様子を探る。

 やはり、魚の姿はどこにもない。

 変化はすでに始まっているのかもしれないな。


 トリマランに戻ると、心配そうな顔をした2人が俺を出迎えてくれた。

 ベンチに腰を下ろして、頂いた熱いお茶を飲みながら海底の様子を話してあげる。


「本当に魚がいないのかにゃ?」

「ああ、場所を変えて何度か探したんだが、全くどこにもいない。小さな魚さえもいないし、何度か岩の割れ目も調べたんだがロデニルさえも見当たらないよ。

 変化は起きていたみたいだね。戻るときに、どこで魚に出会えるかも確認しておきたいな」


 次に来るときには、その場所が変わらないか、それとも広がっているのかも確認しておく必要があるだろう。

 異変の範囲が広がるようであれば、漁に影響が出ないとも限らない。


「次の島は真ん前になるみたいだね? 近くに来たら、北と南を調べてみたい」

「それなら、北からにゃ。あの島近くで良いかにゃ?」


 北東の島をタツミちゃんが指さした。距離5km以上あるかもしれないが、異変の範囲を調べるには都合が良い。

 あの島も、合体すり島の1つなんだろうけどね。


 南北の2つの島近くの海底を調査しても、結果は最初に潜った海と同じだった。

 異なるのは海底の岩の亀裂の方角だ。やはり1か所に向かって指向しているように微妙に方向が変わっている。

 亀裂の行く先は、最初に向かっていた島よりもさらに東にあるようだ。

 日が傾いてきたけど、思い切ってさらに東にトリマランを進めることにした。


 島を巡るころには、下陰に夕日が落ちて周囲が急速に暗くなり始めた。

 島近くにアンカーを下ろして、ランプを帆柱と帆桁に吊るす。

 本来なら、オカズ釣りをするのだが、潜っても魚が全くいなかったからなぁ。竿を出す気も起らない。

 タツミちゃん達が夕食を作るのを、ベンチの端でパイプを咥えながら眺めることにした。

 周囲には全く光がない。頭上には満天の星空なんだけどなぁ……。


 バナナの炊き込みご飯に酸味が聞いたスープ。それに漬物は未成熟の果物で作ったみたいだな。浅漬けのような感じだけど、パリッとした歯ごたえと塩加減が丁度良い。

 

「これで今回は終わりかにゃ?」

「そうだね。せっかくだからこちら側の海も何度か潜っておきたいけど、昼過ぎには戻ろうよ。ザネリさん達が待っててくれるだろうし、乾季だからね。思い切り素潜り漁ができそうだ」


 うんうんと2人が頷いている。

 また2人で競争するのかな?

 無理は禁物だけど、張り合うのは良いのかもしれないな。俺だってザネリさんと張り合うつもりだからね。


 ふと物音に気が付いて海に目を向けた。

 暗い海だが、ゆったりとした小さなうねりだけが広がっている。

 海底には小魚さえいなかったけど、神亀は神出鬼没だからね。俺達を見ているのかもしれない。


「泡が、ポコッ! ていったにゃ」


 エメルちゃんが、舷側のすぐそばの海を見ながら大声を上げた。


「泡だって?」

 

 思わず食器を持って立ち上がると舷側に寄って海を眺める。

 泡が、たまに浮かんでくる。

 それほどたくさんではない。ジッと海を見ているとたまに浮かんでくるのが見えるだけだ。

 

 これは、問題じゃないのか?

 始まっている、ということだからな。

 どんな感じで、どこまで泡が出ているのかを確認したらすぐに戻った方が良いのかもしれない。


 夕食を取ったけど、何時ものように美味しく頂けなかったんは、海域の変化に戸惑っていたからなんだろう。

 作ってくれたタツミちゃん達に申し訳ない気持ちだ。

 3人でワインを飲み、早めにハンモックに入った。


 翌日。甲板に出てみると、やはりあちこちに泡がポコリポコリと浮かんでは消える。

 幻影で見た光景では、この泡が一面に湧き出していたんだからなぁ。

 まだ間があるとは言えそうだけど、それほど長いことにも思えない。


 朝食を終えると、海域の何カ所かに潜ってみることにした。周囲の島の位置を確認しながら、タツミちゃんが潜った場所をコンパスで確認している。


 明るい陽光に照らされた海域の透明度は驚くばかりだ。

 水中で、どこまでも遠くを見通せる。

 たまに泡が海底から上っている。連続しているわけではないが、やはり気になる。

 とはいえ泡が昇っていくところを見ると、ここが海中だと時間できることも確かだ。

 海底の岩の切れ目から上っているのだろうが、実際にその場面を見ることができないのも気になるんだよなぁ……。


 午前中に数カ所に潜ったが、どこも同じに見える。

 静寂の海には泡しか見えず、小魚の姿はどこにもなかった。


「少し変化が出てきたけど、何とも言えないね。この辺りが陸地に変わるなんて、想像もできないよ」

「私は、泡の海しか見てないにゃ。でもこんな泡じゃなかったにゃ」


「ああ、そうだね。海面が湧きたつように泡立って、正面に見える島がだんだんと盛り上がっていった……。まだ先に違いない。だけど、それほど先でもなさそうだ」

「乾季の終わりにもう1度やってくるにゃ。きっと、そんな光景が見えるに違いないにゃ」


 トリマランを帰途に向かって回頭する。

 ゆっくりと動き出したトリマランの甲板から、周辺の光景を目に焼き付けておく。

 次にやって来る時にも同じ光景を見ることができるのだろうか……。


 5日程進んだところで見つけたサンゴの穴で漁をする。

 獲物を持たずに帰投するのは、漁で生活する以上ちょっと考えてしまう。

 さすがに、この辺りでは夕食前のオカズ釣りもできるし、小型の魚は夜釣り餌だ。


「今夜は夜釣りにゃ。それにしても、この穴1つだけにゃ」

「結構大きいにゃ。明日の素潜りも楽しみにゃ」


 久しぶりの漁に、俺達の話も弾む。

 夕食後に始めた夜釣りは、何時もより遅くまで行ってしまった。

 結構釣れるんだよね。ここで漁をした人はいなかったんだろうか?


 翌日は、思う存分素潜り漁をする。

 ブラドが多いけど、バッシェもいるみたいだな。

 昼過ぎに漁を止めると、タツミちゃん達が魚を捌く。

 夕食は、ブラドの切り身が入った炊き込みご飯だ。やはり一日中体を動かした方がご飯は美味しいと感じてしまった。

 夜釣りをせずに一夜干しを作って、翌日は真直ぐに氏族の島へとトリマランを走らせる。

 泡の出る海域を出発して7日目に帰り着いたが、生憎とバゼルさんもザネリさんの船も桟橋に見えなかった。

 出掛けてからだいぶ経つのかな?

 2、3日で戻ってくれば良いんだけど……。


 タツミちゃん達が一夜干しを入れたカゴを背負って、桟橋を歩いて行った。

 生憎と商船は来ていないから、ギョキョウへ卸すのだろう。その後、燻製になって商船に販売されるはずだ。


 一服しながらベンチで昼寝をしていると、誰かが俺を揺すっている。

 誰だろうと目を開けたら、トーレさんがニヤニヤと笑みを浮かべて立っていた。


「帰って来てたにゃ? バゼルが手持ち無沙汰にしてるから遊びに行って欲しいにゃ。ココナッツ酒を用意してあるにゃ」

「帰ってきたんですか! 2、3日先かと思ってたんです。タツミちゃんもギョキョウに向かったんですが、まだ帰っていないようですね」

「様子を見てきてあげるにゃ。それじゃあ、頼んだにゃ」


 桟橋にはカゴを背負ったサディさんが立っていた。軽く頭を下げて挨拶して、バゼルさんの船に向かう。


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