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P-092 雨季でも素潜り漁はできる


 小さい子供が多いということで、ザネリさん率いる船団の2回目の漁はサンゴの穴を狙った底物釣りと延縄になった。

 天気が良ければ素潜りもできるから、そこそこの漁果を得ることができるに違いない。

 

 氏族の島を出て2日間北に向かって進む。

 船足は少し遅いように思えるけど、エメルちゃんに聞いたら2ノッチだというから標準的な速度なんだろうな。


 途中の島で停泊するときはザネリさんと船を並べて一緒に食事をとる。

 今回はあちこちに空いたサンゴの穴で釣りをするから、漁の期間は一緒に食事ができないけど、船を留めているなら食事も少しは楽になるに違いない。


「サンゴの穴とは言うが、今度行く漁場の水深はかなりあるんだ。サンゴまでの深さは3FM(4.5m)もあるし、穴の深さは8FM(12m)近くある」

「潮通しも良いということですね。シメノンも期待できるんじゃないですか?」


「3日の漁だ。間違いなく1日はシメノンが来るだろうな。それにシーブルの群れも回遊するから、延縄での漁も期待できるぞ」


 夕食を取りながらも、ザネ離散は俺の漁場の状況を教えてくれる。

 本来なら、家族と一緒に漁に出て、漁場の特徴を覚えるんだろうが、俺にはそんな過去はなかったからなぁ。

 

 2日目の夕暮れ前に、漁場に到着した。

 7隻の船が思い思いに漁場に散ってサンゴの穴近くに船を留める。

 俺とタツミちゃんが屋形の屋根に上って、サンゴの穴を物色しながら漁場を巡っていると、一際おおきな穴を見つけた。

 直径100m以上にわたって黒々と海の色が変わっている。


「もう少し右にゃ。そのままゆっくり前進にゃ!」


 タツミちゃんが操船櫓で舵を握るエメルちゃんに指示を出す。

 俺は投錨に備えて船首の甲板に急いだ。

 海面の色を見ながら、大きな石を結び付けたロープを握る。

 トリマランの速度がどんどん落ちていくと、足元の海の色が急激に変わる。サンゴの穴に進入したようだ。

 少し東に船が頭を向けたのはバウスラスターで投錨位置をなるべく穴の縁にしたかったのだろう。


「アンカーを下ろすにゃ!」

「了解!」


 タツミちゃんの指示で石を投げ入れる。

 握ったロープがどんどん伸びていく。

 目印5つだから、甲板位置から15m近く水深があるようだ。

 少しロープを緩めて、甲板の端に突き出したロープ止めの柱に巻き付けておく。


 トリマランがゆっくりと向きを変えているのは潮流に流されているのだろう。

 船首を北東に向けているが、サンゴの穴の縁際であることは間違いない。


 船尾の甲板に向かって漁を始めよう。

 延縄の準備は終わっているから、潮流の流れを利用して延縄を伸ばしていくだけで良い。

 延縄は枝針のハリスが3mほどの仕掛けだ。

 漁場の水深が4.5mなら丁度良いんじゃないかな。


 最初のウキを投げ入れると、ゆっくりと南西方向に流れていく。

 ハリスと道糸が絡まないように次々と餌を付けた釣り針を投げ入れていく。

 仕掛けの最後の目印の付いたウキを投げ込み、仕掛けのロープをロクロに一巻きしてロクロの柱に結んでおく。

 引き上げるのは夜釣りを終えた後で良いだろう。

20mほど先に目印のウキが浮かんでいるから、夜半にシメノン釣りを始めても、延縄仕掛けと絡むことはない。

 

 そんな事をしていると、だいぶ日が落ちてきた。

 夕暮れ前にランプに光球を入れて、帆柱と帆桁に吊るしておく。

 雨期だから、タープは半分ほど張ってある。

 今のところ西は晴れているけど、油断はできないからね。一夜干しも屋形の屋根でなく、甲板のタープの下で作るぐらいだ。


 タツミちゃん達が夕食の準備をしている間に、夜釣りの準備をしておく。

 2.4mぐらいのリール竿が3本に3mのリール竿が3本だ。

 短い方の竿には胴付き仕掛けを付けて、カマドの反対側の舷側に並べておく。

 長い方のリール竿はすでに餌木が付けてあるんだが、軽く針を研いでおこう。餌木の針は返しが無いし、同心円状に8本ついているからね。結構錆びてしまうんだよなぁ。

 パイプを咥えながらのんびりと餌木の針をやすりで研いでいると、エメルちゃんがお茶のカップを渡してくれた。


「シメノンが来るかにゃ?」

「ザネリさんの話だと、1回は確実らしいよ。今夜かもしれないしね」


 備えあれば憂いなし。

 慌てて仕掛けを変えるようなことはしたくない。

 その時取り出した餌木の針が錆びていたんでは、そもそも漁師失格だ。

 さすがバゼルさんの教えを受けただけのことはある、といわれるぐらいになりたいものだ。


 とっぷりと日が暮れた中で、夕食をとる。

 今日は具だくさんの炒飯みたいなご飯と、少し酸味が聞いたスープだった。

 スープに中にパイナップルが入ってたけど、パイナップルは野菜感覚なのかな?

 お茶を飲みながら、食事の後片づけが終わると、自分の竿を持って夜釣りが始まる。

左右にタツミちゃん達が陣取り、船尾が俺になった。

 餌は、島で釣ったカマルの塩漬けだ。ザネリさんに教えてもらって作った品だけど、あまり成績が良くないようなら、明日は今夜釣り上げた魚の小さい奴を餌にしよう。


 仕掛けを躍らせていると、突然強い引きが腕に伝わる。

 竿を大きく上げて合わせると、うまく針に乗ってくれたようだ。


「タモを用意してくれ!」


 結構な引きだ。ヒラを打つような引きだから、バルタックかもしれない。もしそうなら幸先が良いぞ!


 どんどん道糸を巻き上げる。

 引きは強いけど、ハリスを切るような大きさではないな。

 エメルちゃんが伸ばしたタモ網に魚を誘導すると、「エイ!」と大声を上げてエメルちゃんがタモ網を引き上げた。

 甲板でバタバタしている音が急になくなったのは、エメルちゃんが棍棒で叩いたに違いない。


「バルタックにゃ! 今度は私に来るかもしれないにゃ」

「良い場所だね。頑張ってくれよ!」


 保冷庫に魚を仕舞い込んでいたエメルちゃんが、俺の言葉に振り返って笑みを浮かべながら頷いている。

 その隣には、真剣な姿で竿を動かしているタツミちゃんがいた。

 2人の内、どちらが先に釣りあげるのかな?

 そんなちょっとした競争も、俺達の楽しみの1つだ。


 3時間ほどの夜釣りの結果は、バルタックが2匹にバッシェが5匹、ブラドが3匹の10匹だった。

 バヌトスが混じらなかったのが不思議だけれど、バッシェの縄張りだったのかもしれない。

 最後に延縄を引き上げて、漁果をさらに上げる。

 こっちはシーブルが3匹にバルタックが1匹だったけど、一晩で14匹なら、まずまずの漁果だ。

 タツミちゃん達が一夜干しのために魚を捌いている間に、延縄を流しておく。

 明日の朝が楽しみだな。

 

 翌日は、朝から良い天気だ。

 西にも全く雲がない。まあ、朝だからだろうな。この天気が1日持つかどうかは疑わしいところだ。

 2日続けて天気に恵まれたけど、3日となると雨季では怪しい限りだからね。


 朝食前に延縄を引き上げると、シーブルとブラドが掛っていた。

 型が揃っているのが良い感じだ。シーブルの群れがこの漁場に入ってきてたんだろう。

 

「今日は素潜りをするにゃ?」

「この天気だからね。昼直ぐまで持つんじゃないかな。ザバンではなくカヌーを下ろしておくよ」


 エメルちゃんと顔を見合わせているところを見ると、交代で突くつもりなんだろう。

 この船団で一番恵まれた家族なんじゃないかな。

 

 朝食を食べながら周囲を眺めてみると、あちこちのカタマランでザバンを下ろす様子が見えた。

 やはり、素潜り漁をしようということに違いない。


 屋形の屋根から銛を3本下ろして舷側に並べておく。

 大型が釣れないところを見ると、この銛で十分のはずだ。バルタックも50cmを少し超えたぐらいだから、タツミちゃん達にも狙えるんじゃないかな。


 カヌーから少し突き出たアウトリガーの腕木にタツミちゃん達が自分達の銛を結わえ付けている。

 クーラーボックスは、まだまだ使えそうだ。カヌーにゴムバンドで固定したところで氷の塊を入れる。向こうから持ってきた水筒にお茶を入れて、クーラーボックスに入れていた。

 冷えたお茶は何よりのご馳走だからね。


 装備を整えて、マスクを付ける。銛を持てば立派な素潜り漁師だ。


「先に行ってるよ。縁沿いに南に向かうからね」

「直ぐに追いつくにゃ。最初は私からにゃ!」


 タツミちゃんが競泳用の水中メガネのような眼鏡を付けて、手を振って答えてくれた。

 グンテをして靴下のようなものを履いている。この世界のマリンシューズだ。太い木綿糸で編んだ靴下の足先の足の裏にガムの樹液を塗った代物だ。サンゴの上に乗っても、足を切らずに済むようにとの生活の知恵なんだろうな。


 シュノーケルを咥えて、甲板から飛び込んだ。

 シュノーケリングをしながらサンゴの崖を探っていく。

 下の方で、時折光るのは魚体に違いない。

 早速始めてみるか……。


 銛の後ろの方にまで移動していた筒を銛先に延ばしていくとゴムが伸びていく。

 やがて小さくカチリとロックが掛った。

 これでトリガーを引けば銛が1mほど突き出してくれる。

 さて、あの辺りかな?

 息を整えてゆっくりと潜っていく。


 3匹のバルタックが互いを威嚇するように泳いでいる。

 60cm近いんじゃないか?

 左腕を伸ばして、銛をできるだけ前に出す。

 静かに……、ゆっくりと……。

 頃合いを見計らってトリガーを引くと、筒の中を銛の絵が勢いよく滑っていった。


 腕に暴れるバルタックの感触が伝わる。

 先ずは1匹目だ。

 エラのやや頭よりだから、理想的な位置だな。

 直ぐにおとなしくなったバルタックを銛に付けたまま海面を目指す。

 種の蹴るの海水を噴き上げて息を整えながら周囲を眺めると、30mほど離れた場所にエメルちゃんが乗ったカヌーを見つけた。

 

 獲物を会場に持ち上げると、すぐにこっちに向かってくる。

 銛先から獲物を外して、エメルちゃんが蓋を開けてくれたクーラーボックスに入れた。


「大きいにゃ!」

「次を運んでくるよ」

「タツミはまだにゃ。2匹突いたら交代するにゃ」

 

 嬉しそうに教えてくれた。

 タツミちゃんはどのあたりで漁をしてるのかな?

 無理をしないで頑張ってくれれば十分なんだけどね。素潜りがダメなら夜釣りで挽回すれば良いんだから。


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